鈍く重い、頭の奥底から響く痛みに、卯月の意識は覚醒した。
ただ、目の前が見えなかった。なにかを巻かれているんだろうか? ぼんやりした意識で、卯月は思う。
「卯月どの、聞こえておりますか?」
知らない声が聞こえた。
「聞こえているのなら、首を縦に振ってください」
卯月は言われるがまま、首を縦に振る。声の持ち主は満足げに『ふむ』と呟いた。
「話せるのでありますか、そうであれば、なにか話してください」
「……ぷ、ぷっぷく、ぷー」
「話せるでありますね、了解したであります」
これはなんなんだ。なんでわたしは目隠しをされているんだ。加えて口も上手く動かない。卯月はなんとか、無理矢理声を搾り出したのだ。
「ここは、どこだ、ぴょん」
「第零特務隊、前科戦線の地下シェルターの一角、拷問室であります」
「拷問……」
拷問とは相手を痛めつけることで、情報を聞きだす行為である。
「拷問!? うーちゃんを!?」
「おお、いきなり叫ぶなであります」
あんまりな事態に、卯月の意識は一気に覚醒した。と同時に、背筋に熱した鉄を流し込まれたような、形容し難い激痛が全身に走った。椅子が固定されていなければ、卯月は転げ落ちていた。
「あ、がっ!?」
「だから叫ぶなと言ったであります」
「な、なんでだぴょん、てか、お前は誰だぴょん!?」
痛みを堪えながら卯月は問う。
「私でありますか、私は憲兵隊所属の『あきつ丸』と申します」
「あきつ丸、憲兵隊!?」
「今日は高宮中佐の要請により、貴君に質問をしにきたであります」
あきつ丸の言葉は、ほとんど卯月には聞こえていなかった。拷問部屋に憲兵隊の兵士。拷問されるのだと、卯月はパニックに陥る。拷問される理由にまったく心当たりもなかった。
「どうしてだぴょん、中佐はなんで、それにうーちゃんは──」
「卯月どの卯月どの卯月どの、これはまだ、『質問』であります。まだ、ではありますが」
「ま、だ?」
「そう、これが『拷問』に転じるかは、卯月どの次第であります。質問はあきつ丸の問いの後、受けるであります。なぁに簡単な質問でありますよ」
卯月はコクコクと頷いた。これで反論すれば本当に拷問が始まると思った。
「卯月どのは、さっきまでなにをしてたでありますか?」
「さっき……戦艦水鬼を沈めるために、金剛たちと出撃してたぴょん」
「具体的に、どこまで覚えていますか」
「えっと、輸送艇から降下して、水鬼と遭遇して……遭遇、して……?」
そこで、記憶がパッタリなくなっていた。
「そこまででありますね?」
「うん、そうだぴょん」
「一切覚えていないで、ありますね?」
「だからそうだぴょん」
何度も同じことを言わせないでほしい。記憶はないが、戦いはちゃんと終わった筈だ。そうでなければ前科戦線に帰還できていない。
「では、卯月どのは、金剛どのや不知火どのを襲ったでありますか?」
「ありえないぴょん」
「そうですか、そうでありますか」
冗談にしても趣味が悪い。卯月はあきつ丸を睨んだ。卯月が深海棲艦に対して覚える感情は全て悪感情だ。
「質問は以上であります」
「じゃぁまず、目隠しをとるぴょん。辛いぴょん」
「了解であります」
あきつ丸は素早く卯月の目隠しを取った。拘束は取らなかった。卯月は首を傾げた。
「なんで拘束を解かないぴょん?」
「色々あるのであります」
「……てか、なんで中佐や不知火がいるぴょん?」
拷問室にいたのは、あきつ丸だけではなかった。高宮中佐や不知火もいる。三人が卯月を見ていた。
「偶然では、なさそうですね」
「なんの話だぴょん? ところで水鬼はどーなったぴょん? ちゃんと沈めたのかぴょん? ちゃんと話して欲しいぴょん」
