前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第75話 再動

 内通者の情報と、護送計画の話し合いのためにやってきたあきつ丸と彼女の上官、波多野曹長。卯月は彼から内通者についての情報を貰う。千夜千恵子という人間が、鎮守府で極秘裏に働いていたことを知った。

 

 しかし、それを思い出す過程で卯月はかなり消耗していた。午前中の満潮の鬼訓練が響いたせいでもある。肉体的疲労に精神的疲労も加わり、ほとんど身動きが取れなくなっていた。

 

 そのダメージは容赦なく幻になって現れる。

 四肢を捥がれた幻覚のせいで、立っていられなくなり、その場で転倒しかけたが、満潮がとっさに支えくれたので、怪我をせずに済んだ。

 

「…………」

 

 虚ろな瞳に移っているのは、血塗れの犠牲者たちだ。五感が狂い、正気をなくした卯月は廊下に蹲りながら震える。悲鳴も慟哭も、歯を食いしばり耐え忍ぶ。満潮はその傍で、発作が収まるのを待っている。

 

「……あ、お、おわ、った」

「やっと?」

「うる、せぇ……ぴょん」

 

 悪態を吐いているがフラフラだ。前を見てるようで前が見えていない。まだ正気に戻り切れていない。

 何度も何度も発作を起こしている。対応には慣れても、ダメージには慣れない。吐き気を堪える彼女を顔を、満潮は直視できなかった。

 

「……訓練は、どーするぴょん」

「もう今日は良いわ。結構良い時間になっちゃったし」

「ああ、もう夕方かぴょん」

 

 砲撃訓練を始めたのが午後。その後波多野曹長たちがやって来て情報交換をした。太陽はもう地平線に沈みかけている。窓から吹く風も肌寒い。こんな時間から、本格的な訓練をする気はない。

 

「軽い走り込みぐらいはするけど、それぐらい。どうせ明日には護送始まるんだろうし、休んどかないと」

「へー、お前護送役に任命される自信があるのかぴょん。大した奴だぴょん」

 

 前科戦線が護衛につくのかも未定だ。卯月個人としては護衛につきたい。藤鎮守府へ行って神提督に会いたいからだ。しかし護衛はあきつ丸や曹長だけで十分かもしれない。

 なのに、任命される前提で満潮は話している。ここぞとばかりに彼女をおちょくった。

 

「念の為よ」

 

 意外だった。満潮は特に言い返さなかった。予想外の反応に卯月は眼をパチクリさせる。彼女は顔を逸らして話題を変えた。

 

「とにかく訓練は終わり、自由行動」

「つったってうーちゃんお前と一緒にいざるを得ないんだど」

「……軽く走るわよ」

 

 舌打ちを一発。ジャージのままなので着替える必要なし。朝走った砂浜へ行き、またランニングに勤しむ。言っていた通り朝程過激ではない。それでも鈍りきった身体にはかなりの負担。文字通り血反吐を何回は吐きながら、卯月は走り回るのだった。

 

 

 

 

 ランニングを終え、疲弊しきった身体をお風呂で癒す。今回は怪我をしなかったので入渠の必要はない。満潮と一緒なのが気に喰わないが、仕方がないと割り切った。それが終われば、夕食まで本当に暇になる。

 

「どうするぴょん」

「勝手にすれば」

「いやだから一緒にいざるを得ないって」

 

 どこかへ向かって歩く満潮を追う。その先にあったのは資料室だ。中には戦術教本や武装の使い方とか、色々な資料が纏まっている。ちなみに卯月は利用したことがない。文字列を見てると眠くなるのだ。

 

 利用者一覧に名前を書き、慣れた足取りで資料を探す。目当ての本を見つけて取り出し、一人用の机に腰かけて読みだす。卯月もそれを真似、同じ場所にあった資料を引っ張り出そうとする。しかし身長が足りない。

 

「うぴょー!」

 

 とか叫んでも身長は伸びない。そう思ったら、急に身長が伸びた。

 

「ぴょ?」

「これで良いクマ?」

 

 のではなく、球磨が持ち上げてくれていたのだ。

 

「ありがとぴょん」

「どうもだクマ」

 

 お礼を言って、とった本を見る。背表紙には難しい漢字の羅列。文字から見て、護衛に関する本なのは分かった。

 

「護衛……?」

「内容を見ないで取ったのかクマ……?」

「いやぁ、そこのソレがなに見てんのかと思って」

 

 満潮が読んでいるのも、護衛に関する教本だろう。ただ内容は輸送船や戦艦、空母の護衛ではない。一人の人間を護衛する方法。つまるところボディーガードについての内容だった。

 金剛たちを護衛する可能性があるから、これを読もうとしたのだ。真面目な性格だと卯月は感心する。

 

「いや卯月も見ろクマ」

「挿絵がない本は眠くなるぴょん」

「仇討ちを遂げる気があんのかクマ……」

 

