フェアではないと、洗脳され味方を襲ったことを、謝りに行った卯月。しかし比叡に「めんどくさい」と言われ、割とショックを引きずっていた。
「うーちゃんはめんどくさい女だったのかぴょん……?」
「意味の方向性が違うでしょ」
「でも竹にも言われたぴょん」
あの後松姉妹に会いに行き、同じように謝ったのだが、竹から「お前案外めんどくさい性格だな」と同じことを言われた。気にしてないから大丈夫、という意味だと分かっているが、なんかスッキリしない。やはり謝罪は必要だと思う。金剛たちが謝らなくていいと言うのは、彼女たちが優しいからだ。
「今回は正しいと思う、味方に砲身向けて、あっさり許してくれる人の方が貴重だわ」
「うーん、なんであんなに優しいのか」
そりゃ、あんな錯乱っぷりを見せつけられたら、責めることなんてできないわよ。
責めた側が逆に罪悪感を覚えてしまう。自覚してないのかよコイツ。
そう思ったが満潮は口をつぐむ。言う義理なんてない。
「みんなうーちゃんの美貌に魅せられてるからかぴょん」
「あんな錯乱っぷりを見せつけられた、責めることなんてできないわよ。呆けたこと言ってんじゃない!」
「なるへそ」
バカなこと言いだしたので突っ込んでしまった。卯月は納得してポンと手を叩いた。
「だいたい、普通自分から謝るわよ。頑なに謝んなかったアンタが一番異常」
「うーちゃんは悪くない、悪いのは敵、ファッキューだっぴょん」
「めんどくさい性格で間違いないわね」
開き直ってるというのかこれは。さっさと謝罪すれば話はシンプルなのに。やっぱりこいつ面倒だわ。理解しがたい思考回路に満潮の頭痛は止まらない。
「いったいいつまで一緒に……?」
「そりゃうーちゃんが知りたいぴょん、ストレスで尻に穴があきそうだぴょん」
「なにも言わないわよ」
「そうかぴょん、ついでに中佐に聞いてみるかぴょん」
卯月が向かっているのは高宮中佐のいる執務室だ。大事な用事がある。ベッド生活の時もずっと我慢していた。なんならこの一か月間ずっと我慢していた。
執務室の扉をノックし、元気いっぱいに叫ぶ。
「卯月です! 失礼します!」
『入れ』
勢いよく扉を開け、ズンズン近づいて敬礼する。座っている机から数ミリまで接近した。鼻息が掛かるぐらいの距離。
いや近すぎる。満潮の胃が軋む。
「近い」
「受け取りにきたぴょん!」
「近いぞ」
「受け取りにきたぞっぴょん!」
「だから近い距離を取れ」
「ぴょん!」
数ミリが数センチに伸びた。ほぼ誤差だった。
話を聞いていない。注意しようと思ったが、高宮中佐は面倒になり諦めた。机の端に置いておいた封筒を持ち、卯月に手渡す。
「お、おお……これが!」
「この一ヶ月の報酬だ、戦果ボーナスはあったが、裏切りの罰とで帳消しになっている」
「あ、うん、やっぱり?」
満潮が言ってた通りになってしまった。とても悲しくなるが仕方がない。極刑になってないでマシだ。
それはさておき、報酬である。初めての報酬だ。色々あり過ぎて心が砕けそうな一ヶ月だったが、そんなことより報酬だ。
「現金ではない、ここでしか使用できない。また現金を支給してないことを外部に漏らせば即解体だ、心得たまえ」
かつて、炭鉱札というものがあった。正確には貨幣類似物と言う。
文字通り炭鉱でのみ通用する通貨で、現金への換金も可能(一応)なシロモノだ。しかし実際に交換は中々できず、また生活費etcを理由にした天引きもあった。要するに給与の体裁をとった、逃亡阻止システムである。
なので現代では禁止されている。しかし前科戦線ではまかり通っている。前科持ちの逃亡を阻止するためだ。
卯月は鎮守府にいた時の漫画で、地下の工事現場で独自紙幣が使用されているのを見たことがあった。まるでそれのようだ。外部へリークすれば中佐は軍事裁判行きだろう。上層部が絡んでなきゃ。
「了解ぴょん」
しかし卯月は気にしなかった。そんなことより敵ヘの復讐だ。第一前科戦線が解体になったら、わたしはどこへ行く羽目に。
「購入諸々は飛鷹が請け負っている。以上だ」
卯月は鼻を鳴らしながら、その場で小躍りしてワクワクしている。あまりの純真さに、高宮中佐の胸が傷む。蚊に刺されたぐらい痛かった。
その横で、満潮はげんなりしている。卯月に振り回され疲れていた。直視したくないので、室内へ目線を向ける。
「うん? 不知火はどこ?」
この時間帯だと、不知火はいつも中佐の傍らにいた。少なくとも満潮が配属されてからはずっとそうだ。いないのは珍しい。
