しばらくの間はうーちゃん慰めパート。なんとかメンタルを回復させないと、出撃がヤバい。
真っ暗闇の中、規則的な機械音が聞こえてくる。音はだんだんと大きくなり、煩わしさが増していく。沈んでいた意識が起こされていく。
「……んぁ?」
卯月は、入渠ドックの中で目を覚ました。機械音はドックが動く音だった。入渠が終わったことで、卯月は眠りから覚めたのだ。
裸のままドックから身体を起こし、卯月は首を傾げた。なんでわたしは、こんなとこにいるんだろう。
思い出そうとうんうん唸っていると、隣のドックが開いた。わたしだけじゃない。もう一人入渠してたのだ。
「げぇっ、満潮!」
なんということか。隣にいたのは満潮だったのだ。驚く卯月を見て満潮は心底不機嫌になった。
「朝から満潮の顔を見るなんて、この世の終わりだぴょん」
「誰のせいでこんな目にあったと思ってるの今度こそ殴るわよこのタコ」
「誰のって、まさかこのうーちゃんが?」
「そうよ」と満潮は言った。そんなバカなと思いつつも、卯月は記憶を辿っていく。
瞬間、卯月は思い出しかけた。
「ヒッ、嫌ぁっ!」
頭を抱えて、卯月はその場に崩れ落ちる。とても立っていられない。恐ろしさに震えが止まらない。弱々しく震えながら、うずくまるしかできない。
「思い出したようね」
「う、うぅ……」
なんとなくだが、卯月は状況を理解する。
昨日の夜、わたしは悪夢を見た。鎮守府を壊した悪夢だ。そこから覚めたら、幻覚に、幻聴に、幻痛に襲われたのだ。
錯乱仕切ったわたしは、止めようとする満潮に気付けずに暴れまわった。自傷行為が止められなかった。結果、二人揃って入渠することになったのだろう。
それだけの幻覚だった。しかし卯月は、幻覚を
「はー、はー、はー……」
しばらくそうしていると、少しずつ落ち着いてくる。息を整えながら、卯月はゆっくり立ち上がる。
「酷い顔ね」
「……お、鏡だぴょん。なんて醜い顔ぴょん、うーちゃんの顔とは思えないぴょん。ポンデリングまで生えてるし」
「誰のことを言ってんの」
とりあえず満潮をおちょくっておく。それぐらいの元気は出てきた。しかし、到底本調子ではない。満潮が投げてきた手鏡を見て、そう思った。
「うわぁ……」
目のクマが酷い。悪夢と幻覚で寝不足だ。拭く暇もなくドックへ放り込まれたので、口回りに吐瀉物が残ってこびりついている。やつれた雰囲気が駄々漏れだ。
「この世紀の美少女うーちゃんが台無しぴょん」
「それだけ言えるなら平気ね……ある意味、昨日言ってた通りね」
「なんのことぴょん」
「……え、忘れてんの?」
信じられない、このクソが。とでも言いたげな顔をして、満潮は着替えだした。いつまでも裸というのもアレなので、卯月も着替えていく。誰かが洗ってくれたのか、綺麗なパジャマが置かれていた。
元々着ていたパジャマは、ゲロや血で汚れ、自傷行為で何ヵ所も破れていたのである。飛鷹が替えを置いていってくれていたのだ。
「ホントクソね」
呆れか失望か、どっちもか。深い溜め息を吐いて、満潮はさっさと入渠ドックから出ていった。
「覚えてんだけどねー」
実のところ、卯月は昨晩言ったことを覚えていた。
謝らないのは、腹が立つからだと。罪悪感に苦しむ姿を見て、敵が喜んでいると思うと、腸が煮えくり立つからだと。
そんな屈辱は、『卯月』のプライドが許さない。だから謝らない。自分のせいだと一切認めず、なにも気にしてませんと開き直る。『お前の思い通りにはならない』と見せつけるために。
しかし、これが正しいのかは分からなかった。満潮が言ってたとおり、謝った上で、復讐を決意する方が本来の道筋だと卯月は思う。
けれども、それは誇りが許さない。謝れば自分が悪いと認めることになる。それは『卯月』を乏しめることになる。本当に自分自身の過ちならいざ知らず、敵が悪いのに、なんでそんなことしなきゃいけないのか。
だが、誇りもプライドも、所詮は自己満足だ。卯月が侮辱されるから謝らないなんて、満潮や中佐には関係ない。昨晩は憔悴していたので、つい喋ってしまったけど、自信満々に話せる理由でもないのだ。言わなくて良いなら、その方が良かった。
それでも償いが必要だとしたら、謝罪ではない。謝罪ではなんの意味もない。
昨日宣言した通りだ。償いの必要があるのなら、敵をぶち殺すことで懺悔としよう。
涙を拭って、卯月も工廠ドッグから出て行った。
*
出ていったものの、どうすれば良いか卯月はさっぱり分からなかった。続けて腹がグーと鳴った。緊張感の欠片もない音色であった。色々台無しである。
