前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第61話 雪辱

 悪夢と幻に苦しめられたものの、感情をぶちまけたことで、かなりスッキリできた。シャワーを浴びて二度寝をしたが、また悪夢を見ることはなく、熟睡することができた。

 

「……くぁ」

 

 しかし一度起きたせいで、やや睡眠不足だ。万全ではないが、もうしょうがない。いっそこのイライラごと、水鬼にぶつけるつもりでいよう。

 

「水鬼……よくも、殺してやる、殺してやるっ!!」

 

 暴力衝動が一瞬で膨れ上がった。布団をかきむしり、毛布を何度も殴り付ける。それでも足りず、手元の枕を乱雑に投げ飛ばした。枕は勢いよく飛び、満潮の顔面を直撃した。

 

「がはっ!?」

 

 意識外からの攻撃に、満潮は、即覚醒した。

 

「イライラする……あぁっ、深海魚風情が!」

「わたしに言うことないの!?」

「苛ついてるって言ったぴょん! でもすまんぴょん! これで良いなぴょん!」

「ざけんな! 一発ビンタさせろ!」

「やってみろよ満潮!」

 

 ちなみに熊野はもう部屋を出ていた。出撃前のおしゃれ、もとい準備で忙しい。ストッパーはいない。出撃に支障が出るので殴ったりはしないが、激しい闘いとなった。

 

 結果、準備の時間がなくなり、二人は大慌てで食堂へ向かうことになった。

 

「おはよううーちゃん、満潮……え、どうしたの頬」

「なんでもないぴょん」

「なにも問題ないわ」

 

 寝癖つき、かつ頬は赤くちょっと腫れている。お互いのビンタが直撃したダメージである。

 二人は会話せず、黙々と食事を済ませ、最後の準備に取りかかる。

 

 満潮は継ぎ接ぎのスカーフを首に巻き、自爆装置の首輪を取りつける。

 

 卯月は形見のハチマキを髪の毛に巻き付け、気絶装置の首輪を取りつけた。

 

「卯月」

「なんだぴょん」

「あんたの仲間だから、確認しておくわ。『顔無し』は容赦なく沈めていいのね?」

 

 顔無しの戦闘力は厄介だ。だが無視はできる。ハードな立ち回りになるが、無視しながらでも闘える。満潮だけではなく、前科組全員がそうだった。

 

「ああ、殺してくれぴょん」

 

 卯月は、躊躇なく断言した。

 

「迷い、ないのね」

「あれは死体だぴょん、敵でしかないぴょん。むしろ、殺してあげるべきだぴょん」

 

 存在自体が哀れだ。これ以上尊厳を弄ばれる前に、完璧に終わらせなければならない。

 

「中から回収して、サルベージできる可能性だって……」

「満潮、いいか、みんなは死んだ。殺したぴょん、うーちゃんがこの手で。サルベージだって? また、みんなの命を侮辱しろって言うのか?」

「生きてれば、それで良いとは思わないの。また新しい一歩を踏み出せるとは」

 

 満潮の言うことは一利ある。そりゃ死ぬより生きてる方が良い。生きていれば可能性は開ける。それでも、卯月は、サルベージなんて考えられない。

 

「終わった物は戻らないんだぴょん」

 

 それは不可侵領域だ。わたしたちだからこそ、一層犯してはならない禁忌なのだ。

 だからこそ、正さなければならない。確実に破壊しなければならないのだ。

 

「ホント、あんたとは合わないわね」

「今更なにを言うかぴょん」

「それもそうね。今度は顔無しの中身を見ても、暴走しないでよ」

 

 満潮は部屋を出ていき、工廠へ向かった。出撃の時間は迫っていた。卯月ももう出なければならない。だが彼女は不思議そうに立ち尽くす。

 

「顔無しの中身なんて、うーちゃん見たっけ」

 

 顔無しが、仲間の死体を材料にしていることは認識している。しかし、どうやってそれを知ったのか、いまいち良く覚えていなかった。これは話しておくべきことなのか。卯月は戸惑いながらも、工廠へ向かった。

 

 

 *

 

 

 工廠にはもう、全メンバーが集結していた。出撃メンバーは前回と僅かに違う。那珂とポーラが交代だ。那珂は不満そうにしながら不知火に訴えている。

 

「那珂ちゃんお留守番なのー!?」

「ええ、夜戦が想定されているので」

「ならむしろ、那珂ちゃんのステージじゃん!」

「卯月さんがいるのをお忘れですか」

 

 卯月的にも那珂の方が良かった。酔いどれのへべれけと一緒とか嫌で嫌で仕方がない。

 

「なにを飲みましょー、うへへへへ」

 

 ポーラは泥酔している時が最も強い。だから酔いのタイミングを調整するため、艤装内部にワインを詰め込んでいた。クソみたいな光景だ。

 

 だが、そんなのを気にしてる心の余裕はなかった。卯月の目線は、彼女自身の艤装へ──ブラックボックスへと向けられている。特級の爆弾を抱えたまま、行かなきゃいけない。

 