満潮は警戒した。不知火がいなくなった後には、必ずなにか起きる。卯月が来たときもそうだった。陸でもないことの前触れなのだ。
「不知火は、いま、陸にいる」
「おか? 内地でなんかやってんのかぴょん」
「金剛たちの帰投ルートを確保している」
「へー」
なるほどー、と、純朴な卯月とは反対に、満潮は更にピリピリしだす。考えづらいことが起きているからだ。
「普通、海路じゃないの」
「周辺に機雷が敷設されているのを忘れたか」
「だとしても、ルート確保ってなに。まさか敵襲があるっていうの?」
「そうだ」
卯月もその一言はスルーできなかった。
理解するにつれ、笑顔がひきつっていく。満潮も、考えたくなかった理由に、二の句が継げない。
「……陸で、敵襲って、まさか、来るのって、『人間』かぴょん」
「そうだ、人間からの攻撃が予想されている」
「ウソでしょ、なんでそんなことに」
察したのは、当事者の卯月だ。
敵の正体は、人間なのかもしれないのだ。
「うーちゃんを殺したい人間がいるってことでしょ」
「待ってよ、帰投するのは卯月じゃなくて、金剛じゃない」
「知る奴は皆殺しかぴょん、分かりやすいぴょん」
「そういうことだ、大本営内部でも、妙な動きがあるらしい……この辺りは憲兵隊の仕事だが」
「あいつかぁ……」
マントを翻しながら、奈落のような目で嗤うあいつ。殺意のアドバイスを貰ったが、ぶっちゃけ恩人とは思えない。それは水鬼さまで十分なのだ。
「ルート確保は憲兵隊にも協力してもらっている」
「懲罰部隊なのに、優しいのね」
「目的が一致しているだけだ」
陸軍と海軍の仲は、つまりいつも通りだ。ただ流石に共通の敵を前にして、足を引っ張り会うほどバカではない。卯月はこっそり安心する。
「てか、内通者なんていんの? なんの得があるのよ、破滅主義者でもないのに」
「確かに……敵国に与するのとは訳が違うぴょん」
深海棲艦は侵略者である。卯月が敬愛してやまない戦艦水鬼もそこは変わらない。そのような存在の手助けをしたところで、なんの得もない。利害関係を決して築けない相手だ。なのに裏切る者がいるのか。
「破滅主義者はいる、深海棲艦を神と崇める連中や、艦娘抹殺を目論むテロリストだ。内通者がどれなのかは、分からないが」
「いるんかい」
いたよ、破滅主義者。
もうおしまいだ色々と。なんか頭が痛くなってきた。
そんな連中なんて考えない方が良い。人間の対処は人間に任せよう。適度な忘却が重要だ。
「なんにせよ内通者の存在は、以前の戦いでほぼ確定した」
「以前って、水鬼さまとの戦いかぴょん」
「そうだ、あの時わたしは、出撃時刻を実際と半日ずらして大本営に報告した」
「え? 軍規違反じゃないの、それ?」
大本営に偽りの報告をした。どう捉えてもアウトな行為だ。しかし高宮中佐はなにも言わない。
「報告通りに出撃していた場合、水鬼と秋月、二人同時に遭遇していた」
中佐の言葉に、二人は固まる。
「報告を偽ったから、片方だけに遭遇できた。挟まれずに済んだ。
先に会ったのが秋月ではなく、水鬼だったのは、卯月との『縁』だ。それに引かれ、先に水鬼にのみ遭遇したのだ」
一方縁のない秋月は、予定通り移動していた。途中で砲撃音に気づき急いだが、着いた頃には戦闘はほぼ終了していた──というのが、中佐の見立てだ。
「挟み撃ちって……」
「誰かしら沈んでいただろう。あの海域を調査隊が調べているが、報告書によれば、秋月の移動経路は作戦要綱と一致する。海域に到達した頃に遭遇する。
もう驚いたりしなかった。ここまで言われれば、伝えたいことは分かる。
「大本営に内通者がいる。秋月に情報を流す誰かが」
背筋に銃口を突き付けられたような、寒気が走った。
「故に金剛たちの帰投にも細心の注意が必要だ。大事にはできん。貴様たちも同乗して貰う。だから伝えたのだ」
「その言いぶりだと、目処は立ってそうね」
「明後日の深夜に、陸路で護送を始める。特に卯月、お前は体が鈍っている。必ず元に戻すことだ」
中佐の鋭い目線が突き刺さる。背筋が伸び、気合が入る。
護衛だ、戦艦の、しかも金剛たちの。
駆逐艦と言えば護衛、護衛と言えば駆逐艦。昔から生業としてきた任務に、否応なしに気合が入った。
「了解ですだぴょん!」
「では、もう良いな」
「あ、ごめんなさいついでに」
「なんだ」
「……水鬼さまが、秋月を連れて現れなかったのは?」
