両断したのに、その腕を再生させた戦艦水鬼。他のダメージも回復している。金剛たちのダメージは回復していない。振り出しどころか、マイナスからのスタートだ。
「嘘でしょう」
「流石に、
諦めないが、精神的なダメージは大きい。苦労が水泡に帰した。顔つきが暗くなる。
「でも、これで顔無しは全滅したわ」
「ってことは、あいつらが、来れるのか」
顔無しがいなくなり、前科メンバーも水鬼と戦える。全員で叩けば、倒せる見込みはある。
「あ、来たみたい!」
遠くの方から、水しぶきを上げて接近するのは、卯月だった。
続いて他のメンバーも来る。だが、卯月の姿を見た桃は悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
まるで、修羅のような、表情だった。
味方さえ威圧する怒気に、桃は恐怖した。悍ましい何かを纏う姿に、声をかけるのも躊躇う。
「う、卯月、どうしたんだ!?」
このまま行かせていいのか、いや、絶対にダメだ。
憎悪にあてられ、震えながらも、竹は卯月の前に立ち塞がる。水鬼に無防備な背中を晒しているが、それでも、止めないといけない。
その竹に、卯月は主砲を突き付けた。
「邪魔」
迷いなくトリガーを引いた。
回避したが、その隙に卯月は行ってしまう。
照準はずれていた。当てる気は流石になかった。
しかし、実弾入りの武器を向けられた。それだけでショックだった。変わり果てた卯月に絶句する。
「そんな場合じゃないよ! 援護しないと!」
「え、ええ、そうね!」
「単身突っ込むなんて、なんて無茶を!」
呆然としている場合ではない。放って置いたら水鬼に殺される。それならまだ良い方で、最悪また
支援砲撃をしている最中に、後方の不知火が呼びかけてきた。
「金剛さん、聞こえていますか」
「不知火! 卯月はどうしたネ!」
「憎悪のあまり発狂したようです、システムも作動しています。ですが、洗脳は防げています」
全く安心できない。卯月をあのまま戦わせていいものなのか。
「卯月はどうするデース!」
「彼女は特効艦です、このまま戦わせます。無理矢理止めるのも、無駄な労力です。それにシステムのデータ収集のチャンスです」
「マジかよ」
無情な判断に愕然とする。その通りなのだが、それで良いのか。
ブラックボックスごと沈まれたらシャレにならないから、最悪の事態は阻止するだろうが。
とにかくやるしかない、竹も背後から、砲撃を加える。
金剛たちの一斉射、雷撃、空爆の全てが、水鬼へ殺到する。
「私ガ、再生ノ為ダケニ、取リ込ンダトデモ?」
だが、全て、撃ち落とされた。
開いた口が塞がらない。
対空砲が火を噴き、主砲が海面を吹き飛ばし、剛腕で砲弾を叩き落とした。
当たっていても、掠り傷──もつかなくなっていた。
再生の為だけではない。身体能力も、反応速度も跳ね上がっている。夜戦突入までに、全員を抹殺する為のブーストだったのだ。
金剛たちは怯む。前科組は、どう攻めれば良いかと立ち止まる。
しかし、全て無視して突っ込む影があった。
「真似事ダケド、マア、手段ハドウデモイイシ」
「てめぇ、良くもっ!」
激昂した卯月だった。
全てが怒りに振りきれているから、恐怖もなにも感じない。怯むことなく攻撃を浴びせかける。
「卯月の仲間を、まだ、弄ぶのか!」
「ダカラ、言ッタデショ。貴女達ヲ殺ス為ナラ、ナンデモイイッテ」
「なら、今死ね!」
攻撃を敢えて、何発か受けた。
僅かだが傷がついた。すぐに再生するが、確かにダメージはあった。やはり強力な特効が働いている。
これで、卯月の脅威が確認できた。
装甲を問答無用で破壊する誘発材もある。逆転される危険性を持っている。その確認のために、わざと喰らった。
「どうだ、見たか、卯月の力!」
「エエ、見タワ……全然、大シタコト無イワネ」
