前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第71話 安寧

 注文した物が届くまでは、どうしても時間がかかる。人目を避けるため、隔絶されたところに基地があるせいだ。一般の運送会社には任せられない。なので届くまでは暇だった。

 

 いや、正確には暇ではない。暇とか言っていられる状況ではない。特訓をしなければならない。

 

 厳しい訓練を自らに課し、システムの反動に耐えられるようにならなければいけない。しかし卯月はそれを嫌がる。理由は単純明快。

 

「めんどくせぇ」

 

 以上であった。

 

「……キレそう」

「勝手に怒ってろぴょーん」

 

 満潮は苛立ちを隠さず舌打ちを繰り返す。

 いつの間にかいなくなっていた満潮だが、結局部屋へ戻っており、そこで筋トレに励んでいた。今も文句を垂れながら、トレーニングをしている。

 

「だいたいアンタ……仮にも軍人なんだから、真面目に訓練しなさいよ」

「それポーラに言うべきでは?」

「脳味噌溶けてる奴に言っても無駄」

「なるほど」

 

 アレと比べれば、まだ卯月の方が真面目にやりそうだから、満潮は声をかけている。

 彼女を思ってではない。力不足のせいで足を引っ張られるのを嫌がったからだ。

 

「というか、それしか手段がないのよ」

「……なんの話?」

「わたしが、外で訓練をする話。アンタが引きこもってたら、それに付き合わなきゃならないでしょうが!」

 

 ルームメイトというだけで、満潮は卯月の面倒を見る羽目になった。理不尽ではない。軍隊伝統の奥ゆかしい連帯責任である。

 

「勝手に消えた癖に、今更なにを言うかぴょん」

「熊野が見てたから良いと思ったのよ。とにかく、外で訓練するためには、アンタも出なきゃいけないの」

「……しんどい」

「よし分かったストレッチしてあげる」

「へ?」

 

 瞬間、満潮は跳躍、卯月を上から制圧した。

 

「ぎゃんっ!?」

「はい身体が固いわねー、ずっとベッドだったからねー、これは固いわねー」

「おれ、おれお、折れる折れる!」

「折れろやぁ!」

 

 竜骨が砕ける音──は、さすがにしないが、動力室が潰れる音はした。ずっと寝てて鈍った身体では、満潮を振りほどけない。

 このままでは、全身の筋が切れてしまう。泣き叫ぶが無視された。助かるためには、言うしかない。

 

「わ、分かった、出る、外出るから、勘弁してくれぴょん!」

「一分出て「出た!」はナシよ」

「……チッ」

「納得したようでなにより」

 

 満潮が離れる。その時こそ、卯月の逆転のチャンスであった。

 

「勝った! 死ねぃ!」

 

 満潮のひじうちが、鳩尾に直撃。言葉にならない悲鳴を上げて卯月は倒れ付した。

 

「さっさと立ってよ、そろそろ夕食なんだから」

 

 足蹴にされる卯月は、復讐を密かに誓う。このアバズレをいつか必ず泣かせてやる。心の奥にそう刻み込む。めんどくさがっていたのが原因なのは都合よく忘れていた。

 

 

 *

 

 

 まだ痛みが残っている。ズキズキする腹を擦りながら、二人で食堂へ入る。ちょうど良いタイミングだったのか、前科組も金剛たちも集まっていた。

 

「うーちゃん、松たちのトコ行くぴょん」

 

 満潮は返事をせず、一人で席につく。卯月もわざわざ呼んだりしない。できるなら一緒にいたくないぐらいなのだから。

 

「隣座るぴょん」

「どーぞどーぞ!」

「おう、卯月か」

 

 桃が一人分のスペースを空けてくれたので、そこへ座る。向かいには松と竹がいた。ご飯を見ると、なんだかいつもより、豪華そうに見えた。特に肉が違う気がした。

 

「なんか美味しそうぴょん」

「そろそろお別れだからって、良いお肉を仕入れてくれたの」

「へぇ、飛鷹さんかぴょん!」

「いえ熊野さん、神戸牛ですって」

 

 ギギギと顔を上げる。熊野はニコニコこちらを見ている。

 

「どうやって手にいれたんだろうな」

「卯月は知ってる?」

 

 熊野がジェスチャーを送ってきた。親指を首の前で、素早く真横に動かす。そして人指しを口先に当てた。

 言ったら、殺す。

 卯月は小動物のように震えた。

 

「……こ、答えられないぴょん」

「なんでだよ」

「ぷっぷくぷー」

 

 しかし卯月は嘘がつけない。そろそろこれ以外の誤魔化し方を考えなければならない。

 

「まあ良いか、お前も食べろよ」

「そうするぴょん」

 

 熊野の方向は見ないようにしながら、お肉を口に頬ばる。

 

「ッ!?」

 

 卯月の顔が溶けた。今まで想像したこともない旨さに、比喩抜きで表情が溶けてしまった。熊野への不信感とかは一瞬で霧散。一心不乱に肉を食らう。

 

