卯月の瞳が、紅い鬼火を宿す。
夕焼けの中でも鮮烈に輝く、探照灯のような眼光。陽炎のように揺らめく、赤いオーラ。
艦娘に擬態した深海棲艦、そう呼んだ方がしっくりくる。
だが、卯月は間違いなく、水鬼へと砲身を向けている。今までの狂ったような怒りは消え、静かな、ナイフのような殺意を纏っている。
「素晴ラシイ」
水鬼の言葉が、静寂に響いた。
「私ニ隷属スルニハ、相応シクナクナッタ。ケド、仲間トシテハ、相応シクナッタ」
「それは、光栄だぴょん」
「デモ、ソノ気ハナイノヨネ」
回答は分かりきっていた、それでも聞くのは、それだけ感慨深かったからだ。
「みんなを見殺しにするなんて、そんなカッコ悪いことは、できないぴょん。勿論、それを強要してくる奴は、殺すぴょん」
水鬼は拍手をしていた。艦娘が困惑するのも気に止めず、称賛を送る。
「初メテダワ、欲望ト背徳二壊レズ、意志ヲ貫ケル艦娘ハ」
「初めてって」
「エエ、他ハ皆、醜イモノヨ」
嫌悪感たっぷりに吐き捨てる。卯月は記憶の中で見た、深海棲艦を率いる艦娘を思い出す。
そんなクソに、蹂躙されたことが、腹が立つ。だから水鬼は、手段を選ばなくなった。
前の戦いで言っていた、『貴女達ノオカゲ』という言葉の意味が、察せられた。
「ありがとぴょん」
水鬼は驚くこともなく、続きを待つ。
「あなたじゃなきゃ、ダメだった。もしも、あなた以外の深海棲艦と共鳴してたら、うーちゃんは戻ってこれなかった」
誰が何と言おうが、水鬼は格好いい。
迷わない姿が。常に冷静なところが。手段をまるで選ばないことが。なによりも自分の意志を貫くところが。黒曜石のような殺意が綺麗だった。
怨念と欲望に操られるだけの姫じゃ、道具にされて終わりだった。それだけで十分だと思わされた。
思わず、憧れてしまうような、戦艦水鬼だったから。
『ああなりたい』と思える人だから、わたしは、貫くべき『殺意』を思い出せたのだ。
「ダメジャナイ、敵ニ、オ礼ナンテ」
「うーちゃん、嘘は嫌いだぴょん。ま、二度は言わないけど」
「ソウ、ジャア、話ハ終ワリネ」
穏やかだった海が、戦場へ戻る。
卯月の分も加わって、息が苦しくなるような殺意が充満する。憎しみも、愛もない。ただただ殺すという、完全なる殺意が激突する。
「シズミナサイ」「沈めだぴょん」
冷酷な抹殺宣言を皮切りに、決戦が始まった。
先手をうったのは、射程に勝る戦艦水鬼だ。瞬く間に、回避困難な密度の弾幕が降り注ぐ。戦艦では不可能、駆逐艦でも、射程外に行けるかギリギリの範囲。
だが、卯月は容易く消え失せた。彗星のような軌跡を描き、高速で海上を駆け巡る。最も驚いているのは卯月本人だ。
なんて速度なのか。
機関出力も身体能力も、桁外れに上がっている。
洗脳の万能感が消えた分、性能アップの感覚がダイレクトに伝わる。
システムが万能でないことも、伝わった。
移動先に、砲弾が叩き込まれていたからだ。
「チィッ!」
速度を落とすと、目の前を砲撃が通り過ぎる。だが、それを見越した第二射が、もう迫って来ていた。
「舐めるなぴょん!」
強化された反射神経で、砲撃を放ち、軌道を逸らす。至近距離を掠めていき、衝撃が身体を突き抜ける。
あくまで性能等が上がっただけ。先読みされたり、不意を突かれたら意味がない。
しかも、それだけでは済まないと、卯月は自覚している。
システムの強化は、凄まじい負担がかかる。
限界を越えたら動けなくなる。
神鎮守府を襲った時も、水鬼との一戦目も、それで負けた。
ただ、身体が限界を超えたから、システムが強制停止したという可能性もある。