 緊張と恐怖が入り交じり、脂汗が額に浮かぶ。心臓がバクンバクンと音を立ててうるさい。息が荒れる。

 そこへ、北上が声をかけた。

 

「おーい、卯月」

「な、なんだぴょん」

「……大丈夫?」

「だいじょばなくても、行くしかないぴょん」

 

 ブラックボックスを積んだ卯月がいなければ、水鬼へは到達できない。選択肢はない。

 

「まあ、そうだしね。一応さ、暴走への対策はやっておいたよ」

 

 北上が手を動かすと、クレーンに載せられて、卯月の脚部艤装が運ばれてきた。

 パッと見普通に見えるが、良く見ると色が違う。脚部艤装全体が、ラバーのような物でコーティングされていた。

 

「これは?」

「このシステムは、深海のエネルギーを取り込む機能がある。てことは、それを遮断しちゃえば良い」

「……そうすれば、洗脳されないのかぴょん」

 

 北上は「そうだよ」と頷いた。仮説段階だが、価値観が変わってしまうのは、深海のエネルギーに呑まれるからだ。だからエネルギーを取り込まなければ、わたしは変わらずに済む。

 

「深海の力って言うからには、エネルギーは()から来てる。だから海に接触してる、脚部艤装にコーティングを施した。実験も済ませてるから、効果はあるよ」

 

 なおこれらは全て、大本営が元々持っている技術である。北上はそれを応用して組み込んだ。

 

 卯月は加工された艤装を眺めて、息を吐く。

 心から安心、とまではいかないが、大分心が楽になった。あんな辛い思い、しないに越したことはない。

 

「でも気をつけて、外から加工してるだけだから、艤装のダメージが酷くなったら防げなくなる」

「分かった、気をつけるぴょん。ありがとう北上さん」

「良いんだよ。あたしがさっさと解析できてれば、こうはならなかったんだから」

「いや、悪いのは『敵』だぴょん。北上さんが気に病むことはなんにもないぴょん」

 

 北上が気にするのを、卯月は止めた。そんな態度は『敵』を喜ばせるだけだ。そんなことは許されない。憎しみが止まらなくなる。だから、気にしちゃいけないのだ。

 

「そうだね……わたしができるのは此処まで。あとは、卯月自身が頑張るしかない」

 

 言われずとも、分かっている。

 この復讐は、わたしのものだ。怒りも憎しみもわたしだけのものだ。誰にも譲るつもりはない。

 

 まあ、戦闘力的に、水鬼に止めを刺すことは不可能に近いけど……間接的に手伝いができれば良いことにする。

 水鬼を見て、殺意が暴走しなければの話だが。いや、暴走しちゃいけない、感情を抑えなきゃいけない。

 

 その時、あきつ丸の言葉が脳裏を過った。『怒りが足りない』と、あいつは言った。

 足りたら、どうなるのか。余計暴走しやすくなるだけじゃないか。なんであきつ丸は、あんなことを言ったんだ。

 

 よく分からない思考に陥りかけた時、高宮中佐の教鞭の音が鳴り響いた。意識が切り替わり、余計な考えが意識の外側へ追いやられる。

 

 全員が揃っているのを確認した高宮中佐が、話し始めた。

 

「事前に通達してある通り、今回、駆逐艦卯月にはブラックボックスを積んだまま出撃してもらう。当然暴走のリスクは承知の上だ。だが今回は対策を行った。暴走した場合は即座に気絶装置を作動させる。破壊されるよりも前に。藤艦隊所属のお前たちは、気にすることなく戦闘に集中してほしい」

 

 前回、卯月の暴走で作戦は大混乱になった。それを踏まえた発言だ。

 

「だが、今回の作戦。刺客の襲撃が想定されている。そうだ、あの襲撃の生き証人である、卯月を抹殺するための刺客だ。仮に刺客が現れた場合は、我々特務隊を殿として、撤退を行う。ただし、刺客が出現しても、水鬼は必ず撃破する。既に作戦期間の猶予はないのだ、その上で、作戦の成功を命令する」

 

 前回組は慣れた表情で頷いた。水鬼の撃破が至上目的、金剛たちの生存はその次、前科組の優先度は最下位に位置している。卯月も文句なんて言う気はない。

 要するに、死ななければ良いだけの話なのだから。

 

「秋津洲が外で待機している、これより、水鬼討伐作戦を開始する」

 

 ブラックボックスの謎は残る。『敵』との闘いも続く。けど、これで一つの戦いが終わる。泊地棲鬼の一派は、戦艦水鬼の死を以て決着となる。

 この怒りを、必ず思い知らせてやる。

 淀んだ瞳には、あらゆる負念が渦巻き突発しつつあった。

 

 

 *

 

 

 コンバットタロンに乗って、飛んでいった卯月たちを、高宮中佐が執務室から眺めていた。

 顔にこそ出さなかったが、内心、かなりの不安が渦巻いていた。

 あらゆることが、イレギュラー過ぎる。ブラックボックスしかり、刺客の可能性しかり。

 