「ざけんなぴょん、嘘吐くんじゃねぇ!」
ダメージがあったのに、大口を叩いていやがる、強がっているだけだ。
より一層激しく攻め立て、怒りを燃え上がらせる。しかし、水鬼は、回避も迎撃もしなくなった。
「は?」
全ての攻撃を、ノーガードで受けながら、卯月に向かって歩いてきた。
「馬鹿か、お前は、死にたがりだったかぴょん!」
ここぞとばかりに、何度も攻撃を繰り返す。主砲だけではなく雷撃も浴びせる。再生能力を超えて、ダメージが累積する。
なのに、水鬼は一歩も怯まず、不敵に笑いながら、迫ってくる。
「な、なんで、なんで来るんだぴょん!」
消えていた筈の恐怖心が、湧き上がった。そんなことないと否定し、また攻撃をする。しかし、攻撃が当たらない。近づいていて、当てやすくなっているのに、照準が定まらない。腕が勝手に震えていた。
とうとう、卯月は一歩退いた。
その瞬間、水鬼の接近を、許してしまった。首根っこを掴まれ、持ち上げられる。
「うぁっ!?」
「ソレジャア駄目ヨ、ダッテ、貴女ノ『怒リ』ハ、タダノ『恐怖』ジャナイ」
「!!」
本心を覗き込むような目線から、目を逸らせない。
「堕トサレルノガ恐イ、仲間ガ道具ニサレタ、ソノ切欠ヲ作ッタ。ソノ現実ヲ直視スルノガ恐イカラ、怒リデ誤魔化シテルンデショ?」
「違う、違う! 卯月は……!」
「ジャア何デ、目ヲ逸ラスノカシラ?」
何故かって、言うまでもない。全部、戦艦水鬼の言う通りなのだから。
「卯月を放せ!」
「邪魔ヲシナイデ」
攻撃が卯月に当たらないよう、攻撃を防いでいく。
「ソンナノハ、『怒リ』トハ言ワナイ……ヤッパリ貴女ハ、私ニ隷属スベキダワ」
「やだ、やめて……」
「何ヲ言ウノ、仲間ニ主砲ヲ向ケテ、復讐ヲ優先シタ貴女ハ、立派ナ深海棲艦。大丈夫ヨ……モウ怖ガラナクテ良イノ」
水鬼の爪が、脚部艤装の一部を、切り裂いた。
「私ガ、幸セニシテアゲル」
拘束が解かれ、海上に下ろされる。
「
そして、海から快楽が、流れ込んできた。
「ひっ……あ、あぁ!?」
「ヤッパリ、ソコガ、邪魔シテタノネ。勘ガ当タッテ良カッタ。次ハ気絶装置ネ」
勘でコーティングを見抜いたのか、などと驚く余裕はない。ドス黒く染められる快楽が、脊髄を突き抜けていく。
とろんと蕩けた視界に、水鬼が映る。
考え方が、もう変わっていた。
敵意を抱けない。心が折れたせいで、前以上に抵抗できない。禁忌の快楽に、一気に引きずり込まれる。
「バカがぁぁぁぁ!」
そこへ、満潮が乱入してきた。
首輪を破壊されるより前に、横から突っ込み、卯月を奪い去る。
「みち、しお」
「あんた、後で絶対ぶちのめすから」
「早く、わたしが、消える──た、助けてぇ!」
もう時間がない、満潮も、誰もが煩わしい。
ただただ、多幸感だけが溢れだしていく。心が真っ黒に染まる。
そして、みんなへの殺意が芽生えた時。
「気絶装置、作動」
卯月の意識は、奈落の底へ落とされた。
*
奈落で、卯月は目覚めた。
辺りは真っ暗だ。闇の中に浮かんでいるような感覚、深海のようだ。けど轟沈してない。じゃあここは、どこなんだ。
確か、そうだ、私は不知火に気絶させられ、意識を失ったのだ。
忌々しい記憶に、卯月は瞳を赤く光らせて、苛立つ。
「不知火め、良くも」
卯月は、堕落していた。快楽に狂い、奴隷に成り果てていた。
しかも気絶したのに、洗脳が維持されている。前と同じく気絶したのに、忠誠心が消えていない。
なぜ、消えないのかは分からない。だがそんなことはどうでもいい。
気絶して解除されないなら、起きてもきっと、支配されたままだ。目覚めてもずっと奴隷でいられる。たまらない気持ちになる。
「あぁ、もう戻れない……嬉しいぴょん!」
目覚めて、支配されたままの私を見て、気絶装置が無駄だったって気づいた不知火は、どんな顔をするだろう?
