「ハッチが開くぞ」
深夜遅くに出発したからか、藤提督の鎮守府へついたのは、丁度明け方になった。護送車両のハッチが開く。朝日が差し込み、眩しさに目を細める。眠気が払われていくようだ。
しかし油断しない。万一襲撃があったら即応できるのは卯月と満潮しかいない。握りしめた主砲のトリガーを冷や汗が濡らす。落ち着かずに周囲を見渡す。
護送車両から降りる金剛たちを、向こうの憲兵たちが出迎える。最後に桃が回収される。彼女たちは憲兵に護衛されながら、正面の大きな建物に入っていった。
そこまでくれば、一安心だ。まさか鎮守府内で襲われる筈がない。一人の憲兵がこちらへ敬礼する。波多野曹長とあきつ丸が敬礼を返した。卯月たちも真似て敬礼する。
金剛たちは無事鎮守府へ帰投した。卯月たちの護衛任務は完遂された。
「……終わったぴょん?」
「そうだ、終わった」
「無事終わって良かったじゃないの」
卯月は消化不良気味だ。ずっと襲撃に備えていたせいで、臨戦態勢が抜けてくれない。目はギラつき、主砲から手が離せない。金剛たちが無事帰れた事実を呑み込むのに、少し時間がかかった。
「で、わたしたちはどうすんの?」
「事前に言った通りだ。一晩だけ休息をとった後に帰投する。降りるぞ、艤装のセーフティーはかけ直しておけ」
「了解」
安全装置を外したまま歩く前科持ち。どう考えてもアウト。卯月は素直にセーフティーをかけ直す。持ちっぱなしも要らぬ警戒を呼ぶ。主砲から手を放した。そこまでやって、やっと緊張が抜けてくる。
藤鎮守府には、卯月たちと波多野曹長が休む為の個室が用意されているという。その前に艤装を工廠へ預けることになった。
知らない鎮守府に、あの艤装を――心配事は
艤装を背負ったまま鎮守府内を歩く。予期せぬことが起きないよう、卯月と満潮の両脇はあきつ丸と波多野曹長が囲んでいる。常に薄気味悪い微笑みを張り付けているあきつ丸だが、今は真剣な顔。珍しいと思った。
けど、一番琴線に触れるのは、鎮守府の光景だ。
卯月は落ち着きなく、キョロキョロと辺りを見渡している。艦娘として産まれて二か所目の鎮守府。とても久し振りに見る光景に、色々感じる物があった。早朝でまだ人気もない。人の目を気にせず、自由に振る舞えた。
「アンタ、少しは落ち着きなさいよみっともない」
「いやぁ、懐かしくて」
「そう。私はとっくに見飽きてるわ。どこも大して変わんないもの。こんなので楽しめるなんて余程感性が貧相なのね」
なぜこいつはこうイラっとさせるのか。内心首を傾げる。しかし言われっぱなしは腹が立つ。卯月は両手を上げながらせせら笑う。
「ミッチー……哀れぴょん、感性が擦り切れてるとは。加齢のせいかぴょん。年は取りたくないものぴょん」
「進水日で言ったら私より年上なのに、若作りも大変ねぇ」
「あ゛あ゛?」
「やんの?」
眉間にしわを寄せて睨みあう。視線がぶつかり合い火花が散る。そんな二人の脳天に波多野曹長がチョップを打ちこんだ。
「はぐぁっ!?」
「痛いっ!?」
「お主等静かにしろ、もう工廠だ」
「もうちょっと見たかったであります」
「お主もチョップが望みか?」
曹長の脅しにあきつ丸は黙り込んだ。またまた珍しい。卯月はしげしげと彼女の顔を観察する。
バカな真似をしてる内に一行は工廠についた。
鎮守府の工廠は、前科戦線で北上が管理している場所とは大分違っていた。なによりサイズがかなり大きい。工廠妖精の数も比較にならない。
そこの奥に、艦娘らしき人影が見えた。
「……ん?」
ツナギを着たその女性は、卯月たちの存在に気づくと作業を中断し、そちらへ駆け寄ってきた。
髪の毛がピンク色だ。とても変わっている。自分のことを棚に上げて卯月は思った。彼女が工廠の管理者なのだろう。
「すいません、気づかなくて。特務隊の方々ですね?」
「そうだ、提督に話は通してある」
「はい、艤装はこちらで預からさせて頂きます。こちらにどうぞ」
女性の指示するまま、艤装を大掛かりな機械に置く。女性が目線を動かすと、機械が自動的に動きだし、艤装を工廠の奥へ運んでいった。手も何も使わず、サイコキネシスのような光景だった。卯月は眼を丸くして驚く。
「はぇー、凄いぴょん」
「……貴女が、卯月さんですか?」
「む、そうだぴょん。お姉さんは誰だぴょん?」
「工作艦の明石です」
なるほど、明石か。卯月は納得した。
前に北上が話していたが、工作艦にとって、工廠は巨大な艤装そのものだ。しかしどれだけ制御できるかは、その艦の『史実』に左右される。
