前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第8話 舌戦

 ドックでの入渠が終わり、わたしはまた訓練に戻る。

 前科持ちの先輩球磨の元でのリハビリは、午前一杯続いた。その間3回入渠ドックに運ばれた。血を吐いた回数はもう数えていない。

 

 午後も同じリハビリ、走り込みをするとのこと。というか今日一日はそれしかやらない。とにかく、明日以降の訓練に耐えられる基礎体力をつけるのが最優先だとか。

 

 また血を吐くのか。

 死んだマグロのような目で卯月は天井を見る。これからお昼だが、その前にもう一回入渠していた。これが終わったらお昼に行っていいらしい。

 

 午後も同じ訓練が待っている。あの過酷さを思い出すと身震いがしてくる。

 必要だと理解しているから文句は言わない。

 だが、単にキツイ。普通に辛い。それとこれとは別問題なのだ。

 

 ひょっとしたら、球磨さんはドSなのかもしれない。訓練と言う名目でわたしを苦しめているんじゃないか。

 あり得る話だ。元の鎮守府でしごきをし過ぎて前科戦線行き……辻褄は合う。

 

「うーちゃんは絶対に負けないぴょん」

 

 ドックの中で一人呟く。妖精さんが怪訝な目で見つめてきた。幸い球磨はいない。彼女は先に食堂へ行ってしまったのだ。わたしは歩けないんだぞ!

 

 しかし、卯月はすぐに気づく。特訓の成果は出ていることに。

 それはドックから出て、着替えて外へ出たときだった。

 

「……歩けるぴょん」

 

 朝起きた時は車椅子がなければ駄目だったのに、今は普通に歩けている。

 それだけじゃない、無意識だったけど着替えもできた。自分一人で、普通の動きが全部できたのだ。

 

「うーちゃん、ついに復活ぴょん!」

 

 今度こそ復活だ。卯月はウサギのようにぴょんと跳ねた。今度は転んだりしなかった。

 

 さすがは球磨大先輩だ、彼女の指導についていけばなんら問題はあるまい。

 あんな凄い人を疑う奴はいないだろう。当然わたしは最初から信じていたが。卯月は心の底から感動していた。嘘はなかった。

 

「ありがとう球磨先輩、うーちゃん感激ぴょん!」

 

 卯月は感謝を述べた。

 ただし球磨はこの場にいない。既に食堂に行っている。いるのは卯月と妖精さんだけだ。

 

 卯月の独り言が木霊する。妖精さんたちは変なものを見たような目線を送る。

 

 わたしはいつまで一人で喋っているんだ?

 冷静になった途端、一気に腹が減った。回復した分の栄養を補給しなきゃいけない。

 

 過酷な訓練でテンションが壊れたのかもしれない。やはり球磨のせいだ。卯月は内心愚痴りながら食堂へ向かう。

 

 歩くのはやはり苦ではなくなっている。しかし、歩けるだけでは戦えない。午後の訓練もしっかりと取り組もう。

 

 食堂へ入ると、朝とは違ってがらんとしていた。

 飛鷹さんもいない。けどご飯はお弁当が用意されている。人数分はありそうだ。とっていけということだろう。でもきっと美味しい。覚めても美味しい味のはずだ。ウキウキしながら弁当を取る。

 

「あら、奇遇ですわね」

 

 声の主を聞いた瞬間、卯月のテンションは地に落ちた。

 

「一緒にいかが?」

 

 茶髪をポニーテールで纏めた女性がご飯を食べている。しかしそいつは、訓練中の卯月を笑っていた方の相方だった。

 

「遠慮するぴょん、うーちゃんはぼっちめしが好きだからぴょん」

「ですけど、これから同じ部隊で戦うのですから、少し話しても良いと思いますけど」

「……ッチ」

「露骨ですわね」

 

 最悪の気分だが、言っていることは正論だ。

 こんなつまらないことで連携ができず、死んでしまっては泣くに泣けない。ちょっとだけ話して立ち去ろう。

 

「……あいさつぐらい、あんたからしたらどーだぴょん」

「勿論ですわ、わたくしは航空巡洋艦の『熊野』。以後お見知りおきを」

「卯月です、よろしく」

「では、こんどはわたくしから。どうしてそんなに嫌そうな顔を?」

「あ゛?」

 

 まさか分かっていないのか?