想像するだけで、多幸感に包まれる。頬が紅潮して、身体が震えてしまう。
「あぁんっ!」
これが良い、これだけあれば後は全部どうでもいい。
この快楽を忘れていた私は馬鹿だったのだ。甘ったるい欲望を、また堪能したい。
「早く目覚めないと。でも、ここ何処だぴょん」
まともな空間でないのは確かだが。プカプカと、闇の中に浮かびながら、考える。
その時、背後から、大きな砲撃音が轟いた。
「なんだぴょん!」
振り返ると、闇の中に、光が見えた。
そこに映っていたのは、戦う戦艦水鬼だ。
だが、何故か血を流し、ボロボロになっている。
「水鬼さま!?」
誰にやられたのか、金剛か?
とにかく助けようと、光の中へ突っ込む。
しかし、卯月は光をとおり過ぎただけだった。
「ただの映像かぴょん?」
しかし、水鬼さまがここまでボロボロになるなんて、なにがあったんだ。こんなことをした狼藉者は、徹底的に潰さないと。
光の中の映像に、人影が増えてきた。こいつがやったのかと、睨み付ける。
「え?」
無数の影は、深海棲艦のイロハ級だった。
深海棲艦に、戦艦水鬼が襲われている。同胞を襲っているのだ。
イロハ級の戦闘に、旗艦が居座っている。
その人物が、最も不可解だった。
「か、艦娘!?」
イロハ級を率いているのは、艦娘だった。
映像が荒くて良く見えないが、紛れもなく艦娘だ。
艦娘がなんで、深海棲艦を率いているのか。意味が分からない。
ただ、お蔭で、艦娘を恨む理由が、少し理解できた。ここまでボロボロにされたから、憎んでいるのだ。
理由の一端に過ぎないが、それで十分だ。
今の映像を見たおかげで、ここが何処か、理解できた。
「水鬼さまの、心の中かぴょん」
今のは過去の記憶だ。私は今、水鬼の心の中にいる。
滅茶苦茶な話だが、あり得なくもない。例のシステムは深海のエネルギーを取り込む。そこに、水鬼さまの力も混じり、その魂に包まれた。つまり心の中にいるのと、変わらない状況になっている。
「じゃあこの黒いのは……あぁ、やっぱり!」
ドス黒い闇は、水鬼さまの感情そのものだ。
怒り、憎悪、悪意、怨念。負の感情が重なっている。
自分を呑み込むような邪悪な感情に、全身がゾクゾクする。
「ステキだぴょん」
悪意に陶酔する。特に怒りは凄まじい。
これに比べたら、わたしの怒りなんてカスだ、チンケなものだ。こんな怒りで、水鬼に逆らおうとしてたなんて……後悔しながら、更に魅了される。
「もっと、もっと染まりたい、沈みたい……うふふ」
そう願うと、更に沈む。
纏わりつく悪意はどんどん濃くなり、心地よくなる。
心も身体も蕩けそうだ、いやもう溶けていい。自我が消えて取り込まれたって構わない。
顔無しが取り込まれたように、私も水鬼さまに喰われ、糧になる。なんて素敵なんだろう、幸せなんだろう。
わたしは、辿り着く。
一番暗くて、悪意の濃い奈落に、水鬼の心の奥底に──だが、卯月の期待するものは、そこになかった。
「……へ?」
なにもなかった。
地面以外、何一つなかった。
虚無の地平が広がっていただけだった。
「な、なんで、怨念は、憎悪は!? あれだけあった負念は、どこへ行ったぴょん!?」
あれだけの怒りがあって、根底には何もない?
