前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第82話 嚮導

 藤鎮守府にいた睦月型の姉妹と出会い、ますます心に傷を負った卯月。大井と話した後、敵への怒りをぶちまけて多少スッキリしたが、やはりナイーブになっていた。

 

 しかし、気晴らしをしようにも、迂闊に出歩けば殺される。大井の私室の入り口には波多野曹長がいるから安心だが、外は危険まみれ。いきなり襲われやしないだろうが、怖いものは怖い。

 

 結果、卯月たちは筋トレをすることになった。

 

「なんでっ!?」

 

 練習嫌いの卯月が泣き叫ぶ。

 

「訓練をサボると身体が鈍るから」

「嘘だっ、うーちゃんは信じないぞ!」

「この子、いつもこうなの?」

 

 大井は呆れ返っている。満潮もだ。だがそんなことは知らん。出先でぐらい休ませろ! 

 真面目な訓練は一日しかやってない分際で、彼女は正統性を訴える。

 

「それに、大井さんの迷惑だぴょん!」

「相部屋でもないから好きに使っていいわよ」

「ぎゃぴょん!」

 

 奇っ怪な悲鳴を上げて卯月は気絶した。満潮による速やかな踵降ろしが腹へ直撃。

 

「あ゛ーっ!」

「ありがとう大井さん」

「本当よ、北上さんの知り合いだから、ここまでするんだからね」

 

 激痛にひっくり返ってる卯月を叩き起こして、満潮は筋トレを始めた。ヒンヒン泣きながら卯月も参加(強制)していた。大井は自前の本を読んで時間を潰す。

 

 腕立て伏せにスクワット、腹筋にブランク。満潮は余程暇なのか、思い付く限りのトレーニングを片端から行う。最初はともかく、少しやっただけで腕も足もプルプル震えだす。息が持たない。ついていくので精一杯だ。

 

「マゾなのかなぁ……」

「なんか言った?」

「満潮はマゾなのかぴょん?」

 

 満潮はニッコリ笑った。

 

「セット数倍ね」

「ナンデ!?」

「イラついたから」

 

 なんて奴だろうか。彼女の脳内辞書には『気遣い』という単語がないに違いない。深海棲艦なんて比じゃない邪悪な存在だ。なんて呪っても訓練が優しくなる筈もない。卯月は死んだ目でトレーニングを再開しようとした。

 

「待って」

 

 本を読んでた大井が、怪訝そうな顔でこっちを見ていた。

 

「なに?」

「アンタたち、ずっとそうやって訓練してたの?」

「そうよ、大体自主練。それがなに」

「前科戦線って、北上さん以外に、球磨姉さんと那珂がいたわよね。教えてもらわないの」

 

 二人は顔を見合い、頷いて答えた。

 

「まったく」

「うーちゃんは着任した頃ちょっとだけ」

「……そう」

 

 大井は奇妙な顔をしながら唸っていた。困っているような、怒っているような、色んな感情が混じっている。なんとも困惑した様子で、しばらく俯いていた。

 

「あなたたち、それじゃ強くなれないわね」

「「……あ゛?」」

 

 二人の表情はまったく同じ。いきなりとんでもないことを言われ、頭にきていた。「弱い」と言われて喜ぶ駆逐艦なんて、この世に存在しない。

 とはいえ、罵倒してる訳ではない。

 思いっきり睨み付けながらも、冷静に次の言葉を待つ。

 

「ハッキリ言って非効率極まりない。見てないから断定しないけど、どうせ力尽きるまで走り込むとか、そんなことばかりやってるんじゃない?」

「やらされたんだぴょん!」

「アンタはそれ以前の問題でしょーが!」

 

 訓練をサボり続けた怠け者が卯月だ。まず腐った性根から叩き直さなければならない。満潮はそう考えていた。しかし大井は冷静にそれを否定した。

 

「根性は必要よ、でも、時間がないんじゃないの。北上さんから聞いたわ、いつ戦いになってもおかしくないって」

「そ、そりゃそうだけど」

「卯月、貴女、今ので秋月に勝てると思うの?」

「善処します」

「しばくわよ?」

「ごめんなさい……ぶっちゃけ分かんないぴょん」

 