「お腹空いたぴょん」
「飛鷹さんのところ行けば良いじゃない。夕食の残りぐらいあるわよ」
「それもそうかぴょん」
満潮も朝ご飯を食べれていない。腹が空いていた。やることはあるがその前に腹ごしらえをしよう。栄養補給をいちいちしないといけないのは面倒だと満潮は呟く。
「……ご飯、くれるかな」
ボソッと、卯月が呟く。
これで気にしてないと言うのだから、呆れる他ない。とんだ強がりだ、思いっきり気にしてるじゃないか。
満潮は苛立ったものの、口には出さなかった。どうせ否定される、言う必要はない。
「飛鷹さん、いるの?」
「いるわよ、満潮と、うーちゃんね?」
「入りますぴょん」
卯月は周りを少し伺いながら、食堂へ入る。時間的には少し遅めだったので、あまり人はいなかった。
いたのは……よりにもよってポーラだった。
半裸で机に突っ伏すポーラと目が合った。
「うへぇへぇへぇ、あ、卯月ちゃ~ん、ボンジョルノぉ」
「うわぁ……」
「酒臭いわね」
二人揃って顔をしかめた。なんで朝から飲んでんだよ。非難めいた目線を飛鷹に向ける。しかし飛鷹は黙々と片付けと、二人の分の料理に勤しんでいた。
「これからゴハーンですか~、お寝坊さんですねぇ~」
「四六時中白昼夢同然の奴に言われたくないぴょん」
「卯月に同意するわ」
これでゲロられたら心がマジで折れる。満潮もゲロ浴びはごめんだ。二人はポーラから離れた席に陣取った。
二人して向き合うが会話はなかった。話す内容もなかった。少し経つと、飛鷹がご飯を運んでくる。
「昨日の残りとか、適当なものしかないけど」
「なんでも良いわ」
「全然オーケーぴょん! 頂きますだぴょん!」
すっからかんになった胃に、味噌の匂いが染み渡る。火傷しないように、卯月はゆっくりと味噌汁を啜っていく。
昨日、吐き散らして疲れた内臓が、癒されていくのが分かった。
「はー、落ち着くぴょん」
身体が暖まってきたところで、ご飯の方に箸を伸ばす。食欲が次第に増していく。疲れはてていた心身が活力を取り戻していく。暖かい味を、卯月は堪能する。
「ほらアンタも、味噌汁だけでも飲みなさいな」
「ミソスープ、飲んだ胃が休まりますね~」
「じゃあここらで終わりに」
「休まったのでもう一杯~」
飛鷹に間接技を決められて、ポーラは泡を吹く。
あいつさえいなければだった。
なおポーラは、本日非番である。出撃の予定はない。なので飲んだくれてても許されていた。限界はあったが。
「あ、うーちゃん、不知火からの伝言があるの!」
「ぴょん?」
「例の件については、午後から聞く。午前中は休めって言ってたわ」
不知火は卯月が食堂に来ると思い、飛鷹に伝言を頼んでいたのだ。卯月は意外だった。なにを聞かれるのか覚悟をしてたのに、それが先伸ばしになってしまった。
「休めっていったって、状況は逼迫してるんじゃないのかぴょん。その……戦艦水鬼もあるし」
「確かに手詰まりになってるけど、一日二日はしょうがないわ。気にすることないわよ」
「そうでふよ~、気楽でオーケーでぇ~……オロロロロ」
「ポーラッ!」
見なきゃ良かった。卯月は後悔した。満潮と肩を並べて食堂から出ていく。飛鷹の悲鳴は無視した。御愁傷様である。
歩いている途中で、満潮は別の方向へ向かっていった。『じゃあ』とか一声もない。無言でさっさと別れた。自主トレーニングでもするのだろう。
いつも通りだ。卯月と満潮が仲良く挨拶したり、一緒にいることはあり得ない。並んで歩くのは、行き先が同じ時ぐらい。無言で会って無言で別れるのが、この二人だ。
「……ホント、いつもと同じだぴょん」
ポーラは……なんというか……論外だ。
けど飛鷹さんはいつも通り、変に気を使ったり、逆に距離を置いたりもしなかった。ポーラも(一応)そうだった。満潮はさっきの通り、あいつもいつも通りだ。
それが、彼女なりの気の使い方だと、卯月は感じる。造反したことを意識させないようにしているのか、それとも、昨日の宣言が聞こえてたから、合わせてくれてるのか。
どっちにしても、気遣ってくれてるのは確かな気がした。卯月は複雑な気持ちだった。
*
不知火から午前中は休めと言われたが、かといってなにか趣味がある訳でもない。
卯月は堤防の先で、ごろんと寝転んでいた。
「そーいや、うーちゃん趣味とかなんにもないぴょん……」
今更ながら気づいた。
神鎮守府にいたのは一ヶ月だけ、趣味なんて見つけてる暇はなかった。前科戦線に来てからは復讐やらなんやらで、そんなの考えてる余裕もなかった。
「はっ、これで人らしくとか、よく言えるぴょん」
