前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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完全なる殺意、という単語の元ネタはボトムズの次回予告見れば分かります。
あと今更ながら、あらすじの内容が本編に則してない気がしたので、変えました。


第66話 名称

 戦いが、終わった。

 赤い海が青色に戻っていく、浄化された証拠だ。

 全ての負念が、中枢だった水鬼の討伐により、解放されていく。海の中から、遥かな空へ、無数の光の粒子が上っていった。怨念が浄化される光景だ。

 

「綺麗デース」

 

 初めて見る光景に、金剛たちは見とれる。

 前科メンバーも似たようなものだ。大規模作戦に参加こそしたが、こうやって、最後まで立ち会うのはとても稀だ。

 

 青色に戻った海に浮かぶ、光の粒子。さながら、星の海に浮かんでるような光景である。

 

 そんな光景そっちのけで、卯月はじっと、水鬼を眺めていた。

 システムの反動で、全身が痛い。立っているのもやっとだった。

 

「残念ネ」

 

 殺意の化身、と言う割には、未練もなさそうだ。ただ、残念そうな顔つきだ。

 

 水鬼の肉体は崩壊していた。身体中に亀裂が入り、修復材の原液と血と油が、ダラダラ流れている。獣型艤装はまだ無事だが、本体の消滅に伴い消えるだろう。まだ動けるのに、じっと水鬼の傍で佇んでいた。敗北を理解してるのだ。

 

「敗因は、その艤装だぴょん」

 

 勝ち誇った顔つきで、卯月は告げる。

 

「お前は艤装と自分を分けた。でも、うーちゃんは仲間と力を一つにした。それが、明暗を分けたんだっぴょん」

「……ソレ、戦イヲカッコ良ク締メル為ニ、今適当ニ考エタダケデショ?」

「そうだぴょん」

 

 しょうもない理由に、水鬼は呆れかえる。

 卯月はどや顔を見せつける。そこにもう、殺意はなかった。間もなく死ぬ、無駄な殺意を、抱く理由がない。

 水鬼も、殺意は抱かない。

 悪足掻きをしても、誰かにかすり傷をつけるぐらいしかできない。無様な姿を、無駄に晒す理由はなかった。

 

 水鬼のそんな姿は、やはり素敵だ。

 

 迷わず、潔く、そしてカッコ良い。自らの意志を誇れるその生きざまは、卯月にとって理想そのものだ。

 

 なによりも、『卯月』に誇れるわたしでありたい。

 卯月の意志とは、その思い。

 それを自覚させてくれたのは、間違いなく彼女だ。

 

 憎い敵、仇の一人、滅ぼすべき深海棲艦。だが、それと同時に、同じぐらいの敬意があった。

 

「……ありが」

「駄目ヨ」

 

 水鬼が、続きを止めた。

 

「貴女ハソッチデ、私ハコッチ。艦娘ト、侵略者。ソレハ、二度モ口ニシテ良イ言葉ジャナイワ」

 

 あくまで、戦艦水鬼は敵である。憎しみを意志として、艦娘と人類に仇を成した存在だ。

 近くても、似ていても、越えられない一線がある。

 卯月が、卯月である限り。護る存在である限りは──越えてはならない。そう水鬼は諭す。

 

「うん、分かったぴょん」

 

 なら、すべきことは一つだ。

 主砲を向けた。止めを刺すために。

 他の仲間たちは、静かに見守る。これは、卯月に任せることだから。

 

 仇討ち、復讐に一区切りがつく。

 しかし、今となっては、恩人殺しにもなる。

 気高い精神で、洗脳から目覚めさせてくれた恩人を、これから殺すのだ。

 

 躊躇いはない。それこそ、彼女を侮辱することになる。敬意を払うからこそ、迷いなくトリガーを引かなければならない。

 

 卯月は、主砲に指をかけた。

 

 

 

 

 どこかで、砲弾が装填される音が聞こえた。

 

 

 

 

 卯月ではない。

 

 水鬼ではない。

 

 獣型艤装でもない。

 

 仲間の誰かでもない。

 

 だが、どこかで誰かが弾を装填していた。

 