 秋月とはまともな戦闘をしてない。卯月はD-ABYSS(ディー・アビス)の反動で動けなかった。戦艦水鬼を蜂の巣にしたが、彼女は卯月たちの猛攻で瀕死だった。

 どちらも万全の状態で交戦した時、どうなるかは全くの未知数だ。

 

「じゃあ答えを言う。勝てない。絶対に。生きて帰ることさえ不可能よ」

「むぅー、うーちゃん、そこまで弱くないぴょん!」

「なら実証しましょうか」

「へ?」

 

 大井は椅子から立ち上がり、部屋の外へ出ていく。ついてくるよう卯月たちへ促す。これはつまり、そういうことか。『演習』をするという訳か。

 

 けど、そこまで私は弱いか? 特効とかシステムとか要因はあるが、姫級三隻と戦ってまだ生きてる。言われるほど戦力外ではない筈だ。認められていないようで、なんか腹が立つ。

 

「いい機会だわ、酷い目にあってきなさい」

「いや満潮貴女もだけど」

「は?」

「貴女も死ぬわよ。その内」

 

『なに言ってるんだコイツ』とでも言いたげな顔でフリーズする満潮。大井の言葉の意味を理解した途端、怒りが吹き荒れた。

 

「侮辱は、許さないわよ」

「事実を言ったまで。違うのなら、実証できるわね」

「下らないけど付き合ってあげる、その舐めた態度、後悔させてやるわ」

 

 満潮と一緒に演習。凄いやる気が薄れていく。けど一利ある。侮辱されたまま黙ってはいられない。大井はボコボコにすべきだ。否、しなければならない。

 

「じゃあ行くわよ」

「このうーちゃんに戦いを挑んだことを、後悔して泣き叫んでわめき散らしながら平伏するがいいぴょ」

「大井さんもう行ったわよ」

「……チッ!」

 

 まあいい。奴の運命は決まっている。この卯月の勝利が揺らぐ可能性は微塵もないのだから! 

 

 

 

 

 卯月が自信をつけたことは、自然な流れだった。

 本来『姫級』とは、極めて撃破困難な相手である。砲撃、雷撃、装甲、どれ一つを取っても規格外なモンスター。間違っても素人が倒せる敵ではない。

 

 しかし卯月は倒した。倒してしまった。

 仲間の助けや、特効の作用、D-ABYSS(ディー・アビス)の解放。特殊な要因はあるが、結果として勝ってきた。それも三隻もの相手に勝ち残って()()()()

 

 だから無理もない。本来の実力を越えた、蛮勇を覚えてしまうのも。

 

 特殊なことが起きない、普通の戦闘を、初めて行った。結果は分かりきっていた。

 

「このうーちゃんの勝利だぴょんっ!」

「敗北よこのアホッ!」

「いやだ、認めんぞっー!」

 

 卯月は海面に倒れ付し、全身ペイント弾でカラフルになっていた。塗られていない所がない。一ヶ所もない。実戦だったら肉片さえ残らず沈んでいる。

 

 認めようとしないが見ての通り。完全敗北だ。一緒に戦った満潮も似たようなもの。卯月より被弾してないが、七割ぐらいが色まみれ。敗北だった。

 

 ちょっとワーワー喚き、敗北の屈辱を発散して、気持ちを落ち着けさせる。

 

「……まあ、うん、ここまで酷いかぴょん」

「そうよ、実証されたわね」

「……かすり傷もないなんて」

 

 見下ろす大井は無傷だ。ただの一ヶ所も被弾していない。二人がかりで戦ったのにこのザマとは。流石に泣きたくなる。増長気味だった自信は見事にへし折られていた。

 

 まず卯月の攻撃は一つも通じなかった。砲撃も雷撃も射線を見極められて回避、どころかギリギリのところを突かれ接近を許し、逃げ場のない大量の雷撃でやられた。

 