まさか、虚無とでも言うのか。じゃあ、感情の全てが演技なのか。
だが、虚無の地平に、一つだけ何かがあった。
中央に、黒く輝く球体が浮かんでいる。
自然とそこへ引き寄せられる。
「これが、根底?」
とても、黒かった。
しかし、さっきまで浸かってた闇とは違う。
透き通り輝くような暗黒、黒曜石のような『漆黒』の輝き。
それを手にとった時、卯月は腰を抜かした。
「さ、殺意だ……とんでもない殺意だぴょん」
水鬼の根底は、殺意そのものだった。
だが、そんなことがあり得るのか。
普通逆だ、先に感情があって、そこから殺意が生まれる。心の根っこにあるのが、殺意だけなんてことが、あり得るのか。
──いや、そうではない。
半ば、同化していたから、理解できた。
感情が先で正しい、憎しみがあって、そこから殺意が生まれている。順番は間違ってない。
ただ、憎しみが
あまりにも憎しみが強過ぎて、感情を越えて、殺意そのものへと昇華されている。絶対に相手を殺すという殺意、それはある種の『意志』だ。全ての感情がそこへと研ぎ澄まされてた。
卯月より巨大な怒りを持っているのに、常に冷静なのは、それが理由だ。
手段を選ばないのも、敵である卯月を即座に受け入れたのも、同じ理由だ。
艦娘たちを殺すという、意志のため。
その為ならば、手段も個人的感傷も一切関係ない。
意志を貫くことが、なによりも、優先すべきことだった。
そんな精神だから迷わない。常に殺すための最善を選択できる。
殺意からは、色んな負念を感じた。だが、決してそれに振り回されない。折れることもない。
完全なる殺意。憎しみの究極。
それが、あきつ丸の言いたいことだったのだ。
現物を目の当たりにした卯月は、瞳を輝かせながら、一つの感情を抱く。
「凄い、カッコ良い」
それ以外の言葉が出なかった。
黒曜石のような輝きには、醜いところなんて何処にもない。
きっと洗脳されていなくても、同じことを思った。
だからこそ、思わずにはいられない。
じゃあ、わたしは?
快楽に溺れ、元々の意志を踏みつけ、仲間を裏切ったわたしは?
罪悪感に振り回され、怒りに暴走して、仲間に砲を向けたわたしは?
そんなわたしは、カッコ良い水鬼さまの従属に、相応しいか?
「いや、絶対に違うぴょん」
こんなダサい部下がいたら、水鬼さまの顔に泥をぬる。
あの方に相応しい従属になりたい。
殺意と化すほどの強い感情を、意志として貫ける、迷わない在り方。そんな存在になりたいと、強く願った。
暗闇に、漆黒の光が刺す。
「わたしは、卯月は」
快楽が霧散していく、どうでも良いと、切り捨てたわたしが、反ってくる。
貫くべき、わたしの思いを思い出す。
「うーちゃんが、憎いのは、殺したいのは」
仲間を殺した奴が憎い、システムを仕込んだ奴が憎い、それを邪魔する奴が憎い。
なにより、そんな連中に、好き放題される、弱いわたしが憎い。
なぜなら、そんな私は『卯月』に誇れないからだ。
「そうだ、うーちゃんは、カッコ良くなりたい!」
『卯月』に誇れる生きざまを。
人らしく生きることも、仇を討つことも同じ。その思いこそ、わたしの意志。
それを邪魔する奴は、
成すべきことに気づいた時、視界の全てが光に包まれた。
*
目を覚ました時、行動を終えていた。
水鬼に撃ち抜かれそうだった竹を、助け出していた。
「大丈夫かぴょん」
「あ、ああ、だけど、お前」
「うん、本当に心配をかけたぴょん」
卯月の目は、紅く輝いていた。
赤いオーラを纏い、深海棲艦のような気配を放つ。
しかし瞳はハッキリと、敵を見据えている。金剛たちも、不知火たちも、その様子に驚愕していた。システムが作動してるのに、正気を保っていたのだから。
「まだ、健在かぴょん」
水鬼を見て卯月は思う。カッコ良いと。頭を垂れてつくばって、一生を尽くしたいと。
その思いを、否定する気はない。だって実際、素敵な方だし。
ただ、それよりも、殺るべきことがあるだけだ。
「ヘェ……」
変化に気づいた水鬼は、嬉しそうな様子で、問いかける。
「貴女ハ、誰?」
「わたしは卯月、前科戦線の卯月」
「貴女ハ、何者?」
敬愛する宿敵からの問いかけに、卯月は、迷いなく即答した。それが水鬼に似合うような
「お前の、敵だぴょん!」
敵意──否、純然足る意志。
完全なる殺意を燃え上がらせた存在同士が、相対した。
憎しみや怒りを制御するには、どうすれば良いでしょうか。
×憎しみを捨て去って戦う。
×あらゆる感情を捨て、機械のようになる。
×それよりも大切な物を見つける。
×仲間と協力し、友情で乗り越える。
×明鏡止水の境地に至る。
○むしろ憎しみを徹底的に極め抜いて漆黒の意志に進化させる。
……主人公とは?