前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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サンブレイク楽しみ。
でもマエストラーレは拾えなかった。悲しい。


第57話 茶会

 ブラックボックスによる暴走から目を覚まし、更に次の日。卯月は午前中は休むよう命じられた。しかし特にやることもなく、ブラブラしていると、比叡に攫われ金剛のお茶会に参加することになった。

 

 そこには金剛や比叡だけではなく、松や竹もいた。

 竹は卯月に対して言いたいことがった。二人っきりでは空気が重くなりすぎる。なので金剛が、お茶会という場所を用意したのだ。

 

 一方卯月は、なにを言われても仕方ないと思っていた。約束を反故にしただけではなく、ゴミのように捨て、挙句竹を殺そうとまでした。彼女が割り込まなかったら、大破していた桃を殺していた。責められて当然だろう。

 

「悪かった」

 

 竹の一言に、卯月はポカンと口を開いたまま固まった。

 

「え、なにに?」

 

 卯月に謝る気は欠片もない。あくまで悪いのは敵だと頭の中では割り切っている。悪いことをしていないのだから、謝る理由がない。しかし、殺そうとしたのも事実だ。

 どちらにしても、竹が謝る理由がない。なにに対しての謝罪なのか。卯月は困惑していた。

 

「お前に対して、今までさんざん罵詈雑言を飛ばしたことだ」

「え? あ、あぁ……そっちかぴょん」

「仲間を深海棲艦に売り飛ばした造反者だと思って、酷いことばかり言っちまった」

 

 確かに、酷いことを言われまくった記憶がある。態度も相当なものだった。竹たちはその時、卯月の造反が『冤罪』だとは知らなかった。本当に造反者だと思っていたから、軽蔑していた。

 

 しかし、実際は冤罪でさえなかった。

 何者かにブラックボックスを組み込まれたことによる暴走だった。卯月が望んだ訳はない。望んでいなかったのに、仲間を殺すよう()()()()()()()

 

「高宮中佐から、説明してもらったんだ。お前が暴走した理由も、神補佐官の鎮守府を、襲った理由も……造反は事実だけど、お前の意志じゃないって知った」

「別に気にすることないぴょん。冤罪だって偽ってたのはうーちゃんの方だし、ブラックボックスのことなら、うーちゃんだって知らなかったぴょん」

「それでも、卯月を苦しめたのは事実だから。私もごめんなさい」

「比叡も、すみません」

 

 立て続けに謝られて、卯月は何も言えなくなる。正直、本当に気にしていない。確かに鬱憤は溜まっていたが、それはプッツンした時の演習で発散できている。卯月自身としてはもう問題はなにも残っていない。そもそも最初から、普通の艦娘たちから軽蔑されるのは覚悟していた。

 

「卯月、そーゆーことですケド、許してくれますネ?」

「許すもなにも、最初から気にしてないぴょん。まあ、今後普通に接してくれれば、うーちゃんからいうことはないぴょん」

Do you get it(分かりました)、じゃあ、ティータイムを再開しましょう! 竹のティーもRebrew(入れ直さないと)いけないデース」

 

 と言って金剛は席を立つ。彼女の一言を皮切りに、比叡たちがお茶菓子に手を伸ばしだす。確かに、謝罪の機会をここにしたのは正解だ。普通の場所だったら、ただ謝るだけという、微妙な終わり方だっただろう。

 

「こんな呑気なことしてて良いのかな」

「なんでだ?」

「いや、水鬼。まだ倒せてないぴょん」

 

 四日間寝てたが、金剛たちがまだ帰っていないということは、戦艦水鬼は倒せていない。一日でも早く討伐すべきなのに、お茶会なんてしていて良いのだろうか。

 

「良いんだよ、たまには。海域攻略だって連日連夜ぶっ続けでやる訳じゃないし」

「ええ、それに前科戦線の協力で、予定自体は早く進んでる。これぐらいの余裕はまだあるわ」

「ふーん、なら良いけど」

 

 気にしなくて良いなら、お言葉に甘えさせて貰う。卯月はこれまで以上に遠慮なく、金剛の用意したお茶菓子をパクパクと食べていた。

 

