卯月は死んでいた。
筋トレとストレッチのあとは、また筋トレだったのだ。過度な運動と大量の汗で脱水症状気味。朦朧としながら昼食を済ませ、自室で倒れた。
「…………」
もう本当に言葉が出ない。というか激しく息をすると肺が悲鳴を上げる。入渠ドックまで行く体力も残っていなかった。行っても怪我してる訳じゃないので、許可は下りないが。
代わりに備品の塗り薬を貰い、使い込んだ部位に塗って湿布を張っておいた。やらないよりマシだ。
昼食後は僅かながら休憩が許された。満潮も午前一杯訓練をして疲れていたからだ。
しかし、午後の訓練が残っている。
「午後からは海上訓練だから」
「……ぴょん」
満潮の機嫌は悪い。本来なら朝食までに走り込みと筋トレを終えていなければならない。卯月に合わせたせいで、ここまで遅れてしまった。
本当なら自分一人のペースでできるのに、それが許されない。苛立つのは仕方がなかった。
それでも、ベッド生活の面倒を見るために、外で訓練できないよりマシ。ストレスは多少軽減されていた。
「はっ、ざまぁないわね」
あと無様な姿の卯月を見ると、スカッとした気分になれた。卯月は小声で抗議するが、満潮は聞かなかったことにした。
「……海上訓練って、なにを」
「砲撃とか雷撃とか、基本的な奴よ。ここじゃ航行訓練もできないし」
「……参加する奴が、いないぴょん」
「そんなの分かってんのよアホ」
航行訓練をするには、ある程度人数がいる。さすがに二隻では無理がある。
満潮は必要以上に強く当たらない。何故ならこれでもかなりマシだからだ。
前科戦線は自主訓練をしない連中が多すぎる。
那珂はダンスや歌の訓練をしている。熊野は怪しげな取引を、球磨は資料室でぼんやり。ポーラ? 聞くな。
作戦が近づけば訓練をするが、恒常的にやる気はない。満潮はその態度が気に入らなかった。最初の頃は誘ってみたが、全員拒否するのでその内諦めた。
これでいざ戦いになると、全員尋常ではない戦闘力を見せるのが一番気に入らないのだが。
なので復讐目的とはいえ、訓練に付き合ってくれる卯月はマシだ。生理的に無理なだけでマシな奴だ。
「……これで愚痴さえなければ」
「なんか言った……?」
「なにも」
「愚痴さえなければ「キャーうーちゃん様カッコいいステキ惚れちゃう!」って言ってたのは気のせいかぴょん……」
「それ自分で言って気持ち悪くならないの」
満潮が顔を赤らめて、うっとりと惚れながらすり寄ってくる。
殺す。間違いなく衝動的に殺す。その後わたしもショック死。酷い未来が見えた。
「ごめん」
「二度と言わないで」
「うん」
「あと休憩終わり」
「うん……うんっ!?」
事前に言われた時間より一時間短かくなっていた。
「バカげたこと言う元気も無くしてやる」
口は災いの元と言う。満潮をバカにしなければこうはならなかった。
しかし卯月は止めるつもりはない。
この程度の嫌がらせで満潮に負ける訳にはいかないからだ。
「うーちゃんは、負けない!」
「まずその小鹿みたいな震えを止めてから言えば?」
「ぴょーん……」
然もありなん。なにをするにも強くならなければいけない。瀕死の野兎のようにプルプル震えながら、満潮に襟首を掴まれて引きずられていく。
海上で砲撃訓練をするために艤装をつけないといけない。二人は工廠を訪れる。事前に申請していたので、艤装は既に用意されていた。
一週間前の激闘でダメージを負った艤装は、傷一つなく修理されていた。缶や主機も上機嫌だ。北上の整備には感謝しかない。奥に彼女がいたのでお辞儀をすると、ゆるりと手を振っていた。
ただ、艤装をつけるのには若干戸惑いがあった。
「別に、即座に暴走しやしないでしょ」
満潮の言う通りだ。装備した瞬間暴走することはない。でも自分の艤装内部に
結局、未だに作動条件は分からない。戦艦水鬼と二度交戦しただけ。仮説はいくらでも立てられるが確証はない。知らない内に起動するかもしれない。
「心配なら気絶装置つければ?」
「……うん、そうするぴょん」
リモコンは満潮にお願いした。彼女なら躊躇なく起動させてくれる。だから安心できる。こんな物がなければ安心して訓練もできないのか。仕方ないが複雑な気持ちになる。
躊躇してても訓練できない。意を決して艤装を装備する。
少しその場でじっとする。
海上には満潮が用意した的がいくつも浮かんでいた。主砲に装填されているのは模擬弾。とはいえ反動や重さは本物と同じようになっている。
「とりあえずアレ撃って」
