前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第76話 緊迫

 護送車両には窓なんてない。外の様子は一切分からない。振動があるから動いてるかどうかは分かるが、それぐらいだ。今どこで、どれぐらい進んでるのか。

 

 運転手はあきつ丸だが、彼女の姿は見えないようになってる。コンテナ内と運転席は厚い鉄で区切られている。搭乗員が反乱した時、運転手がやられるのを防ぐためだ。

 

 気になって仕方がない。加えて心がざわつく。卯月はしきりに身体を動かしたり、立ったり座ったり忙しない。出発して数分しか経ってないのにこれである。

 

「落ち着きなさいよ」

「そう言っても……護送車に良い思い出が」

「はぁ?」

 

 造反の罪で解体が決まったあと、卯月は護送車に乗せられて解体施設へ運ばれた。数ある前科の中でも最悪レベルの行為。扱いは雑そのもの。怪我まみれの身体が更に痛めつけられ、衰弱死寸前だった。最悪な思い出である。

 

「下手に動くと拘束することになる、大人しく座れ」

 

 卯月のトラウマなんて知る筈もない。波多野曹長が睨み付けてきた。目線だけで人を殺せそうな圧。すごすごと座席へ腰を下ろした。

 

「眠いネー……」

「比叡は……大丈夫……です」

「それは榛名の口癖デース……」

 

 夜間に突如叩き起こされた金剛たちは眠たげだ。松型姉妹に至ってはもう寝てる。

 勿論卯月たちも眠い。しかし護衛が寝るなんて言語道断。頬をつねったり叩いたりして頑張る。

 

「寝るなよ」

「分かってるわよ、うるさいわね」

「金剛たちは艤装を装備していない。万一襲撃があれば、お主たちが戦うことになる」

 

 ウトウトしてる金剛たちは、言葉の通り非武装だ。艤装はない。拳銃さえない。戦える道具は一つもない。

 なぜなら、ここが陸──人が住んでいるエリアだからだ。

 艦娘の兵装は軍艦と大差ない。そんなものが市街地で使われれば、大惨事になる。

 

 というかあった。

 ブラック鎮守府にキレた艦娘たちがクーデターを起こし、民間人を人質に。人質は全員無事だったが、軍艦の兵器が数十単位で使用寸前になった大事件。

 

 これ以降、艤装の陸への持ち込みは厳しく制限された。金剛たちの艤装は別ルートで藤鎮守府へ運ばれている。卯月と満潮だけは特別な許可を得ている。

 

「アンタたちはなにもしないの?」

「襲撃が人間なら我々が戦う。しかし深海棲艦や艦娘が来たら、どうしても後手になる。故にお主たちが必要だった。通常では考えられない、艦娘からの攻撃があり得るのだ」

 

 それは言うまでもなく、秋月を想定した発言だった。

 

「市街地へ艤装を装備した艦娘は立ち入れない。なんとか許可を得たが、それでも駆逐艦二隻が限界だった」

「万一戦いがあっても被害が少ない、アンド、曹長さんが制圧しやすいから……ぴょん?」

「肯定だ」

 

 反乱されても、戦艦や空母に比べたら、駆逐艦の方が抑え易い。襲撃に応戦しても被害規模が小さい。その二つの理由で駆逐艦になった。前科戦線に駆逐艦は二人しかいない。不知火は秘書艦なので除外。卯月と満潮が選ばれたのはそれが理由だ。

 

「説明としては以上だ、質問もないな?」

 

 二人は頷き肯定する。事情は分かった、あとはやるべきことするだけ。

 とは言っても、待つだけだ。いつ来るか、来ないのかも分からない敵襲に備え続ける。戦うだけとは違った緊迫感。話している内に眠気もなくなった。

 

「来るのか来ないのかハッキリして欲しいぴょん……」

「そんなの駆逐艦ならいつもやってることじゃない、タンカーとか船団護衛とか。あれも来るかも分からない敵に備える任務よ」

「やるまえに造反させられたんだぴょぉぉぉ……」

 

 普通の艦娘がやるような任務を一切やらず、轟沈上等の強行偵察部隊に強制配属。冷静に考えなくてもおかしい。基礎戦闘値が低いのは、基本的な戦いを一切できなかったせいもある。嘆いたところでどうにもならないが。

 

「前科戦線は、相変わらずなのだな」

 

 波多野曹長は懐かしそうに呟いた。卯月はその言い方に引っ掛かりを感じる。

 

「曹長さん、前科戦線を知ってるのかぴょん?」

「話はよく聞いている、怪しげな新人を迎え入れたという話も、中佐から聞かせて貰った」

「怪しげな、新人」

 

 卯月は満潮の方を向いた。

 

「こいつかぴょん」

「いやアンタでしょ」

「卯月さんのことだ」

 

 怪しげ呼ばわりされて軽くショックを受けた。そりゃ怪しいけど、それは状況的にそうなっただけじゃん。

 