 満潮はもう少しマシだがそれだけ。腰だめからの速打ちも、すぐにその速度に対応された。ある程度は持ちこたえたが、その回避行動は誘導されたもの、見事に作戦にド嵌まりしてやられた。

 

 連携をしてみても、意志疎通のタイムラグを突かれて終了。悉く通じず、ボロ負けであった。

 

「昔、練巡もやってたことがあるから分かったの。たかが雷巡一隻にコレじゃ、死ぬわよ、本当に」

「うー……」

「まあ、まともな指導役がいなかったんじゃ、しょうがないとは思うけど」

 

 結局のところ、卯月たちの訓練は素人の猿真似でしかない。特に卯月だ。神鎮守府で基礎訓練しか終えてないせいで、そういった練度が欠如している。ここまで生きてることが半ば奇跡に等しい。

 

「貴女たちいつ帰るの」

「明日って聞いてるぴょん」

「じゃあ半日はありそうね」

 

 不可解な発言に、卯月は首を傾げた。今は三時ぐらい、もう夕方に差し掛かる頃。そんな時間がどこにあるんだろうか。

 

「まさか」

「感謝しなさい、不眠不休で手伝ってあげる」

「御遠慮するぴょん!」

 

 卯月は背中を向けて一心不乱に走り出した。今まで生きていて最も速い速度が出ていた気がした。

 しかし軽巡からは逃げられない! 

 

「駄目よ」

 

 一瞬で真正面に回りこまれ捕縛。疲弊した身体で逃げられる訳がなかった。ならば命乞いだ。きゅるんと最大限愛くるしい小動物的瞳で許しを請う。

 

「キモイわね」

 

 大井の一言は卯月のメンタルを粉々にした。ハイライトの消えた目で倒れ伏す卯月。満潮は平静さを装っていたが、内心震えていた。一晩中って、あり得ない。きっと冗談に違いない。しかし彼女は知っている。こと訓練関係で虚偽を述べる軽巡なんていないことを。

 

 

 *

 

 

 満潮の懸念してた通りになった。夕方からぶっ続けて、一切休息なく訓練が行われた。撃たれ転ばされ沈められ。ボロ雑巾よりも酷い有り様になっている。

 

 死ぬか否か。いややっぱり死ぬんじゃないか。もう生きてるんだか死んでるんだか分からないぐらい疲労して、ようやく訓練から一時的に解放された。

 

 足取りも覚束ない。埠頭へつくと同時に倒れこむ。上陸する気力さえ残ってない、滑り落ちて溺死しないよう、もう少し奥まで這いずったが、それが限界だ。

 

「はい、これでも齧ってなさい」

 

 大井はビニール袋を渡す。中には二人分の最中とボトルのお茶。お菓子を独占しようとする元気もない。無言で最中に食らいつき、血と汗と餡でベタつく口内をお茶で洗い流した。

 

「あ、あ、うぁー、美味かったぴょん」

「そうね……」

「伊良湖の最中。感謝しなさい」

 

 甘いものを食べると元気が出る。ましてこの身体は乙女。甘味に目がないのは当然だ。ちょっとだけ元気が出た。話すエネルギーは取り戻せた。動く力は足りないが。

 

「休んだらまた再開」

「寝ていいかぴょん……」

「良いわよ」

 

 月明かりが見える。時間は丑三つ時に近い。本来なら寝る時間。日中ほぼ寝てたとしても体力が持たない。幸いそんなに寒くない。卯月は丸まって目蓋を閉じた。

 疲労極まっている。悪夢を見て、発作を起こすことはないだろう。

 

「おやすみぃ……」

「本当に寝た、信じられない」

「満潮も仮眠して良いのよ」

「そんなヤワじゃない」

 

 事実、卯月より疲れてはいない。休んではいるが寝たりはしない。大井は「そう」と呟くと、満潮の隣へ座った。埠頭に並んで腰かけてる状態になる。

 

「卯月はともかく、どうして私がこんなに」

「弱いから」

「……チッ」

 