工作艦の真似事しかしてない北上では、あれぐらいの小規模な制御が限界だ。けど明石ならばもっと大きな工廠を制御できる。
更に言えば、制御の力も強まる。北上は腕を一々動かさないと、クレーンとかを動かせない。だけど明石なら、視線や思考だけで済む。
改めて見ると、中々驚きの光景だ。卯月は感服していた。
「明石さん、一日だけどよろしくだぴょん」
ニパっと笑って卯月は手を出して握手を求めた。
「あ、結構です」
明石は困った笑みを浮かべて、それを拒否した。
「け、結構?」
意味が分からない。卯月は困惑する。明石は理解できていない彼女を見て、小さくため息をつく。
一瞬だけだが見えてしまった。明石の眼差しには、嫌悪感が溢れていた。
「すみません、私から話しかけておいて……でも、ちょっと卯月さんとは、関わりたくないので」
明石の言葉は卯月の心を容赦なく抉った。
理由は聞くまでもない。彼女が前科持ちーーその中でも最低最悪に属しているから。
卯月の造反の真実は、
彼女の扱いは変わらない。
「しかしながら、仕事はして貰わねばなりませんなぁ」
「大丈夫ですあきつ丸さん、仕事はちゃんとやります。あくまで管理するだけ、弄ったりしませんから」
「ならば良い、よろしく頼む」
一同は工廠から出ていく。その間明石は卯月へ目線を一切合わせなかった。
『外』での扱いがどんなものか卯月は痛感する。覚悟はしていたが、とても辛い。
「……ぴょえん」
けどまあ、これぐらいは経験済みだ。金剛たちが前科戦線に来た直後も、かなりアレな態度だったし。
「卯月殿卯月殿」
「なんだぴょん、うーちゃんは今傷心モードなのだぴょん」
「いえ、一応言っておこうかと」
「言う?」
「あれはかなりマシな方であります」
足が止まってしまった。あきつ丸の言葉が信じられない。あの冷淡な態度で『マシ』だって。
「職業柄、他の鎮守府にも良く行くので知ってるのですよ。卯月殿は深海棲艦よりも憎まれている」
「あの海産物より……?」
「でありますよね、曹長殿」
波多野曹長は「そうだ」と同意した。
「お主を殺そうと息巻く艦娘を見たこともある。仲間を売り飛ばす輩への敵意は凄まじいものだ。ましてやここの艦娘たちは、犠牲者から直接話を聞いている……冗談ではなく、襲撃に警戒することだ」
二の句が継げない。卯月の顔は青白く染まっている。万一襲撃があればあきつ丸と曹長が護ってくれるが、そういう問題ではない。とんでもない所に来てしまったと項垂れる。
「鬱陶しい。全部覚悟して、その上で来たがったのはアンタじゃない」
「うるさいぴょん、分かってるぴょん」
「なら行くわよ、疲れたから早く案内して」
「うむ」
満潮も護送で疲労していた。早いところ休みたかった。波多野曹長たちに護られながら、割り当てられた部屋へ急ぐ。
人の気配が増えてくる。早朝から出撃する艦娘や、自主トレに勤しむ艦娘たちが動き出した。
鎮守府内の人間関係は否応なしに濃くなる。見慣れない者にはすぐ気づく。ましてや全身黒ずくめの揚陸艦と目付きがヤバい憲兵に挟まれてば尚更だ。
そして彼女たちは、一様に同じような反応を示した。
「……あれって」
「卯月って艦娘じゃない……?」
「まさか、別個体でしょ……」
卯月の外見は割りと特徴的だ。知ってる人が見れば即気づける。何人かは、どこかで別の個体を見たのか、歩いているのが『卯月』だと気づいていた。
ただ造反者の卯月とは分かっていない。同じ顔の別人の可能性を考えている。それでも異様な感じはある。卯月は目線を避けるように縮こまる。できれば前科持ちだと気づかれないで欲しい。
「裏切者の卯月、間違いありません」
誰かが断言した。空気が変わったのが分かった。疑惑の目線から明確な敵意に変わった。
「補佐官から聞きました。あの首輪は前科持ちの証、あの卯月は裏切り者で違いないです」
「じゃあアイツが……」
「なんで此処に来てるのさ……!」
そう話したのが誰なのか。考える間もなく空気が変わる。敵意が怒りになり、彼女の肌に突き刺さる。
別に大声でなじってくる訳じゃない。小声で喋ってるだけ。しかし卯月には聞こえていた。聞かないフリをしても、聞こえてきてしまう。
「あーあー、大変なことに」
「……さっさと部屋連れてってよ、私まで巻き添えくいそう」
「承知した」
波多野曹長がギロリと睨みを効かし、彼女たちを牽制する。だけと大半はむしろ睨み返してきた。彼女たちからすれば、曹長も裏切者を守っている敵でしかないのだ。
