前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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ある意味、ここからが本当のスタートです。


第52話 回歴

 鈍く重い、頭の奥底から響く痛みに、卯月の意識は覚醒した。

 ただ、目の前が見えなかった。なにかを巻かれているんだろうか? ぼんやりした意識で、卯月は思う。

 

「卯月どの、聞こえておりますか?」

 

 知らない声が聞こえた。

 

「聞こえているのなら、首を縦に振ってください」

 

 卯月は言われるがまま、首を縦に振る。声の持ち主は満足げに『ふむ』と呟いた。

 

「話せるのでありますか、そうであれば、なにか話してください」

「……ぷ、ぷっぷく、ぷー」

「話せるでありますね、了解したであります」

 

 これはなんなんだ。なんでわたしは目隠しをされているんだ。加えて口も上手く動かない。卯月はなんとか、無理矢理声を搾り出したのだ。

 

「ここは、どこだ、ぴょん」

「第零特務隊、前科戦線の地下シェルターの一角、拷問室であります」

「拷問……」

 

 拷問とは相手を痛めつけることで、情報を聞きだす行為である。

 

「拷問!? うーちゃんを!?」

「おお、いきなり叫ぶなであります」

 

 あんまりな事態に、卯月の意識は一気に覚醒した。と同時に、背筋に熱した鉄を流し込まれたような、形容し難い激痛が全身に走った。椅子が固定されていなければ、卯月は転げ落ちていた。

 

「あ、がっ!?」

「だから叫ぶなと言ったであります」

「な、なんでだぴょん、てか、お前は誰だぴょん!?」

 

 痛みを堪えながら卯月は問う。

 

「私でありますか、私は憲兵隊所属の『あきつ丸』と申します」

「あきつ丸、憲兵隊!?」

「今日は高宮中佐の要請により、貴君に質問をしにきたであります」

 

 あきつ丸の言葉は、ほとんど卯月には聞こえていなかった。拷問部屋に憲兵隊の兵士。拷問されるのだと、卯月はパニックに陥る。拷問される理由にまったく心当たりもなかった。

 

「どうしてだぴょん、中佐はなんで、それにうーちゃんは──」

「卯月どの卯月どの卯月どの、これはまだ、『質問』であります。まだ、ではありますが」

「ま、だ?」

「そう、これが『拷問』に転じるかは、卯月どの次第であります。質問はあきつ丸の問いの後、受けるであります。なぁに簡単な質問でありますよ」

 

 卯月はコクコクと頷いた。これで反論すれば本当に拷問が始まると思った。

 

「卯月どのは、さっきまでなにをしてたでありますか?」

「さっき……戦艦水鬼を沈めるために、金剛たちと出撃してたぴょん」

「具体的に、どこまで覚えていますか」

「えっと、輸送艇から降下して、水鬼と遭遇して……遭遇、して……?」

 

 そこで、記憶がパッタリなくなっていた。

 

「そこまででありますね?」

「うん、そうだぴょん」

「一切覚えていないで、ありますね?」

「だからそうだぴょん」

 

 何度も同じことを言わせないでほしい。記憶はないが、戦いはちゃんと終わった筈だ。そうでなければ前科戦線に帰還できていない。

 

「では、卯月どのは、金剛どのや不知火どのを襲ったでありますか?」

「ありえないぴょん」

「そうですか、そうでありますか」

 

 冗談にしても趣味が悪い。卯月はあきつ丸を睨んだ。卯月が深海棲艦に対して覚える感情は全て悪感情だ。

 

「質問は以上であります」

「じゃぁまず、目隠しをとるぴょん。辛いぴょん」

「了解であります」

 

 あきつ丸は素早く卯月の目隠しを取った。拘束は取らなかった。卯月は首を傾げた。

 

「なんで拘束を解かないぴょん?」

「色々あるのであります」

「……てか、なんで中佐や不知火がいるぴょん?」

 

 拷問室にいたのは、あきつ丸だけではなかった。高宮中佐や不知火もいる。三人が卯月を見ていた。

 

「偶然では、なさそうですね」

「なんの話だぴょん? ところで水鬼はどーなったぴょん? ちゃんと沈めたのかぴょん? ちゃんと話して欲しいぴょん」

 

 恐らく、初手で敵の攻撃を喰らって気絶したのだろう。情けない話だが、そうでなければ記憶はなくならないだろう。でも金剛や不知火たちなら、水鬼は倒してくれた筈だ。

 

