前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第79話 握飯

 藤鎮守府にやって来た卯月は、ようやく念願の、神補佐官との再会を果たした。しかしその出会いは、最悪の形で終わりを告げた。

 言い訳、謝罪、一切の発言を認めない完全な拒絶。絶対に許さないと言い放ち、再会は終わった。

 

 精神崩壊を起こしていないか、心配してやって来た満潮に卯月は泣きついた。心底嫌いな相手にさえ泣き喚く程、卯月は大きな傷を負ったのだ。

 

 ゲストルームに戻った後、泣き疲れた卯月は気絶するように眠った。しかし安眠できる筈もない。最近余り見なかった悪夢に襲われた。

 

 泊地棲鬼に忠誠を誓い、裏切りの快楽に恍惚としながら、誰も彼も殺していく。最後に間宮ごと神補佐官を撃ち抜く。

 

 直後、場面が変わる。

 血塗れで、両足を無くした彼がいる。傍らには細切れになった艦娘がいる。皆一様に睨んでいた。

 口を開く。全て拒絶の言葉。憎しみと怒りと、悲しみにまみれた呪詛が浴びせられる。

 

 限界を迎えた。抑えていた罪悪感が爆発する。

 

「ああああ!?」

 

 気づけば、ゲストルームの天井が写っていた。夢から覚めた。悪夢が終わったのだ。

 

「夢……う、うっ!?」

 

 途端に凄まじい吐き気が押し寄せる。ヨロヨロ這いずりながら、どうにか洗面所まで辿り着く。

 流し台に顔を突っ込み、咳き込みながら嘔吐を繰り返す。途中食べた携帯食料は全部吐き出した。

 

「おぇ……」

 

 気持ち悪い、涙まで出てくる。最悪の気分。吐瀉物で喉が焼けて痛い。卯月は項垂れるように、流し台にもたれ掛かる。動きたくない。なにもしたくない。

 

「邪魔なんだけど」

 

 だから後ろに満潮がいてもどうでもいい。退く気分ではない。

 

「退いて」

 

 イラっとした彼女は、卯月の首根っこを掴む。

 

「痛いぴょん」

「ならさっさと退いて」

「やだ」

「そう」

 

 首根っこを掴んだまま、卯月は横へ力ずくで退かされる。痛みにリアクションを取るのさえ億劫だった。力なく壁際にもたれ掛かる。

 

 卯月の様子を見て、満潮は深く溜め息を吐いた。しかしそれだけ。なにも言わない。

 凄まじいダメージを心に負った。こうなっても仕方がない。掛けるべき言葉も思い付かないし、掛ける気もないから、黙ったまま放置しておいた。

 

「……辛い」

「でしょうね」

「凄い辛い」

「あっそう」

「なんで……こんなことに……」

「それが現実ってことでしょ」

 

 思いやりゼロ。無情な言葉に更に落ち込む。

 結局、わたしだけ無関係なんて理屈が無茶だったのだ。

 神補佐官の憎悪は、彼一人だけのものではない。殺された仲間たち全員分の怨念だ。

 部下思いな彼だからこそ、余計に怒りが汲み上げるのだろう。全てを拒絶されて、当たり前だったのだ。

 

「でも辛いよぉ……」

「だったら心構えでも変えたらどう?」

「それは、嫌だぴょん」

「……ま、マジで言ってんのアンタ?」

 

 満潮は心の底から驚愕した。

 ここまで、ここまで辛い思いをして、まだスタンスを変えないのか。信じがたい事態である。

 

「前言った通り。うーちゃんは悪くない。悪いのは敵……千夜って奴。なのにうーちゃんが悪いなんて、認められる筈ないぴょん。これ以上『卯月』を貶めることなんて、できないぴょん」

 

 虚ろかつ死にそうな眼なのに、そこだけは絶対にぶれない。性根が腐っているのか、頑固なのか、プライドが高いのか。なんにせよ呆れる。いっそ感服する。満潮は諦めたように首を振る。

