前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第70話 買物

 高宮中佐から報酬を受け取り、それでなにかを買おうとした卯月。しかし途中、間宮のことを思い出したせいで、一気に気分が悪くなり、飛鷹のところから逃げ出してしまった。

 

 逃げるといっても、行き場がある訳でもない。気分はどんどん悪化していき、寒気と吐き気が込み上げてくる。歩くのもままならなくなり、卯月は壁へもたれかかる。

 

「うるさい……黙れぴょん……」

 

 両耳を抑えて、ズルズルと床に座り込む。

「許さない」「なんで生きている」「よくも殺したな」──とうとう、幻聴が始まった。血塗れの犠牲者に取り囲まれ、全身を引き裂かれる。

 

「あ、アア……ッ!」

 

 皮膚の下を這いずる虫も、血塗れの自分の身体も、千切られる四肢も激痛も。見てる本人からすれば本物だ。卯月はひたすら、幻を否定しながら震えて堪える。

 

「うう……違う、敵は、敵は……!」

『殺したのは卯月ちゃんじゃない』

「ひっ……!?」

 

 幻が、間宮の姿で現れた。

 神提督を庇ったせいで、半身が砕けた間宮が、内蔵を引きずって迫ってくる。目を閉じても、瞼の裏側に幻覚が映る。

 

『中佐も許してない、わたしも許さない……殺してあげる、殺してあげる殺してあげる』

「止めて、ヤダ、ヤダ……!」

『死ンデ』

 

 仲間に押さえつけられて、動けない。振り下ろされた包丁が、顔面に突き刺さった。眼球から脳味噌まで掻き回され、激痛に狂わされる。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

 

 我慢できなかった、幻だと理解してても、耐えられなかった。激痛から逃げるように卯月は暴れ出す。

 だが、やはり動けない。馬乗りになった間宮に押さえつけられて、メッタ刺しにされる。

 

 死んでしまう、殺される──そう覚悟した瞬間、幻が終わった。

 

「ア……あ、お、終わった……?」

「ええ、終わりましたわ」

「……くまの?」

 

 誰かに抱かれていたことに気づく。ゆっくり顔を上げると、熊野が見ていた。頬に傷がある。錯乱した卯月がつけた傷だ。少し痛そうにしていた。

 

「流石に子供の身体でも、全力で暴れられること堪えますね」

「……ごめん」

「いえ、お気に召さらず。立てますか?」

「……もうちょっと、このまま」

 

 幻は綺麗さっぱり消えた。しかしまだ痛みが残っている。ある筈の腕が千切れたように痛む。幻肢痛の逆バージョンみたいだ。息も落ち着かず、すぐには立ち上がれない。仕方なく、熊野の胸に身体を預けた。

 

「なんで、熊野が」

「通りかかったら、頭を掻きむしっている卯月さんが見えたので」

「そう、助かったぴょん」

 

 暴れた時動けなかったのは、熊野が押さえつけてたからだ。そのお蔭で自分を傷つけずに済んだが、代わりに熊野を殴ってしまった。悪いことをしたと、一瞬落ち込む。

 

「満潮は……どこ行ったぴょん」

「さあ、見てませんが」

「そう、まあ、良いぴょん」

 

 熊野の胸に顔を押し込むと、心臓の音が聞こえた。彼女の体温と合わさって、少しずつ気持ちが落ち着いていく。熊野は抵抗せず、発作が収まるのを待っていた。

 

「うん、もう大丈夫だぴょん」

 

 胸から顔を外して、立ち上がる。まだちょっとフラフラするが、十分回復したと言える。

 そんな卯月を熊野は心配する。虚ろな目だし、顔色も悪い。大丈夫と言うが、強がりにしか思えなかった。

 

「どこか行くのですか?」

「飛鷹さんのところに、報酬を使うのだぴょん」

「ああ、そう言えば初めてでしたわね。ではご一緒しましょう、私も買い物をするので」

「奇遇だぴょん」

 

 半分本当、半分方便である。注文をする予定はあったが今ではなかった。しかし、短時間で発作が再発する可能性があった。五感を失ってる間に窓から転落死、なんて展開があり得るのが今の卯月だ、目を離せない。満潮がいない以上、誰かが見てないと危なくてしょうがない。

 

「今日、何度目ですの?」

「二回目だぴょん」

「……それは、辛いですわね」

「辛いぴょん、でも、それがよりうーちゃんの怒りを強くするのだぴょん」

 

 こんな幻を見てしまうのも敵が原因だ。絶対に許せない、なんとしてでも殺す。敵が仮に人間だったとしても、迷いなくトリガーを引くことができる。なんら躊躇なく実行できる気がした。

 

「そうですか、ムリはなさらずに」

 

 熊野は少し怪訝そうな顔をしていたが、穏やかな笑顔に戻り、卯月をそう励ました。

 話している内に、二人は飛鷹のところまで戻ってきた。卯月に気づいた飛鷹が心配そうに駆け寄ってくる。

 

「うーちゃん、大丈夫なの?」

「まずまずぴょん、美味い物を食べたら、元気になるぴょん!」

「そ、そう」

 