 そう気付いた時には、頭上がもう、大量の砲撃で溢れ返っていた。

 

「逃げてください!」

 

 不知火が叫ぶが、とても間に合わない。それでも逃げなければ。

 

「がはっ!?」

 

 しかし、システムの反動で動けない。

 力を入れた途端、四肢を激痛が貫く。内臓までも悲鳴を上げ、あちこちの血管が破裂した。

 

 駄目だ、逃げ切れない。

 こんな死に方なんて。

 悔しさに顔を滲ませた──その時、水鬼が、動いた。

 

「水鬼さま!?」

「『サマ』ナンテ、ツケチャ駄目デショ……!」

 

 血塗れの身体を動かして、水鬼は卯月を庇った。

 その姿に、悲鳴を上げそうになる。

 あり得ない威力の砲撃を受けた水鬼は、全身穴だらけになっていた。

 

 比喩表現などではない。文字通りの穴だらけ。空いた風穴から、向こう側が見えるようだ。

 

 その先に、人影が見えた。

 

 

「なぜ、艦娘を、庇っているのですか?」

 

 

 声に、エコーはかかっていない。

 肌色も白くない。

 生体兵器のような艤装もない。

 その姿は、艦娘のものだった。

 

 だが、その瞳は、鬼火のように紅く輝いていた。

 

「貴女もなぜ、深海棲艦の心配を、しているのですか?」

「しちゃ、ダメなのかぴょん!」

 

 敵意をぶつけると、そいつは心底気持ち良さそうに身震いする。

 

「ダメですよ。敵とは、いっぱい甚振って殺す『モノ』。わたしたちが楽しむためのオモチャ」

「その目の輝き、まさか」

「ええ、そう、貴女と同じ、主様に選ばれた奴隷です」

 

 意味することはただ一つ。

 

 卯月と同じ、ブラックボックスを組み込まれた存在だ。

 

 水鬼の記憶の世界で見た、深海棲艦を率いる艦娘。

 あれが、こいつなのだ。昔の水鬼を蹂躙した存在だ。

 

「しかし、敵の心配をするなんて。やはり水鬼ではダメですね」

「どーゆー意味だぴょん」

「染めていただく相手を、間違えたということですよ。主様に染められてたなら、そんな、下らない思想にならなかったのに」

 

 敬愛する水鬼を侮辱され、腸が煮え繰り返る。しかし、システムの反動でやはり動けない。無様な卯月を嘲笑しながら、『敵』は主砲を向けた。

 

「卯月、今からでも、主様の奴隷になりませんか? とても気持ちのいい日々が送れ──」

「死ね!」

「……折角選ばれたのに、それを捨てるなんて、愚かですね。同胞なので、助けてあげようかと思ったわたしがバカでした」

 

 そう笑いながらも、『敵』はイラつく。提案を蹴られたことで、プライドを傷つけられたからだ。

 

「裏切り者も含め、貴女たちは皆殺し。それが主様の意志……うふふ」

 

 瞳の鬼火が燃え上がる。悍ましい威圧感を放ちなから動き出す。

 高宮中佐の言った通りになった。

 本当に──卯月を殺すための、『刺客』が現れた。

 

「秋月型防空駆逐艦、一番艦、『秋月』、抜錨します。長10cm砲ちゃん、やっちゃって!」

 

 誰も、まともに戦えない中、秋月との戦いが始まる。

 そう思った。

 秋月の近くに、巨大な砲撃が着弾した。

 

「ダメヨ」

 

 彼女を止めたのは、ボロボロの戦艦水鬼だった。

 

「なにをするんですか?」

「コイツラヲ殺スノハ、私ヨ。ダカラ……貴女ニハ殺サセナイ。私ハ、艦娘ヲ、皆殺シニスル。マズハ、貴女カラ……!」

「あははは! 秋月たちに従っておいて、今更なにを言っているんですか?」

「ソノ屈辱ヲ、今、晴ラス……!」

 

 水鬼は攻撃を始めたが、身体の限界を超えていた。反動に耐え切れず、砲撃の度に、全身から血を溢れさせる。それでも、攻撃を止めようとしない。一撃で装甲を抉る秋月の方が、圧倒的に有利……どころか、ただの負け試合だ。

