前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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しばらく説明回。次回までには終わらせないと……


第54話 危機

 ブラックボックスによって暴走したと知った卯月。しかし、艤装にどうやって仕込んだのかという問いかけをした時、高宮中佐はどんでもない答えを言ったのであった。

 鎮守府内にいた、誰かだと。

 しばし、口を上げて呆然とする。卯月はその意味を理解した瞬間、叫びだした。

 

「がぁぁぁぁっ! 誰だ、敵はぁぁぁぁ!」

 

 罪悪感で苦しんでいた時とはまったく違う。『敵』に対する激しい怒りで、卯月は暴走してしまった。

 

「卯月さん?」

「殺すっ、殺させろ、誰が神提督を、殺そうとした!? わたしを嵌めたのはどこのどいつだ、身体中引き裂いてやるっ!」

 

 ただ、怒り狂っているのとは違った。

 充血した目は深海棲艦のように真っ赤になり、焦点が全く定まっていない。拘束しているロープを千切りそうな勢いで、卯月が暴れ回る。食い縛った歯からは、何度も亀裂の走る音がした。

 

「落ち着け卯月、話は終わって──」

「落ち着けるかこれが! クソが! 深海棲艦め、よくも……害獣どもが! 死ね! 死ねよ! とっとと全滅しろ! させてやるっ!」

「聞こえないのか、落ち着け!」

 

 高宮中佐は呼びかけて来るが、卯月には全く届かない。むしろ、ただ煩わしいだけのノイズとして認識されていた。

 

 敵が、誰かは分からないが、深海棲艦なのは確かだ。

 陰湿さに吐き気がする。狡猾さに胃がよじれてくる。自分でも信じられないほどの怒りが噴き出していた。今まで感じた中でももっとも強い、怒りの炎だ。

 

 脳裏に、仲間の悲鳴が響き渡る。死ぬ瞬間の顔がこびりついて離れない。全ての記憶が、思い出が、卯月を憎悪へ駆り立てる。ベキベキと心が焼け落ちていく気分だ。理性で抑えられるレベルを超えている、怒りで全部が埋め尽くされる。

 

「拘束を解け、殺させろ、殺させろ殺させろ殺させぉぉぉぉ!」

「するわけがないだろう、今のお前を」

「うるさいんだよ! ジャマするのか!? 敵か!? 害獣どもの仲間だったのか!? そっかだからジャマすんだな、死ね、殺してやる!」

 

 何もかもが憎しみに染まっていく。そんなこと思う筈がないのに、今の卯月にはそうとしか思えなかった。強過ぎる怒りは深海棲艦だけに留まらず、自分以外全ての存在に飛び火する。敵を根絶やしにしなければ収まらない怒り。それを邪魔する存在も例外ではなかった。

 

「殺す? 誰が、誰を」

「卯月が、お前を、中佐を! ……中佐、を……?」

「それは、お前が後悔している行動だろう」

 

 だが、中佐に言わされて気づいた。中佐を殺すことは、神鎮守府の仲間を殺したことと、全く同じであることに。

 

「あ、あぁ……う、卯月は、なにを……!?」

 

 怒りの感情は一切落ち着かなかった。理性を焼き切りそうな憎悪は止まらない。なのに、同時に罪悪感までもが噴出してきた。

 中佐を殺した自分の姿が垣間見える。無念の顔で、動かない瞳孔がこちらを見つめていた。

 

「嫌! 違う、卯月は、そんなの、そんな、つもりはぁ!?」

 

 大切な人を、殺そうとした。実際はしてないが、錯乱した卯月にはそうとしか思えなかった。だけど中佐は、復讐を邪魔しようとした憎い敵だ。

 違う敵じゃない、でも邪魔をしている。憎いのに、殺してしまった。分からないなんで殺したんだ、恩人なのに、どうして、私は。

 

 憎しみと罪悪感が同時に沸いたことで、二つの感情が真正面から激突し合う。矛盾する感情に卯月は一瞬で錯乱し出した。死んでいないのに、中佐を殺したと思い込んでいる。みっともない自分の姿、そして中佐を殺した自分。

 怒りの矛先と、自責の念が、卯月自身へ向けられた。

 

