満潮との訓練中に帰投した不知火。彼女が連れていたのは憲兵隊曹長の波多野という人物だった。彼に呼ばれた卯月はとある情報を伝えられる。
それは
立ち話もなんだということで、二人は執務室へ入る。勿論高宮中佐もいた。中佐への報告も兼ねた話になる。ソファーに座り、卯月は改めて聞いた。
「分かったのかぴょん」
「鎮守府に不審な人物がいないか洗い出した。記録は悉く焼失していたが……他からいたと突き止めた」
それをやったのは洗脳されてた卯月だ。罪悪感が沸いてくる。同時に痕跡を消してしまった自分に苛立つ。どちらも表には出さなかったが。
「他の痕跡?」
「人がいる限り、痕跡は絶対に消せないのでありますなぁ」
横から唐突に現れたあきつ丸。心臓が飛び出そうな程に驚き、椅子からひっくり返ってしまう。お前さっきまで執務室にいなかったじゃんか。
「痕跡?」
「例えば電力の使用量、使われた場所、食糧の発注履歴に水道代、人がいればその分増える。たかが現場を爆撃した程度では、我々は欺けないであります」
「そんなのどーでも良いぴょん」
長々と話すあきつ丸の話を叩き切る。探し方なんて興味ない。肝心なのは誰が容疑者なのかだ。そいつを潰さなければ気が済まない。同意見だった高宮中佐も結論を促す。
「その通りだ、波多野、なにを卯月に聞くつもりだ」
「彼女がいたかの確認です。生き残りである卯月さんに聞く他ないのです」
波多野曹長は卯月の方へ向き直り、話を切り出した。
「オヌシが神鎮守府に着任してから、鎮守府壊滅まで一ヶ月。その間に『退職者』の話を聞いたことは?」
「……退職者?」
「鎮守府から誰かが去ったという話を知らぬか?」
「え、ちょっと、うん今思い出すぴょん」
首を傾げながら考える。殆ど昏睡状態だったが、鎮守府壊滅から半年近く経過している。細かい記憶は曖昧だ。でも、これが復讐に繋がる大事なこと。卯月は唸りながら必死で思い出そうとする。
凄まじく苦しい行為と自覚しながら。
「う、ぁ……がっ……!?」
仲間の顔一つ一つを丁寧に思い出す。
神提督に間宮さん、菊月に仲間たち。部屋の清掃や警備、艤装の整備もしてくれた人間たち。
同時に思い出されるのは、仲間の死ぬ顔だ。至近距離で堪能した虐殺の光景だ。
「ううう……」
吐き気が止まらない。トラウマに引きずられて幻が見えだす。頭をかきむしりながら、嗚咽を必死で堪える。のたうち回りながらも思い出そうとする。
此処で思い出せなければ復讐が遠退く。深い怒りと殺意を支えにして踏ん張っていた。
「……面倒な体質」
こたあるごとに発作、錯乱、発狂。哀れというか、面倒な体質を抱え込んだことに満潮は呆れる。またかとうんざりしながら、卯月の背中を擦っていた。
そのお陰かは分からないが、発作はそこまで起きなかった。狂いそうになりながらも、徐々に思い出していく。
とりあえず艦娘でいなくなったのはいない。泊地棲鬼の襲撃があるまでは誰も欠けずにいた。
いや欠けた艦娘はいる。神提督とケッコンカッコカリをしていた艦娘だ。けど、周りの反応からして、死に別れたのは比較的前のように思える。中佐か曹長は知ってるんじゃないか。
「……提督、神提督にはケッコン艦がいたぴょん」
「調査済だ。お前が着任する数ヶ月前に轟沈している。さすがに内通者ではないだろう」
「やっぱり」
じゃあ誰だ。こうなると分からない。
人間の転属関係は全く知らない。本当に噂話レベルになる。人間でも食糧班なら関わりがあるが、あそこは間宮さん一人で切り盛りしてたから、止める人がまずいない。
あと関わりが深いのは整備班ぐらい。自然と顔馴染みになるから、いなくなればすぐに分かる。でも誰も退職したり、転属した人はいなかった。そもそも人間がいない。整備班は妖精さんだけだった。
「あ」
だが、着任する直前ならいた。卯月は着任初日に菊月から聞いた話を思い出した。
「い、いた! 名前は分かんないけど、うーちゃんが着任する直前に、整備班の人が辞めたって!」
本当に、本当にシレッと聞き流してたから、思い出すのに時間がかかった。そうだった。一番整備が上手い人で、そのせいで整備に時間がかかったとか、そんな話をしてた。
「そうか、感謝する卯月さん。これで確証が得れた」
「……ど、どうもぴょん」