「造反の罪を負っているが、明らかに怪しい、懲罰部隊配属の名目で保護をすると。もしそれが陰謀なら、我々の()()にできる」

「手柄って……」

「考えて見ろ、海軍と陸軍だぞ?」

 

 陸軍と闘いながら敵国と戦っていたとか言われるレベルで仲が悪い。それが海軍と陸軍だ。直接足を引っ張り合っていないだけマシと言えばマシだけど。なんであれ内通者を叩いてくれるなら構わない。

 

「随分色々知ってるみたいだけど、アンタ、高宮中佐と仲が良いのね」

 

 満潮のツッコミに、卯月は同意した。内通者の情報といい、卯月を保護したことといい、どれも機密レベルのことばかり。それを他の人間、ましてや他の組織に教えている。中々不味い行為じゃないだろうか。

 

「うむ、中佐は私の元上官だからな。その頃からの付き合いだ」

「元上官?」

「ってことは、中佐って元陸軍?」

「そうだ。陸から色々あって、海軍に転属したと聞いている」

「へー……」

 

 高宮中佐、元陸軍だったのか。それが何故か海軍へ。いったいどんな理由があったのか。少し気になってくる。

 

「だからって情報を漏らしていいものじゃないでしょ……」

「憲兵隊と密に連携した方が良いこともある。今回はそのケースだ。深海の化け物だけでなく、人間と戦う可能性もあるのだから」

「人間と、戦う、かぁ」

 

 実際に人間──テロリストや反社会勢力とか──が襲ってきたら、波多野曹長や車を運転しているあきつ丸が戦うのだろう。その後ろでわたしたちは金剛たちを護る。直接戦うことはしない。

 ただそれは理想だ。場合によってはわたしも人間と戦うかもしれない。

 

「……うぇ」

 

 寒気に鳥肌が立ち、吐き気が込み上げる。想像するのさえ辛い。泊地棲鬼に支配され、人間を虐殺したことを思い出す。

 護るべき人たちを、自分の手で殺すことに興奮し、酔いしれていた。実際はそう感じるようおかしくされてただけ。けど、殺した時の感触も感じてた快楽も、自分のものとして覚えていた。

 

 人と戦えば、そのトラウマが間違いなく抉られる。今も想像しただけで発作が起こりそうになっている。来るのが人でも、黙って襲われる気はさらさらない。しかし、まともに戦えるのか自信が持てない。

 

 満潮は勿論、波多野曹長も卯月の様子に気づいていた。だが慰めたり、励まそうとはしなかった。そんな言葉をかけられるほど、卯月と親しくない。

 それに彼女が開き直っているのを中佐から聞いている。罪悪感を感じているが、自分が悪いとは思っていない。なら慰める必要はない。満潮も概ね同じ考えだ。

 

 疲れていたのか、もしくは襲撃に備えてか、金剛たちは寝てしまった。話すこともなくなり、車内に静寂が満ちる。車を運転しているあきつ丸も少しは空気を読む。

 極論、誰も襲ってこなければ一番良い。それが平穏に終わる唯一の方法だ。どこかも分からない道を、護送車は走り続けていた。

 

 

 *

 

 

 どれぐらい走ったのか。藤鎮守府は神鎮守府と近い場所にあった。だから今回の大規模作戦で、中心部隊として選ばれたのだ。しかし卯月は神鎮守府の場所を知らない。なんなら前科戦線の場所も良く分かってない。徹底した機密保持の賜物だ。

 

 結局今どこなのか分からない。漠然とした不安を抱えているせいで、やたらと時間が長く感じる。かといって眠気もしない。嫌な感覚だ。

 

 ただ一人、波多野曹長は流石だった。常に戦闘態勢に移行できるよう、うっすらと殺意を纏い続けている。『殺意』はわたしも使えるが、あんな使い方はまだできない。完全なる殺意という力。どうせ得たのだから、使いこなしたいとは思っている。

 

『皆さま方、起きてるでありますか』

 

 車内のスピーカーからあきつ丸の声が聞こえた。声に反応して寝ていた金剛たちが目を覚ます。言い方から、どんな放送なのか、卯月は察することができた。

 

『そろそろ、藤江華殿の鎮守府につくであります。寝ている方がいれば、起きておくでありますよ』

「ンー、寝ちゃったデース……」

「しょうがないですよぉ、ふぁぁ……」

 

 寝ぼけ眼を擦る金剛と比叡。松型姉妹も似た感じだ。対照的に卯月たちは、疲れ果てた顔で椅子にもたれ掛かった。

 やっと、暇なのに緊張する護送が終わる。緊張の糸が切れかけていた。その様子に波多野曹長が苦言を漏らす。

 

「護衛はまだ終わっていない、気を引き締めろ」

「うぴょぉ……疲れたぴょん」

「知らん、気を引き締めろ」

 

 二回も言われた。アホと思われてんのかわたしは。ムスッと頬を膨らまし不満をアピール。曹長は無反応だ。

 

「引き締めろ、良いな?」

「アッハイ」

 