「おーい、卯月?」

「ダメね、聞いてない」

 

 竹の呼び掛けにも応じない。肉を食べ、米で流し込む。更に肉を食らい米も食らう。高級食材の味に心を奪われていた。神鎮守府にいた頃でも、こんな食事は出されなかった。

 

「ひあわせ」

 

 心なしかキラキラ光っているように見える。生きてて良かった。卯月は大真面目にそう思った。

 

「飲み込んでから話しなさいよ、気持ちは分かるけど」

「確かに、こんな良いプレゼント貰っちゃって、良いのかなー?」

「お気になさらず、これから大変な目に遭うのは間違いないのですから」

 

 熊野が妙に物騒なことを言い出した。松たちは「なるほど」と言って、少し暗い顔になる。

 

「どーゆーことだっぴょん」

「『敵』との戦いに、巻き込まれるのは必然。藤提督も彼女の艦隊も無関係ではいられません」

 

 敵からすれば、金剛たちもD-ABYSS(ディー・アビス)を知る存在。口封じのために容赦なく殺しにくる。下手したら鎮守府への襲撃も考えられる。

 もっともそれは分かっていたこと。半ば巻き込まれた形だが、深海棲艦に与する奴は倒さなければならない。

 

「あれと戦うのかぁ……」

「まさか、俺たちが艦娘と戦うことになるなんてな」

 

 だからといって、割りきれるかどうかは別問題だ。同胞に砲身を向けなければならない。覚悟を決めても、実際に相対したら心が揺らぐかもしれない。

 

「ま、なので、今の内に良い気分になるべきですわ」

「……うん、そーだね! 楽しむ時は楽しもう! 悩むのはアイドルらしくない!」

「さすが桃ちゃん、那珂ちゃんが見込んだことはあるよ!」

「那珂ちゃん先輩!」

 

 なぜか那珂まで乱入してきた。

 

「歌えば元気になる、踊ればもっと元気になる、そうすれば悩みも解決する!」

「やっぱりアイドル! アイドルは全てを解決する!」

「もう皆でアイドルを──」

 

 全員速やかに退去していた。アイドルがゲシュタルト崩壊する。あんな所にいたら発狂待ったなしだ。夕食の乗ったトレーもしっかり持ってきた。離れたテーブルに座る。

 

「まあ、桃じゃないけど、楽しみましょう」

「あ、ああ、そうだな」

「すんげぇビミョーな空気だぴょん」

 

 まあ、神戸牛が美味しいからヨシとしよう。気を取り直してご飯を食べる。

 

「うまい!」

 

 何度食べても旨い。いくらでも食べられそうだ。しかし至福の時間は長く続かない。卯月は自分の分の神戸牛を食べ尽くしてしまった。

 

「あー、終わっちゃったぴょん」

「……やらねぇぞ?」

「うーちゃんそんな欲深じゃないぴょん。ただ見てるだけぴょん」

「余計悪質だわ」

 

 お座りをしながらこっちを見つめる犬のようだ。だが誰も上げなかった。全員神戸牛は惜しい。そこまでのお人好は誰もいなかった。卯月は泣きながら、残ったスープを飲み干す。それはそれでうまかった。

 

「御馳走さま、ありがとう熊野さん」

「いえ、お気に召さらず。喜んで頂けたらなによりです」

 

 どういった意図でこんな物持ち込んだのか知らないが美味しかったのは事実。卯月も「ありがとぴょん」とお礼を言った。最後にデザートのフルーツを食べながら、軽い雑談になる。神戸牛の感動が大き過ぎて、食べ物関係の話になっていった。

 

「鎮守府では、もっと美味しいご飯なのかぴょん」

「えー……難しい質問ね」

「メニュー自体は、飛鷹が作ってくれてるのとそんな変わんねぇぞ。味は……まあ、人によるってことで」

「間宮の方が美味いって言っても構わないわよ?」

 

 飛鷹の声が厨房の奥から聞こえた。会話を聞かれていた。だからと言って正直には言えない。食事を作ってくれてる人を貶めるようなことは言えないのだ。実際飛鷹はちょっと不機嫌そうだった。

 

「そっかぁ、やっぱ間宮さんのご飯か、専門職はさすがだぴょん」

 

 しかし空気を一切読まないアホがいた。

 

「確かに、思い出すとそんな感じだぴょん。神戸牛は美味しいし、飛鷹さんのご飯も美味しいけど、間宮さんのは別格だったぴょん」

「一ヶ月だけでしょ、間宮さんのを食べてたのは」

「うん、でも印象に残ってるぴょん」

 

 ただ美味しいのとは違う。フワフワするような、一口食べるとまた食べたくなる味だ。食べるだけで幸福感が湧いてくる。そんな不思議な美味しさだった。思い出すだけで涎が出て来る。

 

