前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第83話 救出

 夜間演習の最中に突然現れた藤提督の秘書艦の漣が告げたのは、金剛たちの艤装を運ぶ護送隊が、秋月に襲われているという緊急事態だった。

 予想だにしない事態に満潮は硬直する。まさかこんなタイミングで秋月が現れるなんて思っていなかった。疑問符しか浮かばない。なぜこうなっている。

 

「なんで護送隊が襲われてんのよ。どんなルートを通ったら秋月に発見されるのよ!」

「普通の安全なルートですよ。でも襲われてんです。だから緊急事態って言ったっしょ!」

「そんなのあり得ない。第一護送部隊がいるんでしょ。なにしてんの!」

 

 主不在の艤装の輸送なんて、深海棲艦からしたら絶好の獲物だ。だからこっちも航路は吟味するし、選りすぐりの護衛をつける。そいつらはなにをしているのか、精鋭部隊をつけなかったのだろうか、満潮には不可解でしかない。

 しかし、そんなこと気にしてる暇はない。どうでもいいことばかり言う満潮を、卯月はグーで殴り飛ばした。

 

「うっとおしいぞこのダボッ!」

「ぐぅっ……なにすんの!?」

「喧しいぴょん!」 

 

 護送部隊が襲われている、危機に陥っている、それだけで十分事足りる。重要なのは金剛たちの艤装を死守すること、こうなった原因なんて後で考えれば良い、考えている時間が惜しい。

 だが戦力は必要だ。卯月は確認を兼ねて漣に問いただす。

 

「漣、出れるのはうーちゃんたちだけって言ったけど、それはシステムのせいかぴょん?」

「そうです、申し訳ねぇ。あれはまだ軍事機密扱いでして、存在を知っていい面々は限られてんです」

「『納得』したぴょん、今すぐ行くぴょん!」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)は未だに未知のシステムだ、なにがどうなってあんなのが作動してるかは誰にも分からない。

 

 分からないから、好き勝手に解釈できてしまう。

 

 大本営が危惧してるのはそこだった。

 艦娘を洗脳する装置として解釈するならまだマシ。

 人によっては艦娘の『本性』を暴き出す装置と思うかもしれない、そうなったら魔女狩りの始まりだ。

 艦娘の強化装置と思われたら、システムを使おうとする連中が必ず現れる。どう転んでも録なことにはならない。

 

 だから誰にも知られてはならない。卯月の造反が噂で広まっているように、隠しきれる内容でないとしても。知ってしまった人はともかく、システムの正体が暴かれるまでは極力隠し通した方が世のためになる。

 

 代償として誰の助けもなく、二人だけで秋月に立ち向かわなければならないとしても、その方が世のためになるのなら、卯月は迷いなく動くことができた。

 

「待ちなさい!」

「どうしたぴょん大井さん」

「燃料と弾薬は補給していきなさい。これは軽巡としての命令よ。工廠はあっち」

「明石さんには話通してありまっせ、補給の準備は済んでます!」

 

 手際が良い、ふざけた態度だが、秘書艦としてのスキルは十分あるということだ。

 卯月と満潮は急いで工廠へ向かう。幸い演習エリアと工廠は近かった。中へ飛び込んだ途端、無言で明石が艤装を回収し、すぐさま補給に取りかかった。

 

 明石はチラリと卯月を見る。今朝と同じように軽蔑と不信感が入り混じっている顔つきだ、本当に護送部隊を助けてくれるのか、信じていない様子。ほぼ諦めてるが辛い気持ちになる、どれだけ経ってもこの視線には慣れそうにない。

 

 顔を伏せた卯月に変わって、満潮が明石を睨みつける。

 自分たちにここまで悪感情を抱いているような奴に整備を任せていいのか、満潮は不安だった。見た感じ手抜きはしてなさそうだが、素人目では分からない所もある、不安はぬぐえない。

 だから、工作艦に対しては侮辱に等しい言葉でも、言わずにはいられなかった。

 

「アンタ、ちゃんと整備してよね」

 

 そこまでクソだとは思ってないが、整備不良で轟沈とか死んでも死にきれない。

 満潮の侮辱に対し、明石は一目で分かる程苛立っていた。しかし声を荒げることはなく、補給作業を進めながら淡々と答えた。

 

「仕事に私情を挟むほど腐っちゃいません。無礼な連中ですね」

「無礼で結構よ、さっさと終わらせて」

「言われなくてもやってます。貴女たちと同じ空間にいるのは、正直嫌なので」

「アンタの作業効率化に貢献できるなんて、前科を背負って良かったって初めて思ったわ、感謝しなさいよ」

 

 気まずい、なんてことを言いやがるこのバカは。

 被害が及ばないように、端で縮まりながら補給が終わるのを待っていると、工廠の外から慌ただしい足音が複数聞こえてくる。

 飛び込んできた艦娘たちは、松型姉妹たちだった。卯月たちが出撃すると聞いて、慌てて飛び出してきたのだ。

 

