前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第74話 容疑者

 満潮との訓練中に帰投した不知火。彼女が連れていたのは憲兵隊曹長の波多野という人物だった。彼に呼ばれた卯月はとある情報を伝えられる。

 それはD-ABYSS(ディー・アビス)を組み込んだ容疑者のことだった。

 

 立ち話もなんだということで、二人は執務室へ入る。勿論高宮中佐もいた。中佐への報告も兼ねた話になる。ソファーに座り、卯月は改めて聞いた。

 

「分かったのかぴょん」

「鎮守府に不審な人物がいないか洗い出した。記録は悉く焼失していたが……他からいたと突き止めた」

 

 それをやったのは洗脳されてた卯月だ。罪悪感が沸いてくる。同時に痕跡を消してしまった自分に苛立つ。どちらも表には出さなかったが。

 

「他の痕跡?」

「人がいる限り、痕跡は絶対に消せないのでありますなぁ」

 

 横から唐突に現れたあきつ丸。心臓が飛び出そうな程に驚き、椅子からひっくり返ってしまう。お前さっきまで執務室にいなかったじゃんか。

 

「痕跡?」

「例えば電力の使用量、使われた場所、食糧の発注履歴に水道代、人がいればその分増える。たかが現場を爆撃した程度では、我々は欺けないであります」

「そんなのどーでも良いぴょん」

 

 長々と話すあきつ丸の話を叩き切る。探し方なんて興味ない。肝心なのは誰が容疑者なのかだ。そいつを潰さなければ気が済まない。同意見だった高宮中佐も結論を促す。

 

「その通りだ、波多野、なにを卯月に聞くつもりだ」

「彼女がいたかの確認です。生き残りである卯月さんに聞く他ないのです」

 

 波多野曹長は卯月の方へ向き直り、話を切り出した。

 

「オヌシが神鎮守府に着任してから、鎮守府壊滅まで一ヶ月。その間に『退職者』の話を聞いたことは?」

「……退職者?」

「鎮守府から誰かが去ったという話を知らぬか?」

「え、ちょっと、うん今思い出すぴょん」

 

 首を傾げながら考える。殆ど昏睡状態だったが、鎮守府壊滅から半年近く経過している。細かい記憶は曖昧だ。でも、これが復讐に繋がる大事なこと。卯月は唸りながら必死で思い出そうとする。

 凄まじく苦しい行為と自覚しながら。

 

「う、ぁ……がっ……!?」

 

 仲間の顔一つ一つを丁寧に思い出す。

 神提督に間宮さん、菊月に仲間たち。部屋の清掃や警備、艤装の整備もしてくれた人間たち。

 同時に思い出されるのは、仲間の死ぬ顔だ。至近距離で堪能した虐殺の光景だ。

 

「ううう……」

 

 吐き気が止まらない。トラウマに引きずられて幻が見えだす。頭をかきむしりながら、嗚咽を必死で堪える。のたうち回りながらも思い出そうとする。

 此処で思い出せなければ復讐が遠退く。深い怒りと殺意を支えにして踏ん張っていた。

 

「……面倒な体質」

 

 こたあるごとに発作、錯乱、発狂。哀れというか、面倒な体質を抱え込んだことに満潮は呆れる。またかとうんざりしながら、卯月の背中を擦っていた。

 

 そのお陰かは分からないが、発作はそこまで起きなかった。狂いそうになりながらも、徐々に思い出していく。

 とりあえず艦娘でいなくなったのはいない。泊地棲鬼の襲撃があるまでは誰も欠けずにいた。

 

 いや欠けた艦娘はいる。神提督とケッコンカッコカリをしていた艦娘だ。けど、周りの反応からして、死に別れたのは比較的前のように思える。中佐か曹長は知ってるんじゃないか。

 

「……提督、神提督にはケッコン艦がいたぴょん」

「調査済だ。お前が着任する数ヶ月前に轟沈している。さすがに内通者ではないだろう」

「やっぱり」

 

 じゃあ誰だ。こうなると分からない。

 人間の転属関係は全く知らない。本当に噂話レベルになる。人間でも食糧班なら関わりがあるが、あそこは間宮さん一人で切り盛りしてたから、止める人がまずいない。

 

 あと関わりが深いのは整備班ぐらい。自然と顔馴染みになるから、いなくなればすぐに分かる。でも誰も退職したり、転属した人はいなかった。そもそも人間がいない。整備班は妖精さんだけだった。

 

「あ」

 

 だが、着任する直前ならいた。卯月は着任初日に菊月から聞いた話を思い出した。

 

「い、いた! 名前は分かんないけど、うーちゃんが着任する直前に、整備班の人が辞めたって!」

 

 本当に、本当にシレッと聞き流してたから、思い出すのに時間がかかった。そうだった。一番整備が上手い人で、そのせいで整備に時間がかかったとか、そんな話をしてた。

 

「そうか、感謝する卯月さん。これで確証が得れた」

「……ど、どうもぴょん」

 

 トラウマを抉ったせいで卯月は疲弊していた。ぐったりとソファーにもたれ掛かる。脂汗が額に滲み出ている。それをハンカチで拭きながら息を整えていく。

 