「卯月さん、死んでいません! 拘束されている状態で、どう殺したっていうんですか!」

「ううう……卯月、は、が、殺して……?」

「前を見てください、あそこにいるのは中佐です、死んでいないでしょう」

 

 涙で紅く腫れた顔を上げると、無表情でこちらを見つめる高宮中佐の姿が見えた。

 死んでいない、邪魔者が、殺さなければ。

 だが、それでも一度沸いた怒りが止められなかった。卯月はまた唸り声を上げながら、錯乱し苦しみ続ける。

 

「……酷いな、これは」

 

 深海棲艦への怒りが限界を超えている。それだけならまだ殺戮マシンとして使えたが、同時に罪悪感まで沸いている。

 

 高宮中佐たちは、嘘を言っていないところもあった。

 それは卯月が始めて暴走した時の説明だ。トラウマを刺激されたことによる、防衛的な攻撃行動ではないかと。トラウマを遠ざけようと過度に攻撃的になっていると。恐らくそれは正しかった。

 

「うぅー……うー……」

「そう、ゆっくり息をして、少しずつ、落ち着いて……」

「う、卯月は……なんで……」

 

 しかし卯月の精神構造は、見た目相応の物である。例えそれが敵の策謀だとしても、仲間を自分の手で殺した罪悪感は、絶対に消すことはできない。敵が憎いが、敵は卯月でもある。矛盾した構図に精神が耐えれていない。

 

 本来なら、メンタルケアのできる施設で、治療してもらうのが先決だ。だが高宮中佐にとって、それはもっとも愚かな選択肢だった。

 例え更に壊れようとも、何度も錯乱し発狂しようとも、前科戦線で戦って貰わねばならない。目的のためにも、卯月の安全のためにも。

 

「不知火」

「はい、いかがされましたか」

「卯月は今後、何度も錯乱するだろう。襲撃事件や、敵のことについて触れる度に、剥き出しの地雷を踏み抜くように──怒りと罪悪感で暴走するだろう」

「ええ、不知火に任せてください。中佐の手は煩わせません」

「そうしてくれ」

 

 不知火は中佐の意図を汲んで、先に返事をする。その会話が終わるころには、卯月の発作はかなり落ち着いてきていた。怒りによる暴走な分、落ち着くのも割と早いのである。その分短期間の負荷が激しい訳だが。

 

「ご、ごめんなさいだぴょん、説明を中断しちゃって」

「構わない、だが今言っておくが、今後お前は、その感情に否応なしに付き合わなければならないだろう。それは覚悟しておけ」

「了解ぴょん、なんとかカッコ悪いトコは見せないよう、頑張るぴょん」

「折を見て、他のメンバーにも事情は説明しておこう」

「申し訳ないぴょん……」

 

 今までも激昂して暴走しかけることはあったが、ここまで酷くはなかった。こんなにも酷くなるとは、全部敵のせいだ。

 と思った途端、また激情が噴き出しそうになった。卯月は慌てて首を横に振り、敵のことを頭から叩きだす。重症だった、怒りを抑えておく理性の蓋が、ボロボロに焼け落ちてしまったようだ。

 

 それでも、その感情を捨てたり否定する気は全くなかった。誰が何と言おうとこの怒りは『正当』だからだ。正しい怒りをなぜ否定しなければならないのか。罪悪感もそうだ。それは私が人らしい心を持っている証明に他ならない。

 

 何度も何度も発狂するだろうが、感情を否定はしない。それは『卯月』らしくない行為だと、卯月は誓う。

 

「話を再開してほしいぴょん」

「良いんだな?」

「が、頑張るぴょん」

 

 そうとしか言えないのである。また錯乱したら、不知火とかに助けてもらう。申し訳ないとか思うと罪悪感が噴出するので、気にしないようにした。

 

 

 

 

 話を元の内容が戻る。中佐が言っていた言葉を、卯月は改めて問い直した。

 

「それで、敵が、神鎮守府にいるってどういうことだぴょん。深海棲艦じゃないのかぴょん」

 

 ブラックボックスを仕込んだのは、深海棲艦だと卯月は考えている。深海棲艦でなければ、深海のエネルギーを取り込むシステムなんて、作れるとは思えなかったからだ。しかし中佐は首を横に振る。

