ウォースパイトにもタシュケントもフレッチャーもH札なのん。これは悪夢なんな。(丁でクリアしました)。
作者のやらかしはともかく、今回ちょっと長いです。良いところで区切れなかった。
ブラックボックスが、卯月以外に組み込まれている可能性がある。誰が何時、どんな時に暴走するかも分からない。この事件は、ただ卯月が裏切っただけに留まらない。世界的な危機ということを、卯月は知った。
「そうだ、これは世界的危機なのだ。その最前線にいるのが、お前だ」
高宮中佐が教鞭を卯月へ向ける。卯月はごくりと唾を呑んだ。
「一つだけ分かっていることがある、それは、お前の生存が『敵』にとってイレギュラーだということだ」
「卯月の、生存が?」
「お前を運んでいた護送車を覚えているな。あの護送車だが、お前を奪取した後、何者かに爆破された」
「爆破!?」
「運転手や、搭乗していた兵士は皆死んだ。解体施設へ辿り着く前に、お前は
まさかの情報に卯月は言葉を失う。あの時の記憶はほとんどないが、誰かが乗っていたのは感じていた。
不条理な解体だったけど、彼らは職務を遂行していただけだ。死んでいいはずがない。誰がそんなことを。
「クソが、それも、敵の、陰謀かぴょん……!」
「そうだ、だから敵にとっては、お前が生きていること自体が脅威となる。卯月、お前は生きなければならない」
「うーちゃんが生きていれば、敵を追い詰められるってことかぴょん!」
こうして生きているだけでも、敵は焦り追い詰められる。そう考えれば暴走しそうな怒りを多少は発散することができた。
「これまで虚偽を述べたのもそれが理由だ。敵を倒すためにお前を『生かすこと』。そしてシステムを『解明すること』が必要だったからだ」
虚偽とはつまり、卯月の造反を冤罪と偽っていたことである。
「最初から真実を伝えれば、お前は壊れただろう」
「別に最初から言ってても良かったぴょん」
「そうか? 最初から言って、お前は正常な精神を維持できたか?」
そう言われると、自信がなかった。着任直後は、仲間を失ったショックや冤罪の悲しみ、提督と離れ離れになった寂しさで、かなり堪えていた。そんなところに、真実を言われたら発狂してたかもしれない。
「お前には、出来る限りお前には前線にいてもらいたいのだ。戦場に立てば敵の目につく機会が増える。敵からリアクションを引き出せる。その為には壊れていない方が良い。狂った兵士を前線へ置くのはリスクが高い。だから真実を我々は隠した」
実際、どうなるかは高宮中佐たちにも分からなかった。あとで言った方がリスクが高かったかもしれない。だから伝えない方が良い。そちらに賭けたのである。
「艤装を菊月のものと偽ったのは単純に、ギリギリまでシステムの解析をしたかったからだ。かと言って解析している間、お前を一切戦場へ出せないのも問題だった。そちらは結局無駄になったがな……」
「ごめんよう中佐、卯月ー」
「いや、北上さんは責めてないぴょん。ん、でも嘘を言った理由は?」
「前言った通りだよ、自分の物でないと思っちゃうと、菊月の艤装を動かせなくなるかもしれなかったから」
その点で言えば、北上は嘘をついていなかった。本当にその点だけだが。
「さて、まだ話したいことはあるが……これ以上は、お前への負担が激しい」
「へー、優しいぴょん」
「さっき言った通りだ、敵を倒すためには、お前が
最悪私は、壊れても構わないということだ。至上目的は敵を倒すことだ。
何ら問題ない。卯月は納得する。むしろ本望だ、敵を倒すほうが、わたしの精神なんかより遥かに優先なんだから。
そう考える卯月の思考は、既に狂っているのかもしれなかった。
「今後の話は、また後日としよう。今日のところは自室で休め」
「了解ぴょん……ねぇ、中佐」
「なんだ」
卯月は、少し笑いながら口を開いた。
「ありがとぴょん、うーちゃんを、助けてくれて」
「……勘違いをするな、我々はあくまで敵を」
「うん、だからだぴょん。うーちゃんに復讐のチャンスをくれて、ありがとう」
そう、言い残して、卯月は不知火に運ばれて行った。
あきつ丸と北上も、自分の仕事があると戻っていく。工廠に残された高宮中佐は、鎮座する
「……大将、あなたの気持ちが、少し分かった気がします」
その意味を卯月が知るのは、まだ、先の話である。
*