「甘いぴょん、上品な甘さだぴょん。こんなの始めて食べたぴょん」

「そんなバカな、クッキーぐらいならありますよね?」

「ここがどこか分かってんのかぴょん、クッキー一袋さえ有料だぴょん」

「給料ないんですか」

「……そういえば、いつ出るんだぴょん」

 

 給料ではないけど、交換券がある。しかし未だに貰えていない。前科戦線に着任してから約一ヶ月経つ。そろそろ貰えてもおかしくないんだが。艦娘として、使命感を持って戦ってるが、報酬がないのは嫌だ。娯楽もタダならともかく、金がないと嗜好品さえ買えない最前線である。

 

「ヘーイ、ティーが入ったネー」

「ありがとう、いただくぜ」

「およ、うーちゃんの分もかぴょん」

「Yes、Milk teaにしてみましタ」

 

 熱すぎず、ヌル過ぎず、丁度良い温度になっている。ミルクティーなんて呑むのも初めてだ。好奇心に駆られるまま卯月はグイっと呑む。すると、口の中にまろやかな甘みが広がっていった。だがクッキーやケーキの甘さを潰すような味ではない。上品さもある。

 

「うまーい、あまーいぴょん!」

 

 さっきから美味いとか甘いとかしか言ってないが、実際そうなんだから仕方がない。どれも始めて感じる味ばかりだ。こればかりは鉄の身体では味わえない。人間の身体に生まれてホント良かったと卯月は感じる。

 

「焼きたてのスコーンもAddition(追加)デース!」

 

 更に卯月の前にお菓子が置かれる。卯月はそれにも手をつける。美味しい物を食べると、気分が楽しくなってくる。比叡に拉致された時の不安は消し飛んでいた。口の中に幸せがいっぱいに広がる。卯月の頬はすっかりと緩み切っていた。

 

「鎮守府なら、もっと材料色々使えたんですけどねぇ」

「それはしょうがないデース」

「もっと色んなお菓子……」

「そう、シュークリームとか、もっと凝ったケーキとか」

 

 じゅるりと音がした。露骨な食い意地に金剛と比叡は苦笑いをした。知らないお菓子、食べてみたい。金剛の提督──藤江華のところでなら、それは味わえる。食べたい、超食べたいが、楽しめるかは別問題だ。

 

「ま、遠慮しとくぴょん。歓迎されないだろうし」

「え、そんなこと……ありますね」

「神補佐官、このこと、知ってんのかな」

 

 卯月の造反が、ブラックボックスによるものだと知っている人間は限られている。藤鎮守府の艦娘たちは当然知らない。だが、神躍斗については分からない。しかし、多分、知らないだろうと卯月は考えた。

 

 不知火や高宮中佐は、神提督についても、嘘を吐いている筈だ。

 最初着任した時は、卯月が解体されるのを阻止するために、前科戦線に送られるよう取り計らってくれた、そう中佐は説明した。護送車を襲撃できたのも、神提督からのリークがあったからだと。

 

 しかし、それはきっと、嘘なのだろう。

 法廷で神提督は、卯月が鎮守府を壊滅させた造反者だと、明確に証言したのだ。それが決定的となり、わたしは解体されることになった。これが真実の筈だ。

 

 憶測が真実か、中佐たちには聞いていない。だが、概ね合っている筈だ。聞く気はしなかった。聞くのもバカバカしいし、何よりも聞くこと自体だ、とても辛かった。到底真実を聞く気にはなれなかった。

 

 場の空気が少しばかり重くなった。本当に卯月は悪くない。完全な被害者だ。彼女のために少しはできることがないのか。そう考えた竹が口を開く。

 

「中佐の許可があればだけど、俺たちでも、ブラックボックスのことは伝えてみる。お互い生きてんのに、神補佐官とずっと疎遠ってのは嫌だろ?」

「……ありがとぴょん」

「お礼なんていらないわ、ずっと卯月が嫌われるのなんて、わたしたちも気分が悪いから」

 

 卯月は顔を俯けながら、コクリと小さく頷いた。

 同時に、気を使わせてしまって、申し訳ない気持ちになってきた。このお茶会もそうだ。造反の真実を知り、心に傷を負ったわたしを少しでも癒そうとしてくれているのだろう。作戦が遅れて大変になっているのに。

 

「そっか、なら頼むぴょん! 神提督とちゃんと会える日を、うーちゃんは楽しみにしてるぴょん!」

「ええ、任せといてください! 許可が下りればですけど!」

 