 

「好きにして」

「そうする……」

 

 卯月の面倒を見てたせいで疲れた。満潮も横になり目を閉じる。静かな時間が流れる。しばらくすると遠くから一人分の足音がしてきた。

 

「お邪魔するでありまーす」

「帰って」

「いや昼食をお持ちしたでありますが?」

 

 心外! といった顔で震えるあきつ丸。食事とあれば逃せない。ボロボロの身体を突き動かして、なんとか立ち上がる。持ってきてくれた三人分のプレートの内、一皿を貰う。

 

「……毒とか入ってないわよね?」

 

 訝しむ満潮を、あきつ丸が笑う。

 

「はははご冗談を、いくら皆様方が前科持ち、嫌われ者の最低部隊だとしても味方は味方! そんな行為をすれば軍法に関わる大問題、そこまでの愚か者はいな──」

「ぴゃぁ!?」

 

 突如、シチューを食べていた卯月が悲鳴を上げた。何事かと二人が振り向く。

 

「う、う、うっそぴょーん……」

 

 指先で持ったスプーンの先端、そこに掬われていたシチュー。白いスープの中に異物が浮かんでいた。

 

 カミソリの刃だった。

 

 口に入れてたら口内が血塗れ。下手したら舌がザックリ。万が一にも飲み込んでいたら、死ぬ危険さえある。そんな危険物が卯月の食事に混在していた。

 

「……毒の方がマシだったかしら」

「ううむ、証拠を見つけるのが少し面倒なので、カミソリの方がマシで」

「どっちでも良いぴょん! なんだよコレェ!?」

「カミソリでありますが?」

「妖怪は黙ってろぴょんっ!」

 

 卯月は食事のプレートを端に寄せた。とてもじゃないが食欲が湧かない。

 

「あきつ丸は、こんなことをした愚か者を苛めてくるであります」

「苛めって、アンタ……」

「いやぁ、久々に腕がなるであります」

 

 物騒な言葉を残してあきつ丸は立ち去った。彼女のプレートの端には刃物の破片があった。満潮のプレートも同じだ。卯月がどれを取っても死ぬようになっていた。卯月だけじゃなく、全員纏めて死ぬようになっていた。

 

「わたしたちも、売国奴の仲間って訳ね。バカな連中が」

 

 無差別かつ悪質なやり方。ここまでするのか。こんなバカげたことを実行に移す程、わたしは憎まれているのか。真実がなんであれ、世間からは仲間も鎮守府も売った売国奴。裏切り者に対しては、どこまでも非情になれるということか。

 

 二人揃って不快感を味わう。その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「卯月殿! 無事か!?」

 

 何処へ行っていたのか、波多野曹長だ。帽子とやたら高い襟で表情は見えないが、それでも焦っているのが分かった。

 

「大丈夫だぴょん……テンションは地の底だけど」

「申し訳ない、まさか、駆逐艦どもがここまで過激な行為に出るとは思わなかった」

「本当よこっちも迷惑よ勘弁してよ」

「本当に申し訳ない。私がいながら、不甲斐ない」

 

 心底後悔した雰囲気だ。下剤とか腐った牛乳とかのレベルを越えてる。殺す気満々の行為だ。仮にも国防に関わる存在が、そこまでの暴挙に出るなんて予想できなかった。曹長だけではない。卯月も満潮も油断していた。

 

「気にしないでぴょん……うーちゃんが、どう見られてるのか、よーく分かったぴょん」

 

 波多野曹長は顔をしかめた。絶望している。想像以上に酷い現実に、心が擂り潰されている。これで気にしない訳がない。しかし、癒す方法もない。

 

「二人とも腹が空いていると思い、軽食を貰ってきた」

「またカミソリ? それとも爆雷? まさか魚雷を直接齧れと言うのかぴょん」

「疑い過ぎよ。北上じゃあるまいし」

「……待って北上さん魚雷噛ったのかぴょん」

 