 全身ペイントまみれ。ここまでボコボコにされた。認めるしかない。屈辱に顔を歪ませながら舌打ちをする。不満そうな様子に大井は苦笑いだった。

 

 なにより腹立たしいのは、それで強くなっている実感があったからだ。砲撃を回避できることが増える。より正確な位置に雷撃を叩き込める。大井は体力の限界ギリギリを見極めて、自分は息切れ一つせず指導を続けていた。満潮には体力の限界を見極めることができていなかった。

 

 どこまでできるか。最大の負担をかけられる適切な訓練。元練習巡洋艦は伊達ではない。それが苛立つ。わたしの自主練はなんだったのか。まるで今までの努力を否定されている気がする。歯ぎしりの音がギリギリと響く。

 大井は満潮を見て、少し戸惑った後口を開く。

 

「満潮……貴女」

「大井さーんっ! 緊急事態キタコレェーっ!?」

「な、なにごとだっぴょん!?」

 

 大井の発言は大声に遮られた。余りの大声に卯月も飛び起きる。遠くの方からこっちに走ってくる艦娘。息を荒げながら全力疾走。焦っているのが一目で分かる。ピンク色の髪の毛にメイド風の制服──ウサギ(?)めいた小型不明生物を肩に乗せた駆逐艦だ。

 

「どうしたんですか」

「む、おお、特務隊の方々。ここにいたんですね、手間が省けた。ぜぇ、ぜぇ……」

 

 夜なのにやかましい。大井は文句ありげだ。しかし大井は()()で彼女に話しかけている。どういう立場の艦娘なのか。

 その艦娘は息を整えると、卯月と満潮に向けて手を伸ばす。握手を求めていた。卯月はその手をすぐ取れなかった。睦月たちに拒絶された傷が後を引いていた。

 

「おっと、握手してる場合じゃなかったです!」

 

 と言って彼女は手を引いた。気を使ってくれたのだと卯月は気づく。

 手を握ることに抵抗感を覚えてしまった私が悪くならないように、向こうから方便を使って引いてくれた。気づいてしまったばかりに、申し訳ないと思う。だけど心の傷は深い。言葉に出さず、気遣いに甘えさせてもらった。

 

「初めましてお二人方、綾波型駆逐艦、九番艦の『漣』です。ご主人様の秘書艦をやらせてもらってます!」

「御主人……そーゆープレイかぴょん」

「そうそうセクハラスレスレのメイド服を夜な夜な着せられて、女同士の濃厚なネチャンネチャ──って言ってる場合じゃない!」

「やかましい奴」

 

 秘書艦だったのか。道理で大井が敬語で話す訳だ……だがこの話し方。彼女のノリは卯月に近かった。うるさいのは卯月だけで十分だ。満潮は心の底からげんなりした。何でコイツ来たんだよと目線で大井に訴える。

 しかし、大井の顔つきは真剣なままだった。

 

「漣さん、なにがあったんですか」

「そうです、ヤバいんです。本当に申し訳ないですけど、皆様方には直ちに出撃をお願いしたい!」

「サッパリ分からんぴょん」

「金剛さんたちの艤装、アレ海路で別途輸送してるの知ってますよね」

 

 緊急出撃があるのは分かる。軍事施設なんだから。けどなぜわたしたちが出ないと行けないのか。自分たちの鎮守府の危機ならば、自分たちが始めに動くべきではないか。若干冷酷だが、卯月はそう考える。

 漣も可能ならそうした。それができないから、卯月たちに頼み込んでいる。卯月たち以外が戦ってはならない相手が、現れたのだ。

 

 

 

 

「護送隊が()()に襲われてるんです!」

 

 

 

 

 復讐劇の第二ラウンド。その幕開けは余りにも突然だった。




藤提督の秘書艦は漣。ちなみに作者の初期艦も漣。肝心の提督は何時になったら出せるんだ。
大井は練巡の経験があるから、きっと指導は得意。
ずっと訓練を受けられれば順当にパワーアップできるんでしょうが……大井が鎮守府を離れられるかと言われると。
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