 金剛たちも本当は駆けつけたかったが、彼女たちまで動いたら()()になりかねない。どの鎮守府でも戦艦の存在は、良くも悪くも大きいから、騒ぎにならないよう我慢していた。

 

「ごめん、狙われてるのは私たちの艤装なのに、私たちが動けないなんて」

「いや別に、松たちがなにかした訳でもないぴょん」

「せめて、これを持っていって」

 

 松は持ってきた手提げ袋を渡してくる、お握りやパン、小さい水筒に入ったスープ等が中に入っていた。どれも片手で食べれるラインナップ。護衛部隊のところへ向かいながら食べれる、機能的なメニューだ。

 出来立てなのか、ほのかに暖かい。訓練のやりすぎで、腹が減って死にそうだった身体には、本当にありがたかった。

 

「だいたいは間宮さんが急いで作ってくれたんだ。一応言っとくが毒はない。剃刀もだ。俺たちで見てたから安心してくれ」

「間宮さんが……こりゃ、負けられないぴょん」

「間宮さんが伝言もあるよー、『お願いします』だって。やっぱり会うのはツラいみたいだった」

 

 それはもうしょうがない。

 自らが悪いとは一切認めていないが、ここに来たことで、他の人々がどう感じているかは理解した、わたしは誰にも許されやしないのだと。

 しかし諦めたりはしない、そんなことで無気力になるなんて、『卯月』のプライドが絶対に許さないからだ。気持ち的には辛いが、成すべきことは、成さねばならない。

 

「金剛さんたちも、『助けて欲しいデース』って言ってたぜ」

「素直ね……助けてって、別の言い回しがあるでしょ」

「建前を口に出す性格の人じゃないだろ?」

 

 確かに。卯月と満潮は頷いた。そうやって話している間に補給が終わった。

 明石から艤装を受けとる。少し休んだからか、多少は身体が軽くなっている、貰った食事を取れば、訓練で消耗した体力はかなり戻る筈だ。秋月相手でも、勝てなくても時間稼ぎならできる、時間稼ぎで良い、目的は護衛部隊を無事に帰投させることなのだから。

 

「ありがとう卯月、こんなことになったのに、戦おうとしてくれて」

「お礼なんていらねーぴょん、艦娘ならば、こんなことはジョーシキだぴょん!」

 

 仲間が危機に陥っている、それも一緒に戦い、背中を預けた仲間だ、助けない理由がない。ここで動かなきゃ、最悪なレベルでカッコ悪くなってしまう。

 

「行くわよ、二人とも」

 

 既に準備を終えていた大井が工廠の入り口で待っていた。

 

「あれ、大井さんは行くのかぴょん」

「わたしは事情を知ってる側だから、高宮中佐の了承は、波多野曹長経由でとってる」

「漣も行って良いッスか?」

「漣さんは多分提督が暴走すると思うので、それを止めといていください」

 

 暴走ってなんだよ。そう聞く暇はなかった。

 

「護衛部隊の場所まで案内するわ」

 

 秋月の戦闘能力は未だ未知数。戦力が多いに越したことはない。満潮は気に入らない様子だが、大井の参戦を拒否したりはしない。

 目にも止まらぬ速さで大井は出撃、卯月たちもそれに追従する。松たちは彼女たちを見送った。あっと言う間に遠のき、夜間ということもあり、その背中はすぐに見えなくなった。

 

 

 *

 

 

 深夜の海を、三隻の艦娘が走る。

 護衛部隊が襲われている地点は、大井によれば藤鎮守府からそう遠くない場所、鎮守府近海とも言うべきエリア。鎮守府ができた頃から何度も掃討が行われ、今では安全が確保され、輸送船や漁船が活動可能になっているような場所だった。

 

 ここで言う安全は、単に敵がいないという意味には留まらない。深海棲艦の侵入が()()()()()()という意味だ。

 深海棲艦が根絶され、艦娘が定期的に哨戒できるエリアは、鎮守府の『領域』と化す。艦娘たちを起点とした結界が構成され、深海棲艦は入ろうとしても、羅針盤が狂うように、あらぬ方向へ弾かれるようになる。レーダーや索敵機で基地を捕捉し辛くなる効果もある。

 これを繰り返し、深海棲艦から海を奪還していくのが、鎮守府の役割の一つである。

 

 そんな、安全が確約されたエリアに秋月は現れた。

 確かに、どれだけ結界を張っても、深海棲艦の侵入を完全に防げる訳ではない。それでもこれまで有効とされてきた護りが突破されてしまったことは、それだけ秋月──D-ABYSS(ディー・アビス)に呑まれた艦娘の脅威を意味している。

 

 鎮守府の結界が防げるのはあくまで深海棲艦だけ、艦娘は弾けないし、弾いたら帰投できなくなる。そもそも弾くことが前提になっていない、だから深海に支配されていても、艦娘である秋月は結界内に潜り込めた。

 この仮説が正しければ、これまで大本営が行ってきた海域解放の戦略は瓦解する。日夜本土爆撃が起きる暗黒時代復活待ったなし。

 