洗脳解除のトリガーは気絶じゃなく、稼働限界かもしれない。だから時間制限があるのは、悪いこととは思わなかった。
何れにせよ持って数分。それまでに決着をつけられなければ、卯月の負けである。
「接近ナンテ、サセナイワ」
「は、ビビってんのかぴょん」
「システム、特効、二重ニ強化サレタ貴女ノ攻撃ヲ喰ラウノハ、トテモ危険ナコト」
水鬼からすれば、システムの停止まで持ちこたえれば済むだけの話。有利なのは彼女の方だ。
接近されないよう、延々と砲撃を浴びせ続ける。なんとか隙間を見つけ、潜り抜けようとするが、先読みされてルートを塞がれる。
たが、決して焦ることはない。殺すと決めた、だから殺す。焦れば殺せなくなるから、焦る必要ははい。煮え繰り返る激情と、冷静さが並立している。
だから、水鬼以外も、ちゃんと認識できていた。
「主砲、一斉射、バーニング・ラアアアブ!」
金剛のシャウトと同時に、戦艦級の砲撃が放たれた。
耳をつんざく音量に、水鬼は一瞬気をとられる。
まだ、直撃しても問題ない、多少のダメージを無視して、攻撃を食らう。
「直撃です!」
「イエス! でも、多分ノーダメージネ!」
「ソノ通リ……ソシテ、狙イモ分カル」
爆煙に覆われて、視界が塞がれた。狙いはそれだ。予想通り、煙の中から黒い影が現れる。先んじて副砲を回し、煙幕ごと吹き飛ばした。
その中にいたのは、ダメージを負った卯月……ではなかった。
「クソが!」
バルジを殆ど破壊された、満潮だった。
入れ替わっていた、一瞬の間に。だがどうやって。いやもうどうでも良い。無駄な思考を捨て、相手を即死させる剛腕を振るう。副砲で傷も負っている、あと一撃だ。
いや、卯月はどこにいる?
「隙ありぴょん!」
背後からの声に、水鬼は即応した。
片腕を真後ろに向けて、乱雑に振る。微かだが、手応えがあった。だがその隙に、満潮には逃げられた。
「失敗かぴょん!」
「わたしを投げといてふざけないで!」
「メンゴ」
要するに、近くにいた満潮を凄い力で投げたのである。満潮の安否は割りとどうでも良かった。
「一瞬、目ヲ離シタダケデ……ヤハリ、ソノ力ハ危険ネ」
ガゴン、と主砲の全てが卯月を捉える。
瞬く間に形成された弾幕に、卯月はまた、押し返された。
金剛たちが、近づくチャンスを作ってくれたのに。相手は最上級の姫クラス、簡単にはいかせてくれなかった。
しかし、負けたとは全く思わない。ニヤリと卯月は笑った。
「フッフー、やっと、通せたぴょん」
艤装が、一部欠けていた。
弾幕に晒されながらも、反撃していた攻撃が当たっていた。
至近距離では、避けきれなかった分。それが確かな傷を作った。
「ヤルワネ、デモ、マダマダ私ニハ届カナイ!」
また、嵐のような砲撃が降り注ぐ。卯月を近づけさせないように、集中して放たれる。他の攻撃は、どうせ効かないから受け止めた。
ダメージは累積するが、システムが停止するまでの時間は持つだろう。
だから、ここからが勝負だ。全員がそう認識していた。視線が自ずと地平線に向かう。
太陽が沈んでいく。オレンジ色の空が暗闇に覆われていく。どうやっても、接近戦を余儀なくされる時間が来る。勝敗はこの時決する。
「夜のうーちゃんは、凄いぴょん!」
卯月の声と共に、日が沈んだ。
*
夜の海上に、無数の光が灯る。砲撃の閃光、燃える炎、作動する機関、そして卯月の眼光。夜になったことで、その輝きはより彗星のように見える。戦艦水鬼の眼光とそっくりな紅い目が、激しく燃えた。
夜戦になったことで、戦いは激しく荒れた。艦載機の発艦はできなくなり、視界不良のせいで、距離は近づいていく。暗闇から突然砲撃や雷撃が出現する恐怖は、昔と変わらない。
