藤鎮守府にいた睦月型の姉妹と出会い、ますます心に傷を負った卯月。大井と話した後、敵への怒りをぶちまけて多少スッキリしたが、やはりナイーブになっていた。
しかし、気晴らしをしようにも、迂闊に出歩けば殺される。大井の私室の入り口には波多野曹長がいるから安心だが、外は危険まみれ。いきなり襲われやしないだろうが、怖いものは怖い。
結果、卯月たちは筋トレをすることになった。
「なんでっ!?」
練習嫌いの卯月が泣き叫ぶ。
「訓練をサボると身体が鈍るから」
「嘘だっ、うーちゃんは信じないぞ!」
「この子、いつもこうなの?」
大井は呆れ返っている。満潮もだ。だがそんなことは知らん。出先でぐらい休ませろ!
真面目な訓練は一日しかやってない分際で、彼女は正統性を訴える。
「それに、大井さんの迷惑だぴょん!」
「相部屋でもないから好きに使っていいわよ」
「ぎゃぴょん!」
奇っ怪な悲鳴を上げて卯月は気絶した。満潮による速やかな踵降ろしが腹へ直撃。
「あ゛ーっ!」
「ありがとう大井さん」
「本当よ、北上さんの知り合いだから、ここまでするんだからね」
激痛にひっくり返ってる卯月を叩き起こして、満潮は筋トレを始めた。ヒンヒン泣きながら卯月も参加(強制)していた。大井は自前の本を読んで時間を潰す。
腕立て伏せにスクワット、腹筋にブランク。満潮は余程暇なのか、思い付く限りのトレーニングを片端から行う。最初はともかく、少しやっただけで腕も足もプルプル震えだす。息が持たない。ついていくので精一杯だ。
「マゾなのかなぁ……」
「なんか言った?」
「満潮はマゾなのかぴょん?」
満潮はニッコリ笑った。
「セット数倍ね」
「ナンデ!?」
「イラついたから」
なんて奴だろうか。彼女の脳内辞書には『気遣い』という単語がないに違いない。深海棲艦なんて比じゃない邪悪な存在だ。なんて呪っても訓練が優しくなる筈もない。卯月は死んだ目でトレーニングを再開しようとした。
「待って」
本を読んでた大井が、怪訝そうな顔でこっちを見ていた。
「なに?」
「アンタたち、ずっとそうやって訓練してたの?」
「そうよ、大体自主練。それがなに」
「前科戦線って、北上さん以外に、球磨姉さんと那珂がいたわよね。教えてもらわないの」
二人は顔を見合い、頷いて答えた。
「まったく」
「うーちゃんは着任した頃ちょっとだけ」
「……そう」
大井は奇妙な顔をしながら唸っていた。困っているような、怒っているような、色んな感情が混じっている。なんとも困惑した様子で、しばらく俯いていた。
「あなたたち、それじゃ強くなれないわね」
「「……あ゛?」」
二人の表情はまったく同じ。いきなりとんでもないことを言われ、頭にきていた。「弱い」と言われて喜ぶ駆逐艦なんて、この世に存在しない。
とはいえ、罵倒してる訳ではない。
思いっきり睨み付けながらも、冷静に次の言葉を待つ。
「ハッキリ言って非効率極まりない。見てないから断定しないけど、どうせ力尽きるまで走り込むとか、そんなことばかりやってるんじゃない?」
「やらされたんだぴょん!」
「アンタはそれ以前の問題でしょーが!」
訓練をサボり続けた怠け者が卯月だ。まず腐った性根から叩き直さなければならない。満潮はそう考えていた。しかし大井は冷静にそれを否定した。
「根性は必要よ、でも、時間がないんじゃないの。北上さんから聞いたわ、いつ戦いになってもおかしくないって」
「そ、そりゃそうだけど」
「卯月、貴女、今ので秋月に勝てると思うの?」
「善処します」
「しばくわよ?」
「ごめんなさい……ぶっちゃけ分かんないぴょん」
秋月とはまともな戦闘をしてない。卯月は
どちらも万全の状態で交戦した時、どうなるかは全くの未知数だ。
「じゃあ答えを言う。勝てない。絶対に。生きて帰ることさえ不可能よ」
「むぅー、うーちゃん、そこまで弱くないぴょん!」
「なら実証しましょうか」
「へ?」
大井は椅子から立ち上がり、部屋の外へ出ていく。ついてくるよう卯月たちへ促す。これはつまり、そういうことか。『演習』をするという訳か。
けど、そこまで私は弱いか? 特効とかシステムとか要因はあるが、姫級三隻と戦ってまだ生きてる。言われるほど戦力外ではない筈だ。認められていないようで、なんか腹が立つ。
「いい機会だわ、酷い目にあってきなさい」
「いや満潮貴女もだけど」
「は?」
「貴女も死ぬわよ。その内」
『なに言ってるんだコイツ』とでも言いたげな顔でフリーズする満潮。大井の言葉の意味を理解した途端、怒りが吹き荒れた。
「侮辱は、許さないわよ」
「事実を言ったまで。違うのなら、実証できるわね」
「下らないけど付き合ってあげる、その舐めた態度、後悔させてやるわ」
満潮と一緒に演習。凄いやる気が薄れていく。けど一利ある。侮辱されたまま黙ってはいられない。大井はボコボコにすべきだ。否、しなければならない。
「じゃあ行くわよ」
「このうーちゃんに戦いを挑んだことを、後悔して泣き叫んでわめき散らしながら平伏するがいいぴょ」
「大井さんもう行ったわよ」
「……チッ!」
まあいい。奴の運命は決まっている。この卯月の勝利が揺らぐ可能性は微塵もないのだから!