卯月は不知火に運ばれて、自室へ戻っていた。拘束は既に外して貰っている。艤装を装備しなければ、まず暴走しないのは明らかだからだ。
だが卯月の気分は微妙だった。なぜならば、自室へ戻るということは。
「起きたのね、あんた」
一度殺したと思った満潮が、ベッドからこちらを見ていた。
「自力で動くのは困難です。お手洗いや他諸々について補助を頼みます。これは命令です、拒否権はありません」
言うだけ言って、不知火は卯月と満潮の部屋から出ていった。不知火が立ち去っても、満潮はだんまりとしたままだった。
こんな態度の理由は一つしかない。わたしに殺されたかけたことで、満潮は怒っている。それ以外にあり得ない。だが謝ろうとは思わない。悪いのはブラックボックスと敵なんだから。卯月はなんとかベッドへと移動する。どっと疲れが押し寄せてきた。
「あんた、なにか、言うことないの」
その時、やっと満潮が口を開いた。卯月に背を向けたまま、目線を合わさないまま。
「なにかって?」
「ふざけないで、あんたに何が起きたのかは不知火から聞いたわ」
「そっか、前科組は全員知ってるってことかぴょん」
不知火は前科組全員にもブラックボックスのことを説明していた。そうでなければ納得が得られないからだ。前科持ちに全てを言う必要はないが、通すべき筋はある。また、巻き込んでしまった金剛たちにも説明していた。
「私たちに言うことなんかあるでしょ」
満潮は苛立っていた。頭の上では、あれは卯月の意志ではないと理解できている。だがそれでは認められないのである。満潮は不意打ちによって間違いなく死にかけていたのも事実だからだ。
「なにもないぴょん」
だが、回答は、満潮を裏切るものだった。
「なんて言った」
「二回も言うのは嫌だぴょん、二回も言うのはお前がバカってことだぴょん」
「屁理屈もあんたの持論もどうでもいい、今なんて言った」
「なにもないって、言ったんだぴょん」
満潮は歯を噛み締め、卯月を般若のような顔で睨みつけた。
「ふざけんじゃないわよ、なにもない訳がないでしょ、なにをしたか自覚してんの」
「みんなを殺そうとした、お前については撃ち抜いたぴょん」
「ええそうよ、死ぬところだったわ」
満潮も卯月は嫌いである。
初対面のことは満潮型とか言われたこともあり、もう生理的にアレなレベルだ。卯月もそうだと理解している。心からの謝罪は期待していない。だがケジメは必要だ。だから満潮はわざわざ問いかけたのだ。
「で、それがなんだぴょん」
「わたし死にかけたのよ。金剛さんたちも、誰もが危険だったのよ」
「そう、でも別にうーちゃん悪くないし」
卯月の答えは、満潮を激怒させるに十分過ぎた。
「あんた、自分がなに言ってるのか、分かってんの!?」
ベッドから跳んだ満潮は、卯月のベッドに飛び乗り服を掴む。逸らしてた顔をこちらへ向けさせる。目を合せない卯月に、更に怒りを募らせる。
「分かってんのよ、悪いのはブラックボックスを仕込んだ輩だってのは。でも、それとこれとは話が別でしょ! あんたは私たちを殺そうとした。それに向き合う必要がある!」
どちらが正しいという問題ではない。どちらも正しいのだから。洗脳されていた、自分の意思でないのも事実。しかし卯月が彼女たちを危機に晒したのもまた事実。
「……少しは、ごめんって思わないの」
満潮にとって大事なのはそこだった。この暴走について、卯月がどう思っているか。仲間に対して──仲間として、正しい感情を抱いているか。
だが、卯月は裏切った。
「微塵も」
満潮の平手打ちが、卯月の頬を叩いた。歯を食い縛り、目を泪で潤ませながら。失望の怒りに震えていた。
「最低よ、あんたは」
二度と仲間とは思わない。暗にそう吐き捨てて、満潮は自分のベッドへ潜り込んだ。
卯月は叩かれた頬を擦り、ベッドへ潜った。重苦しい沈黙に耐えながら、二人は眠りへ落ちていった。
異変に気付いたのは、満潮だった。
異様な音が聞こえていた。加えて不快だ。不快感に満潮は目を覚ます。どっからこんな音がと周囲を見渡す。
「……う、うぅ……ぁぁぁ」
卯月の呻き声だった。恐らく悪夢で魘されているのだ。悪夢として見るぐらいの罪悪感はあるらしい。だが、こいつが認めないなら、感じていないのと同じだろう。満潮は舌打ちをする。
「なんで睡眠まで妨げられなきゃいけないの」
机の中から耳栓を取り出し、卯月の呻き声が聞こえないようにした。これで寝れると、満潮はまたベッドに潜る。