 リハビリ中の奴を笑ってどんな気分になるのか、想像もできないと。わざわざ言う気にもなれない。卯月は熊野を全力で睨み付けた。

 

「あ、もしかして、リハビリしている卯月さんを笑っていたことですか?」

「そーだぴょん」

「わたしく自身は笑っていないのですけども」

「同罪、有罪、ギルティだぴょん」

 

 隣にいて止めなかった時点で笑ったのと同類だ。こいつもゲス野郎に違いない。しかし熊野は、怒る卯月を見て、なんと更に笑った。意味が分からない。

 

「いえ、失礼。わたくしの『予想』が当たっていたのが嬉しくて、つい」

「予想って、なんの?」

「貴女です、卯月。貴女の性格についての予想ですわ」

 

 性格の予想がなんだと言うのか。

 ますます意味が分からない。趣味にしてはマニアック過ぎる。熊野を見る目は怒りから、奇っ怪なナマモノを見る目に変わっていく。

 

「つまり、こういうことですわ」

 

 熊野は懐に手を突っ込む。

 そして勿体ぶった仕草で、一枚の紙を取り出した。チケットみたいだ、交換券と書かれている。

 

「一枚上げますわ」

「使い方分からないぴょん」

「これで支給品以外の物を買えますの、化粧品とか甘味とか。間宮羊羹もありますわ」

 

 戦果を上げればボーナスが出る、というのは良くある話だが、ここ前科戦線にそれはない。

 

 懲罰目的での配属なのに、そんなのを出すのは色々良くないのだ。かといってなにも無しじゃ士気が落ちる。

 というわけで、替わりにこの交換券を配っているらしい。別に給与も出ているが。

 

 そもそもからして売店も酒保もないこの基地で、外の物を手にいれる唯一の手段、それがこの券なのだ。

 

「フン! 交換券でうーちゃんを買収しようって魂胆かぴょん。ずいぶんと安く見られてたもんぴょん」

「あら、では要らないというこ」

「だが頂いてやるぴょん、うーちゃんの寛大な心に感謝するぴょん!」

 

 なかば奪い取る感じで交換券を手に入れる。卯月も女の子。間宮羊羹の誘惑には勝てなかったのだ。

 

「でも、ホント貰って良いのかぴょん」

「奪った後に言いますか」

「貰ったの間違いぴょん。で、良いのかぴょん。これ貴重品でしょ?」

 

 簡単に手に入らないのは理解できる。それをくれるのはありがたいが、理由が分からないとなんだか不気味だ。

 

「ええ良いですわ、ささやかなお礼、分け前ということですから」

「お礼って、なんのことぴょん」

「さっき言いました、『予想』のことですわ」

 

 予想があったから笑い、予想があったからお礼をする。やはり意味が分からない。卯月は再び首を傾げる。

 

「お蔭で賭けに勝てましたから」

「……なんだって?」

「卯月さんがわたしの予想通りの性格だったお蔭で、わたくしは()()に勝てたんですの」

 

 今、聞き捨てならない単語が聞こえた。

『賭け』だって。

 賭けといったのかこの熊野は。

 なら、彼女と相方の二人がわたしを見ていた理由って、まさか。

 

「卯月さんが何回倒れるか、賭けていたんですの」

 

 卯月はフリーズした。想像の斜め上に飛んでいった。知らぬ間に賭けの対象にされていた。どう反応すりゃ良いんだこの状況。

 

「途中倒れかけたとき卯月さんがガッツを見せて下さったおかげで、わたしくが勝ったんですの」

「じゃあ、この交換券って」

「負けた方から奪った……違った、頂いたものですわ」

 

 なるほど、確かに馬鹿にしてはいない。

 熊野も、もう一人の笑った奴も真面目にやっていただけだ。いっさいのおふざけなし。彼女たちは真剣に賭けていた。

 

「最低じゃねーかぴょん!」

「え? ああ、もう一人が笑ってたのは予想が当たりかけたからで、バカにしたわけじゃありませんよ?」

「どっちにしろ最低じゃねーかぴょん、そもそも人で賭けをすんなぴょん!」

 