 だが卯月は、その好意に甘えることにした。

 本当に精神がすり減っているのは自覚している。ただでさえ、敵や深海棲艦で激昂し易くなっているのだ。余計なところで無理をすべきではない。心が壊れたら、敵や深海棲艦を殺せなくなる。下手したら深海棲艦と化す。そんなのはゴメンだ。

 

 

 *

 

 

 ヒマだった午前の間、金剛たちが誘ってくれたお茶会のおかげで、卯月の顔色は大分良くなっていた。完全回復には程遠いが、かなり癒された。足取りもマシになっている。

 だが、この後わたしはどうなるんだろうか。ブラックボックス共々どういう扱いになるのか。不安を抱えながら、執務室を訪れる。

 

「遅刻はしなかったようですね」

「いや毎度毎度遅刻するようなバカじゃないぴょん」

「すみません、すっかりそのイメージが」

 

 酷いヤツだと不知火を睨み付ける。午前が終わった。午後からは昨日の続きだ。昨日は卯月が疲れ過ぎていて、途中で止めたが、高宮中佐からも、卯月に聞くこと、伝えることがまだ残っていたのである。

 

「少しは休めましたか」

「おかげさまで、ゆっくりできたぴょん」

「それなら良かったです」

 

 卯月は執務室のソファーに座る。対面に不知火と高宮中佐が座る。いったいなにを聞かれ、なにを聞かされるのか。緊張してくる。卯月はごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「まず、お前が思い出した、神躍斗の鎮守府襲撃について、全てを話して貰う」

 

 ビクリと、卯月は一瞬反応した。

 目線は下を向き、握った手が震えだす。次第に汗が流れ出し、顔色が悪くなっていった。

 当然だろうと不知火は考える。そう簡単に開き直れる訳がない。聞くのは時期尚早だったか。だが卯月は、トラウマに苦しみながらも顔を上げた。

 

「分かったぴょん」

「話せるんですか」

「……正直、凄い辛いぴょん。話してる最中に吐くかもしれないぴょん。でも話さなければ、『敵』に迫ることができないぴょん……そっちの方が、イラつくぴょん!」

 

 卯月の目は、怒りと罪悪感で淀み切っていた。

 罪悪感が増せば増す程、そうさせた敵への怒りが増幅する。怒りの矛先は仲間を殺した自分にも向き、罪悪感という形で痛めつけてくる。負の感情が連鎖する、卯月にも制御できない。だが、その膨大な負の感情が、卯月をある意味で繋ぎ止めていた。

 

「中佐、良いのでしょうか」

「良いも悪いもない、我々に必要なのは情報だ。それにこれは奴が望んだことだ、望むのであれば、拒絶する理由はない」

「不知火、心配はいらないぴょん、うーちゃんは、大丈夫だぴょん」

 

 しかし、この精神状態は果たして良いことだろうか。

 わずかでも、敵についての話題になれば、怒りと罪悪感が溢れ出す。自責の念に耐え切れず発狂するよりマシだが、艦娘として、これは正しいのか。不知火は判断に困る。

 

「では話してくれ、全てを」

 

 卯月は、震える声で、全てを話し始めた。

 

 

 

 

 話終わる頃には、卯月の精神は摩耗し切っていた。話していた時間はせいぜい30分ぐらい。それでも、仲間を殺した記憶を、丁寧に語るのは凄まじいストレスだ。怒りと罪悪感に耐えられない。全てを語り切った瞬間、卯月は体を抱えてうずくまってしまう。

 

「フゥーッフゥーッ……!」

 

 頭を抱え、息を荒げながら、口から涎が垂れる。目は血走り、こめかみには血管が何本も浮かび上がっていた。話す程、思い出す程、敵への憎悪が止められなくなる。頭が痛い、身体全部が燃えるように熱くなっている。

 今すぐ殺しに行きたい。どこにいるか分からないなら、手当たり次第に殺してでも。無関係な人が死んでも、敵が殺せるならどうでもいいとさえ、考えていた。

 

「不知火、傍にいてやれ」

「分かりました」

「殺す……殺してやる……すぐに殺してやる……」

 