 それはそれ、これはこれ。どう言いつくろっても面倒なことは面倒なのだ。必要に迫られたらやるけどさ。能天気極まった卯月の態度に、球磨は溜息を吐く。

 

「無理は禁物だけど、もうちょっと真面目になれクマ」

「失敬な、うーちゃんはいつでも本気ぴょん! 見てろぴょん!」

 

 球磨の言いがかりに卯月は憤慨。手に取った本を開く。

 

「スヤァ」

 

 そして寝た。わずか数秒で熟睡であった。満潮も球磨も形容し難い表情を浮かべる。そして二人はアホを放置して、本を読み始めた。

 

「寝るの早いクマ、一日中訓練してたせいかクマ」

「見てたの?」

「卯月が常にギャーギャー喚いてた、普通気づくクマ」

 

 建物の中にいてもうっすらと聞こえる程、卯月の悲鳴は強烈だった。前科戦線メンバーも金剛たちも気づいていた。余程壮絶な訓練をしてたのだろう。球磨はそう思った。

 

「あまり無理させるなクマ、訓練で死んだら笑い話にもならんクマ」

 

 真面目な表情で忠告する。満潮は目を合わせず舌打ちする。

 

「だったらアンタが見てよ、嚮導艦やったことあんじゃないの?」

 

 駆逐隊には、彼女たちを指導するリーダーがいる。一般的には軽巡クラスの艦が勤める。駆逐隊を指揮して、水雷戦隊を組むことが多いからだ。球磨も軽巡クラスの艦娘。やらかす前に経験があるのは自然だった。

 

「どこで聞いた」

 

 しかし球磨は、顔を強張らせた。

 

「別に、予想しただけ」

 

 軽巡だから経験がありそうだ。そう思っただけだ。満潮の返答を聞き、球磨は首を降る。

 

「だったら球磨は不向きクマ、経験はあるけど、やらない方がマシだクマ」

「アホの相手を嫌がってるんじゃないでしょうね」

「お前が言うかクマ」

 

 ぐうの音も出ない。面倒を見てるのは中佐から命令されたのと、同室故の連帯責任。別室だったら絶対に放置していた。

 だが、駆逐艦のことは駆逐艦で解決する。その不問律は鎮守府でも懲罰部隊でも変わらない。

 

「時間がないのよ……詰め込めるだけ、詰め込まないと……」

「確か、前の鎮守府で訓練したのは……」

「一ヶ月、基礎訓練だけ、実戦経験なし」

「むしろそれで良く此処で生き残れてるクマ……」

「中佐の贔屓のお陰でしょ」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)はクソだ。それは共通認識である。しかしそれがなければ、中佐は卯月を助けなかっただろう。彼女は運が良い。もっとも悪運の方だが。

 

「球磨さんはなに見てんのよ」

「戦略教本、読んでると落ち着くクマ」

「そう」

 

 グーグー寝てるバカたれを放置して、二人は本に向き合う。たまに隣をチラ見すると、球磨は真剣な顔で教本を読み込んでいる。

 その真剣さで、嚮導が苦手なんてこと、あるんだろうか。

 仮にあったとしても、わたしのような素人に劣るなんて、あり得るんだろうか。

 満潮は本へ集中する。過去を聞かないこと。それが前科戦線の絶対的なルールだ。

 

 

 *

 

 

 夕食の時間、まだ寝てた卯月は満潮に殴り起こされた。半泣きになりながも食堂へ行き、飛鷹の料理を腹一杯に詰め込む。明日は出撃の可能性がかなり高い。それに備えるのだ。

 

 護衛に誰がつくかは分からない。ギリギリまで教える気がない。内通者の影が色濃い今、高宮中佐たちは情報漏洩を警戒している。漏洩を防ぐ一番簡単な方法は、知る人を少なくすることだ。

 

 なので食事中も、護衛メンバーは説明されなかった。もしかしたら選ばれるかもしれない。全員軽く緊張している。あの畜生以下の脳ミソアルコール女──もといポーラでさえ、酒を控えていた。

 

「酔いを調整してまぁ~す」

「あ、うん、そっすか」

 

 駆逐棲姫遭遇時もそうだったのを思い出す。卯月はポーラから速やかに離れた。君子危うきに近寄らずと言うし。

 

 夕食の後は入浴。疲労困憊の極地と化した身体が癒される。癒され過ぎて力が入らず、うっかり溺死しそうになったが、まあ些細なことだ。

 余りにも疲れ過ぎてるおかげか、発作が起きる気配もない。心から安心した状態で、卯月は床についた。

 

「……ねえちょっと」

「なんだぴょん」

「まだ一緒のベッドなの?」

「いや、発作に即応できるように、必要だからだぴょん」

 