 わたしがあそこで倒れたら、もう一人が勝っていたのだろう。

 だから笑ったのだ。

 悪意どうこうじゃなく、賭けた競馬の馬が勝ちかけたときような、勝利の笑いだったのだ。

 

 しかし、わたしがその光景にキレたおかげで、熊野が勝ったわけだ。やっと繋がった。最低な理由だったが。

 

「そうそう、そういう反骨心溢れるところ。きっとそういう方だと思ったので、わたくしは倒れない方に賭けたのですわ」

「まるで嬉しくねぇぴょん」

「そうですか? こんなの賭けにしたら、全然優しい方だと思いますが」

「感覚麻痺ってんだぴょん」

 

 無断で人を賭けに使うことに違和感がない時点で駄目だろ。卯月は内心突っ込んだ。さすがに熊野もちょっとだけ申し訳なさそうにしている。自分が変という自覚は持っているらしい。

 

「昔はもっと色々やってましたので、確かに卯月さんの言う通りですわね」

「昔って……つまり、その」

「ええ、そういう『前科』で合っておりますわ」

 

『こちらから前科を聞いてはならない』。

 そのルールのせいで、なんだか微妙な聞き方になってしまったけど、熊野は言いたいことを察してくれた。

 なんだか悪いことをした気分だ。しかし、その気持ちは次の一言で消し飛ぶ。

 

「『違法賭博』ですわ」

「……ああ、うん、そっかぴょん。つまりギャンブルで身を持ち崩したと」

「違いますわ」

「ギャンブルで鎮守府のお金に手を出したと」

「違いますわ、そんなクズと一緒にしないでくださいな」

 

 前科戦線行きになっているのにクズではない?

 不思議なことを言う。

 まあわたしみたいに冤罪のパターンもあるので、なにも言わないが。なら熊野は賭博のなにをしでかしたのか。

 

「わたしくしは胴元でしたの」

「胴元……って、つまり熊野は、賭場を()()してたってことかぴょん」

「そうなりますわ」

「この世界の軍って賭け事は」

「当然ご法度ですわ、無許可でやってましたし」

 

 軍内部での個人的な賭け事を認める軍なんて聞いたことがない。少なくともわたしは知らない。

 そんなことをすれば風紀は乱れてトラブルは巻き起こる。良いことなんて何にもない。だから禁止されている。

 だけど、禁止するということは、やる奴がいるという意味だ。

 

「わざわざそんなことしなくたって、お給料が出るのに」

「足りませんの、あんなお金では、人生を楽しみきれませんわ」

「楽しむ?」

「ええ、食事に遊戯、趣味、この体(人間)は様々なことを楽しめる。せっかく生まれ直したのに、戦うだけというのはつまらないでしょう」

 

 言いたいことは、まあ分かる。

 わたしだって同じだ。間宮さんが食べさせてくれたカレーは美味しかった。間宮パフェは特にだ。あれを食べるために生きて帰ることを決意したぐらいだし。

 

 俗っぽい言い方だけど、熊野の言うことは多分楽しい。

 わたしたちは『護る』ための存在。そのためには『護りたい』と思わなきゃいけない。使命感だけでは限界がある。

 

 だから戦場から逃げないための『物語』が必要なのだ。それはわたしたち自身の思い出からしか作れない。

 

「でもそれにはお金が足りないので、賭場を開きましたの」

「いやその理屈はおかしいぴょん」

 

 しれっと言ってのける熊野に突っ込んだ。

 

「なぜでしょう、わたくしは儲けたいから賭場を開いた。参加者は賭場をしたいからやってきたWinWinの関係ですのに」

「それ絶対身を持ち崩す奴が出るやつぴょん」

「……いましたの」

 

 熊野は急に、どんよりとした顔で俯いた。

 ここまで話した時点で、もうポーラとどっこいどっこいの印象だが、最低限の罪悪感はあるらしい。

 さすがにそこまでなかったからホントやばかった。卯月はホッと胸をなでおろす。

 

「2.3人闇金に手を出して自殺したせいで、芋づる式に賭場がばれてしまいましたの。あいつらのせいですわ、本当に腹が立つ」

「ドクズぴょん!」

 

 卯月は直ちに考えを改める。

 こいつはポーラとは別ベクトルでヤベー奴だ。自分のせいで死人が出たことになにも感じていない。それどころか前科をそいつらのせいにしている。本当に艦娘なのか!?