しかし、システムの恩恵か、夜目が効く。さすがに探照灯には劣るが、それでも助かる。攻撃に早く気づけるから、回避がしやすい。
それでも、戦艦水鬼に、少しも接近できない。砲撃密度が濃すぎる。人一人分入る余地もなく、高密度高精度の砲撃が集中して降り注ぐ。
徹底して接近させないつもりだ、これを必ず突破しなければならない。単独では無理だ。
だからこそ、艦娘は、徒党を組んで戦うのだ。
水鬼が卯月に集中している間に、満潮や熊野──必殺の雷撃を放てるメンバーが、死角に回り込んでいた。
声なんて出さない、暗闇に紛れて、密かに魚雷が発射される。だが命中する直前、水鬼の眼光がギロリと動いた。
「ソンナ、小細工、無駄ヨ」
昼間の時と同じように、獣型艤装の剛腕が、海面を全力で殴りつけた。小規模な津波が発生し、雷撃が引っ繰り返され、逆に熊野たちへ飛んでいく。
攻撃面では主砲だ、しかし、防御面では、あの剛腕が猛威を振るう。どんなパワーがあれば、津波何て起こせるのか。
これでは埒があかない。徹底的に破壊して、攻撃を通せるようにしなければ、意味がない。
その為の一手は、浮かんでいた。
下手したらただの自殺だが、シンプルで、一番可能性が高い──殺意の化身となった卯月は、迷わない。
「みんなーっ! 水鬼の砲撃を撃ち落としてぴょん!」
その要請に、すぐ呼応する者は
それはできる、あの弾幕を抑えれば、卯月は懐へ潜り込める。一度潜り込めれば、修復誘発材や特攻で攻撃できる。
だが、水鬼の砲撃はほぼ全て、卯月へ集中している。それを撃ち落とそうとすれば、必ず卯月も巻き添えになってしまう。
その危険性を、承知で、卯月は頼んでいた。
「巻き添えでも構わない、もう時間がな──」
呼応する者は、
つまり一名だけいた。
「喰らえ!」
満潮だけは、一切迷わずトリガーを引いた。
砲弾が飛んでいく。狙いはつけていない。卯月も水鬼も動き回るのでつけようがない。結果その一撃は、卯月の後頭部へ迫った。
「あ、当たるクマ!?」
顔面蒼白で叫ぶ球磨。しかし卯月は紙一重のところで、砲撃を回避した。
満潮の砲撃は二射目、三射目と続くが、どれもすんでで躱す。偶然でないと、理解していく。
「ソレハ、何?」
「言わないぴょん、知りたいなら砲撃を止めるぴょん」
「止メタ瞬間、砲撃スル癖ニ」
「てへ」
顔を赤らめながら、全力の殺意で襲い掛かる。
「早く、もう時間がないんだぴょん!」
「了解しました」
「良いんですか、不知火!?」
「見ての、通りです」
卯月を信じると、不知火は決断した。それに呼応して、全員が砲撃を浴びせる。砲弾と砲弾がぶつかり、爆発が吹き飛ばし、海面が荒れ狂い、火の海に呑まれていく。
「うおおおおおおーっ!」
地獄絵図さながらの煉獄を、卯月は突っ切った。
目の前からの砲撃、背後からの砲撃、その境目を、限界まで上げた身体能力で走り抜ける。
爆炎の中でも、ハッキリと鮮光が見え、紅い鬼火が走る。
そして、五体満足の卯月が、水鬼の前へ、躍り出た。
「入った!」
「叩キ出ス」
水鬼の武装が一斉に襲いかかるが、更に懐へ、心音が聞こえるほど近くへ潜り込み、それを避ける。空を切った砲撃が、海面を大きく吹き飛ばす。
「もうここなら、主砲は向かないぴょん!」
主砲は獣型艤装の肩に搭載されている。それ以上は仰角が届かない。水鬼自身が邪魔になり、狙えないのだ。
「イイエ、向クワ」
ブチッと、なにかが千切れる音がした。
音の元を見てみると、水鬼の背中から伸びていたチューブが、切れていた。
あれは、なにと繋がっていた?