 満潮はなにも答えない。曹長も目線を反らしたまま軽食を出してきた。

 

 戦闘糧食……もとい大きめのおにぎりが二つ。あと沢庵。極めて典型的な軽食だ。まだ温かい。曹長の依頼を受けて、誰かがすぐに握ったのだ。

 

「調理過程は見ていた。毒味もした。それは安全に食べることができる。どうか安心してくれ」

 

 安心できるのは確かだ。しかし卯月は手に取れなかった。カミソリがかなりショックだったのだ。どうしても疑ってしまう。信じられない。曹長もグルなんじゃないか。そう考えてしまう。

 

 疑ってばかり。自分が嫌になる。かなりカッコ悪いと自覚していても、殺されかけた恐怖が拭えない。

 

 卯月は、それが罰だと思い始めた。

 仲間と思っていた奴に、殺されかけた恐怖。同じ恐怖を神補佐官と間宮さんは味わったのだ。こんな、カミソリ一つとじゃ比較にならない苦しみを。

 

「ふん、まあまあ旨いじゃない」

 

 満潮の一言に顔を上げる。出された軽食を、彼女は食べきっていたのだ。

 

「誰が作ったのコレ」

「間宮だ」

「ま、間宮さん……っ!?」

 

 あり得ない。心の中で否定する。神補佐官と同じように、間宮さんだってわたしを憎んでいる。わたしを殺せるなにかが入ってるに違いない。

 しかし、満潮は平然としている。どっちがどちらを取るかは分からない。ピンポイントで狙うことはできない。片方が無事なら、もう片方の軽食も『無事』だ。

 

「なんで、どうして……?」

「さっさと食べたら、冷めるわよ」

「……じゃあ」

 

 ハムっと、恐る恐る一口頬張った。

 塩加減が丁度良く、巻かれたパリパリの海苔が心地よい、定番の味だった。

 とても、懐かしい味だった。みんなを裏切るまでの一か月間で、何度も何度も食べた、思い出の味がした。

 

「グスッ、美味しいぴょん……」

「泣きながら食べないでよ、気持ち悪い」

「黙ってろぴょん!」

 

 満潮なんぞどうでもよい。毒も異物も入っていない。純粋に美味しさを味わえた。嬉しいのになぜだか涙が出てくる。裾で拭いながら、一心不乱に頬張っていく。

 

 言っても、大丈夫そうだ。少し落ち着いた様子の卯月を見て、曹長は口を開く。

 

「間宮さんは、お主には会わない」

 

 おにぎりを食べる手が止まった。

 

「なんで?」

「会ったら、殺しかねないそうだ。お主のことを話しているだけでも、気が狂いそうな程苦しんでいた」

「……やっぱり、そっかぁ」

 

 思った通りだ。心の底から落ち込む。神補佐官が憎んでて、間宮さんは憎んでない。なんて上手い話、ある訳ない。要するに顔も会わせたくない。ということだ。神補佐官と同じ拒絶。関わりその物への拒絶だ。

 

「だが、お主が『元凶』でないことは察していたようだ」

「……ん? アンタ、D-ABYSS(ディー・アビス)のこと話したの?」

「いや、間宮さんには話していない」

 

 神補佐官に話したのは、かなり例外的な対応だ。最大の被害者だから、精神的事情を考慮したまで。間宮はそこまでいかない。彼女に話すことは認めなかった。

 

 卯月は首を傾げた。ならなぜ、食事を作ってくれたのか。嬉しいが理解できない。

 

「彼女はお主を憎んでいる。だが、同時に違うとも考えている。『卯月はそんな子じゃない』と信じているのだ。しかし顔を会わせれば、受けた苦痛に耐えきれない」

「頭では、分かってるってことかぴょん」

「そこまでは知らぬ。わたしは間宮さんではない。その戦闘糧食が彼女の返答だ」

 