恐らく、初手で敵の攻撃を喰らって気絶したのだろう。情けない話だが、そうでなければ記憶はなくならないだろう。でも金剛や不知火たちなら、水鬼は倒してくれた筈だ。
「了解であります、では説明を──」
「いや、いい、あきつ丸。これは私から話さなければならない」
あきつ丸を止めて、中佐が卯月の前に出てきた。妙に神妙な顔をしているのが気になったが、卯月はそれより、戦いの結末を気にしていた。
「中佐ー、拘束解いてぴょーん」
「言った後でだ」
「ほーいだぴょん、で、うーちゃんの記憶がない間、なにがあったぴょん?」
卯月は楽観的だった。もしくは本能的に深く考えることを避けていたのかもしれない。
話せば、卯月の精神が持たないのは、誰の目にも明らかだったから。
高宮中佐は、
*
「…………え?」
卯月は半笑いのまま、硬直していた。
「あ、はは、冗談上手いぴょん。でも言っていい冗談があるぴょん」
「事実だ、お前は突如我々を裏切り、水鬼に──」
「それ以上は卯月も怒るぴょん! 『卯月』を侮辱しないでほしいぴょん!」
卯月は怒り狂う。しかしその顔からは、脂汗が大量に流れている。本能ではもう、分かりつつある。
「よく思い出せ、冷静に、一つずつ」
高宮中佐は、卯月の行動を全て正確に説明していた。外からの刺激に、卯月の記憶が復元されていく。
まず思い出したのは、戦艦水鬼に傅いた時の記憶だった。
「卯月は、戦艦水鬼に、忠誠を」
「そうだ、お前は、我々を裏切った」
あとは芋づる式だ。次々に記憶が蘇る。ジグゾーパズルのように埋まっていく。
「え、な、なんで、嘘だぴょん、なんで、うーちゃんは……」
誘惑的な暴力衝動に呑まれ、それの赴くまま仲間を殺そうとしたこと。裏切った瞬間、心の底から悦んでいたことも。全員を殺す気だったこと。すべて自分が望んだ行動として、実感を伴って覚えていた。
どうして、そんなことを望んでしまったのか、理解ができなかった。望むはずがないのに、あの時だけは、戦艦水鬼にために尽くすことを心から望んでいた。
わたしが、みんなを殺そうとした。
後悔と罪悪感に、卯月は震えだす。
だが、事はそれだけでは終わらない。
「卯月どの、気づきませんか?」
「き、気づく? なにを?」
「同じく、記憶がなぜか消えている。そういう出来事を、卯月どのは経験していることに」
卯月は、気づいてしまった。
高宮中佐から言われるまで、卯月は造反の記憶を失っていた。裏切っていた間の記憶だけ、すっぽりと抜け落ちていた。
神鎮守府にいた時と同じだった。
初陣した時も、同じように記憶がなくなっていた。
それが意味することとは、つまり。
初陣の直後記憶をなくした間、卯月がしていたことは、今回と同じように。
「ね、ねぇ、中佐……うーちゃんの初陣と、今回のは似てるって……出撃した後の記憶がないことが」
「そうだな、聞いていた」
「でも、記憶はないけど、その間に起きたのは……冤罪だよね。なんども、冤罪って聞いたぴょん。うーちゃん、嘘は嫌いって言ったぴょん……中佐、うーちゃんが、神提督の鎮守府を襲ったのは、大本営が被せた『冤罪』だよね? 嘘じゃないよね?」
卯月は涙目だった。震えた声で中佐に問いかける。水鬼に忠誠を誓ったのは真実だ。しかし神鎮守府を襲ったのは冤罪だ。何度もそう聞いた、卯月はそう信じていた。
高宮中佐は少し目を閉じる。
そして目を開くと、いつもと同じ、淡々とした口調を意識して──告げた。
「あれは嘘だ」
愕然と固まる卯月へ、高宮中佐は冷静さを取り繕う。
「じゃあ、神提督を、菊月を、みんなを、こ、殺した奴って、まさか、まさか……!?」