いつもなら満潮一人で訓練を行う。しかし今回は卯月がいる。一緒にいないといけないのは、発作が起きた時のためだ。彼女が訓練に付き合う理由はない。なんなら陸地で放置しててもいい。いざというときに駆けつければ済む話だ。
だが、そうなると暇で死ぬ。なら訓練してた方がまだマシだ。そう彼女が主張したので、一緒に訓練することになった。
しかし卯月は全てが素人。自主練してもたかが知れてる。
どうせ一緒にやるなら、そっちの面倒も見ろという中佐の命令であった。
「クソね……」
筋トレやストレッチならまだしも、特訓の相手もしないといけないのか。満潮の機嫌はかなり悪い。
「ぴょーん!」
手持ち式の単装砲を真っ正面に構えて一発撃つ。真っ直ぐ飛びそうだった砲弾だが、的を飛び越えて、やや後ろへ着弾した。角度が高すぎた。
「ぴょぴょーん!」
今度は角度を下げて発射する。的を飛び越えはしなかったが、途中で落ちていき、的の手前に落っこちた。二発当たらなかったが問題ではない。むしろ良い。
「よし、夾叉だぴょん」
一発目と二発目で的を挟み込めた。つまりその中間の角度で撃てば、ほぼ命中する。半分程度角度を上げて三発目を発射。卯月の攻撃は見事に的にペイントを塗りつけた。
「ヨシ!」
指差し確認めいたポーズを取り、どや顔を満潮に向ける。
とても調子が良い。いきなり夾叉できるのは久々だ。午前中のトレーニングが過激過ぎて、ハイになってるだけかもしれないが。
どうだ凄いだろうと満潮へ伝えた。
「カスね」
満潮はそう吐き捨てた。
「死ねぇ!」
プッツンした卯月は殺意を込めて砲弾(ペイント弾)をブッ放つ。
「遅い」
卯月の方が撃つのが遥かに早かった。満潮は遅れたにも関わらず、ほとんど同時発射だった。
当たったのは満潮の砲撃だ。卯月の砲撃は満潮のやや隣へ着弾。対して満潮のは頭部へ一発命中である。
ペイント弾と言えども着弾時の衝撃はある。吹っ飛んだ卯月は海面に叩き付けられる。顔から胸が塗料で真っ黄色になってしまった。痛みでクラクラする。なんてことをするんだと眼で抗議した。
「こうやんのよ」
卯月の講義を無視して、満潮が的の前に立つ。
主砲を胸の前へ構える。そして狙いを定めて発射するだろう。卯月はそう思った。しかし想像は違っていた。
胸の前へ構えた、と同時に砲弾が発射された。
満潮は狙いを定めずに砲撃していた。
それでは当たる訳がない。卯月はそう思ったがその想像も違った。彼女の砲撃は的を一撃で撃ち抜いたのだ。
「普通の鎮守府なら、それで許されるでしょうね。何度か砲撃しながら角度を調整する。基本的なやり方……でもそれじゃ遅いのよ」
狙いを定めて撃つのと、定めて撃たないの。どちらが早いかは一目瞭然。さっきの攻防が全てを物語っていた。
「沈められないための最適解は、先に沈めること。夾叉なんて悠長なことしてたらこっちがやられる。弾のムダだわ」
弾切れになったら死ぬ他ない。前科戦線の任務は特殊だ。補給も受けられないまま未知の海域を彷徨うこともある。無駄弾を使っていられる余力は全くない。
「えーと、でも、狙いをつけずに、どう当てろと……?」
「感覚よ、練習してれば、どこへ飛ぶか分かってくる」
「どれぐらい」
「分かるまで」
空いた口が塞がらない。今時の軍隊とは思えない発言に卯月は心から呆れ果てる。
「信じられんぴょん、なんて根性論だぴょん」
「殺意で洗脳乗り越えた奴が言えたことじゃないわね。とにかくやるわよ。最低限動かない的ぐらい、一発で撃てるようにならないと、いつか死ぬわ」
「マジかぴょん……」
「あと球磨も那珂も、これ全員できるわ」
「マジかぴょん……!」
狙いをつけずに、かつ一発目から命中。それが前科戦線での最低ラインだ。卯月は全く満たせていない。
そこまでいくのに何百発の砲撃をしなければならない。考えただけで意識が飛びそうになる。
だが、できなければみんなの足を引っ張る。それはとてもカッコ悪いことだ。
「やってやるチクショー!」
「愚痴愚痴うるさい奴……」
「うぴょーっ!」
若干涙目になりながら、卯月は主砲を構えて撃ち始める。何度も満潮に注意され、屈辱を味わう羽目になった。
*
満潮監視の訓練は数時間に及んだ。とにもかくにも弾道計算を感覚的にできるようにならないと話にならない。その為には何千発と撃つ以外に方法はない。
ぼんやり撃ってても意味がない。一発ずつ計算して集中して撃つ。それを延々と続けることで、初めて使いこなせるようになる。なので、一日二日で身に付くものではない。
「ヒュー……ヒュー……」
艤装のパワーアシストにも限界がある。主砲が持ち上がらない。腕に力が入らない、というか感覚がない。発射の反動で足腰が震えっぱなし。遠くを見すぎて目が痛い、砲撃音で耳鳴りがする。