 じゅるりと唾を呑み込む卯月だが、飛鷹からすると、空元気にしか見えなかった。

 

「本当に大丈夫なの、だってさっきショックを受けたのって」

「うん、間宮さんに再会することを、思い出しちゃったからだぴょん」

「……そういうことでしたの」

 

 間宮と神提督は、卯月の襲撃からの生き残りだ。しかし無事ではない。間宮は知らないが、神提督は二度と提督業ができない程の重傷を負っている。そんな目に遭わされて、卯月を恨んでいないのか。

 

 否、あり得ない。絶対に恨まれている。卯月はそう考えた。

 D-ABYSS(ディー・アビス)に洗脳されていた事実を知ったとしても、はいそうですかと、割り切ってくれるとは思えない。

 

 卯月だってそうだ。口先では、わたしは悪くないと言うものの、罪悪感は消えてくれない。悪夢や幻の形で、卯月自身を責めたててくる。理性と感情を完璧に分けることなんて、できやしないのだ。

 

「きっと、酷い言葉で罵倒してくるぴょん、殺しにかかってくるかもしれない」

「いや、そこまでは……」

「あるかもですわ」

「でしょ、そう思ったら、発作が起きちゃったぴょん」

 

 どうやっても、造反した記憶が掘り起こされる。それが発作のトリガーになった。

 どうしても重い話になってしまう。熊野と飛鷹は気まずそうにする。しかし卯月は他人事のような態度で、カタログのページをめくっていた。

 

「でも、考えたってムダぴょん、会った時に考えれば良いぴょん」

 

 卯月はあっけらかんと語る。事実その通りだ。予想できないことで悩んでも時間の無駄だ。余計なストレスを増やすだけ。だから考えないようにする。それは間違った考えではない。

 カタログを持つ手が、震えてなければの話だが。

 

「……溜め込み過ぎるつもりはないから、大丈夫」

 

 二人の視線に気づき、卯月は呟く。カタログを見てるのもその一環だ。なにもしてないと、無駄なことばかり考えてしまう。折角報酬を得たのだから、なにか気晴らしをしたかった。一番興味が持てるのが、食べ物関係だった。

 

「ムリしちゃダメよ、ハッキリ言って、本来なら軍病院に即入るレベルなんだから」

「え、そんなに?」

「幻の発作抱え込んどいて自覚してなかったんですの?」

 

 五感全てが狂う幻が、不定期に襲いかかる。それによる溺死や転落死の危険性大。どう考えても入院コースだ。ただ今それをやると、内通者に殺される危険が大きい。高宮中佐からしても、苦渋の判断だった。

 

「というか、満潮さんはどこへ行ったんですの? 卯月さんの面倒を命じられてたのでは?」

「満潮ちゃんなら、うーちゃんを追い駆けていった筈だけど?」

「すれ違いませんでしたが……」

 

 卯月がいた廊下までは、いくつか脇道がある。会っていないなら、脇道のどれかを使って去っていったことになる。

 つまり、あいつ逃げやがったのか。

 卯月は途端に不機嫌と化す。頬杖を立てながら悪態をつく。

 

「ケッ、任務放棄かぴょん。流石はド淫売の腐れ虫だぴょん」

「口が汚いですわ、下品」

「素晴らしい至上のお変態様ですわぴょん」

「言い方の問題じゃないでしょ」

 

 飛鷹のツッコミを無視して、卯月はカタログに集中する。

 それ以上満潮を罵倒する気はない。看病のために数日間も拘束してしまった、そのことに、少し負い目を感じていた。あとこれ以上満潮と一緒にいたくない。

 

 しばらく、のんびりとカタログを眺める。

 だいたいは食べ物の項目だ。どれもこれも、美味しそうな物ばかり。間宮関係のページは、手が震えるので飛ばさざるをえなかった。

 大半を見終えた後、卯月は決めた。

 

「よし、飛鷹さーん、交換したいぴょん!」

「はいはい、分かったわ、どれを?」

「これと、それと、あれと……」

 

 事前に見ていた通り、ほぼ食べ物関係だ。甘いシロップ漬けの桃缶やカステラ、高級そうなお菓子等。中々の値段だが、初給料だから奮発していた。なにかを買う行為自体初めて。それだけでも楽しく、気がまぎれる。

 

「最後に、これで」

 

 卯月が指差したのは、食べ物のページとはまったく別だった。あまり注文されない筆記用具関係のところ。白紙のノートを注文していた。

 

「食べれないわよ?」

「うーちゃんを馬鹿にしてんのかぴょん……?」

「あ、ごめん。ノートねノート」

「心外だぴょん」

 

 人をなんだと思っているのか。ギロリと睨みつける。しかし威圧感は全くない。小動物の威嚇以下である。

 

「なにに使うんですか?」

「日記」

「……日記?」

「そう、ちょっと日記をつけたくなったのだぴょん」

 

 カタログに日記は乗ってなかった。代わりにノートを頼むことにした。

 

「今のうーちゃんは、いつ死んでもおかしくない状況だぴょん。本当に殺される可能性が高いぴょん」

 