「我々の調査である人物が浮上した」

「それが、卯月の言う退職していた整備班の人物だと?」

「可能性は高い、時期も一致している」

 

 波多野曹長は懐から封筒を取り出す。中には顔写真付きの資料が入っていた。

 

「名前は『千夜(センヤ) 千恵子(チエコ)』。鎮守府の整備班にいた人物、女性、年齢は20代後半。以前は大本営技術研究局に所属していた」

 

 写真映りは悪くない。ぼやけて視にくいこともない。なんだかぼんやりとしたような、やる気がいまいち無さそうな、気だるげな眼付き。それ以外は至って普通そうな女性だった。卯月は見覚えがない。着任した頃にはもういなくなっていたのだろう。

 

「技研の人間か」

「そうだ、しかし数カ月前に辞職している。行方が分からなくなっていたが、どうも鎮守府に配属されていたようだ」

「だが、配属履歴はなかったと」

「技術者としてはとりわけ優秀だったらしい」

 

 あの時菊月が言っていた『彼女』とは、この千夜千恵子という人物で間違いない。妖精さん以外に人間の技術者が一人いたと確かに言っていた。理由は分からないが自主退職してしまい、提督が頭を抱えたと。

 しかし、書面上は着任さえしていなかった。配属命令さえなかった。彼女は存在しない人員として働いていた。

 

「かなり前の記録になるが、鎮守府に最も近い駅の監視カメラに映像が残っていた。それ以降では目撃情報は一切ない。潜伏している様子もなかったが、ずっと鎮守府内部にいたとなれば説明ができる」

「彼女の存在を、誰にも知られたくなかった訳か」

「そう考えていたのが、誰なのかは分からないが」

 

 書類の記録を残していなかったのも同じ理由。なんらかの理由で、千夜千恵子は内密に鎮守府で働いていた。しかも卯月の造反が起きる前に退職。偶然にしてはタイミングが良すぎる気がする。襲撃事件が起きるのを予想してたように見える。

 

 神提督が彼女を招き入れたのか、彼女が内密に潜り込んだのか。どちらが仕組んだのは分からない。いずれにしても、疑うには十分過ぎる。とんでもなく怪しい人物がいた。

 D-ABYSS(ディー・アビス)を私に組み込んでから、退職の名目でトンズラしたのか。なら今も生きている、あの襲撃を遠くから嘲笑っていたのか。

 

「……そいつ、生きてんのかぴょん」

「現在は消息不明だ、退職後の痕跡は欠片も掴めていない」

「チッ、役立たずが」

「ちょっと、卯月アンタ!」

 

 かなり失礼な発言を満潮が咎める。仇討ちの候補らしき人物が現れ、怒りのボルテージが上がり切っている。冷静さを失わないというだけで、人格さえ塗り潰すレベルの激情は全く変わっていない。卯月のその性質は彼女も理解できている、が、限度があるだろう。

 

「その通りだ、だが我々は必ずこの内通者を突き止める。突き止め然るべき処分を行う」

「本当かぴょん」

「嘘もなにもない。これが憲兵隊の仕事だ。化け物は死すべし、慈悲はない。それに与する者も同じだ」

 

 卯月は鳥肌が立った。それは波多野曹長が放った殺意によるものだった。卯月と同じく彼も激情を抱いている。しかし冷静でなければ戦うことはできない。強靭な理性で怒りを飼いならしているのだ。それは曹長としての責任感が成せる技。完全なる殺意を持っているかは知らないが、わたしと近いところがある。

 

「むしろ私は言っておきたい」

「なにが」

「再び造反しようものならお主を殺す。お主の意志は知らぬ。化け物は一切合切殺す」

 

 化け物──その言葉が大きく反響する。

 

 信用されていないのだ。D-ABYSS(ディー・アビス)で洗脳されたから──と言ってもそれは仮説。あの装置は洗脳装置ではなく、わたしの本性を引き出しただけかもしれない。自覚できてないだけで、心の奥底では侵略を望んでいるのかもしれない。わたしは深海棲艦の同類なのかもしれない。

 

 だから卯月は笑って答えた。

 

「是非頼む、化け物は鏖殺だぴょん」

 

 深海棲艦のような連中はみんな死ねばいい。勿論わたしもだ。そんな存在になり下がった私も死ねばいい。殺される前に自分から死ぬつもりだが。いずれにしても生き恥を晒す予定はない。カッコ悪い真似はしない。

 

「承知した、必ず殺そう」

 

 波多野曹長はそう言って頷き、殺意を納めた。卯月も剥き出しにしていた怒りを沈黙させる。

 

「で、その千夜はどうする気だ」

「現状、最も疑わしい人物。内通者でなかったにしても、なにかしら知っているのは確実だ。見つけだし質問をする。答えなければより一層質問を行う」

「楽しみでありますなぁ」

 

 じゅるりと汚い涎を垂らして嗤うあきつ丸。質問のルビは拷問で確定だ。

 

「ま、生きていればの話でありますが」

「お主の情報で、奴がいたことは分かった。卯月さん改めてだが感謝する」

 