 

「金剛さん、先に離脱を!」

「りょ、了解ネー!」

「前科戦線は警戒しながら離脱、今しかタイミングはありません!」

 

 不知火の指示が飛び、まず藤鎮守府の艦隊が離脱。その背中を護るように前科戦線が徹底していく。

 最初に中佐が指示した通り、刺客が現れたら、前科戦線を殿にして撤退。水鬼が同士討ちをしている今なら、前科戦線も離脱できる。

 

 しかし、卯月は命令を無視した。

 加勢しなければならない。

 立ち上がろうとするが、力を入れた途端、節々が悲鳴を上げ、崩れ落ちる。力を入れた場所から血が溢れ出す。

 

 でも、このまま殺されるのを見過ごせない。

 殺す相手に変わりはないが、こんな終わり方、()()()()()()。殺意を高め、身体の悲鳴を無視して、立とうと試みる。

 

「なにしてんのバカ、逃げるのよ!」

 

 しかし、現れた満潮が、卯月を引っ張った。無理やり卯月を肩に乗せて、一気に戦場から離脱していく。

 

「待って、水鬼さまが!」

「あれは敵よ! 敵同士の潰し合い。第一アンタ、中佐の指示を忘れたの!?」

「で、でも! だって、あの人は!」

 

 満潮から逃げようとするが叶わない。大声を出すと同時に、吐血までしてしまう。

 

「あ、ああ!」

 

 戦艦水鬼の身体が減っていく。

 肉を抉られ、装甲を溶かされ、全身から炎と煙を上げながら、水底へと沈んでいく。

 それでも、艤装に支えられながら、攻撃を止めない。その場から決して動こうとしない。

 

 自分の手で殺すから、殺させない? 

 そんなの方便だ、誰だって分かる──水鬼は、私たちを逃がすために、戦っているのだ。あんなに憎い、艦娘を生かすために。

 

「水鬼、さまっ! やめ……て、そんな、水鬼さまぁ!?」

 

 吐血しながら、水鬼の名前を叫び続けても、戦いを止めてくれない。

 

 分かりきっていた、止める筈がないことは。

 

 更に遠ざかり、次第に見えなくなる。完全に消える直前、彼女と卯月の目が合った。

 

「……フッ」

 

 彼女の笑う声が聞こえた。

 

 そして、水鬼の姿は、完全に見えなくなった。

 

「水鬼さまぁぁぁぁ!」

 

 泣きじゃくる声が、夜の海に轟く。

 水鬼の砲撃音は、止まなかった。秋津洲の輸送艇に乗り込み、戦線を離脱する最後の瞬間まで、聞こえ続けていた。

 彼女たちは、離脱に成功した。他ならぬ水鬼の殿によって。

 

 海域は解放された。一人も欠けることなく、システムの解析もできた上で帰還できた。

 

 泊地棲鬼より始まった大規模作戦は、完全勝利で幕を閉じたのである。

 

 

 *

 

 

 艦娘も人間も憎かった。

 

 特に、秋月に仲間諸共蹂躙され、無理矢理従わされた屈辱は、到底忘れることはできない。

 

 挙句、仲間は拉致された……戻ってきた時には、『顔無し』になっていた。鏖殺すると決めたのは、その時だった。

 

 だが、その憎悪に身を焦がすのは、みっともなかった。

 一時の感情を満足させるために、必要以上に痛めつけたり、非道な方法をとることはできる。けどそれは、ただの下賤な欲望だ、なんの価値もない。

 

 憎しみが極まった時、私は目的を得た。人も艦娘も死んだ未来を目指すという、『殺意』が生まれた。決してブレないその殺意は、私の『意志』そのものになった。

 全ては皆殺しのため。

 迷うことも、感情に振り回されることもなくなった。

 

 しかし、その価値観に同意する同胞は少なかった。

 

 深海棲艦は怨念の化身だ、知性がある方が稀な生物だ。仕方ないとは思う。けど、知性がある奴さえ『意志』もなく、欲望を満たすことを優先する。憎いから殺す、必要以上に痛めつける、苦しむさまを楽しみ、無駄な戦闘を繰り返す。