波多野曹長とあきつ丸が牽制してたおかげか、そこまで非常識ではないからか、艦娘たちから襲われることはなかった。傷もなく用意された部屋に辿り着いた。
「……もうムリ」
しかし卯月の精神は限界に近かった。靴を脱ぐ余力さえなく、畳へ倒れ付した。
「靴ぐらい脱いでよ……って、ちょっと?」
「うぅ……痛いよぉ……止めて、撃たないで……」
「発作起きてるじゃない」
涙目でガタガタ震えながら、うわごとを繰り返す。この一瞬で発作が起きていた。予兆さえなかった。余程参っていたのだろう。満潮は渋々靴を脱がしてやった。
「あ゛あ゛!?あ、ぐぅぅ……」
幻に腕でも引きちぎられたのか、激痛に悲鳴が漏れる。体育座りのように踞り、発作が収まるのを耐え続ける。万が一が起きないよう見張る。前のように、衝動的に目玉を抉り出さないとも限らない。
「……壮絶だな」
「うーむ、こういうのは不快であります」
「……心配してるのよね?」
曹長はともかくあきつ丸が引っ掛かる。「当然でしょう!」と抗議してきたが全く信じていなかった。
「こうなることは分かってて、こいつを連れてきたのよね」
「いいや、護衛の許可が下りたのが、駆逐艦二隻分だけだった。それだけの話だ」
「お題目は良いの、そうなんでしょ?」
遅かれ早かれ、卯月が造反者と露見する。そうなったらここの艦娘たちは、親の敵と言わんばかりの敵意を浴びせてくる。予想できたことだ。そのストレスで発作が起きるのも。
此処へ来るのを卯月は渇望していた。しかし、高宮中佐が護衛を命じた理由はそれだけじゃない。満潮も前科戦線でそこそこ長くやっている。中佐の人柄は分かっていた。そんな理由で動く人間ではない。
「答える義務はない」
「……そう」
「しかし私は卯月さんを護衛する。任務は遂行する」
「当たり前のこと偉そうに言わないで」
部屋につくまでに、無数の暴力を受けた。言葉の暴力だ。小声だったので満潮には聞こえなかったが、卯月は全て聞こえていた。噂はあっという間に広まる。あと数時間で卯月の来訪は知れ渡る。敵意はますます悪化する。
そうなることは分かっていたのだ。卯月自身も理解していた筈だ。来たところで、余計に傷つくだけだと。そうと知っていながら、それでも神元提督と会うことを望んだ。
「最低よ、どいつもこいつも」
疲労と重なり、発作が収まった卯月はそのまま眠りに落ちた。
*
気絶するように眠った後、目覚めた卯月は波多野曹長に連れられて、ある一室の前に来ていた。
「……はぁー、はぁー」
何度も深呼吸を繰り返す。心臓がうるさい、脂汗が止まらない。視界がぐらぐら揺れる。膝は笑ってる、腰は抜けそうだ。緊張のせいで落ち着かない。
「お主の事情は説明しておいた。お主の造反がシステムによるものだとは理解して貰った」
「あ、ありがとぴょん」
「わたしは部屋の前で待つ。危険と判断したら問答無用で突入するからな」
曹長は卯月の背中をポンと叩いた。
行くしない。行かない理由がない。ずっと待ち望んでいたことが扉の向こうにある。
卯月はゴクリと生唾を飲み込み、そして、扉を開いた。
部屋に夕方の光が差し込んでいる。それに照らされている人影があった。
車椅子に乗りながら、窓の外を眺めていた彼は、卯月に気づいて振り返る。傷の跡だろうか、顔や腕、あちこちに包帯が巻かれている。そのせいで顔が少し分かり辛い。けど、彼だと卯月は確信していた。
「神、提督……?」
「本当に、卯月なのかい?」
神補佐官は驚いた顔をする。彼女がここにいるのが信じられない様子だ。
声を聞いて、更に確信を得た。優し気な雰囲気の青年。最初に会った時と変わらないように見える。
彼だ。わたしの提督、神躍斗提督だ。
だいたいが昏睡状態とは言え、半年振りの再会。彼は生きていた。改めて事実を認識する。嬉しさが込み上げてくる。と同時に、提督をこうしたことへの罪悪感が込み上げる。何を言えば良いか分からない。感情がぐちゃぐちゃして、悲しくもないのに涙が出そうになる。
かなり混乱する卯月。彼女よりも先に神補佐官が口を開いた。
「よくも僕の前に出てこれたな、売国奴め」
現実がそこにあった。
Q 卯月は提督ではなく『司令官』と呼びます。なぜ神躍斗を司令官と呼ばないのですか?
A 某宇宙線研究所所長の呼び方と、もろかぶりになり、キャライメージが崩壊する恐れがあったからです。別の名前にすべきだっただろうか……