「……うーちゃん、明日からおかずナシで良いわね」

「ぴょんっ!? 何故っ!?」

「なんとなく」

 

 冗談だよな、冗談に決まっている。

 卯月は次の日の朝食まで、おかずなしの恐怖に怯える羽目になった。空気を読まなかったツケだ。

 

 しかしそれでも、間宮さんの料理は忘れ難い物だ。

 間宮には会える。藤鎮守府に行けば再会できる。しかし喜んでくれるとは思えない。包丁を投げつけられても不思議ではない。洗脳されてたとはいえ、それだけのことをしている。

 

 行ったときどうなるのか、あまり考えなくない。卯月はそれを思考の外へ追いやる。また発作が起きたら迷惑だ。なんとかして割りきろうとしていた。

 

 

 *

 

 

 夕食が終われば、消灯までは自由時間だ。もっとも風呂とか色々してたら、良い時間になってしまう。やれることはそう多くない。

 だが、卯月は特にやりたいこともない。

 なので、早々に風呂に入った。

 

「むむむ……」

 

 卯月は湯船に浸かりながら、深刻そうに悩む。卯月を抱き抱える満潮が突っ込んだ。

 

「なによ」

「今更だけど、うーちゃん、全然『人』を楽しめてない気がするぴょん」

「……本当に今更ね」

 

 復讐もする。人の身体を楽しむ。そう決めたのはいつだったか。

 

 復讐は少しずつだが、達成してきている。

 対して人らしさは全くできていない。趣味はない、遊んでもいない、仕事しかしていない。

 

 こういった自由時間に、なにもやることが思い浮かばなかった。そのことに強い危機感を覚える。

 

「そもそもこの僻地で人間らしさどうこうを言ってるのがアホじゃないの」

「いやまあそうだけど……ホントどうしよう、戦うだけの一生なんて願い下げだし」

 

 艦娘は兵器である。人に奉仕する存在である。だから人と共存できる。そうでなくては『艦娘』ではない。

 それでも、せっかく心を持って生まれたのだから、それを楽しみたい。卯月は素直にそう思う。

 

「それで十分でしょ、また戦えるんだから」

「いや、その程度で満足するうーちゃんじゃないぴょん。やりたいことは全部やるぴょん」

「復讐に専念しなさいよ、そっちの方が優先じゃない」

「えー、つまんねぇぴょん」

「このカスが……」

 

 満潮は相変わらず、理解できないといった顔つきだ。

 卯月も同じく、満潮のことがいまいち理解できない。する気もない。頑張っても疲れるだけだ。

 

 満潮の言う通り復讐はする。わたしたちをこんな目に合わせた奴が、のうのうと生きてるのは許せない。必ず殺す、ただ殺す、藁のように殺す。

 

 だが、それまでに死んでしまう可能性もある。人生を楽しむことなく終わる。卯月は受け入れられなかった。だから今楽しみたいと考えている。

 

「まぁいいや、その内、なんか見つかるぴょん」

 

 もっともこんな僻地でできる趣味は限られる。美味しいお菓子とか日記は買ってある。それが届いてから考えよう。

 これから更に過酷な戦いになる。余計なストレスは厳禁だ。卯月はリラックスし、満潮に身体を預けた。

 

「……ねえ、ちょっと」

「なんだぴょん、クッションの大きさは悪くないから安心するぴょん!」

「クッション?」

「熊野や那珂には劣るけど」

「……その貧相な小皿を窪地に変えられたい?」

 

 なんのことかって、まあ胸の大きさである。

 

「とにかくアンタ、いつまで私にもたれ掛かるつもりなの」

「だって一週間そうだったぴょん」

「それはまともに動けなかったからでしょうが!」

 

 浴槽で卯月は満潮に抱き抱えられていた。怪我が治るまではまともに動けなかった。座る姿勢を維持するのも困難という有様。下手したら倒れて溺死も有り得る。なので満潮が支えていたのだ。

 

 しかし、今はもう治っている。

 発作を起こす危険性があるので、誰かが傍にいなければならないが、支える必要はない。なのに卯月は自然に満潮にもたれ掛かっていた。

 

「えー、だって楽なんだぴょん」

「わたしは楽じゃないのよ」

「それは別に、どうでも良いぴょん」

 

 満潮はこれでもかという程、嫌そうな顔だった。卯月は反比例して良い笑顔になる。彼女が苦しむ様を見ると心が踊る。

「ハァ」とため息を吐き、満潮は諦めた。一々構うのに疲れてきた。諦める方が楽だと気づいてしまった。

 

「いひゃい」

 

 ただし、卯月の頬は全力でつねっていた。

 浴槽から出た頃には、彼女の頬は真っ赤に腫れていた。恨めしそうに睨みつける卯月。そのようすに満潮は満足した。卯月の苦しむ様はとても心地よかった。




作者は神戸牛を喰ったことがないので、味云々は妄想で書いてます。ご勘弁くださいまし。
日常パートもそろそろ終わりかな……。
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