 

 どいつもこいつもそうだった。イロハ級も、姫級も──システムに呑まれた艦娘たちも。

 

 あいつらは、背徳の快楽を味わうことしか考えていない。

 誰かを護り、未来を残す──そんな意志を持つ艦娘たちの方が、遥かにマシだ。

 

 だから、卯月も嫌いだった。

 

 システムに呑まれて、媚びを売られた時、頭を吹き飛ばしたかった。

 エネルギーを取り込み過ぎて、深層意識まで視られた時は吐き気がした。

 

 しかし、そうやって手駒にした方が、合理的と分かっていた。

 艦娘を殺すにせよ、秋月どもに反旗を翻すにせよ。

 システムを持つ卯月がいるなら有利になる。より心酔してくれるなら仕方がないと、心を覗かれることを我慢した。

 

「マサカ、カッコ良イトワ……」

 

 完全に、想定外だった。

 私に憧れた挙句、洗脳を乗り越えてしまった。

 始めて殺意を肯定してくれたのが、憎き艦娘になるとは思わなかった。皮肉と言う他ない。

 

 だからだろうか、思わず庇ってしまった。

 卯月が、あんなクソ(秋月)に殺されるなんて、到底許せない。気づけば身体が勝手に動いていた。

 

「ドロップハ、シナサソウネ」

 

 艦娘はやはり憎い、そんな存在へ変わるのは絶対に嫌だ。幸い変異の兆候はない。心の底から安心しながら、自分の行為を思い返す。

 

 この結果でも、後悔はなかった。

 最後まで、自分の意志を貫くことができた。自分に誇れる一生だったと自負できる。艦娘を皆殺しにできないのは未練だが、『意志』は残った。

 

 完全なる殺意は、継承された。

 あの卯月は必ず、秋月たちを倒してくれるだろう。この殺意が正しかったことを、連中を倒すことで、証明してくれるだろう。

 そして、何時の日か、この世界(現在)を滅ぼしてくれる筈だ。

 

 この私が、意志を継ぐだなんて、人間のような考え方をするとは。自虐的に笑いながらも、水鬼は思った。

 

「中々、良イジャナイ」

 

 戦艦水鬼は泡となり、消滅した。

 

 

 *

 

 

 その夜、卯月はまた悪夢を見た。もちろん泊地棲鬼の手先になり、神鎮守府を襲撃する夢。

 

 殺したくないのに、卯月は喜々として撃ち殺していく。嫌でしょうがないのに気持ちよくされ、頭がおかしくなりそうだ。何度見ても、決して慣れない地獄絵図に苦しむ。

 

「……ん?」

 

 なにやら、悪夢がおかしくなってきた。深海棲艦が誰かに次々と吹っ飛ばされ、倒されていく。

 

 挙句、泊地棲鬼までも、誰かに叩きのめされた。その人影は、卯月のところに現れる。

 

 それが誰なのか気づき、唖然とした卯月は、簡単に身体を抑えられる。

 

「戦艦水鬼、さま?」

 

 獣型艤装を纏ったその姿は、紛れもなく水鬼のものだった。

 

「ミットモナイ姿ヲ、晒サナイデチョウダイ」

 

 水鬼は拘束を解除する。強めに喉を抑えられてたせいでむせ返った。まさかの再会に胸が高鳴るが、同時に困惑する。

 

「なんで、水鬼さまが」

「『サマ』付ケハ、止メナサイ。私ハ敵ヨ」

「……なんで、水鬼が?」

 

 ここは、卯月の悪夢の中。神鎮守府襲撃の記憶、水鬼はいない。

 なのに彼女は現れ、悪夢その物を叩きのめしてしまった。

 燃える鎮守府も、泊地棲鬼も、死体もなくなり、静かな青い海に変わっている。

 

 しかも、目の前の彼女は、夢の産物ではなく、本人のように思える。共鳴している時に感じた、水鬼本人の気配がしていた。

 

「残留思念ヨ」

 

 あっさりと、水鬼は答えた。

 