「了解であります、では説明を──」

「いや、いい、あきつ丸。これは私から話さなければならない」

 

 あきつ丸を止めて、中佐が卯月の前に出てきた。妙に神妙な顔をしているのが気になったが、卯月はそれより、戦いの結末を気にしていた。

 

「中佐ー、拘束解いてぴょーん」

「言った後でだ」

「ほーいだぴょん、で、うーちゃんの記憶がない間、なにがあったぴょん?」

 

 卯月は楽観的だった。もしくは本能的に深く考えることを避けていたのかもしれない。

 

 話せば、卯月の精神が持たないのは、誰の目にも明らかだったから。

 

 高宮中佐は、()()を話した。

 

 

 *

 

 

「…………え?」

 

 卯月は半笑いのまま、硬直していた。

 

「あ、はは、冗談上手いぴょん。でも言っていい冗談があるぴょん」

「事実だ、お前は突如我々を裏切り、水鬼に──」

「それ以上は卯月も怒るぴょん! 『卯月』を侮辱しないでほしいぴょん!」

 

 卯月は怒り狂う。しかしその顔からは、脂汗が大量に流れている。本能ではもう、分かりつつある。

 

「よく思い出せ、冷静に、一つずつ」

 

 高宮中佐は、卯月の行動を全て正確に説明していた。外からの刺激に、卯月の記憶が復元されていく。

 

 まず思い出したのは、戦艦水鬼に傅いた時の記憶だった。

 

「卯月は、戦艦水鬼に、忠誠を」

「そうだ、お前は、我々を裏切った」

 

 あとは芋づる式だ。次々に記憶が蘇る。ジグゾーパズルのように埋まっていく。

 ()()()()()()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()どうして忠誠を誓ったのかは経緯は思い出せない。逆に、それ以降の記憶は全て思い出していた。忠誠を誓って以降は覚えていた。

 

「え、な、なんで、嘘だぴょん、なんで、うーちゃんは……」

 

 誘惑的な暴力衝動に呑まれ、それの赴くまま仲間を殺そうとしたこと。裏切った瞬間、心の底から悦んでいたことも。全員を殺す気だったこと。すべて自分が望んだ行動として、実感を伴って覚えていた。

 

 どうして、そんなことを望んでしまったのか、理解ができなかった。望むはずがないのに、あの時だけは、戦艦水鬼にために尽くすことを心から望んでいた。

 

 わたしが、みんなを殺そうとした。

 

 後悔と罪悪感に、卯月は震えだす。

 

 だが、事はそれだけでは終わらない。

 

「卯月どの、気づきませんか?」

「き、気づく? なにを?」

「同じく、記憶がなぜか消えている。そういう出来事を、卯月どのは経験していることに」

 

 卯月は、気づいてしまった。

 

 高宮中佐から言われるまで、卯月は造反の記憶を失っていた。裏切っていた間の記憶だけ、すっぽりと抜け落ちていた。

 

 神鎮守府にいた時と同じだった。

 初陣した時も、同じように記憶がなくなっていた。

 

 それが意味することとは、つまり。

 

 初陣の直後記憶をなくした間、卯月がしていたことは、今回と同じように。

 

「ね、ねぇ、中佐……うーちゃんの初陣と、今回のは似てるって……出撃した後の記憶がないことが」

「そうだな、聞いていた」

「でも、記憶はないけど、その間に起きたのは……冤罪だよね。なんども、冤罪って聞いたぴょん。うーちゃん、嘘は嫌いって言ったぴょん……中佐、うーちゃんが、神提督の鎮守府を襲ったのは、大本営が被せた『冤罪』だよね? 嘘じゃないよね?」

 

 卯月は涙目だった。震えた声で中佐に問いかける。水鬼に忠誠を誓ったのは真実だ。しかし神鎮守府を襲ったのは冤罪だ。何度もそう聞いた、卯月はそう信じていた。

 高宮中佐は少し目を閉じる。

 そして目を開くと、いつもと同じ、淡々とした口調を意識して──告げた。

 

「あれは嘘だ」

 

 愕然と固まる卯月へ、高宮中佐は冷静さを取り繕う。

 

「じゃあ、神提督を、菊月を、みんなを、こ、殺した奴って、まさか、まさか……!?」

 

 心が壊れていく。怒りではなく、純粋な絶望で。高宮中佐はそうなることを察してた。その上で目的のため、告げた。

 