自虐的に卯月は笑った。
復讐もする、人の人生を謳歌する。両方やるのが彼女の決めた生き方だ。しかし現状、人らしさはあまりできてない。復讐の相手に至っては自分だった。
根本的な『敵』はブラックボックスを仕込んだ奴だと理解してるが、自分への敵意は依然燻っている。気を抜くとすぐに、自己否定に走ってしまう。
これでどう気晴らしをすれば良いのやら。お昼寝は正直避けたい。また悪夢を見そうだった。
悪夢は、どうしよう。卯月は気付く。このまま毎晩悪夢で目が覚めてたら、身体が持たない。あまり頼りたくないが、催眠剤とかがないか飛鷹に相談した方が良いかもしれない。
と、ぼんやりしてると、足音が近づいてくるのに気付く。顔をそちらへ向けると、歩いてくる比叡と目が合った。
「そんなところで、なにをしてるんですか?」
「……海岸線に打ち上げられた水死体ごっこ」
「じぁそのまま海に蹴り落として、証拠隠滅と行きましょうか。比叡、行きまーす!」
「まてまてまて!」
蹴りを叩き込もうと助走つきでダッシュする比叡を見て、卯月は飛び起きる。
「冗談ですよ」
「いや分かってるけど、心臓に悪いぴょん。たちの悪いジョークはやめろぴょん」
「水死体ごっこしてた奴のセリフですか」
茶番劇をこなして、比叡はガシッと卯月の手を掴んだ。
「金剛お姉さまがお呼びなので、来てください。卯月さんとティータイムをしたいとのことです」
「は? なんでうーちゃんと?」
「知りません。でも金剛お姉さまの意思は絶対です。拒否権はありませんから!」
掴んだ手から、比叡は卯月を持ち上げて肩で担ぐ。抵抗は許されなかった。なんたることだ、卯月は強い危機感を抱いた。
「やだー! 拉致だぴょん、幼女誘拐だぴょーん!」
「ハイハイそうですねぇ」
「クソッ、無視してやがるぴょん!」
悪態が条件反射で出てくる。だが比叡は全て無視して卯月を運搬する。途中で前科戦線メンバーに合っても、誰も卯月を助けようとしない。
卯月は、あっという間に金剛の仮部屋に担ぎ込まれた。
目の前には、立派なティーセットがズラリと置かれていた。全て金剛が私物で持ち込んだ物である。
「ようこそデース!」
「拉致ってきた癖になにがようこそだぴょん! このうーちゃんを舐めるなぴょん!」
「お菓子もあるネー」
「金剛お姉さま最高だぴょん!」
酷い掌返しに、比叡は呆れ果てていた。卯月自身も単にふざけてただけだった。実際美味いお菓子を食えるのは、とても良いことだ。堪能させて貰おう、と思っていた。
同席の松、竹、を見るまでは。
「あ……」
「……よっ」
「よ、よーぴょん」
こちらを見ながら、竹が手招きする。彼女の隣しか空いてる場所がない。偶然ではない、意図して空けておいたのだ。だが、なんのつもりだ。本気でヤバいパターンか。
「今から、卯月の分入れるから、待っててネー」
「了解ぴょん、そのあいだお菓子食べてるぴょん」
「どうぞ、遠慮はナッシング!」
アレな空気から意識を逸らそうと、卯月はテーブル上のお菓子に手を伸ばす。クッキーやスコーン、チョコレートにミニサイズのケーキなど、鎮守府では余り見ないお菓子ばかりだ。
「美味い!」
卯月は正直に答えた。気まずい空気だけど関係ない。美味いものは甘かった。お菓子は間宮さんのところで何回か食べたけど、洋風のものは始めてだった。
「金剛お姉さまの手作りですよ、心して味わってくださいね」
「手作り!? マジかぴょん!」
「いやぁ、前のティータイムでは用意できなかったケド、今回は作れて良かったデース」
「前はキッチン使うのも微妙だったわね……」
主な原因は卯月である。卯月の前評判が酷すぎて、前科戦線への態度もかなりキツイものになっていたからだ。もっとも、全員本当に前科持ちなので、それぐらいの態度は良くあることだ。
ただ一人例外と言える、卯月を除いて。
「なんで、うーちゃんを連れてきたぴょん」
「前はEnjoyできなかったティータイムを、ちゃんと楽しんで貰うためネー。それと、言いたいことがあるからデース」
「言いたいこと?」
金剛の顔の先には、冷めた紅茶を持つ竹がいた。つまりはそういうことだ。
卯月は、内心項垂れる。
出撃前の約束を破ったことを、責めるのだろう。言われても仕方のないことだ。むしろ空気が重くなりすぎないよう、金剛はこの場所を選んだのだろう。
「悪かった」
けど、竹の言葉は卯月の予想しないものだった。
幻覚の内容についてはどっかで触れておきますが、R—18G一歩手前ぐらいのを書ければ良いなぁ。
※投稿時間を間違えた
いや別に大したことじゃないけど……