「私ハ、貴女ノ深層意識ニ残ッタ、水鬼ノ残リカス」

「そうだったのか……って、なんで残留思念が、うーちゃんの中に」

「アンダケ人ノ力ヲ取リ込ンデオイテ、今更、何言ッテルノ」

 

 システム作動時に、卯月は水鬼のエネルギーを大量に取り込んだ。吸収し過ぎて、水鬼の心に呑まれかけ、深層意識まで見えた。余りにも深く潜り過ぎて、逆に水鬼の欠片が、取り着いてしまったのだ。

 

「マ、ダカラ、ジキニ消エルワ、安心シナサイ」

 

 そうは言うが、全然嬉しくない。

 敬愛する水鬼の欠片が残ってたと知って、むしろ嬉しかった。消えてしまうと知り、寂しさが込み上げる。

 

「チョット、コッチ来ナサイ」

 

 卯月の様子を察した水鬼が手招きする。近くに寄ると、卯月を獣型艤装の上に座らせ、彼女自身も上に座る。

 座り心地は案外良い。水鬼は普段から、艤装を簡易ソファーとして使っていた、座らせる為の姿勢に慣れているのである。

 

「えーと、何をする気ぴょん」

 

 水鬼は背中から、卯月を抱きしめた。

 

「……コウイウノ、恥ズカシイワネ」

「じゃ、なんでやってんだぴょん」

「シタカッタカラヨ」

 

 ストレートな理屈である。敵と味方の区別はどうしたのか。

 しかし、悪い気はしない。

 むしろ、とても心地いい。

 深海棲艦だから体温は冷たいが、悪夢で憔悴した心が、落ち着くようだ。

 

「一ツ、教エテアゲル」

「え?」

「連中ノ情報ヲ」

 

 穏やかな声色で、驚くべきことを言い出した。

 

「な、なんでだぴょん」

「貴女達ハ私ヲ倒シタ、ダカラ教エル。デモ『一ツ』ダケ。一人倒シタノダカラ、『一ツ』ダケ……ソレニ、アイツ(秋月)ガ嫌イダシ」

「……後半が本音じゃ?」

 

 べしっと頬をはたかれた。聞くなという意味である。痛がる卯月を見て、水鬼は軽く笑った。

 

「名前ハ、D-ABYSS(ディー・アビス)

 

 確かに聞こえた。

 

「システムノ名前ヨ」

「で、でぇ? アベ?」

D-ABYSS(ディー・アビス)ヨ」

 

 とても重要な情報を、水鬼は伝えてくれた。

 

「一度ダケ聞イタワ。マア、貴女ニマデ積マレテルトハ、知ラナカッタケド。ソレ以上ハ知ラナイシ、知ッテテモ、モウ言ワナイ。艦娘ハ嫌イダモノ」

 

 実際水鬼は、それ以上知らない。エネルギーを取り込むことで洗脳するシステムということは、初回の感覚で察しただけだった。

 

 卯月にとっては十分だった。

 

 話すことがなくなり、卯月は黙り込む。沈黙が流れるのが心地よい。洗脳の快楽とは違った、温かさを心で感じる。

 

 しかし、やがて、終わりが近づいてくる。これは夢、何れは覚める運命なのだ。

 

「卯月、自信ヲ持チナサイ」

 

 別れを察した水鬼が、最後の言葉を伝える。

 

「貴女ハD-ABYSS(ディ・アビス)ヲ越エ、私ヲ倒シタ。貴女ハ強イ。悪夢ニモ、秋月達ニモ、必ズ勝テル……貴女ミタイナ、強イ子出会エテ、良カッタワ」

「そういう慣れあい、駄目なんじゃ?」

「私ハ死ンデルカラ良イノヨ」

「おい」

 

 酷い理屈だった。

 だけど、それが愛おしい。お礼を言いたいのは卯月の方だ。彼女のおかげで、自分の意志を、取り戻せたのだから。

 

「なら、見届けるがいいぴょん。うーちゃんの潔く、カッコ良い生き様を!」

「エエ、見サセテ貰ウワ」

「じゃあ、さようなら!」

 