 

「鎮守府を襲撃したのは、間違いなくお前だ」

 

 

 その一言をトリガーに、あの日の記憶が蘇った。

 

 

 *

 

 

 卯月の目の前に広がっていたのは、死体の山だった。

 初陣に付き合ってくれた、仲間たちが死体になって転がっていた。

 その中には菊月もいた。卯月の主砲から煙が出ている。殺したのは卯月自身だ。

 

「ドウダ、仲間ヲ殺シタ気分ハ?」

「……最高の気分だぴょん、こんな幸せな気持ちは始めてだぴょん」

 

 しかし、後悔も罪悪感も湧かない。禁忌を犯したことへの背徳感に、卯月の口角は自然と緩んでいく。両手で体を抱え込み、全身を走る快楽に震えていた。

 生まれ変わってしまった、変わっちゃった。楽しくて仕方がない。

 

「卯月、神躍斗ノ所ヘ案内シロ」

 

 泊地棲鬼の声に、卯月は顔を上げる。

 顔を見た瞬間、卯月の胸はときめいた。天に昇るような尊敬の気持ちが溢れ出す。卯月はとびっきり甘い声で返事をする。

 

「はぁーい、了解ぴょん!」

「ククク、遂ニ、コノ時ガ来タ」

「うひひ、楽しみだぴょん、きっとビックリするぴょん」

 

 泊地棲鬼と一緒に行動している。そのことが嬉しくて仕方がなかった。好きな人と一緒にいれば、それだけで楽しくなれる。同じ感情を卯月は泊地棲鬼に対して抱く。また、泊地棲鬼に貢献できている事実も、悦楽に繋がった。

 

「視えました、あれが鎮守府だぴょん!」

「アア、ソウダナ。間違イナク、神躍斗ノ鎮守府ダ。ヨクヤッタ」

「あはっ、うーちゃんも嬉しいぴょん」

 

 本来鎮守府というものは、高度な術式によって守られている。深海棲艦に位置を悟られないような工夫がされている。

 しかし、内通者に案内されれば意味がない。卯月の案内によって、泊地棲鬼たちは容易く、神鎮守府へ雪崩れ込んだのだ。

 

 突然の襲撃に、対応できる者は誰もいなかった。泊地棲鬼と空母群が放った空襲に、鎮守府の建物が次々と破壊されていく。上陸されたことで、深海の呪いが急速に浸食していく。基地はあっと言う間に真赤に染まった。

 

 混乱と浸食で、碌に動けない艦娘たちは、格好の獲物だ。

 

「どうしたぴょん、反撃しないぴょん? うーちゃんを撃てないかぴょん、うひひ、バカな奴等だぴょん」

 

 深海棲艦に混ざり、卯月は次々と艦娘を虐殺していった。直接主砲で撃つだけではない。動けなくなった艦娘を見れば、口に魚雷を捻じ込んだ。手足を一本ずつ引っこ抜いたりしながら。卯月は殺戮の快楽に打ち震える。

 

「ああ、気持ちいいぴょん……」

 

 爆発と砲撃に、血しぶきと内蔵のシャワーが降り注ぐ。卯月はそれを全身で浴びながら、夢心地で呟く。

 

「もっともっと殺すぴょん! うーちゃんを楽しませろぴょん!」

 

 卯月が一歩歩くごとに、新しい死体が増えていく。卯月自身が増やしていく。

 背徳感が止まらない、こんな気持ちの良いこと、止められるわけがない。楽しくて仕方がない。

 

 新しいおもちゃを見つけた子供のように、色々な殺り方を卯月は堪能する。主砲で全身をバラバラに砕き、素手で顔の皮を剥ぐ。気絶した駆逐艦を叩き起こし、仲間を撃つように無理矢理脅して、最後はどっちも殺した。

 

 死体の顔はどれも、無念と絶望に染まっている。卯月はわざわざ近づき、その顔を力いっぱい踏み抜いた。そうすると、その艦娘の全てを壊した気分になれた。深海棲艦らしさが高まり、気分が高揚していくのが自覚できた。

 

 艦娘だけではない。卯月は鎮守府そのものも破壊していく。かつての自分が護ろうとした場所を、他ならぬ彼女ががその手で破壊していく。

 卯月の暴力衝動が満たされる。人の倫理観に縛られていたら、永遠に得られなかった充足感だ。

 