呻き声はほぼ聞こえなくなった。だが、ほんの微かに聞こえている気がする。気のせいだと満潮瞼を閉じ、睡眠に集中しようとした。
だが、卯月の呻き声が脳裏から離れない。耳栓を強く押し込んでも、幻聴は強まるばかり。イライラしてくる、考えたくもないのに、聞こえてしまう。
「あぁもう! クソが!」
満潮はベッドから飛び起きて、卯月のベッドを睨み付けた。
「起きろ! 寝てても喧しいとか嫌がらせでもし……て……」
怒声を上げながら、満潮は毛布をひっぺがした。だが、そこにいた卯月を見て、満潮は言葉を失う。
「ぁ……ぁぁ……う、う」
苦しみ方が普通ではなかった。
顔が真っ青だ、顔面蒼白どころではない。血の気が感じられず、まるで死人のようだ。布団がずぶ濡れになる程の脂汗が止まらない。呼吸も上手くできていないのか、か細い呼吸音が僅かに聞こえるだけだ。
想像を越えた姿に、満潮は立ち尽くす。常にガタガタと震え、弱々しく身体を抱き締めながら、必死で息をする。
唖然としている間に、呻き声が聞こえなくなっていた。
「……卯月?」
ヒュー、ヒューと、微かな呼吸音が聞こえるだけ。卯月は過呼吸を起こしていた。酸欠に苦しみだし、傷跡が残る勢いで、首を爪先で掻き毟り出す。
ヤバい、満潮は卯月を叩き起こしにかかった。
さすがに無視できない。寝る前の怒りはどっかへ消え、満潮は卯月を必死で揺り動かす。
「起きなさい卯月! 死ぬわよ!?」
大声で怒鳴り散らしたおかげか、卯月はゆっくりと目を覚ました。
これで悪夢は終わりだ、じき落ち着くだろう。
しかし満潮は、すぐにそれが、甘い考えだったと知る。
虚ろだった卯月の瞼が、突然開かれる。
「あ、ああ、あ……!?」
卯月は突如、顔を青ざめて叫びだした。
「いやあぁぁぁぁ!?」
喉が割けんばかりの悲鳴を上げて、卯月は錯乱する。腕と足を無茶苦茶に振り回す。ベッドの柵に身体をぶつけ血が飛び散る。力の加減が微塵も出来ていないのだ。満潮も巻き添えで殴られるが、怒っている場合ではなかった。
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛!! 痛い痛い痛い痛いぃ゛だぃ゛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いや゛だやだ嫌だ嫌だ止めて止め゛ぇ!?!?! でお゛願い゛だから゛ぁぁいぃや゛ああああ、い゛ぁあ゛ぁ゛あ゛ぁあ゛あ゛!!!!」
そこにいたのは、悪意の犠牲者の姿に他ならなかった。
虚ろな目は満潮を見ていない。ボロボロと涙を流し、吐しゃ物を撒き散らしながら、身体中を掻き毟る。肌が割け、爪がはがれてても、卯月は泣き喚きながら暴れ回る。卯月のベッドは彼女の血で真っ赤に染まっていた。
「落ち着きなさいよ! クソ、どっからこんな力が出てんの!?」
この惨状を無視できる訳がない。自傷行為を止めようと卯月を押さえつけるが、凄絶な抵抗に苦戦する。
暴走する卯月に何度も殴られる。体格もほぼ同じ、背中から羽交い締めにして、床に押し付けるので精一杯だ。
「やだやだやだやだやだあ゛ぁ゛ぁ゛!? 見ないでよ来ないでっ
「菊月!? 幻覚見てんの!?」
「違うの! あれは卯月じゃ、わたしじゃ、あ、あああああ!?」
そんなものまで見ているとは、今の卯月はどうなっているのか。だが考える余裕はない。押さえつけるので精一杯だ。
「ひっ……あ、あぁ……!? 止めて、死んじゃう、死にたくない、死んじゃダメなの、だから、止めて、そこはダメ、卯月が戦えなく!? 嫌だ嫌だ嫌だ潰さないでぇぇぇぇ!」
卯月は震える指先を、自分自身の眼球に伸ばした。
「バカ!?」
間一髪、満潮は卯月の手を押さえ込んだ。まさかと思ったが、本当に抉るつもりなのか。
「誰なの止めて痛いぃ゛ぃ゛ぃ゛もう抉らなぃでぇぇぇぇ゛!!」
「止めるかっ! クソ、なんでわたしが!」
「うぁぁぁぁっ!!」
壊れきった眼からは、とめどなく涙が溢れる。なにを見ているのか。その時、卯月が凄まじい力で腕を引っ張った。突き飛ばされ、壁に叩きつけられる。その隙に卯月は指先を眼もとへ突き立てた。
「ヤバい!?」
部屋の扉が、乱雑に破られた。
「なにやって……なにしてるクマ!?」
卯月の悲鳴は、基地中に聞こえていた。目を覚まして駆けつけた球磨が、卯月の様子を見て、すぐさま身体を抑え込んだ。