 満潮と同じ毛布に包まって寝る。少しばかし吐き気がするがしょうがない。彼女の心底嫌そうな顔をしたが、無理矢理追い出しはしなかった。

 体格的には卯月の方が小さい。自然と満潮に抱きしめられるような形になる。気持ち悪いと思ったものの、疲労のせいか、二人ともすんなり眠りに落ちた。

 

 

 

 

 心地よく眠る卯月と満潮。しかし、部屋の扉が開かれた。音をたてないようゆっくりと、慎重に開ける。ギギ……と軋む音がするが、ごく僅か。

 

「……ん……?」

 

 だが、卯月は極小の音を聞き取った。物音のせいで眠りから覚める。ベッドの中で動いたせいで、一緒に寝ていた満潮まで起きてしまった。

 

「なによ……」

「音が、した気が……」

 

 身体を起こし室内を見渡す。

 

 部屋の端に()()()()がいた。

 

 あとはなにもない。今の物音はなんだったのか。

 

「ッッッ!?」

 

 思わず二度見する。やはり部屋の端にあきつ丸がいた。醜悪な微笑みを張り付けて立ち尽くしている。

 卯月は言葉もでなかった。満潮に至っては白目を剥いて気絶しかけている。彼女特有の色白な肌はホラー展開にベストマッチ。恐怖のあまり小便が出かけた。

 

「静かに、これはおふざけではありません」

「じゃあ、なんだってんだぴょん」

「これより護送を行うであります、お二方、お着替えください」

 

 どこから取ってきたのか、洗濯済みの制服が二人分渡される。しばしポカンとしたが、すぐに状況を飲み込んだ。気絶している満潮を叩き起こして着替えを促す。

 

「ではこれより工廠へ、艤装の用意はできてあります。他の方々に気づかれぬように」

「……なら悲鳴を上げるような現れ方しないでよ」

「失礼、趣味なもので」

 

 最悪である。任務に趣味を持ち込むな。

 しかし言ったとて無駄。言うだけ疲れる。卯月は賢い選択を行った。寝ぼけ眼を擦って工廠へ向かう。言われた通り、他のメンバーに気づかれないようゆっくり歩いた。

 

 工廠へつくと、北上が艤装を用意して待っていた。指示に従い艤装を装備。自爆装置──卯月のは気絶装置だ──入りの首輪をつける。

 

 これも忘れちゃいけない。卯月は形見のハチマキを使い髪の毛を纏める。満潮も似たような、かなり長いマフラーを巻き付けた。

 

「藤提督のトコに行くんだね」

「ん、そうみたいだぴょん」

「じゃ、機会があれば、宜しくね」

「……それ、どういう意味?」

 

『宜しく』とは誰に対してだ。

 満潮が聞いたが北上は笑ったまま答えない。追及する前に、不知火に呼ばれてしまった。彼女たちは首を傾げたまま、基地の入り口に誘導される。そこには一台の装甲車両が鎮座していた。

 

「あ、卯月」

「いよう、うーちゃんだぴょん」

「お前と、満潮か」

 

 車両の中には松と竹がいた。それに桃や金剛姉妹、藤鎮守府からの援軍が全員。

 

「お前が護衛なのか?」

「らしいぴょん、うーちゃんたち何も聞いてないぴょん」

 

 機密保持のためだから仕方がない。けど分からないとモヤモヤする。まあ構わない。必要なら説明がある。卯月はそう判断して割りきった。

 卯月と満潮を確認した不知火が、二人に向けて話し出す。

 

「中で説明します。乗ってください」

 

 言われるがままコンテナに入る。すると不知火が扉を即座に閉めた。ロックも掛かり内側から出られなくなった。そしてエンジン音が鳴り、車が走り出す。

 

「……動いてるわね」

「動いてるぴょん」

「今から、護衛開始ってことかしら」

「そうだ」

 

 男性の声にビックリして振り向く。金剛たちの後ろに波多野曹長が座っていた。彼が椅子に座るようなジェスチャーする。二人はおずおずと空いてる席に座った。広めの護送車だがこれで八人、内二人は艤装装備。結構圧迫感がある。

 

「突然で済まぬが、内通者を出し抜くための措置故、理解して欲しい」

「別にそれは構わないぴょん」

「ここじゃ何時のもことよ」

 

 内通者に気づかれないために、中佐たちはギリギリまで、情報を出さないことにした。だから誰が護衛するのか、いつ出発するのかも、事前に一切教えなかったのだ。金剛たちも眠たそうにしている。卯月たちと同じく夜中突然起こされたからだ。

 

 できる限りの準備はできている。不安はあるが、大したことはない。

 卯月にとってより不安なのは、鎮守府についた後だ。神提督になんと言われるのか。間宮さんにどう見られるのか。

 考えても意味がないと分かっていながら、不安を感じずにはいられなかった。




第2部、ようやくスタート。つまりうーちゃんには地獄の始まり。
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