 うわごとのように、殺すと連呼する卯月の隣に、不知火が座り込む。不知火は卯月を落ち着かせるように、背中をゆっくりと摩り出す。一瞬ビクッと震えたが、大人しく撫でられていた。理性的な部分はなんとか残っている。

 

「大丈夫です卯月さん、不知火たちも、敵を倒すために尽力します」

「今が、良い。すぐに殺したい……!」

「ダメです、敵は狡猾です。下手な手を打ったが最後、雲隠れされるか……不知火たちが嵌められます。分かりますよね。確実な一手で、追い詰めなければならないことは」

「そうだけど、そうだけど……!」

 

 そんなことは分かっている。分かっていても、怒りが抑えられないからこうなっている。だが暴走して醜態をさらすのは、『卯月』のプライドが許さない。頑張って堪えて、落ち着かせていくしかない。不知火に助けられながら、卯月は徐々に息を落ち着かせていく。

 

「……ハァー、あー、クソだぴょん」

「落ちついたようですね」

「ああ、ごめんぴょん。面倒なのに巻き込んで」

「いえ、これぐらいは面倒に入りません」

 

 数分後、やっと感情が落ち着いた卯月は顔を上げる。不知火はそう言うが、一々面倒をかけてしまうのは、何だか申し訳なかった。などと思うと、また罪悪感が刺激されるので、あまり意識しないことにした。

 

「……中佐?」

「む、ああ、話は聞かせて貰った」

「なにか、分かったことはあるのかぴょん」

「分かったことはないが、推測できることはある。お前の話した内容が事実なら、不審な点が幾つかある」

 

 なにか、あるのだろうか。卯月は自分でも考えようかと思ったが、止めた。思い出すたびに怒りと罪悪感が暴走しそうになる。妙なところを考えてられる余力は、今の卯月にはなかった。中佐や不知火に任せるのが賢明だ。

 

「が、話そうとは思わない」

「その方が良いぴょん、変な予想を知ったら、信じ込んで暴走するかもしれないぴょん」

 

 その予測が合っているとも限らないのに、怒りのあまり信じ込む危険があり得る。今の卯月は自分があまり信用ならなかった。その程度の自制心はまだ残っていた。いつ崩れるか分かったのもじゃないが。

 

「さて、では、今度は我々が話す番だ。卯月、おまえが気になっていることを話そう」

 

 中佐は椅子から立ち上がり、背中を向けながら教鞭を叩く。話したいこととはなんだろう。不知火に背中を摩ってもらいながら、次の言葉を待つ。

 

「明日、戦艦水鬼の討伐を再度試みる。そこにお前も参加してもらう。ブラックボックスを持った状態で」

 

 卯月の脳裏に過ったのは、水鬼に忠誠を誓う自分の姿だった。

 水鬼の元に赴くということは、その光景が再現されるかもしれないということ。ブラックボックスを持っていったら確実にそうなる。

 中佐は、わたしをどうしたいのか。卯月は若干困惑していた。




艦隊新聞小話

 さて、高宮中佐さんは卯月さんに嘘を吐いていたわけですが、色々言い過ぎて何が嘘で何が本当なのか、こんがらがってはいないでしょうか。なので、このわたしが纏めておきました。後追加で、偽っていた理由についても纏めてあります!

・卯月の造反は、冤罪である。
 →造反は事実だが、システムによるものである。
・解体を防ぐため、神躍斗が前科戦線に依頼。卯月を強奪するようにした。
 →神躍斗は依頼していない。むしろ法廷で造反者だと証言を行い、解体刑への決定打を打った。
・卯月を前科戦線が強奪した理由は、神躍斗からの依頼が主な理由。
 →高宮中佐の上官からの、直属の命令。

・菊月の艤装を、卯月のものだと偽っていたのは、システムを解析する時間を少しでも延長するため。結果として無駄に終わった。
・そもそも冤罪と偽り、事実を教えなかったのは、卯月のメンタルが崩壊する可能性が高いと判断した為。

 ……どんだけ誤魔化してたんですかね!
 あ、ちなみに護送車の爆発で、人間の方が犠牲になったじゃないですか。
 あれ、卯月さんの前科にカウントされています。
 前科戦線で匿える年数を伸ばすために、罪をより重くしたみたいですよ! 勿論卯月さんの了承はありませんが!

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