 ボケてられる相手ではないようだ。学習した卯月は言われた通り気を引き締める。もっとも後は、金剛たちを降ろすだけだ。手に持った主砲のセーフティを解除し、握りしめる。誰が来てもすぐ砲撃できるよう準備する。

 

「下ろした後は、向こうの憲兵隊に引き渡す」

「わたしたちはすぐ帰投って訳ね」

「いいや、少し向こうに滞在する」

「はぁ?」

 

 卯月たちの任務は護衛だ。引継ぎが終わったら役目は終わり。わざわざ鎮守府に滞在する理由はない。満潮は理解できないと眉を顰める。それが()()()()()だと知ってるからだ。憲兵隊も事情は知っている。なにか理由がある。

 

「なんかあんの?」

「単純な話だ。身体を休めてから帰投する。襲撃のリスクは我々にもある。疲弊した状態では戦闘に支障をきたす」

「……っていう建前?」

 

 曹長は「そうだ」と頷いた。

 

「卯月さんの要望を叶えるためだ」

「え、要望? うーちゃんの?」

「神提督に会わせてやれ──そう高宮中佐に言われている」

 

 彼の発言を聞き、卯月は固まった。目をパチクリさせ口を半開きにしたまま硬直する。

 

「ちょっと、どうしたの」

「あ、うん、ごめん、どう反応したら良いか……分からなかったぴょん」

「嬉しいんじゃないの?」

「嬉しいんだけど、その、なんだか……なんて言えば良いのか」

 

 ずっと神提督に会いたかった。あらゆる傷を負いながらも生きる気力を失わなかったのは、彼に会いたかったからだ。

 しかし、会った時、彼から何を言われるのかは分からない。神提督は造反の真実──D-ABYSS(ディー・アビス)による洗脳──を知らない。卯月が本心から裏切り、殺戮を齎したと思っている。

 

 恐らく、惨い言葉を浴びせてくるだろう。下手をしたら殺されるかもしれない。間宮も同じだ。仲間を売った造反者への態度だ。そうなると予想できている。だから素直に喜べなかった。

 

「なに言われても、構わない覚悟はしてるけど」

「ならグチグチ言わないでよめんどくさい。黙って上官の指示に従って」

「……一々腹立つ言い方だぴょん」

 

 だが満潮の言う通りだった。覚悟はもうできている。不満や不安を出すのはムダでしかない。そんなことは後で考えれば良いことだ。今は再会の機会を用意してくれた中佐や曹長に感謝しなければ。

 

「ありがとぴょん、曹長さん」

「私はなにもしていない。休息中にお前が勝手に神提督と接触するだけだ」

「うん、分かったぴょん」

 

 高宮中佐と波多野曹長が接触を指示したのではない。私が勝手に動いただけ。表向きはそうなる。

 私はあくまで前科持ちの造反者。提督という重要人物に会って良い立場じゃない。出会うよう指示したとなれば問題になる。こういのは体裁が重要なのだ。

 

「それと、お主が行動する間は、私がお前を常に監視する」

「別に暴走しないぴょん」

 

 勝手に動く(建前)のを除けば、鎮守府を出歩くつもりはない。そこまで子供じゃないと卯月は抗議した。

 だが、波多野曹長は首を振って否定する。

 

「そうではない」

「じゃどういうことだぴょん」

「お主が攻撃されるのを防ぐために他ならない」

「……攻撃って、誰に?」

「藤鎮守府所属の艦娘だ」

 

 まさかの理由に卯月は再び固まった。フリーズする彼女を他所に、話を聞いていた金剛たちが頭を抱えた。

 

「ちょっと、アンタたち、まさかありえるの?」

「……本当にソーリーネ」

「あり得ますね、殺したりはしないでしょうけど……」

「いや、絶対にやるな……」

「だねー、特に駆逐艦はねー」

 

 金剛姉妹、松型姉妹全員一致。問い詰めた満潮も「信じられない」といった様子で絶句する。理由は一つ。神提督が卯月の蛮行を吹聴したから。

 

「神提督は、駆逐艦の皆から特に好かれてるから……その分、彼の言うことを信じてる。来た直後のわたしたちもそうだったじゃない」

「あれが、更に悪化してるって言うの?」

「事情を説明できれば、話は別だけど」

 

 松は波多野曹長を見る。駆逐艦たちに卯月の事情を話して良いか確認する。

 

「これは機密事項だ、禁止されている」

「やっぱり……」

「藤提督と、神提督には話して良いことにはなっているが、他は駄目だ」

 

 下手をすれば卯月は駆逐艦から壮絶なリンチを受けかねない。そうでなくとも目を離した隙に殺され──はしなくても、重傷を負うかもしれない。波多野曹長が常に目を光らせていなければ命の危険があった。

 

「どうなるんだぴょん……」

 

 むしろ嫌な予感は増えた。護衛よりも緊張する羽目になる卯月。彼女を乗せた護送車は、ようやく鎮守府の門をくぐったのだった。




秋月やテロリスト共の襲撃は起こらず。しかし藤鎮守府の艦娘に卯月が襲われる可能性は大という。
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