「おいまさか」
「コレガ私ノ、隠シ玉」
獣型艤装が、水鬼と分離して、襲いかかってきた。
「グォォッ!」
「行キナサイ」
それは、横に回り込もうとしている。
分離して離れてるから、主砲を卯月に、合わせることができる。
普段なら「ギャー!」とか叫んでたが、それでも、卯月は冷徹さを保つ。
「まずは、あいつからっ!」
卯月は、獣型艤装へ狙いを定めた。水鬼本体は武装がない、殴ることしかできない筈だ。まず攻撃手段を持ってる方から潰す。
「間違ッタワネ、選択ヲ」
しかし、なにも装備していなかった水鬼は、手の甲から主砲を
恐らくは、取り込んだ顔無しのもの。無茶苦茶な芸当だが、これで攻撃が可能になった。
「き、聞いてないぴょん!?」
「ソリャソウヨ、最終的ニ、艦娘達ヲ、鏖殺デキレバ、ソレデ良イ!」
隠し玉を、最後まで残してた水鬼の勝ちというだけの話だ。
だが、卯月にはそんなつもり微塵もなかった。
単独で戦っている訳ではない。
水鬼の攻撃で上がった水柱。
その裏側に、巨大な影が見えた。柱を両断し、それは現れた。
「覚悟ぉぉぉぉ!」
二本のブレードを構えた、比叡だったのである。
「ソンナ小細工!」
水鬼の主砲が、至近距離で比叡を襲う。近すぎて回避はできない。切り落としたら、その直後を撃つ。
「だけど、対応できるネ?」
しかし、入れ替わるように現れた金剛が、巨大なシールドで防いだ。緊急で生成した主砲では威力が低い、姿勢を崩せない。
「今度こそ、切りますよっ!」
あれは、防げない。だが回避も間に合わない、なら掴んで、破壊する。振るわれたブレードに合わせ、片手を構えた。
掴める──だが、その試みは失敗する。
突如、視界が、閃光に包まれた。
「──ッ!」
考えなくても分かる、探照灯だ。目眩ましだ。この時の為に、とっておいたと言うのか。
「決まった! 桃の! 一撃!」
目を潰され、ブレードが見えない。やむを得ず勘で掴みにかかる。直前までの光景で、推測はできた。比叡は止まらず、剣を振り抜いた。
「はぁっ!」
水鬼の勘は、半ば当たった。
ブレードが砕け、破片が比叡に突き刺さる。
だが、破壊できたのは一本だけ。
もう一本は、主砲の生えた片腕を、完璧に切断した。
「今だ、今しかない!」
獣型艤装と相対する卯月は、そう確信した。
主を傷つけられ、怒り狂う艤装が、莫大な砲撃を浴びせてきた。だが、彗星のような速さで、卯月は潜り込む。
即座に、艤装の足元へ、砲撃を浴びせる。
特効とシステムの上乗せが、本来以上の破壊力を生む。脚部装甲が破損し、ほんの僅かだが、亀裂が入る。
ここを、完璧に、正確に撃ち抜けば、動きを止められる。
それは間違いなく、ポーラの役割だった。
「とりゃ~」
気の抜ける声と裏腹に、砲弾は寸分のズレもなく、亀裂を抉った。恐ろしいのは狙撃能力より、瞬時にこれが、自分の仕事と識別できるところだ。
あとはメイン武器、主砲の無力化だ。
卯月は飛び上がり、主砲にナイフで切りかかる。主砲を撃っても、剛腕が防いでしまう。
艤装は卯月を掴みにかかるが、ポーラの援護射撃が腕部に着弾、腕の動きが抑えられた。
その隙に、ナイフで主砲に、傷をつけた。
再生能力が暴走し、主砲が泡となって弾ける。二、三秒で再生してしまうが、それでいい。
数秒間だが、獣型艤装は、無力化できた。
艤装を蹴りあげて、卯月は、水鬼の元へ跳躍した。
「来タワネ、卯月」
「終わりだ、戦艦水鬼!」
獣型艤装が、残った副砲や機銃を放つが、熊野や満潮の妨害を受け、狙いが逸れる。卯月は飛んだ勢いのまま、水鬼目がけて、ナイフを構えて飛び込んだ。
「今ネ、松、竹!
「「了解!」」
これで、卯月が、装甲を溶断すると同時に、松と竹の雷撃が突き刺さる。
溶断できなければ、獣型艤装が復活する、システムも作動限界を迎える。
必ず、切らなければいけない。
主砲の生えた腕は、比叡が切り落としている。迎撃手段はない。
だが相手は卯月同様、殺意の化身となった相手。どんな手段を編み出してもおかしくない。
殺意が高まる、集中力が極限まで上がり、余計なものが全て、意識の外へシャットアウトされた。
ガゴン──知らない音が、
強いていうならば、主砲の基幹部分が、旋回する音に思える。
主砲が、もうないのに?
「ぴょん!!」
殺意を信じ、何も無い虚空へ、砲撃を放った。
直後、そこに、
砲撃同士が激突し、爆発が起こる。
その砲撃は、
死角から発射された物。比叡にも誰にも気づかれなかった一撃。
卯月に、直撃していた筈だった。
だが、最後の不意打ちは、卯月の勘により、迎撃された。どこから、どう飛ぶのか見えていなかったのに、正確に撃ち落とされた。
勘なのか、なにか不意打ちへの確信があったのか。それは分からない。あるのは事実だけ。
「──見事!」
誘発材ナイフが、水鬼を一直線に切り裂く。
そして、溶断された肉体へ、大量の雷撃が捻じ込まれる。
「さようなら、水鬼さま!」
ダメ押しに、卯月までもが、雷撃を捻じ込んだ。
瞬時に、離脱した直後、夜の帳も吹っ飛ばす閃光が、戦場を覆い尽した。
次回、第一章、完結。