 最悪の事態を避けるためには、やはりD-ABYSS(ディー・アビス)を解明する以外に方法はないが、その為に必要なのはより多くの『サンプル』だ。卯月のシステムだけでなく、他のも調べないといけない。

 

「満潮、もし可能なら秋月を捕縛しようぴょん」

「はぁ? なんでよ、叩き潰して沈めれば良いでしょ。アンタそうしたいんじゃないの」

「うん、できれば生まれたことを後悔させてやりたいぴょん。水鬼さまをあんな風に殺したクズは許さない」

 

 わたしたちを庇って風穴だらけになった戦艦水鬼の姿が頭から離れない。心の底から敬愛する人を惨たらしく殺されて、怒り狂わない人はいない。しかしそんな個人的感傷を表に出してたら、本当の願いが叶わなくなってしまう。

 

「だけど、秋月も被害者かもしれない。何にも分からないから断定できないけど、もしもそうだったらうーちゃんは自分が本当に許せなくなる。本当に造反行為をしちゃったうーちゃんを拾ってくれた中佐に会わせる顔がないぴょん」

 

 卯月も秋月と同じだ、いや彼女より酷い。鎮守府の艦娘と人間を殺し回り、数十年培ってきた信頼を壊してしまった。弥生だけじゃない、卯月を憎む人は無数にいるにも関わらず、高宮中佐は卯月に生きられる道──地獄だったが──を提供してくれた。

 そのお蔭で助かったのに、似た立場の秋月に手を差し伸べない。

 そんな理屈は認められない、同じように助けなければならない。本心では殺したいが、最悪それは助けた後でもできる。まずは艦娘の本分を全うする。他は後で決めれば良い。

 

「中佐の意向はどうなってんのよ」

「そんなのうーちゃんが知る訳ないぴょん。大井さん、曹長経由で中佐と話した時、なんか聞いてないかぴょん」

「聞いてるわよ、『絶対に救助しろ轟沈させたら問答無用で解体する』って言ってたわ」

 

 思ったより過激であった。卯月と満潮は口角をヒクヒクさせながら苦笑い。勿論秋月に死んで欲しくないから、ではなくD-ABYSS(ディー・アビス)を搭載した貴重なサンプルだから。撃ち殺すなんて言語道断なのである。

 

「目的が護送部隊のしんがりってことを忘れないでよね」

「むー、分かってるぴょん!」

 

 間宮がくれた差し入れを食べきり、口を拭きながら答える、任務を忘れて私情に走るバカと一緒にしないでほしい。少し前に泊地棲鬼の単語を聞いただけで大暴走したことは綺麗サッパリ忘れていた。

 

「あと少しで、作戦海域に入るわ」

 

 大井の一言で空気が引き締まる、そこに入ったらいつ襲撃があってもおかしくなくなる、油断した艦娘が潜水艦の一撃で即死なんてのは良くある話だ。ましてや夜の海、奇襲の危険性が跳ね上がる時間帯、この辺りがまだ安全だと分かっていても緊張してしまう。

 

 それが功をなした。

 

「ん?」

「どうしたの」

「今、なにか、爆発したような……」

 

 立ち止まり、耳に手を当てて周囲の音をよく聞きとろうとする、夜の暗闇のせいでなにも見えない、音に頼った方がまだマシ。

 気のせいだと思うが、思うのだが、嫌な感覚が拭えない。

 

 

 

 

 瞬間、一寸手前が爆発した。

 

「なっ」

 

 紛れもなく、砲撃の一撃だった。当たれば即死レベルの威力に戦慄する。

 大井と満潮も卯月に合せて立ち止まっていたから助かった、進んでいなかったら直撃していた。

 死の恐怖に満潮は、反射的に数歩さがろうとする。

 その手を大井が掴んだ。

 

「そっちじゃない!」

「は!?」

「砲撃はまだ続いてるぴょん!?」

「前進して!」

 

 卯月が聞いたのは砲撃音。

 それも一発二発ではない。何十発分もの音が聞こえた、ほんの一瞬でそれだけの数の砲撃をしたのだ。

 大井の指示に従い、さっきのでできた水柱へ突っ込んでいく。

 

 直後、背後に無数の砲撃が降り注いだ。

 後ろに数歩でも下がっていたら直撃、全力で後退しても直撃だ。

 一発目が直撃すれば良し、運よく助かっても、竦んだり後退したところに直撃する。確実に仕留められるような、二段構えの攻撃だった。

 

「もう嫌、どうなってんの、安全って言ったでしょアンタ!?」

「ごめんなさいね、撤回する」

「この砲撃、間違いない、水鬼さまを殺した時の!」

 

 敵の姿は影も形も見えないが、奴はこの先にいると、確信が持てた。この砲撃は紛れもなく秋月のものだ。

 

「どうすんの、ここはもう、秋月の『射程距離内』ってことじゃない!」

 

 暗黒の中、異常な正確性で、雨霰のような砲撃が迫りくる。それを突破しなければ護衛部隊とは合流できない。

 その背中さえ確認できない中、秋月との戦いが始まる。

 降り注ぐ砲火の中へ、三人は飛び込んだ。

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