トラウマを抉ったせいで卯月は疲弊していた。ぐったりとソファーにもたれ掛かる。脂汗が額に滲み出ている。それをハンカチで拭きながら息を整えていく。
「我々の調査である人物が浮上した」
「それが、卯月の言う退職していた整備班の人物だと?」
「可能性は高い、時期も一致している」
波多野曹長は懐から封筒を取り出す。中には顔写真付きの資料が入っていた。
「名前は『
写真映りは悪くない。ぼやけて視にくいこともない。なんだかぼんやりとしたような、やる気がいまいち無さそうな、気だるげな眼付き。それ以外は至って普通そうな女性だった。卯月は見覚えがない。着任した頃にはもういなくなっていたのだろう。
「技研の人間か」
「そうだ、しかし数カ月前に辞職している。行方が分からなくなっていたが、どうも鎮守府に配属されていたようだ」
「だが、配属履歴はなかったと」
「技術者としてはとりわけ優秀だったらしい」
あの時菊月が言っていた『彼女』とは、この千夜千恵子という人物で間違いない。妖精さん以外に人間の技術者が一人いたと確かに言っていた。理由は分からないが自主退職してしまい、提督が頭を抱えたと。
しかし、書面上は着任さえしていなかった。配属命令さえなかった。彼女は存在しない人員として働いていた。
「かなり前の記録になるが、鎮守府に最も近い駅の監視カメラに映像が残っていた。それ以降では目撃情報は一切ない。潜伏している様子もなかったが、ずっと鎮守府内部にいたとなれば説明ができる」
「彼女の存在を、誰にも知られたくなかった訳か」
「そう考えていたのが、誰なのかは分からないが」
書類の記録を残していなかったのも同じ理由。なんらかの理由で、千夜千恵子は内密に鎮守府で働いていた。しかも卯月の造反が起きる前に退職。偶然にしてはタイミングが良すぎる気がする。襲撃事件が起きるのを予想してたように見える。
神提督が彼女を招き入れたのか、彼女が内密に潜り込んだのか。どちらが仕組んだのは分からない。いずれにしても、疑うには十分過ぎる。とんでもなく怪しい人物がいた。
「……そいつ、生きてんのかぴょん」
「現在は消息不明だ、退職後の痕跡は欠片も掴めていない」
「チッ、役立たずが」
「ちょっと、卯月アンタ!」
かなり失礼な発言を満潮が咎める。仇討ちの候補らしき人物が現れ、怒りのボルテージが上がり切っている。冷静さを失わないというだけで、人格さえ塗り潰すレベルの激情は全く変わっていない。卯月のその性質は彼女も理解できている、が、限度があるだろう。
「その通りだ、だが我々は必ずこの内通者を突き止める。突き止め然るべき処分を行う」
「本当かぴょん」
「嘘もなにもない。これが憲兵隊の仕事だ。化け物は死すべし、慈悲はない。それに与する者も同じだ」
卯月は鳥肌が立った。それは波多野曹長が放った殺意によるものだった。卯月と同じく彼も激情を抱いている。しかし冷静でなければ戦うことはできない。強靭な理性で怒りを飼いならしているのだ。それは曹長としての責任感が成せる技。完全なる殺意を持っているかは知らないが、わたしと近いところがある。
「むしろ私は言っておきたい」
「なにが」
「再び造反しようものならお主を殺す。お主の意志は知らぬ。化け物は一切合切殺す」
化け物──その言葉が大きく反響する。
信用されていないのだ。
だから卯月は笑って答えた。
「是非頼む、化け物は鏖殺だぴょん」
深海棲艦のような連中はみんな死ねばいい。勿論わたしもだ。そんな存在になり下がった私も死ねばいい。殺される前に自分から死ぬつもりだが。いずれにしても生き恥を晒す予定はない。カッコ悪い真似はしない。
「承知した、必ず殺そう」
波多野曹長はそう言って頷き、殺意を納めた。卯月も剥き出しにしていた怒りを沈黙させる。
「で、その千夜はどうする気だ」
「現状、最も疑わしい人物。内通者でなかったにしても、なにかしら知っているのは確実だ。見つけだし質問をする。答えなければより一層質問を行う」
「楽しみでありますなぁ」
じゅるりと汚い涎を垂らして嗤うあきつ丸。質問のルビは拷問で確定だ。
「ま、生きていればの話でありますが」
「お主の情報で、奴がいたことは分かった。卯月さん改めてだが感謝する」
もう一度深々とオジギをした。過酷な記憶を呼び起こす羽目になったが、それは必要なことだ。悪かったと謝ったりしない。ただ感謝する。それが彼の礼儀だった。