「それはお前が一番分かるだろう」
無線とかができなかった可能性はある。通信している暇がなかったのかもしれない。
ただ卯月は、別の可能性を信じていた。
戦艦水鬼は秋月が嫌いだった。だから、卯月を見つけたことを言わなかった。
多分、それが正解だ。
秋月から護ってくれただけではない。見つけたことを言わなかったことで、挟み撃ちを阻止してくれた。
二度も救われている。そう思うとなんだか幸せな気持ちになれる。心が落ち着いてくる。
だから卯月は、それを信じることにした。
*
近日中に金剛たちの護送が始まる、それに参加する。緩んでいた心が引き締まる。
しかし、まずは報酬だ。
貰った封筒をホクホク顔で見つめ、スキップで跳ね回る。
「そんなに嬉しいの? 所詮カネじゃない」
「なにを言うぴょん、カネがあるからこそ、やる気がでるのだぴょん」
「カネがなくたって、やる気はでるでしょ」
「あればもっと出るぴょん」
「金目当ての連中が湧くだけよ」
「それが問題なのかぴょん?」
金目当てとか愛国心とかは、ぶっちゃけおまけだ。
重要なのは結果だ、結果的に国を護れれば、動機なんてどうでも良いのである。
ただ手段は選ぶ。なんでもアリでは別の問題を生まれてしまう。
「誇りとかはアンタにはないのね……」
「誇りでメシが食えるか!」
「最低、本当に最低、死ね」
満潮が蔑むが、卯月はなにも感じない。むしろ「なんで理解できないの?」と小馬鹿にするように小首を傾げた。満潮の血管がプチプチ鳴る。
「離れたい、一人でいたい」
「それは同感ぴょん、でも中佐がダメって言った以上仕方ないぴょん」
さっき中佐に、卯月と離れられないか尋ねた。
ダメだった。
発作で死んだらどうするんだと、一瞥されて終わった。満潮は絶望した。
その時の表情はとても愉快だった。思い出しただけでも笑いそうになる。嫌いな奴が絶望してるのを見ると心が踊る。
一応、面倒をかけてる自覚はあるので、笑わないよう頑張って我慢している。
「まあ、うーちゃんの用事はほぼ終わったぴょん!」
「……まだ、なんかあんの?」
「飛鷹さんトコで、お金を使うぴょん」
せっかく得たお金だ、使わなきゃ損だ。
というか、このタイミングを逃したら、永遠に使えない気がしてならない。今使わなきゃダメなのだ。卯月は小走りで食堂へ向かう。
「飛鷹さーん、いるかぴょーん?」
「いるわよ、どうしたのうーちゃん?」
「お金を使いに来たぴょん!」
「ああ」と察した飛鷹は、食堂の奥からカタログを持ってきた。商品名に写真、横には値段のラベルが貼られている。薬や包帯はない。嗜好品のタバコや一世代前のゲーム機、キンキンに冷えたビールなど、色々載っていた。
「うひょー、どれにしようかぴょん。やっぱ食べ物かぴょん」
「早く決めて」
「まあまあ、初めての報酬なんだし」
「炭鉱券じゃないの、なにが報酬よ」
満潮がなんか言ってるが知らん。
ペラペラとページをめくる。嗜好品の食べ物はやっぱり甘味が多い。中でも一番金額の高いのは、間宮製のアイス。以前飛鷹がおごったものだ。
「……間宮さん」
ページをめくる手が止まる。
あることに気づいてしまったから。
金剛たちの護送をする。藤提督の鎮守府まで行くということは、二人にも会うということだ。
視界が少し揺らいだ。一瞬だが、幻が見えた。
「うーちゃん?」
「……ごめん、また、後でお願いするぴょん」
まるで逃げるように、卯月は食堂から立ち去っていく。
不安が止まらない、恐くてしょうがない。
神提督と間宮さん、二人に再開した時、なにが起きるのか。考えるだけで発作が起きそうになる。
こんなメンタルで大丈夫なのか、卯月は自信が持てなかった。
艦隊新聞小話
艦娘の給与体制諸々は、おおむね鎮守府に一任されています。何故かと言えば、どんな運営方法が最適なのか、大本営にも判断できないからです。
前科戦線の場合は貨幣類似物で代替してますがこれは犯罪ですね。一応出所時には全額現金と交換できるそうですが。
一般的なところだとちゃんと給与体制を取ってたりしますが、後衛組と前衛組での調整に苦労されているとか。
他は現物給付とか、地域のみで通じる貨幣とか、あれこれやってるとか。酒保もあったりなかったり。思考錯誤の繰り返しなのです。
但し、報酬なしは完全に違反です。
お給金なしがバレた時は憲兵隊が責任者やグルだった連中のところへ押しかけて、毛の一本まで差し押さえていくとか。恐いですねぇ!