 

「確かに、深海棲艦が黒幕である可能性はある。深海のエネルギーを取り込む方法、お前の暴走、お前が泊地棲鬼に従ったこと。全て人類を窮地に追いやっている。深海棲艦の『侵略』の一環と考えるのも、不自然ではない。だが」

「だが?」

「いずれにせよ、実行犯は、鎮守府内部にいなければおかしいのだ」

 

 その内容に、取り敢えず卯月はホッとした。まさか黒幕が──『人間』だったら、もう最悪だったからだ。

 

「艤装に対して、鎮守府の()でシステムを組み込める可能性はゼロではない。ドロップをおこす前のイロハ級に組み込む。ドロップ艦を強奪して組み込んだ後放流する。出撃していた艦娘を拉致して組み込んで流す方法。もしくはそのどれでもない、我々の予想だにしない手法。できなくはないが、どれも運任せだ」

 

 イロハ級に仕込んだとて、必ずドロップをおこすとは限らない。

 ドロップ艦を待つにしても運要素が強い上、ドロップは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり深海棲艦は殲滅され、艦娘しかいない特殊な状況(A勝利以上)でしか発生しないのだ。そんな状態で攫えるとは思えない。

 出撃していた艦娘を拉致して送り返したとしても、帰還時に精密検査が行われる。その時気づいて当たり前だ。そもそも、卯月はあの暴走が初陣である。その時点でこの可能性は消えていた。

 

「故に、外で仕込める可能性は、かなり低くなる」

「だから、鎮守府の中だって、言うのかぴょん」

「そうだ、鎮守府の中なら、お前の艤装を狙って確実に組み込むことができる」

 

 全くもってその通りだ。卯月は納得するしかない。しかしそれでも、かなり分からないところが多くあるのも事実だ。

 

「でも、なんでうーちゃんに仕込んだぴょん」

「分からん、誰が、何の為に、何故卯月を標的にし、如何なる理由で神躍斗の鎮守府を狙ったのか……」

「いくつかは偶然じゃないのかぴょん?」

「いいや、全ての事柄には理由がある。必ずそうした理由が存在する」

 

 高宮中佐は強く断言した。言う通りだ、謎ばかりだ。この襲撃事件は何を目的にしてたのか、なにをするためのシステムだったのか。卯月も高宮中佐も、未だに分からないことだらけなのである。

 

「『敵』の正体にしても、そうだ」

「敵? 敵は深海棲艦じゃないのかぴょん?」

「いや、人間の可能性もある。むしろ人間の可能性は高い」

 

 人間が、敵って言ったのか? そんな馬鹿なととっさに否定する。人類を護る鎮守府を壊滅させて、どこの誰が喜ぶと言うのか。

 

「忘れたか、神躍斗は提督の中でも、特に上層部から目をかけられていた男だと。いわばエリート。ならば、引き摺り降ろしたいと思う人間がいても、おかしなところはない」

「嘘だ、まさか、そんな、下らないことの為に!?」

「そうだ、それが人という生物なのだ」

 

 嘘だろう──卯月はそう信じたかった。まさか、深海棲艦という脅威を目の当たりにしても、我欲に走る奴がいると言うのか。

 

「……まあ、ありえそうだぴょん」

 

 と思ったのは一瞬、卯月はすんなり納得した。

 中佐の言う通りだ、生き物はそういう風にできている。まずは自分の利益を優先させる。生き物は普通、そうできている。例え自らを犠牲にする責務を持つ軍人でも、そういう奴はいるだろう。

 

「実際は分からない。人間がシステムを仕込んだのか、潜伏していた深海棲艦が仕込んだのか。実行者に指示を出したのは人間なのか、深海棲艦なのか。実行者と黒幕が同一人物なのか……」

「でも、なんで人間の可能性が高いぴょん」

「艤装は艦娘側の技術だ、深海棲艦がそう好き勝手にいじれるものではないのだ」

 

 言われてみれば、確かにそうだった。まあ艤装に詳しい深海棲艦が居れば話は別だが。そういった個体がいる可能性は否定できない。今まで人類の前に姿を現していないだけかもしれない。結局のところ、分からないのである。