心が壊れていく。怒りではなく、純粋な絶望で。高宮中佐はそうなることを察してた。その上で目的のため、告げた。
「鎮守府を襲撃したのは、間違いなくお前だ」
その一言をトリガーに、あの日の記憶が蘇った。
*
卯月の目の前に広がっていたのは、死体の山だった。
初陣に付き合ってくれた、仲間たちが死体になって転がっていた。
その中には菊月もいた。卯月の主砲から煙が出ている。殺したのは卯月自身だ。
「ドウダ、仲間ヲ殺シタ気分ハ?」
「……最高の気分だぴょん、こんな幸せな気持ちは始めてだぴょん」
しかし、後悔も罪悪感も湧かない。禁忌を犯したことへの背徳感に、卯月の口角は自然と緩んでいく。両手で体を抱え込み、全身を走る快楽に震えていた。
生まれ変わってしまった、変わっちゃった。楽しくて仕方がない。
「卯月、神躍斗ノ所ヘ案内シロ」
泊地棲鬼の声に、卯月は顔を上げる。
顔を見た瞬間、卯月の胸はときめいた。天に昇るような尊敬の気持ちが溢れ出す。卯月はとびっきり甘い声で返事をする。
「はぁーい、了解ぴょん!」
「ククク、遂ニ、コノ時ガ来タ」
「うひひ、楽しみだぴょん、きっとビックリするぴょん」
泊地棲鬼と一緒に行動している。そのことが嬉しくて仕方がなかった。好きな人と一緒にいれば、それだけで楽しくなれる。同じ感情を卯月は泊地棲鬼に対して抱く。また、泊地棲鬼に貢献できている事実も、悦楽に繋がった。
「視えました、あれが鎮守府だぴょん!」
「アア、ソウダナ。間違イナク、神躍斗ノ鎮守府ダ。ヨクヤッタ」
「あはっ、うーちゃんも嬉しいぴょん」
本来鎮守府というものは、高度な術式によって守られている。深海棲艦に位置を悟られないような工夫がされている。
しかし、内通者に案内されれば意味がない。卯月の案内によって、泊地棲鬼たちは容易く、神鎮守府へ雪崩れ込んだのだ。
突然の襲撃に、対応できる者は誰もいなかった。泊地棲鬼と空母群が放った空襲に、鎮守府の建物が次々と破壊されていく。上陸されたことで、深海の呪いが急速に浸食していく。基地はあっと言う間に真赤に染まった。
混乱と浸食で、碌に動けない艦娘たちは、格好の獲物だ。
「どうしたぴょん、反撃しないぴょん? うーちゃんを撃てないかぴょん、うひひ、バカな奴等だぴょん」
深海棲艦に混ざり、卯月は次々と艦娘を虐殺していった。直接主砲で撃つだけではない。動けなくなった艦娘を見れば、口に魚雷を捻じ込んだ。手足を一本ずつ引っこ抜いたりしながら。卯月は殺戮の快楽に打ち震える。
「ああ、気持ちいいぴょん……」
爆発と砲撃に、血しぶきと内蔵のシャワーが降り注ぐ。卯月はそれを全身で浴びながら、夢心地で呟く。
「もっともっと殺すぴょん! うーちゃんを楽しませろぴょん!」
卯月が一歩歩くごとに、新しい死体が増えていく。卯月自身が増やしていく。
背徳感が止まらない、こんな気持ちの良いこと、止められるわけがない。楽しくて仕方がない。
新しいおもちゃを見つけた子供のように、色々な殺り方を卯月は堪能する。主砲で全身をバラバラに砕き、素手で顔の皮を剥ぐ。気絶した駆逐艦を叩き起こし、仲間を撃つように無理矢理脅して、最後はどっちも殺した。
死体の顔はどれも、無念と絶望に染まっている。卯月はわざわざ近づき、その顔を力いっぱい踏み抜いた。そうすると、その艦娘の全てを壊した気分になれた。深海棲艦らしさが高まり、気分が高揚していくのが自覚できた。
艦娘だけではない。卯月は鎮守府そのものも破壊していく。かつての自分が護ろうとした場所を、他ならぬ彼女ががその手で破壊していく。