卯月が自信をつけたことは、自然な流れだった。
本来『姫級』とは、極めて撃破困難な相手である。砲撃、雷撃、装甲、どれ一つを取っても規格外なモンスター。間違っても素人が倒せる敵ではない。
しかし卯月は倒した。倒してしまった。
仲間の助けや、特効の作用、
だから無理もない。本来の実力を越えた、蛮勇を覚えてしまうのも。
特殊なことが起きない、普通の戦闘を、初めて行った。結果は分かりきっていた。
「このうーちゃんの勝利だぴょんっ!」
「敗北よこのアホッ!」
「いやだ、認めんぞっー!」
卯月は海面に倒れ付し、全身ペイント弾でカラフルになっていた。塗られていない所がない。一ヶ所もない。実戦だったら肉片さえ残らず沈んでいる。
認めようとしないが見ての通り。完全敗北だ。一緒に戦った満潮も似たようなもの。卯月より被弾してないが、七割ぐらいが色まみれ。敗北だった。
ちょっとワーワー喚き、敗北の屈辱を発散して、気持ちを落ち着けさせる。
「……まあ、うん、ここまで酷いかぴょん」
「そうよ、実証されたわね」
「……かすり傷もないなんて」
見下ろす大井は無傷だ。ただの一ヶ所も被弾していない。二人がかりで戦ったのにこのザマとは。流石に泣きたくなる。増長気味だった自信は見事にへし折られていた。
まず卯月の攻撃は一つも通じなかった。砲撃も雷撃も射線を見極められて回避、どころかギリギリのところを突かれ接近を許し、逃げ場のない大量の雷撃でやられた。
満潮はもう少しマシだがそれだけ。腰だめからの速打ちも、すぐにその速度に対応された。ある程度は持ちこたえたが、その回避行動は誘導されたもの、見事に作戦にド嵌まりしてやられた。
連携をしてみても、意志疎通のタイムラグを突かれて終了。悉く通じず、ボロ負けであった。
「昔、練巡もやってたことがあるから分かったの。たかが雷巡一隻にコレじゃ、死ぬわよ、本当に」
「うー……」
「まあ、まともな指導役がいなかったんじゃ、しょうがないとは思うけど」
結局のところ、卯月たちの訓練は素人の猿真似でしかない。特に卯月だ。神鎮守府で基礎訓練しか終えてないせいで、そういった練度が欠如している。ここまで生きてることが半ば奇跡に等しい。
「貴女たちいつ帰るの」
「明日って聞いてるぴょん」
「じゃあ半日はありそうね」
不可解な発言に、卯月は首を傾げた。今は三時ぐらい、もう夕方に差し掛かる頃。そんな時間がどこにあるんだろうか。
「まさか」
「感謝しなさい、不眠不休で手伝ってあげる」
「御遠慮するぴょん!」
卯月は背中を向けて一心不乱に走り出した。今まで生きていて最も速い速度が出ていた気がした。
しかし軽巡からは逃げられない!