「大丈夫かクマ!?」
「そんな訳ないでしょ!? この惨状見なさいよ!」
「来ないでぇぇぇ!?」
依然卯月は錯乱し、自分を壊そうと暴れまわる。だが体格でも力でも勝る球磨に、完全に拘束されていた。球磨だけではなく、なにごとかと部屋の前に、金剛たちを含めた全員が集まっていた。
「いったいなにが起きたクマ」
「こっちが聞きたいわ……幻覚を見てるみたい」
「幻覚だって」
もし、この幻覚が一生続くものだったら、球磨たちにもなす術がなかった。
その心配は杞憂に終わる。力ずくで押さえ込み、身体で暴れられなくなったからか、少しずつ卯月は落ち着いていった。
「うぅ……今の、は」
「聞こえてるかクマ」
「球磨……? あれ、身体が、ある……なんで……う、うぇぇ……」
多少は落ち着いた。しかし眼は虚ろなままだ。幻覚を思い出したせいで、またベットに吐瀉物を撒き散らす。
「嫌だ……嫌……卯月じゃ、ない……」
頭を抱え、震え声を漏らす。吐しゃ物塗れになっても涙が止まらない。弱々しく、悲惨過ぎる姿に誰もが口を閉ざす。
それほどまでに、心の傷は深かった。
どれだけブラックボックスのせいと思っても、仲間や提督を殺した感覚は全て覚えている。裏切りの背徳に酔いしれた快楽も。
かける言葉がなかった。前科持ちのメンバーも同じだ。こんな状態の卯月を、どう慰めれば良いのか。
だが、一人だけ違う者がいた。
「ざけんじゃないわよ」
満潮は、怒りに顔を歪ませていた。
「満潮?」
「ふざけるんじゃないわよ!」
膝を抱えて震える卯月だが、満潮は胸ぐらを掴み、無理やり上を向かせた。
「み、ちしお……?」
「なんで、謝んないのよ。どうして……どうして、そこまで後悔してんのに、頑なに謝らないの! 幻覚まで見て、自分を痛め付けなきゃ気が済まないのに、なんでそれだけはしないの!?」
微塵も、ごめんとも思っていないなんて、嘘でしかない。謝りたいのならそうすればいい。それをわざわざ我慢する理由が満潮には理解できなかった
「……だ、って。悔しい、ん、だもん」
「く、悔しい?」
「どういう意味よ」
虚ろな目だった。満潮の質問をちゃんと理解してたかさえ分からない。それでも卯月は言葉を紡いでいく。
「『敵』が、喜んでるなんて、許せない」
卯月は涙目だった、声は震えて怯え切っていた。だがその上で、怒りを滾らせていた。
「こんなシステムを、組み込むような輩だ。そ、そんな奴が、今の卯月を見たら、嗤うに決まってる。人が、苦しむ姿を見たいから……システムを組み込んだのかもしれない。じゃなきゃ、こんな悪趣味なモノ、作んない」
「あんたの妄想じゃない」
「そう、想像だけど……そう思うと、怒りで、頭がおかしくなってくる! 泊地棲鬼はそうだった! 卯月が真実を知った時の絶望を、楽しむつもりで、嗤ってたじゃないか!」
自責の念で苦しむことは、嫌なことではなかったのだ。人間らしさの表れだから。だが『敵』は、罪悪感で苦しむ姿を見て笑うだろう。嫌なのはそれだった。満潮も僅かながら同意する。泊地棲鬼がそういう奴なのだから、敵も同類の可能性は高い。
「卯月は、思い通りになんて、ならない。何一つ敵の思うようにはならない。そんなの『卯月』の、誇りが、許さない。だから謝らない……罪悪感で苦しまない、自分を責めたりもしない!」
「それが、理由……」
「贖罪がいるなら、謝罪じゃない。敵を、叩き潰すことを、卯月の贖罪にする……!」
その態度が、罪悪感からの『逃げ』とは思わなかった。
謝るということは、ある種の免罪符だ。謝ることは罪悪感の軽減になる。幻覚を見るほど苦しんでいる卯月に必要なのは、その為の謝罪だ。
しかし、卯月はそれを拒絶した。
自分が悪いと一切思わない。罪悪感で苦しむ姿なんて見せない、一つもお前の思い通りにはならないと、宣言する。その為だけに。
心の傷を癒すよりも、誇りを貫くことを、卯月は選んでいたのだ。
「……バカよ、あんたは」
満潮には、そう呟く他なかった。
本当なら、罪悪感で泣きながら謝るのが普通ですし、筋なんでしょうけど。卯月が悪くないのも確かなので。
謝ったり、自責の念で苦しんだら、敵の思う壺だという考えをうーちゃんは貫きます。結構悩みましたけど、この生き様で良いんじゃないかなって作者的には思います。
……結果、幻覚を見る程苦しむ訳ですが。