クソッタレ(ポーラ)にゲロをぶっかけられたわたしは、死んだ目で風呂場に直行する。
もちろん自分では入れない。服を脱ぐところから洗うまで、全部不知火にやってもらっている。
浴槽にはたっぷりのお湯が張られていた。
別にゲロをかけられなくても、お風呂に入る予定だったらしい。半年間昏睡していた間、一回も体を洗っていないからだ。
一応体を拭くぐらいはしてたが、それでも臭っている。
「あ゛ー、染みるぴょぉん」
神提督の鎮守府ほど大所帯じゃないからか、風呂場そのものは小さめだ。それでも2、3人は十分入れる大きさだ。
「意外ぴょん、前科戦線って言うからには、もっと汚い風呂をイメージしてたぴょん」
「失礼な、不知火の提督をなんだと思っているんです」
「いやだって、使い捨ての部隊だし」
不知火が不満ありありな目で睨んできた、やっぱめっちゃ恐い。
けど、使い捨てるのが前提なのだから、適当な待遇でも問題はないように思える。しかし、ここの施設はしっかりしている。医務室も綺麗だったし、風呂場は見ての通りだ。
「良い生活とクソのような生活、どちらのほうが、兵士たちは貢献すると思いますか?」
そりゃ言うまでもない、良い方だ。
良くしてくれればそれだけ貢献したいと思うし、また帰りたいと思う。実際の数値まで知らないけど、わたしはそう思う。
「使い捨ての部隊ですが、その分請け負っている任務は重要なものばかり。その成功率を下げるような愚行を、高宮中佐はしません」
「なるほど」
「分かりましたか卯月、中佐への評価は改めますか」
「お、おう、改めるぴょん」
不知火は卯月の答えに、鼻を鳴らしながら頷いた。高宮中佐が侮辱されるのが、そうとう許せないのだろう。
中佐がどんな人かは知らないけど、これだけ敬愛されているのだ、悪い人じゃなさそうだ。態度は厳しいけど。
「ああでも」
不知火が思い出したように呟く。
「死刑が決まった罪人には、とても優しい環境が与えられるって噂を聞いたことがあります」
「……いやなんでそれを今?」
「冗談です」
不知火は真顔のままだった。
眉一つさえ動いていない。
ちょっとしたホラー映画に出れそうだ。無言のシリアルキラーとかが適役だろう。この鉄面皮なら誰だって泣く。
「緊張が解けたでしょう」
解けねぇよ。
冗談に聞こえない。いや冗談でも言うんじゃねえよ。そんなこと言われたら、とたんに不信感が溢れ出すだろが。
「やっぱり中佐への評価は保留ぴょん」
「え゛、なぜ」
「さあお風呂でるっぴょん、お腹すいたぴょん」
いい加減お腹も空いた。ゲロの臭いも取れた。とてもさわやかな気分でご飯が食べれるだろう。
着替えている間不知火がなんか言ってたが、終始無視してやった。冗談ならもっと面白いのを言って欲しいものだ。
再び車椅子に乗せられて食堂へ向かう。
風呂場と同じく、鎮守府ほど大きくないがかと言って汚くもない。綺麗に掃除されたテーブルがキッチリと並べられている。
ちょうど朝ごはんの時間だ。先客が座っている。彼女たちは扉の開く音に反応し、こちらへ振り返る。
けど、興味深い目線は感じなかった。
みんな少し見て、すぐご飯に戻ってしまう。なんだかちょっと拍子抜けだ。
「全員静粛に、いったん食事を止めて下さい」
不知火の声に、全員一斉に箸をおく。前科持ちとは言え、この辺りはさすが軍人だ、徹底して統率されている。ポーラがいないのが気になるが……まあどうでもいいか。
「本日より第零特務隊に、彼女が配備されます」
「睦月型駆逐艦の卯月です、よろしくだぴょん!」
「以上、承知しておくように」
「了解」
あまりやる気のない「了解」だった。
やっぱりわたしに興味を持っていないようだ。これでも挨拶を色々考えてきたのに、無駄になってしまったか。
まあ、顔合わせは時間をかけてやればいい。ポーラレベルでアレなヤツは早々いないはずだ。
それよりもまずはご飯だ。卯月は不知火に連れられて、カウンター席に座らせて貰う。厨房では一人の女性が、慌ただしく動き回っていた。
「飛鷹さん、良いですか」
「ちょっと待って、今行くわ」
飛鷹という女性と眼が合う。
腰まで伸びた黒髪に、白いリボンをつけた女性だ。間宮さんよりかは年下そうだが、大人の女性だ。