 食べきったおにぎりは、本当に美味しいものだった。それが全てだ。どんな意味が込められているのか、卯月には知るよしもない。卯月は間宮ではない。

 

 だから勝手に信じることに決めた。意味なんてないかもしれない。仕事の一環として、事務的に作っただけ。曹長に見せた態度は単なる社交辞令、かもしれない。

 けど、卯月はより良い方にすがった。心が持つなら、そっちの方が良いに決まってる。壊れたら元も子もない。それはとてもカッコ悪いことだ。

 

 

 *

 

 

 間宮の差し入れを食べた後、卯月たちは暇だった。やることがない。最大の目的だった神補佐官との再会は(最悪の形だが)済んだ。もうここに滞在する理由は、ないように思える。

 

 正確に言えば、やれることはある。

 訓練だ。彼女たちは軍人。身体が鈍って良いことはない。ずっと戦い続けて疲弊してる訳でもない。護送の疲れは取れている。自主訓練をすべき状況。

 

 面倒がる卯月はともかく、満潮は訓練がしたかった。やる気もある。実際食事後はトレーニングをする気だった。

 ここが、他所の鎮守府でなければ。

 

 前科戦線はとにかく嫌われている。懲罰部隊なのだから嫌われて当然。満潮は何度か外の鎮守府へ滞在したことがあったが、目線はいつも厳しかった。

 

 しかし、そんな目線には慣れてしまった。今更気にならない。満潮はいつも素知らぬ顔でハードなトレーニングを行ってきた。

 

 だが、ここはダメだ。

 

 この鎮守府では、殺される危険がある。

 

 卯月への態度が凄まじく厳しくなるのは予想していた。覚悟もしていた。けど、本当に殺しにかかってくると。まさか食事にカミソリを仕込むなんて。

 

 艦娘というか、軍人というか、人として完全にアウトな行為。いくら卯月が憎いからって、そんな艦娘の誇りを貶める行為をするとまでは思わなかった。

 

「前代未聞よ……まったく」

 

 一人愚痴る。神補佐官はどれだけ卯月の悪評を広めたのか。そりゃ裏切り者の売国奴は好まれない。それにしたって、殺しにかかるのは完全にやりすぎだ。何度か外の鎮守府に行ったことはあるが、殺害未遂は初めてだった。

 

 下手したら、満潮まで巻き添えで殺される。いやされかけた。満潮がカミソリを呑み込んでいてもおかしくない。

 

 今だって、部屋の真正面に波多野曹長が立って護衛してなきゃいけない。

 そんな緊迫し切った空気の中、訓練できる程満潮は図太くなかった。腹立たしいが卯月と同じく、暇を持て余すしかない。

 

 と、不意に扉が開いた。波多野曹長が顔を出す。

 

「卯月さん、満潮さん。良いか」

「……どーしたぴょん?」

「お主たちに、客人だ」

「殺しにきたっていうのかしら。返り討ちにしてやるって伝えて」

「違う。客人で間違いない。通すぞ」

 

 身体チェックは終わっている。曹長の監視の元、知らない艦娘が部屋の中に入ってきた。茶色のセミロング。クリーム色の服を来た女性。体格から見て、軽巡だろうか。彼女は卯月と満潮を一瞥する。

 

「卯月と、満潮ね」

「そうだけど、アンタ誰」

「重雷装巡洋艦の『大井』よ」

「大井……って、北上さんの妹の?」

「そうよ、ちょっと貴女たちに来て貰いたいの」

 

 球磨型四番艦。北上は球磨型の三番艦だ。そんな奴が何の用か。とはいえ暇で死にそうだったのも確か。周りの目線に怯えながらも、卯月はそれを了承した。




ハイパーズは前作から引き続き登場。わたしのお気に入りなのでしょうか……ちなみに大井の登場は48話で示唆してたり。
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