 

「心外ですわ、わたくしがどんな悪事をやったと!?」

「全部だ全部! 死人出てんじゃねーかぴょん!」

「勝手に死んだだけですわ、勝手にドハマりして、それでギャンブルが悪いとは言いがかり以外の何物でもありません」

「借金取りの理屈だぴょん!」

「パチンコで自殺者が出てパチンコ店が責任を取ったことはありません。現代社会はそれを認めてますわ」

 

 まずパチンコってなんだよ。

 卯月はまだ現代文化に疎かった。しかし、言いくるめに来ているのは分かる。卯月は顔を真っ赤にしながら、貰った交換券を叩きつけた。

 

「お返ししますっぴょん!」

「一度受け取ったのに、失礼な子供ですわ!」

「貸しなんて作ったらどーなるか予想もできないっぴょん」

「それはわたくしのセリフです、いま貸しがあるのはわたくしの方ですわ」

 

 そういえばそうだ。わたしの反骨心のおかげで熊野は賭けに勝った。

 それに対して、勝手に貸しを返そうとしているのだ。卯月は邪悪に口角を上げる。こんな奴の思い通りになってたまるものか。

 

「なら、返しはこっちで指定するぴょん」

「交換券は嫌と?」

「ほーん、勝手に賭けの対象にしておいて……随分勝手な奴ぴょん」

 

 熊野は黙り込む。わたしが優勢のようだ。今こそ好機、すぐさま言葉を畳みかける。

 

「でも熊野は、貸しを返そうとはした、『誠意』はあると思うぴょん。だからこそ、『誠意』を見せて貰うぴょん」

 

 本当のクソなら、賭けていたことを言いもしない。それを言って貸しを返そうとしたのだから誠意はある。

 だからその気持ちを利用させてもらうのだ。心の中で卯月は『ウシシシ』とほくそ笑む。

 

「簡単なことぴょん、このうーちゃんに対して『嘘』を吐かないことだっぴょん」

「……え、それだけですの?」

 

 もっとキツイことを要求されると思ったのだろう。熊野はキョトンとしていた。

 

「そう、うーちゃんは嘘が嫌いだからぴょん」

 

 馬鹿め、本命はそっちじゃなくて博打の方だ。

 もしかしたら今後、熊野の博打に巻き込まれるかもしれない。

 その時、熊野が嘘をつけなければ、賭博で敗北することはあり得なくなる。熊野の博打に嵌る可能性をゼロにできるのだ。

 

「分かりました、了承しましたの」

「よーし、しっかりと聞いたぴょん。今後なにがあっても約束は守ってもらうぴょん!」

()()()()のはアリですのね」

「……あ」

 

 言い忘れていた。

 卯月は固まる。ダラダラと脂汗が流れ始めた。熊野はなんだか菩薩みたいな笑顔を向けてくる。これは、やっちまったか。

 

「追加は」

「できまねます、あと……わたくし、前科戦線では賭場開いてませんわ」

「え」

「個人的な小規模な賭けだけですわね、卯月さんが思うような賭け事はしません」

 

 考えてみれば当たり前だった。

 賭場で捕まったのに、また賭場を開けるわけがない。個人的な賭け事で巻き上げられる可能性は虚無に等しい。そんな勝負で勝っても旨みはない。

 

 つまりどういうことなのか。

 

 卯月は、この貸しをほぼ()()()に浪費したのである。

 しかも、『言わない』を指定し忘れた、半端な約束によって。

 

「舌戦の人生経験が足りてませんわ」

「あーっ!」

「あと商品券、いらないんでしたね」

「あーっ!?」

 

 完全なうっかり。

 どっちにしろ、ギャンブルで死ぬことはない。

 それは良いが単純に悔しかった。前科戦線に卯月の悲鳴が響き渡った。




 熊野の理屈が完全にTEIAIのそれ。
 別に給料も酒保もあって良かったんですけど、こうした方が懲罰部隊らしさが出る気がしたので。
 
 あと渡してないだけで、給料は出てます。
 出したところで使い道がないので、中佐のところで管理してます。沈んだ時は全額回収されます。極めて合理的な制度です。
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