「駄目よ」
一瞬で真正面に回りこまれ捕縛。疲弊した身体で逃げられる訳がなかった。ならば命乞いだ。きゅるんと最大限愛くるしい小動物的瞳で許しを請う。
「キモイわね」
大井の一言は卯月のメンタルを粉々にした。ハイライトの消えた目で倒れ伏す卯月。満潮は平静さを装っていたが、内心震えていた。一晩中って、あり得ない。きっと冗談に違いない。しかし彼女は知っている。こと訓練関係で虚偽を述べる軽巡なんていないことを。
*
満潮の懸念してた通りになった。夕方からぶっ続けて、一切休息なく訓練が行われた。撃たれ転ばされ沈められ。ボロ雑巾よりも酷い有り様になっている。
死ぬか否か。いややっぱり死ぬんじゃないか。もう生きてるんだか死んでるんだか分からないぐらい疲労して、ようやく訓練から一時的に解放された。
足取りも覚束ない。埠頭へつくと同時に倒れこむ。上陸する気力さえ残ってない、滑り落ちて溺死しないよう、もう少し奥まで這いずったが、それが限界だ。
「はい、これでも齧ってなさい」
大井はビニール袋を渡す。中には二人分の最中とボトルのお茶。お菓子を独占しようとする元気もない。無言で最中に食らいつき、血と汗と餡でベタつく口内をお茶で洗い流した。
「あ、あ、うぁー、美味かったぴょん」
「そうね……」
「伊良湖の最中。感謝しなさい」
甘いものを食べると元気が出る。ましてこの身体は乙女。甘味に目がないのは当然だ。ちょっとだけ元気が出た。話すエネルギーは取り戻せた。動く力は足りないが。
「休んだらまた再開」
「寝ていいかぴょん……」
「良いわよ」
月明かりが見える。時間は丑三つ時に近い。本来なら寝る時間。日中ほぼ寝てたとしても体力が持たない。幸いそんなに寒くない。卯月は丸まって目蓋を閉じた。
疲労極まっている。悪夢を見て、発作を起こすことはないだろう。
「おやすみぃ……」
「本当に寝た、信じられない」
「満潮も仮眠して良いのよ」
「そんなヤワじゃない」
事実、卯月より疲れてはいない。休んではいるが寝たりはしない。大井は「そう」と呟くと、満潮の隣へ座った。埠頭に並んで腰かけてる状態になる。
「卯月はともかく、どうして私がこんなに」
「弱いから」
「……チッ」
全身ペイントまみれ。ここまでボコボコにされた。認めるしかない。屈辱に顔を歪ませながら舌打ちをする。不満そうな様子に大井は苦笑いだった。
なにより腹立たしいのは、それで強くなっている実感があったからだ。砲撃を回避できることが増える。より正確な位置に雷撃を叩き込める。大井は体力の限界ギリギリを見極めて、自分は息切れ一つせず指導を続けていた。満潮には体力の限界を見極めることができていなかった。
どこまでできるか。最大の負担をかけられる適切な訓練。元練習巡洋艦は伊達ではない。それが苛立つ。わたしの自主練はなんだったのか。まるで今までの努力を否定されている気がする。歯ぎしりの音がギリギリと響く。
大井は満潮を見て、少し戸惑った後口を開く。
「満潮……貴女」
「大井さーんっ! 緊急事態キタコレェーっ!?」
「な、なにごとだっぴょん!?」
大井の発言は大声に遮られた。余りの大声に卯月も飛び起きる。遠くの方からこっちに走ってくる艦娘。息を荒げながら全力疾走。焦っているのが一目で分かる。ピンク色の髪の毛にメイド風の制服──ウサギ(?)めいた小型不明生物を肩に乗せた駆逐艦だ。
「どうしたんですか」
「む、おお、特務隊の方々。ここにいたんですね、手間が省けた。ぜぇ、ぜぇ……」
夜なのにやかましい。大井は文句ありげだ。しかし大井は
その艦娘は息を整えると、卯月と満潮に向けて手を伸ばす。握手を求めていた。卯月はその手をすぐ取れなかった。睦月たちに拒絶された傷が後を引いていた。
「おっと、握手してる場合じゃなかったです!」
と言って彼女は手を引いた。気を使ってくれたのだと卯月は気づく。
手を握ることに抵抗感を覚えてしまった私が悪くならないように、向こうから方便を使って引いてくれた。気づいてしまったばかりに、申し訳ないと思う。だけど心の傷は深い。言葉に出さず、気遣いに甘えさせてもらった。
「初めましてお二人方、綾波型駆逐艦、九番艦の『漣』です。ご主人様の秘書艦をやらせてもらってます!」
「御主人……そーゆープレイかぴょん」
「そうそうセクハラスレスレのメイド服を夜な夜な着せられて、女同士の濃厚なネチャンネチャ──って言ってる場合じゃない!」
「やかましい奴」
秘書艦だったのか。道理で大井が敬語で話す訳だ……だがこの話し方。彼女のノリは卯月に近かった。うるさいのは卯月だけで十分だ。満潮は心の底からげんなりした。何でコイツ来たんだよと目線で大井に訴える。
しかし、大井の顔つきは真剣なままだった。
「漣さん、なにがあったんですか」
「そうです、ヤバいんです。本当に申し訳ないですけど、皆様方には直ちに出撃をお願いしたい!」
「サッパリ分からんぴょん」
「金剛さんたちの艤装、アレ海路で別途輸送してるの知ってますよね」
緊急出撃があるのは分かる。軍事施設なんだから。けどなぜわたしたちが出ないと行けないのか。自分たちの鎮守府の危機ならば、自分たちが始めに動くべきではないか。若干冷酷だが、卯月はそう考える。
漣も可能ならそうした。それができないから、卯月たちに頼み込んでいる。卯月たち以外が戦ってはならない相手が、現れたのだ。
「護送隊が
復讐劇の第二ラウンド。その幕開けは余りにも突然だった。
藤提督の秘書艦は漣。ちなみに作者の初期艦も漣。肝心の提督は何時になったら出せるんだ。
大井は練巡の経験があるから、きっと指導は得意。
ずっと訓練を受けられれば順当にパワーアップできるんでしょうが……大井が鎮守府を離れられるかと言われると。