 もう一度深々とオジギをした。過酷な記憶を呼び起こす羽目になったが、それは必要なことだ。悪かったと謝ったりしない。ただ感謝する。それが彼の礼儀だった。

 

 

 *

 

 

 卯月が呼ばれたのはここまで。千夜千恵子の情報の裏付けをとるために必要だったから。それが終われば用はない。卯月と付き添いの満潮は執務室から出る。

 

 後の話は金剛たちの護送について。安全なルートの目処が立ったのと、卯月への確認を兼ねて、前科戦線へ訪問したのだ。誰を護衛につけるか、何時出るか。そういった詳細を二人が詰めている。

 

 卯月たちはその間暇だった。満潮も訓練に戻るつもりはない。中途半端なところでトレーニングを中断したせいで、調子が狂っていた。

 

「さてさてさてさて、これからどうするでありますか?」

 

 親しい親友のように顔を近づけてくるこやつはなんなんだ。わたしとお前はそんな親しくないだろう。

 

「む?」

「な、なんだぴょん」

「ちょっと顔を拝見」

 

 あきつ丸は両手で卯月の顔を掴み、近かった顔を更に接近させる。ハイライトのない深淵のような瞳が覗き込んでくる。とても恐い。生理的に恐い。猛獣に睨まれた兎のように震える。

 

「おや? おやおやおや!」

 

 超至近距離で満面の笑顔。正直に言わなくても不気味極まる。あまりの恐ろしさに卯月は無理やり振りほどく。

 

「なんなんだっぴょん!?」

「おっと失礼、いやしかしこれは嬉しい、実に素晴らしい。このあきつ丸感激であります!」

「は?」

 

 一人はしゃいで拍手までしてくる。卯月と満潮はエイリアンでも見たような顔になる。

 

「まさか、あの程度の怒りから、『殺意』に至るとは!」

 

 そう、あきつ丸は卯月にアドバイスを送っていた。『怒りが足りない』という助言を。

 当時は意味が分からなかったが、戦艦水鬼と同調したことで、その意味を理解できた。卯月は完全なる殺意へ至り、怒りの感情を制御できるようになったのだ。

 

 そういう意味では彼女も恩人と言える。しかし、卯月には分からないことがあった。

 このアドバイス、本当に親切心で言ったものなのか。なんだか別の理由がある気がしてならない。てゆうかあきつ丸が信用ならない。

 

「そんなに嬉しいこと?」

 

 満潮が当然の疑問を口にする。完全なる殺意は真っ当な在り方ではない。発狂する程の激情を抱え込んで、それを意志へ昇華するための技法。

 それ故にある意味()()()()()と言える。理性が崩れる規模の感情を抱え続けられる人間はまともではない。誉められるような状態ではないのだ。

 

 本来ならメンタルケアでもなんでもして、落ち着かせるべき感情をむしろ突き抜けさせる。激情のまま暴走するよりマシだが、良い状態ではない。

 

「む、なにやら勘違いをしている様子」

「というと」

「あきつ丸は卯月殿が()()()()()嬉しいのであります」

 

 それ見たことかっ! 卯月は頭を抱える。

 卯月に怒りの制御方法を教えてあげようとか、そういった親切心は皆無だった。殺意に目覚めて、人として狂っていく様を愉しんでいただけだった。

 ホント、なんでコイツ艦娘やってんの? 憲兵隊は余程の人手不足なのだろうか。

 

「いやぁ、それにしても意外や意外。あの程度の怒りでは呑まれて暴走して、無様な死に様を晒すのが普通。いったいなにがあったでありますか?」

「誰がテメーなんぞに言うぴょん、この最低野郎」

「乙女にやろうとはなにごとでありますか」

「最低雌豚売女」

「うむ、そっちの方が良いであります」

 

 ケタケタ嗤うあきつ丸。こういうのを無敵って言うのだろうか。理解できない。理解したくない。満潮まであんまりな態度にうんざりしていた。出口を指さし帰宅を促す。

 

「こっから帰ってくんない?」

 

 指差す先は空いた窓。ちなみにここは三階だ。

 

「ではお言葉に甘えて」

「は?」

「卯月殿がより狂っていくのを楽しみにしてるであります!」

 

 そう言い残してあきつ丸は窓から飛び降りた。まさか本当にやるなんて。二人は窓から身を乗り出して下を見る。しかしどこにもあきつ丸はいなかった。遺体も怪我をした彼女もいない。消えてしまった。

 

「……妖怪の類かしら」

うーちゃんたち(艦娘)がそれ言う……?」

「うるさいわね……あれは妖怪よ、そうよ」

 

 自分たちとは別系統の存在と割り切ることで、満潮は正気を保とうとしていた。それはともかく、卯月は言いたいことがあった。窓から身を乗り出して、どこかにいる彼女に聞こえるように叫ぶ。

 

「誰が狂うかっ! この淫売ーっ!」

 

 前科戦線のどこかからか、奇人の嗤い声が聞こえた気がした。




第1話ですこーしだけ触れられていた人物。やっと名前が判明です。名前の元ネタはありますが、かなり無理があります……
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