「う……卯月」

「およよ、この声は、菊月かぴょん? 死んだフリでもしてたかぴょん?」

「どうして、こんな、ことを」

 

 菊月は一度、他の出撃メンバーと一緒に殺されていた。しかし死んだフリをしてなんとかやり過ごし、鎮守府まで戻ってきたのだ。

 だが圧倒的戦力差になにもできなかった。他の深海棲艦に撃たれたところを、卯月に見つかったのだ。

 

「どうしてって、決まっているぴょん。うーちゃんはぁ、泊地棲鬼さまの奴隷になるために、生まれてきたんだぴょん」

「嘘だ……そんな馬鹿なことが」

「へっへー、じゃーあ、証明してあげるぴょん!」

 

 卯月は、菊月の首筋へ主砲を当てた。

 

 恐怖と絶望に塗られた顔に、卯月の興奮は最高潮を迎える。

 

「う、卯月……」

 

 助けを求める手ではなく、姉の凶行を止めるように、菊月は手を伸ばす。卯月は煩わしそうに、その手を押しのけた。

 

 主砲のトリガーを引いた。

 

 菊月の顔が千切れ飛ぶ。爆風にぐちゃぐちゃになった体も飛ばされて行き、菊月の顔と体は海中へ落下した。

 凄い面白い死にざまだ。おかしくって、卯月は腹を抱えて笑う。

 

 地べたに転がる死体を蹴り飛ばしながら、卯月は奥へ進む。鎮守府にいる奴は皆殺しだ。内部構造を知っていた卯月は、容易くシェルターな内に侵入した。そこに立て籠もる()()の姿を一瞥する。

 

 護るべき対象、艦娘という存在を作った人達。

 

 殺すと気持ちよくなれる、肉塊だ。

 

「ただいまー、アーンド、さよならぴょーん!」

 

 卯月は躊躇なく、人間も撃ち殺した。艦娘よりも遥かに脆く、死体は簡単に破裂して千切れ飛ぶ。阿鼻叫喚と化し、逃げ惑う人間たちを、群れた深海棲艦が食い殺していく。

 

「うふふ、深海棲艦の餌になれるなんて、お前達には勿体ない死に方ぴょん」

 

 きっとあの世でむせび泣いていることだろう。もっと虐殺をしたい。そう思いながらシェルターから出た時、遠くで主砲を乱射する泊地棲鬼が目に入った。

 

「ソコカ、逃ガサン」

 

 泊地棲鬼は、神提督の元へ走り出した。卯月はシェルター内に提督がいなかったことに気づいた。提督が死ぬところを見逃すわけにはいかない。卯月も慌てて走り出す。さすがの速さに中々追いつけない。

 

「ま、待ってくださいぴょーん!」

「見ツケタゾ」

 

 強大な主砲が、バリケードを破壊する。その先にいたのは神提督と間宮だった。

 

「君は……」

「是非モナシ、此処デ沈メ!」

「お世話になりましたっぴょん!」

 

 泊地棲鬼が主砲を撃つと同時に、卯月も主砲を撃った。

 神提督を間宮が身を挺して庇う。泊地棲鬼と卯月、二人分の砲撃に間宮の体が砕け散る。部屋が鮮血で染まる。

 後ろにいた神提督も、衝撃波に耐え切れず、全身から血を噴き出した。

 

「泊地棲鬼さまに出会うまで、うーちゃんの面倒を見てくれて、ありがとうだぴょん」

 

 泊地棲鬼と一緒に、卯月が二射目を撃とうとした時、救援の艦娘たちが雪崩れ込んできた。その内一人の攻撃が卯月に直撃する。

 

「なんで、艦娘が!?」

「後回しだ、まずは提督と間宮を!」

「クソが、邪魔な連中ぴょん!」

 

 最悪だが、どうとでもなる。卯月は救援も殺し尽そうと、主砲のトリガーを引こうとして──その場に倒れた。

 

「え?」

「チッ、仕留メ損ネルトハ!」

「ちからが、抜けて」

 

 泊地棲鬼はその場から撤退していった。無事なことは嬉しいが、わたしはどうなる。なんとか立ち上がろうとした瞬間、増援の艦娘の攻撃が殺到した。

 

 卯月は意識を失った。

 

 

 

 

 その後卯月は回収され、『造反』の容疑で解体を言い渡されたのであった。

 

 造反は冤罪ではなかった。

 

 卯月は間違いなく、前科持ちだった。

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