 発作を繰り返し、深海棲艦のエネルギーを取り込みながら、洗脳された秋月と戦わなければならない。しかも味方の大本営には内通者がいる。下手したら暗殺されるかもしれない。そんな状況で、死を間近に感じ始めた。

 

「だから、生きた証を残すおつもりなのですね」

「……そういうことだぴょん。死ぬのは構わないぴょん、戦争なんだし。でも、何一つ残していけないのは、申し訳ないぴょん」

「なるほど」

 

 幸福な未来なんて、望んではいない。そんなものを求めて戦ってはいない。しかし、なにも遂げることができないのは無念だ。生きてる内に、やれることはやりたかった。

 

「ですが、書く内容には気をつけたほうが良いですわ。機密事項を書いたら出所の時に回収ですわ」

 

 懲罰部隊での日々を綴った日記なんて、表に出せる物ではない。D-ABYSS(ディー・アビス)も含めて機密事項のオンパレード。出所時に焼かれるのがオチだ。

 

「わはは、こんな地獄を書く気はないぴょん」

「地獄ですか、なら良いですけど。カタログ頂いてよろしいかしら?」

「あ、どーぞだぴょん」

 

 欲しい物を頼み終えたので、カタログを熊野に渡す。パラパラとページを捲り、飛鷹を呼んだ。

 

「どれ?」

「そこからそこ全部、以上ですわ」

「分かったわ」

 

 飛鷹はカタログを回収した後、注文書類を作るために出ていった。ジュースを飲む熊野を見つめる卯月。

 彼女の思考はフリーズしていた。

 

「……え、なに、今の」

 

 ページ指定で丸ごと買っていた。値段を見てもいない。いくらになるのか考えただけでも恐ろしい。

 

「化粧品とかそういった物ですが?」

「いやいやいやそうじゃないぴょん、どんな買い方してんだぴょん!?」

「一気買いですわ」

「どんだけ報酬を得てんだぴょん」

 

 やはり長年前科戦線にいると、稼ぎ方も分かってくるのだろうか。羨ましい限りだ。

 

「いえ、報酬は卯月さんとあまり変わりませんわ。真面目に戦って、相応の報酬を得ているだけです」

「またまた、なら、どうやってそんな大人買いをしてるぴょん」

「闇金とか、闇賭博とか、闇購買とかですわ」

「はっはっは、ここ(前科戦線)にいて、どーやって運営するんだぴょん。つまらんジョークだぴょん!」

 

 外部との接触がほとんど断たれた場所だ。そんな状態で施設運営ができる筈がない。稼ぎ方を知られたくないから、適当な嘘を言ったのだ。

 卯月は笑い飛ばす。熊野は返事をせずニコニコ笑ってるだけ。

 

「え、嘘だぴょん?」

「本当ですわ」

「どうやって運営を?」

「なにも、わたくし()、運営していませんの」

 

 熊野はニコニコしている。悪魔の笑みにしか見えなくなってきた。

 熊野が運営せずとも、賭場や闇金が運営できる。熊野の代わりに、働いてくれる部下がいるからだ。それだけ大きな組織ということ。

 それに気づいた卯月は、席から立ち上がる。

 

「いや、なにやってんだっぴょん!?」

 

 軍人でありながら副業って時点でダメ。闇金で更にダメ。前科持ちがやってることでもうお終いである。

 

「そんなに問題ですの、誘惑に耐えられないクズから巻き上げるのが?」

「そこじゃないぴょん、中佐は知ってんのかぴょん。こんな暴挙、許されるはずが!」

「ああ、中佐。彼とは良い関係を築いておりますわ」

 

 グルであった。卯月は絶望する。

 怒る気はしなかった。発作を起こした時、何度も面倒を見て貰っている。優しいところもある。性根が腐った下種ではない。

 

 ただ、癒着関係に頭を抱えてるだけだ。

 

「軍に報告できない作戦をする時とかは、積極的に融資をさせていただいていますわ。今回もそうなりそうです」

「聞いちゃいけない話な気がしてきたぴょん」

「綺麗ごとだけでは世の中回りませんの」

 

 そうだけど、軍人が言ったらお終いだろ。口には出さない。もう突っ込むやる気も失せた。

 

「それに、お金は溜めなければなりませんわ」

「出所に備えてかぴょん……」

「いえ、生きる為に」

 

 卯月に目線を合せて、熊野は淡々と告げる。

 

「戦争が終わった時、私たちが生きられる確証が、どこに?」

 

 言葉に詰まった。答えがすぐに見つけられなかったから。いや、答えが出せないことは分かっていた。

 

「……って、意味深くすんなぴょん! 違法は違法だぴょん!」

「バレなければ違法ではありませんの」

「うぴょぉぉっ!」

 

 納得できない、してたまるか。熊野が言ったことは事実だが、だからって許されはしない。前科戦線に集まっているのがどういう連中なのか、久し振りに思い知る。

 

「常識人は、うーちゃんだけかぴょん!」

「え?」

「ぴょーん!」

 

 深海戦艦に心酔して殺意に目覚めた艦娘が常識人なのか。その答えは言わずもがな。自覚のない嘆き声が食堂に響いた。

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