 とびっきりの笑顔を見せて、眼を閉じた。

 意識が消えていく、夢の時間が終わりを迎え、心が現実へと帰還する。閉じた瞼を、大きな光が照らしていく。

 

 

 

 

 瞼越しに、朝日が突き刺さる。あまりの眩しさに眼を覚ます。

 いつもの、満潮との共同部屋の天井が見えた。あの戦いの後、ちゃんと基地に帰還できたことを思い出した。

 

「……水鬼さま」

 

 久々に、良く眠れた。あの人が悪夢を叩き潰してくれたから、安心して眠れた。

 

 けど、残留思念は、消えてしまった。寂しいけど、受け止められた。

 

 もう会えないけど、消えてはいない。

 私を作る一部として、あの人はいてくれる。そう思うと、心から落ち着ける。抱きしめて貰った温もりが、まだ残っていた。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)……まず中佐に報告しないと!」

 

 カーテンを開けて、ベッドから飛び出した。ブラックボックスの名前から、色々なことが追跡できる。

 

 復讐は終わらない、まだ『敵』は倒せていない。だからと言って、人らしさを捨てる気はさらさらない。

 

 どっちもやる。仇も討つ、人も護って、自分を貫く。

 

 あの人が気づかせてくれた、私の意志を、完全なる殺意で貫いて見せる。

 

 駆逐艦『卯月』に、誇れる生き様をするために。

 

「ぎゃんっ!?」

 

 ただし、それは、システムの反動が治ってからの話。全身の激痛に卯月は引っ繰り返って気絶した。

 

 

 *

 

 

 かくして、卯月の戦いは、一つの区切りを迎えた。

 

 だが、本当の戦いは、ここから始まる。

 ブラックボックスの正体、D-ABYSS(ディー・アビス)。突如として襲撃してきた、駆逐艦の秋月。

 彼女が呼ぶ主とは誰なのか? 

 D-ABYSS(ディー・アビス)を組み込んだのは、誰なのか? 

 更なる淵源へと、彼女たちは戦いを挑む。その過程で暴かれる、前科メンバーの過去。

 

 そこが如何なる悪夢であろうと、完全なる殺意に目覚めた卯月は止まらない。水鬼への憧れを胸に、卯月は走る! 

 

 前科戦線ウヅキ、第二部、『堕落冷獄葬操曲』。

 

 しかし、その果てにあるものは。




艦隊新聞小話

以前発生したデータについて、一部解析が完了しました。現在最新のデータを上げさせて頂きます。

 『開発報告第』蠑千分

 螢ア蜿キ讖溘′驕ゅ↓『完成した。今後はこれを使い』繧ィ繝阪Ν繧ョ繝シ蛻カ蠕。蜿翫?繝上?『ドウェアの完成を目指していく』縲ゅ@縺九@縲√%縺ョ縺セ縺セ縺ァ縺ッ驕主臆『スペックだ。D-AYBSSの制御する』繧ィ繝阪Ν繧ョ繝シ縺ョ螳夂セゥ縺後?取э蠢励?上↓縺セ縺ァ蜿翫s縺ァ縺?k縺ィ縺ッ縲よэ蠢励r『取りこみ、意志』繧帝?√j霎シ繧?縲『時空』髢薙↓騾√l縺ー縺昴?豕『則を自らの意』蠢励〒荳頑嶌縺阪〒縺阪※縺励∪縺??らゥコ髢薙r謾ッ驟阪☆繧九?ゆサ翫?莠コ鬘槭↓縺ッ『過ぎた装置だ。だが新たに開発する』莠育ョ励?『ない。既存の壱号機を改造』縺励せ繝壹ャ繧ッ繝?繧ヲ繝ウ繧偵☆繧九%縺ィ縺ィ縺吶k縲

『――開発主任。千』螟懷鴻諱オ蟄

以上となります。現時点ではほとんど解析が進んでおりませんが、ご了承ください。




以上で第一部は終了です。しまらない終わり方ですが、この方がうーちゃんらしいと思います。
プロットとかが終わったら、第二部を再開します。
次章からは、予告通り他の前科メンバーの過去話がやっと始まります。また、楽しんでいただければ幸いです。

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