 だが、これしか方法がないことは、彼自身が一番理解していた。

 なにせ、半年間だ。

 一定の技術力がある北上が、半年間調べて、ほとんど分からなかったのである。文字通りの『ブラックボックス』だ。

 

 たった一つの進展が、水鬼との戦いで、システムが作動したというだけ。亀の方がまだ早い。

 それでも、進展だ。

 戦闘下であれば、作動する可能性が高い。卯月を戦線に出したのは、それが理由である。

 

 作動しなくても、顔無しの露払いや、ルート固定に貢献できる。作動すれば、なお良しだ。

 

 しかし、洗脳されるだろう。対策はしているが、焼け石に水だと、中佐は思っていた。だが、それはもはや、問題にならない。たかが一個人の精神を気にする段階は過ぎている。

 

 壊れて、システムを作動させるだけの道具になるか。それとも『卯月』として報復を成し遂げるか。

 

 それは、卯月次第だ。『地獄でも良い』と了承したのは、間違いなく卯月なのだから。

 

 もっとも、これで壊れるようなら、今壊れた方が幸福に違いない。

 

 これからの戦いは、心身ともに過酷なものになる。卯月は今のままでは生き残れない。

 

 どう転ぶか、中佐には分からない。どちらでも構わない、どうなっても使い道はある。

 正気のほうが、望ましいというだけの話だ。

 

「行ったか」

 

 コンバットタロンが、完全に地平線の彼方へ消えた。最後まで見送り、緊張がほどけた高宮中佐は、不知火が淹れておいてくれた、コーヒーを口につけた。

 

「……ッ」

 

 凍りついている中佐の表情筋が、激しく歪む。ゆっくりコーヒーカップを起き、こめかみを指で抑える。

 口の中に残った液体を飲み干し、カップを睨む。

 

「なぜ、コーヒーとめんつゆを間違える……」

 

 落ち度の化身であった。

 しかも砂糖とミルクは忘れていない。もう最悪の気分である。ただこれでも、昔と比べれば、発生頻度は七割ぐらい減っている。

 

「中佐ー! いるー!」

 

 挙げ句やかましいのが乱入してきた。那珂である。中佐は心底げんなりした。

 

「ノックはどうした」

「この那珂ちゃんはノックなんてしなくても十分存在感があるもん!」

「……そうか」

 

 お勤めの期間をなんとか延長できないだろうか。高宮中佐は割りと真剣に、そんなことを考える。

 

「で、なんの用だ」

「那珂ちゃんお仕事ダメ?」

「ダメだ」

 

 中佐は躊躇なく自室へ戻ろうとした。

 

「待って待って! 早いよ!?」

「お前のアイドルごっこに付き合う気はない」

「酷い!?」

 

 しかし那珂は、中佐の裾を掴んだまま離れない。無理やり振りほどくことはできる。しかし、口内のめんつゆがやる気をかなり削ぎ落としていた。

 

「出撃はダメだ。説明した筈だぞ、敵襲があった場合に備えなければならない」

「そうだけどぉー」

「貴様、なぜ此処に来たのか忘れたのか?」

 

 その一言に、那珂は顔を暗くさせた。

 

 だがすぐに、いつもの明るい顔に戻る。

 

「でも、今の卯月ちゃんなら大丈夫だと思うんだけど」

「ダメだな、むしろ、今までで一番危険だ。あの精神状態は理解しているだろう」

「そんな状態で出撃命令出した人に言われた!」

 

 那珂の突っ込みは完全に無視した。中佐は執務机に座り、資料を広げていく。あきつ丸のレポートや、一緒に寝た熊野からの報告書である。那珂は覗き見する程、非常識ではない。ブーブー言いながら、ソファーに座った。

 

「……まあ、お楽しみは、那珂ちゃん後に取って置く主義だから良いけど」

「お楽しみか、良くそんなことを言える」

「だって、那珂ちゃんはアイドルだからね」

 

 アイドルが何を指示しているのか、中佐は正確に理解していた。伊達に前科戦線の責任者をやってはいない。その分、那珂の(さが)にも、頭を悩ませることになる。

 

「うふふ、感じるよー、観客さんの視線を!」

 

 彼女の発言に、中佐は資料を読むのが止まった。

 

「理解しているのか?」

「何度も言わせないでよー、だって那珂ちゃんは、アイドルなんだよ?」

「……ならば、この話は」

「勿論! アイドルには秘密が付き物だからね!」

 

 卯月たちはまだ、水鬼のところに到達していないだろう。だが、これで、一つの推測が完成される。

 高宮中佐の手元に置かれた、大本営に提出する作戦資料。

 

 そこの出撃日時は、()()()となっていた。




 基地が直接襲われた時のために戦力は残していますが、基本一隻で事足ります。前科戦線は大本営からしても、かなりの重要拠点なので、位置を特定されないための術式を何重にも張っているからです。
 なので、現れるのは、偶然迷い込んだ野良が数隻。一隻で十分、撃退できる範疇なのです。
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