「さっき言ってわね、その子が?」
「ええ、任せてもよろしいでしょうか」
「任せる?」
「不知火は秘書艦業務があるので、これ以上時間がないのです」
秘書艦業務はかなり多忙らしい。不知火が付き合ってくれたのはほんの少しの時間だけど、それでもかなりの時間を割いてくれたんだとか。
「……ポーラが吐かなければ、もう少し時間はあったんですが」
「そう、また、ポーラなのね」
「酷いですよヒヨウ~」
「喋らないで、手を動かして」
食堂の奥で、半泣きで洗い物をしているポーラがいた。
二度もゲロした罰に、洗い物その他雑用をやらされていた。卯月はこれっぽっちも可哀想と思わなかった。
飛鷹の眼つきも冷たい。ここでのポーラの扱いが、何となく分かってきた。
「それで、任せても」
「食事の見守りぐらいしかできないけど良いの?」
「十分です、そのあとは別の艦娘に任せてありますので」
「じゃあ分かったわ」
「聞きましたね卯月、不知火はここで失礼します」
「あ、不知火。あなたと中佐のご飯、そこに置いてあるわよ」
「感謝します」
不知火は二人分のお盆を持って、慌ただしく行ってしまった。あの二人は執務室でご飯を食べるのだろう。食堂に来る暇もないぐらい、忙しいというわけだ。
「それじゃあ改めてだけど、わたしは飛鷹、商船改装空母の飛鷹よ」
「改めてだけど卯月だぴょん、うーちゃんって呼んで欲しいっぴょん」
「はい、うーちゃんね」
「なんだって、ホントにうーちゃんって呼んだっぴょん!?」
神鎮守府にいた頃も、誰一人としてうーちゃんとは呼ばなかったのに。卯月は心の底から感動していた。
呼び捨てなんてありえない、いや『さん』でも敬意を表しきれない。
「これからは飛鷹お姉さまとお呼びしますわ」
「やめなさいうーちゃん」
「はいだぴょん」
なお感動したのは事実である。ホント呼ばれたの始めてじゃないだろうか?
「見ての通り、だいたいはここで全員分の食事を作ってるわ」
「持ち回り制とかじゃないのかぴょん?」
「わたしがいないときだけね、持ち回りになるのは。はいこれうーちゃんの朝ごはん」
風呂があんな感じなのだから、ご飯だってちょっとは期待できる。美味い物を食べることこそ、人の体に生まれた意味なのだ。半年振りの食事は、いったい何になるだろうか。食堂に入る頃からワクワクが止まらない。
「わーいだぴょ……」
液体だった。または流動食しかなかった。
「お粥に具無しの味噌汁、他栄養素を補填するゼリー飲料ね」
「固形物がないっぴょん!? ハンバーグは、カレーは!?」
「当たり前でしょ、半年間なにも食べてないのよ。そんなもの食べたらあなた死ぬわよ」
だが嗜好品的には死んでいる。理屈としては納得できるが、ハッキリ言って滅茶苦茶ショックだった。
「ちょっとぐらいなら……」
「なにか言った?」
「いただきますぴょん」
お粥を一口食べる。
するとどうだろうか、卯月は眼を見開いた。
「おいしい」
お粥なので、当然噛み応えとかはない。
しかしそれ以外は絶品だ。ほんのわずかしか入っていないのに、ダシの旨みが染み込んでいる。舌で具を磨り潰せば、具の味が加わる。意識しないと分からないような塩味が、わたしの食欲を引き立てていた。
お味噌汁もそうだ。薄いのに旨みがハッキリ分かる。
何よりも味噌が良い。やっぱり日本人には味噌が一番だ。呑むだけで体全体が温まっていくのが分かる。
ゼリー飲料は甘い味付けがされていた。デザート風味にしてくれてたらしい。気づけば食べ終わっていた。完食である。固形物がないとかどうでも良くなっていた。
「良い食べっぷりだったわね、作る側としても嬉しいわ」
「御馳走さまでしたぴょん!」
「はい食後のお茶、熱いから気をつけてね」
しかし、本当に美味しかった。
お盆で出してくれたお茶が身に染みる。嬉しそうに微笑む飛鷹さんを見ていると、とても前科持ちとは思えない。
その分勘ぐってしまう。どうしてこんな人が、前科戦線にいるのだろうか。聞いてみる方が早いか。
「飛鷹さんは、なにをやらかしたんだぴょん」
「わたしはなにもやってないわよ?」
「あれ?」
お互いに首を傾げて見つめ合う。
ここは前科戦線で、前科持ちの集まる場所じゃないのか?