卯月の暴力衝動が満たされる。人の倫理観に縛られていたら、永遠に得られなかった充足感だ。
「う……卯月」
「およよ、この声は、菊月かぴょん? 死んだフリでもしてたかぴょん?」
「どうして、こんな、ことを」
菊月は一度、他の出撃メンバーと一緒に殺されていた。しかし死んだフリをしてなんとかやり過ごし、鎮守府まで戻ってきたのだ。
だが圧倒的戦力差になにもできなかった。他の深海棲艦に撃たれたところを、卯月に見つかったのだ。
「どうしてって、決まっているぴょん。うーちゃんはぁ、泊地棲鬼さまの奴隷になるために、生まれてきたんだぴょん」
「嘘だ……そんな馬鹿なことが」
「へっへー、じゃーあ、証明してあげるぴょん!」
卯月は、菊月の首筋へ主砲を当てた。
恐怖と絶望に塗られた顔に、卯月の興奮は最高潮を迎える。
「う、卯月……」
助けを求める手ではなく、姉の凶行を止めるように、菊月は手を伸ばす。卯月は煩わしそうに、その手を押しのけた。
主砲のトリガーを引いた。
菊月の顔が千切れ飛ぶ。爆風にぐちゃぐちゃになった体も飛ばされて行き、菊月の顔と体は海中へ落下した。
凄い面白い死にざまだ。おかしくって、卯月は腹を抱えて笑う。
地べたに転がる死体を蹴り飛ばしながら、卯月は奥へ進む。鎮守府にいる奴は皆殺しだ。内部構造を知っていた卯月は、容易くシェルターな内に侵入した。そこに立て籠もる
護るべき対象、艦娘という存在を作った人達。
殺すと気持ちよくなれる、肉塊だ。
「ただいまー、アーンド、さよならぴょーん!」
卯月は躊躇なく、人間も撃ち殺した。艦娘よりも遥かに脆く、死体は簡単に破裂して千切れ飛ぶ。阿鼻叫喚と化し、逃げ惑う人間たちを、群れた深海棲艦が食い殺していく。
「うふふ、深海棲艦の餌になれるなんて、お前達には勿体ない死に方ぴょん」
きっとあの世でむせび泣いていることだろう。もっと虐殺をしたい。そう思いながらシェルターから出た時、遠くで主砲を乱射する泊地棲鬼が目に入った。
「ソコカ、逃ガサン」
泊地棲鬼は、神提督の元へ走り出した。卯月はシェルター内に提督がいなかったことに気づいた。提督が死ぬところを見逃すわけにはいかない。卯月も慌てて走り出す。さすがの速さに中々追いつけない。
「ま、待ってくださいぴょーん!」
「見ツケタゾ」
強大な主砲が、バリケードを破壊する。その先にいたのは神提督と間宮だった。
「君は……」
「是非モナシ、此処デ沈メ!」
「お世話になりましたっぴょん!」
泊地棲鬼が主砲を撃つと同時に、卯月も主砲を撃った。
神提督を間宮が身を挺して庇う。泊地棲鬼と卯月、二人分の砲撃に間宮の体が砕け散る。部屋が鮮血で染まる。
後ろにいた神提督も、衝撃波に耐え切れず、全身から血を噴き出した。
「泊地棲鬼さまに出会うまで、うーちゃんの面倒を見てくれて、ありがとうだぴょん」
泊地棲鬼と一緒に、卯月が二射目を撃とうとした時、救援の艦娘たちが雪崩れ込んできた。その内一人の攻撃が卯月に直撃する。
「なんで、艦娘が!?」
「後回しだ、まずは提督と間宮を!」
「クソが、邪魔な連中ぴょん!」
最悪だが、どうとでもなる。卯月は救援も殺し尽そうと、主砲のトリガーを引こうとして──その場に倒れた。
「え?」
「チッ、仕留メ損ネルトハ!」
「ちからが、抜けて」
泊地棲鬼はその場から撤退していった。無事なことは嬉しいが、わたしはどうなる。なんとか立ち上がろうとした瞬間、増援の艦娘の攻撃が殺到した。
卯月は意識を失った。
その後卯月は回収され、『造反』の容疑で解体を言い渡されたのであった。
造反は冤罪ではなかった。
卯月は間違いなく、前科持ちだった。