 

「人間だとしたら、容疑者はいるのかぴょん?」

「それを調べるために、このあきつ丸がいるのでありますよ」

「なるほど、てか、あきつ丸はなんで来てんだぴょん?」

「む、あきつ丸でありますか?」

 

 憲兵隊のあきつ丸はなぜこんなところに来ているのか。まさかわたしに質問する為だけに来た訳じゃないだろう。

 

「一つは、卯月殿が敵かどうかの判断です。敵だと断定した場合は、質問を拷問へ変える必要がありましたので。あきつ丸は拷問のプロフェッショナルであります」

「ってことは、うーちゃんは敵じゃないって判断したんだぴょん」

「ええ、拷問はできなくなりました。残念であります」

「おい今なんて言ったぴょん」

 

 さりげなく危険思想が垣間見えたぞ今。もし答え方を間違っていたらスプラッターな光景が広がることになっていた。卯月は今更ながらゾッとする。

 

「二つ目は、今後の対応を中佐殿と相談する為。憲兵隊としても今回の事案は、緊急事態と捉えています」

「緊急事態かぁ、まー、そうだけど」

「甘いであります卯月殿、システムの存在がどれほど恐るべきことか、理解していないであります」

「顔近いぴょん」

 

 鼻先が当たるぐらいの至近距離から、あきつ丸は顔を覗き込む。その瞳に光は無かった。闇も無かった。淵源へと続く奈落が広がっているだけだった。とても怖い。卯月は冷や汗を流しながら震える。

 

「おお、怯えているであります。愉悦愉悦」

「ねぇ中佐こいつ憲兵隊で良いのかぴょん?」

「安心しろ、味方を病院送りにはしない。せいぜい四肢と五感が一時的に無くなるぐらいだ」

「それ人間なら死ぬ!」

 

 場合によっちゃ艦娘でもショック死である。

 

「で、本当に分からないでありますか卯月殿」

 

 首を傾げる卯月を見て、あきつ丸は呆れる。気づいていないのか、精神のストレスを増やさないよう、意図して気づかないのか……どちらでも同じ。卯月も知っておくべきことだ。高宮中佐も同じ考えだった。

 

「艦娘を、突如洗脳し、暴走させるシステムが、いつ何処で誰に仕掛けられたか分からないのでありますよ。

 同じシステムを搭載した艦娘が、他にいたら?」

 

 卯月は言葉の意味を理解する。

 いつ、誰が、私のように暴走しても、おかしくない。

 全ての鎮守府が、その危機に晒されているのである。

 

「まさか、同じシステムが!?」

「そう、誰が洗脳されてもおかしくない! 常に背中から狙われているも同然、この恐怖に耐えれる艦娘は多くはありますまい。恐怖は疑惑を呼び、疑惑は敵意を呼ぶ! 互いが互いを疑う。隣人を密告し合う古き時代の再来となりて、深海どもはここぞとばかりに攻め込んで来るであります!」

「……なんか楽しそうに話してるのは気のせいかぴょん?」

「相手を陥れるのは楽しいに決まっているであります」

 

 おしまいだよコイツ。憲兵隊はもうダメに違いない。関わったらまたメンタルブレイクしかねない。卯月はあきつ丸について色々諦めた。

 バシンと教鞭を叩き、中佐がゴホンと咳ばらいをした。

 

「まあ、そんな疑心暗鬼の軍隊が機能する筈もない。システムの存在を放置しておけば、鎮守府どころか、あらゆる国家の艦娘システムが崩壊する。即ち人類の死滅だ」

「人類の、死滅……」

「そうだ、これは世界的危機なのだ。その最前線にいるのが、お前だ」

 

 高宮中佐は、教鞭を卯月へ向けた。

 

 卯月も理解した。この戦いは単に、個人的な復讐に収まっていないのだと。前科戦線が協力してくれたのは、そこに理由があるのだと。




 うーちゃんのメンタルは当分ガッタガタです。しょうがないです。

 艤装に仕込まれたシステム。解析すれば分かるけど、そもそもどのタイミングで仕込んだのかさえ分からない現状。対策らしい対策が打てない訳ですね。
 造反を冤罪と偽った理由は、次回で説明します。
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