あまりの過酷さに何度も嘔吐した。気絶したら満潮に叩き起こされた。満潮が練習している間は休めたが、疲れは到底抜けきらない。半ば意識を失いながら、なんとか立っていた。
「もう無理そうね、今日はここまで」
彼女の様子を見て、限界だと判断。
満潮がそう言った瞬間、緊張の糸が切れた。膝から崩れ落ちて海面に倒れ込む。沈めたらコトなので、主砲はなんとか握り続けたが、それ以外はもう全部無理だった。指先一本動かない。
いつ気絶してもおかしくない。そう思う程疲れた。ただ主砲を撃つだけで、ここまでボロボロになるとは。
しかし、そこまでやっても砲撃精度は上がらなかった。
そりゃ最初に比べてたら良くなっているが微々たるものだ。一発命中にはほど遠い。
「さっさと上達してくれないかしら……わたしの練習時間が減ったままじゃない」
外で訓練できるが、卯月の面倒を見ながらだ。時間は限られてくる。満潮の不満は溜まる一方だ。
そのストレスは、やはり修練にぶつけるに限る。
倒れて動けない卯月を、牽引してきた大発動艇に乗せる。発作が起きた時対応できる距離を維持しながら、彼女は自主練を始めた。
「うう、おぇぇ……」
肝心の卯月だが、発作なんて起こしてる余力はなかった。脳味噌も肉体も全部疲れ果てている。幻覚を作る力さえ使い果たした。大発動艇に置かれていたスポーツドリンクをジュルジュル啜る。一気飲みする元気もない。
普段はしつこく感じるドリンクの甘さが全身に染みわたっていく。カラッカラに乾ききった喉に水が染み込み、心の底から生き返った気分になる。火照った身体も冷えて心地よさに包まれる。そうしながら満潮の訓練をぼんやりと眺める。
「……ん?」
ふと、なにかの音が聞こえた気がした。いつも良く聞いている缶の作動音と推進装置の音。それが基地の方から近づいている気がする。
卯月は周りを見渡す。地平線近くに人影が見えた。こちらに向けて手を振っている。誰なのかすぐに気づいた。
「不知火かぴょん」
「え、不知火?」
満潮も不知火に気づいた。訓練を中断して彼女を出迎える。何故か息を荒げている。
「卯月さん、こちらにいましたか」
「久々だぴょん、調査は終わったのかぴょん?」
「ええ、おかげさまで」
不知火は金剛たちの護送ルートを調べるために陸地にいた。戻ってきたということは任務が終わった、ルート特定が完了したのだ。護送は日程通り明日行われるらしい。
「ただ、卯月さん、貴女に聞きたいことがあるそうでして、来てください」
拒否権もなにもない。言われるがまま基地へ戻る。そこへ満潮もついてきた。卯月は極めて不機嫌になる。不知火がいるんだから、発作の介護のためついてくる必要はない。
「なんでお前まで」
「なによ、聞かれたら不味いの、どうなの不知火」
「構いません、前科戦線に関わることですし」
「チッ!」
ブーブー文句を垂れながら戻る。少し休んだおかげで、軽い航行ならできるようになっていた。やがて陸地が見えてくる。そこに誰かが待っていた。
「あれって」
「人間、かぴょん」
「客人です、彼が聞きたいと」
その男性は憲兵隊の制服を着込んでいる。しかし口はやたらと高い襟で隠され、目元は深く被った帽子で隠れている。表情はほとんど伺えなかった。
「どうも卯月さん、憲兵隊曹長の
「あ、ど、ドーモ波多野サン、卯月だぴょん」
腰を折り曲げて丁寧なアイサツがされる。卯月も慌ててアイサツを返した。
「それで、聞きたいことって……?」
「確証を得たい、それが内通者であるかどうかの」
「ど、どういう……?」
「お主に
瞬間、卯月の瞳は真っ暗になった。怒りや悲しみが膨れ上がり、思考も心も殺意で満たされる。
やっと分かるのか、殺すべき敵が。
卯月は仇討ちの歓喜に冷笑を浮かべた。
艦隊新聞小話
Q 憲兵隊ってなんですか?
A 憲兵隊は陸軍によって作られた多目的部隊です。
現代においての主な任務は四つです。
・鎮守府の軍規維持。
・暴走した艦娘の鎮圧。
・提督・司令官の不祥事の取り締まり&拘束。
・深海戦艦が上陸した場合の時間稼ぎ。
この関係上、艦娘を制圧できるのは当然ですが、深海戦艦と戦える戦闘能力&精神汚染を跳ねのける意志力が求められます。
今回登場した波多野曹長は、憲兵隊全体で言えば
チョップで空母棲姫の脳天を叩き割ったり(再生しますが)、高速回転からの四連撃で戦艦レ級の内蔵をシェイク(再生しますが)できます。あと100メートルまでなら海上走れます。
その戦闘能力が今後披露されることはあるのでしょうか。作品が変わってしまいそうですが……