卯月が悩んでいると、飛鷹はなにかに気づいたようすで手を叩く。
「不知火、説明し忘れてたわね」
「どういうことぴょん?」
「わたしと不知火は前科持ちじゃない、ここの『正規艦娘』なのよ」
勿論獄卒でもない。れっきとした
考えてみれば当然である。全員前科持ちの懲罰部隊はあり得ない。必ず普通の兵士も所属している。そうでなければ、制御できなくなる恐れがある。
不知火と飛鷹は、元々別の鎮守府にいたのではない。
最初から高宮中佐の艦娘として建造されている。またもう一つ。前科持ちの中に人間のスタッフを置くのは、危険過ぎて誰も来てくれないのも理由の一つだ。
「まあ、全員が全員前科持ちじゃ部隊として成り立たないのが一番の理由ね」
「なるほど、確かに不知火は前科持ちには見えなかったぴょん」
「そういうこと、あとはメカニックに一人、正規艦娘がいるわ。不知火そこの説明してなかったのね」
「初耳ぴょん」
秘書艦の不知火とコックの飛鷹さん、そしてメカニックの一人。合計三人が前科戦線内の正規スタッフだ。
中佐以外の人間は、重兵装の憲兵隊しかいないらしい。
メカニックにもその内会えるだろう。そう思っているところに、飛鷹さんが指を突き付けてきた。
「うーちゃん、注意しないといけないことがある。ここでの暗黙のルールについて」
「ルール?」
「そう、この施設を混乱させないための気遣い。
『相手の前科を自分から聞かない』ことと、『人の前科を他人に教えない』こと。この二つよ」
飛鷹さんは真面目な眼つきをしていた。
卯月もふざけるのを止めて真剣に聞き入る。
暗黙の了解を破れば大変なことになるのは、昔からの鉄則だからだ。
「誰もが色々な前科を、色々な事情で背負ってきているわ。その中には話せない事情や、話したくない事情だってある」
「それは、まあ……」
「心当たり、あるでしょう?」
心当たりはある。
卯月の前科は『冤罪』だ。なのに造反者として扱われる。
懲罰部隊にいるのも冤罪によるもの。罪も犯していないのにこんな扱いをされている。
ハッキリ言って聞かれるのも嫌だった。余計心が傷つくからだ。
「聞くだけで傷ついたり、錯乱するかもしれない。だから、こっちからは『聞かない』のがルールになっているわ。お互いに傷つかない為にね」
「さっきの質問は、『ルール違反』だったってことかぴょん」
さっきわたしは飛鷹に対して、なにをやらかしたのか聞いた。
なんの『前科』かこちらから聞いてしまっていた。ルール違反のストライクを、知らない内に決めてしまっていたのだ。
「わたしはなにもしてないから良かったけど、他の子に聞いたらどうなるか分からなかったわ。『人の前科を他人に教えない』のも同じ理由。自分の前科が勝手に知られていたら、嫌な気分になるからね」
暴力的なヤツもいるかもしれない。そうなればまたベッド行きだ。
そういう意味ではラッキーかもしれない。被害を受ける前にルールを知れたのだから。
と、そこで卯月は首を傾げる。
「……うーちゃん、不知火からポーラの前科を聞いたぴょん」
「不知火が?」
「ホイホイ喋ってくれたぴょん」
あれこそ、『人の前科を他人に教える』行為だ。暗黙のルールは前科組だけで、正規艦娘には適用されないのか?
「ポーラは良いのよ、あんなんだから」
「いったいここでのポーラのカーストはどうなってんだぴょん」
「ド底辺よ、分かるでしょ」
分かってしまうのが辛いところだ。まあ憐れとは全く思わないが。そんなわけで奥から聞こえるポーラの悲鳴は聞き流した。あれは一部例外ってところだ。
「とにかく、『相手の前科を自分から聞かない』ことと、『人の前科を他人に教えない』こと。この二つは徹底しなきゃ駄目。分かった?」
「うん、分かったぴょん!」
「相手から話そうとしない限りは、話題に触れちゃだめ。気をつけてね」
そこで、手元のお茶が空になった。
暗黙のルールをしったところで、朝ごはんの時間は終わりになった。これからどうすればいいのだろう?
「じゃあ今日からは、まずリハビリね」
「飛鷹さんがやってくれるのかぴょん?」
「いいえ、同じ前科持ちの先輩が担当よ」
卯月の顔が渋くなる。彼女が知る前科持ちは現在
不満に気づいていた飛鷹は、疲れたように笑う。彼女もポーラの被害を受けているのだろう。卯月は同情した。
「安心して良いわ、彼女なら指導役として適任だから」
「そう言うなら……それで、指導役はどこぴょん?」
「今呼ぶわ、球磨!」
「ほいクマー」
立ち上がった人が、何か言った。
部屋に入った時は、一番端で黙々とご飯を食べていた人だ。アホ毛がやたらと長くて印象に残っていたのだ。
しかし、全部「クマー」という一言で上書きされた。
「半年間昏睡してた分のリハビリをするクマ」
「前科持ちの先輩って、この人ぴょん?」
「ええ、そうよ」
「球磨型軽巡一番艦の球磨だクマ、よろしくだクマ」
クマがゲシュタルト崩壊しそうである。
わたしの事情は高宮中佐か、不知火から聞いているらしい。クマクマ言っているが、指導を任されているのだ、ちゃんとした人に違いない。
ポーラ以来、やっと会う二人目の前科持ち。
どんな前科か気になるが、聞いてはいけないとさっき教わったばかりだ。
今はただ冷静に、体力を戻すことを目指さそう。そうでなければ、戦場に出れないのだから。
久々の訓練を想像し、卯月は気合を入れ直すのであった。