*
卯月が呼ばれたのはここまで。千夜千恵子の情報の裏付けをとるために必要だったから。それが終われば用はない。卯月と付き添いの満潮は執務室から出る。
後の話は金剛たちの護送について。安全なルートの目処が立ったのと、卯月への確認を兼ねて、前科戦線へ訪問したのだ。誰を護衛につけるか、何時出るか。そういった詳細を二人が詰めている。
卯月たちはその間暇だった。満潮も訓練に戻るつもりはない。中途半端なところでトレーニングを中断したせいで、調子が狂っていた。
「さてさてさてさて、これからどうするでありますか?」
親しい親友のように顔を近づけてくるこやつはなんなんだ。わたしとお前はそんな親しくないだろう。
「む?」
「な、なんだぴょん」
「ちょっと顔を拝見」
あきつ丸は両手で卯月の顔を掴み、近かった顔を更に接近させる。ハイライトのない深淵のような瞳が覗き込んでくる。とても恐い。生理的に恐い。猛獣に睨まれた兎のように震える。
「おや? おやおやおや!」
超至近距離で満面の笑顔。正直に言わなくても不気味極まる。あまりの恐ろしさに卯月は無理やり振りほどく。
「なんなんだっぴょん!?」
「おっと失礼、いやしかしこれは嬉しい、実に素晴らしい。このあきつ丸感激であります!」
「は?」
一人はしゃいで拍手までしてくる。卯月と満潮はエイリアンでも見たような顔になる。
「まさか、あの程度の怒りから、『殺意』に至るとは!」
そう、あきつ丸は卯月にアドバイスを送っていた。『怒りが足りない』という助言を。
当時は意味が分からなかったが、戦艦水鬼と同調したことで、その意味を理解できた。卯月は完全なる殺意へ至り、怒りの感情を制御できるようになったのだ。
そういう意味では彼女も恩人と言える。しかし、卯月には分からないことがあった。
このアドバイス、本当に親切心で言ったものなのか。なんだか別の理由がある気がしてならない。てゆうかあきつ丸が信用ならない。
「そんなに嬉しいこと?」
満潮が当然の疑問を口にする。完全なる殺意は真っ当な在り方ではない。発狂する程の激情を抱え込んで、それを意志へ昇華するための技法。
それ故にある意味
本来ならメンタルケアでもなんでもして、落ち着かせるべき感情をむしろ突き抜けさせる。激情のまま暴走するよりマシだが、良い状態ではない。
「む、なにやら勘違いをしている様子」
「というと」
「あきつ丸は卯月殿が
それ見たことかっ! 卯月は頭を抱える。
卯月に怒りの制御方法を教えてあげようとか、そういった親切心は皆無だった。殺意に目覚めて、人として狂っていく様を愉しんでいただけだった。
ホント、なんでコイツ艦娘やってんの? 憲兵隊は余程の人手不足なのだろうか。
「いやぁ、それにしても意外や意外。あの程度の怒りでは呑まれて暴走して、無様な死に様を晒すのが普通。いったいなにがあったでありますか?」
「誰がテメーなんぞに言うぴょん、この最低野郎」
「乙女にやろうとはなにごとでありますか」
「最低雌豚売女」
「うむ、そっちの方が良いであります」
ケタケタ嗤うあきつ丸。こういうのを無敵って言うのだろうか。理解できない。理解したくない。満潮まであんまりな態度にうんざりしていた。出口を指さし帰宅を促す。
「こっから帰ってくんない?」
指差す先は空いた窓。ちなみにここは三階だ。
「ではお言葉に甘えて」
「は?」
「卯月殿がより狂っていくのを楽しみにしてるであります!」
そう言い残してあきつ丸は窓から飛び降りた。まさか本当にやるなんて。二人は窓から身を乗り出して下を見る。しかしどこにもあきつ丸はいなかった。遺体も怪我をした彼女もいない。消えてしまった。
「……妖怪の類かしら」
「
「うるさいわね……あれは妖怪よ、そうよ」
自分たちとは別系統の存在と割り切ることで、満潮は正気を保とうとしていた。それはともかく、卯月は言いたいことがあった。窓から身を乗り出して、どこかにいる彼女に聞こえるように叫ぶ。
「誰が狂うかっ! この淫売ーっ!」
前科戦線のどこかからか、奇人の嗤い声が聞こえた気がした。
第1話ですこーしだけ触れられていた人物。やっと名前が判明です。名前の元ネタはありますが、かなり無理があります……