前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第84話 突破

 金剛たちの艤装を運ぶ護送部隊が、秋月の襲撃に遭っている情報を聞き、夜の海へ卯月たちは緊急出撃。しかし作戦海域に入る手前で、いきなり秋月からの攻撃を受けることになる。

 

「護衛部隊ってどこにいんの!?」

「まだ先、急ぐわよ」

「急ぐって、これを突っ切るの!?」

 

 秋月の攻撃は一回では終わらない、ここで潰さんとするように、絶え間なく砲撃が降り注ぐ。夜戦なのに狙いも正確、高性能な電探を持っているのは間違いない。

 暗闇のせいで、目視も着弾寸前までできず、ギリギリのところで回避し続けるしかない。距離が遠く、撃ってからのタイムラグのせいで、狙いが少しだけずれるのが救いだ。

 

「どうなってるの」

「大井さん、どーしたぴょん!?」

「護衛部隊が今いる位置からここまでの距離は、戦艦の主砲でやっと届く距離なのよ」

 

 ありえないことが起きていた。

 秋月が護衛部隊のすぐそばにいたとしても、駆逐艦の主砲では射程距離が足りていないから、卯月たちの所まで砲撃は届かない。電探も同じだ、駆逐艦に乗る小型電探は策敵範囲外の筈。

 しかしこの砲撃は間違いなく秋月のもの、届かない筈の攻撃が届いている。狙いも正確、本来搭載できない大型電探クラスのレーダーが、どういう訳か使用できている。

 

「これも、D-ABYSS(ディー・アビス)の力ぴょん……?」

「確かに、深海棲艦の姫級って考えれば」

「戦艦級の射程距離に、大型電探が乗る防空駆逐艦……ふざけてんの!?」

 

 無茶苦茶なチート振りに満潮が悲鳴を上げた。卯月も大井も似た気持ちになるが、だからって退くつもりは微塵もない。ここで退くような奴は駆逐艦ではない。

 

「でも行くしかないわ」

「不幸! 不幸だぴょん!」

「クソが! クソが! クソが!」

 

 クソみたいな状況に変わりはないので、散々悪態をつくが、彼女たちの瞳の闘志は揺るがない。大井の気合いの入った指示と同時に、前へと踏み込む。

 

「総員突撃ッ!」

 

 視界を塞ぐような、怒涛の弾幕に身を投げ出す。

 喰らえば重傷間違いなしの攻撃、こんな攻撃にずっと晒されていた護衛部隊は、間違いなく大ダメージを受けている、轟沈者が出ている可能性さえある。怯んでいる場合じゃない、一刻も早く行かなければならない。

 

「速度を上げて、その方がまだマシ」

 

 大井の指示に従い速度を上げる。どうせ砲弾はギリギリまで目視できない、一々気にしてたら、いつまで経っても進めない。速度を上げて、狙いを外しやすくした方が幾ばくかマシになる。距離がまだ離れているお蔭で、弾幕の密度も回避できない程濃くない。

 

 しかし、距離が詰まっていくに連れて、それも困難になる。航行速度を速めたら、その速度を元に移動先を予測して砲撃が飛んでくる、タイムラグは縮まっていき、何度も砲撃が掠りそうになる。最大船速一辺倒という訳にはいかない、速度を変え、ジグザグに動き、狙いをつけられにくくするのが精一杯。

 

「ぐっ!?」

「大丈夫!?」

「だ、大丈夫、鼻血だけぴょん!」

 

 掠ってさえいない、鼻先ギリギリを通り過ぎただけ。それでもダメージが入る、砲撃に伴う衝撃波だ、至近距離を通過するだけでも攻撃になるのか。想像以上の威力に卯月は戦慄する。

 だが本当の恐怖は、ここからだった。

 

「熱っ!?」

「満潮が死んだやったぴょん!」

「こんな時に冗談ぬかすな、火傷だけ!」

 

 卯月と同じように満潮の傍を砲弾が通過し、衝撃波が制服の一部を焼き払う、ついた火は海水で直ぐ消化したが、装甲を兼ねた服が一部燃え尽きてしまう、その下の皮膚は軽く火傷を負っていた。滅茶苦茶である。

 その直ぐ後、大井にも攻撃が迫った。運悪く直撃コースを取っている。

 

「当たりませんよ」

 

 目視してから、瞬時に主砲を放ち、秋月の砲撃に砲弾をぶつける。軽巡級の主砲と駆逐級の主砲。サイズは軽巡の方が大きいので、普通なら秋月の砲弾が砕け散るが、大井はそう思わなかった。

 

 予想は当たる。砕けたのは大井の、軽巡クラスの砲弾だった。

 

 しかしそれを前提に大井は動いている、迎撃できなくても、当てれば軌道は逸れる。

 直撃する筈だった砲弾は、大井の足元近くに着弾し、海面を大きく揺らす。あらかじめ構えていなければ、足を掬われそうな程大きな波が発生した。

 

「大井さん、また砲撃音が!」

「ええ、聞こえているわ」

 

 ギリギリでも、目視できるなら迎撃できる。大井はそう考えた──だが、すぐに考えを改め、卯月たちへ指示を飛ばす。

 

「二人とも真っ直ぐ、五秒後に分散して秋月を目指して」

「え、あ、ほ砲撃音が!」

 

 もう砲撃されている、このまま行ったら直撃だ。卯月は大井の指示に戸惑うが、満潮が無理やり手を引っ張る。

 

「指示に従いなさい、アンタより戦闘経験ある人よ!」

「そうだった!」

「オイ」

 

 大井さんはわたしが気づいていない何かに気づいている、さっきもそうだったから信頼して良い。卯月は冷静になり、彼女の指示に従った。

 

 言う通り速度を緩めず、恐怖に内心震えながらも、真っ直ぐに突っ込んでいく。完全なる殺意があれば恐怖を感じても、揺らぎはしないが、まだそこまで高まらない。だから恐怖は、度胸で圧し殺す。

 

 卯月たちが突っ込む後ろで、大井は立ち止まり、二人が向かっている方の海面を凝視する。

 四秒経過。

 その時、大井が主砲を構えた。

 

「そこね」

 

 発射されたのは数発だけ。少ない砲弾は、卯月と満潮の間を掠め、その先の海面に着弾した。

 大井はなにをしている、当たりそうだった、なんで立ち止まってる──そんな疑念は、次の瞬間消し飛んだ。

 

 卯月たちの正面が大爆発を起こした。

 砲弾が落ちた衝撃ではない、ならば、正体は一つしかない。水面下だ。

 

「ら、雷撃ぴょん!」

 

 さっきの大井の砲撃が、雷撃を破壊してくれたのだ。助かったと気を緩めた時、卯月たちの両側面に、砲弾の雨が降り注いだ。当たらなくても、衝撃波と津波に足を浚われそうになる。

 

「なにが、ぴょん!?」

「五秒経過ッ、分散するわよ!」

「ぴょぇー!?」

 

 満潮は、秋月の狙いと、大井の狙いを理解していた。

 ここまでずっと主砲ばかり乱射していたことが一つの罠だ、秋月は駆逐艦、当然魚雷を使える。派手な乱射も威力も、それから意識を反らずためのもの。

 

 食らえば死ぬ、そう気づいたら、慎重にならざるをえない。主砲の音に怯み、回避行動を取ったら両側面の砲撃が当たっていた。

 降り注ぐ砲撃を抜けようと、速度を上げ真っ直ぐ行ったら雷撃の餌食。

 距離を取っても、速度が落ちた所に、回避不能の一撃が来ただろう。

 

「クソ、苛立つわね!」

 

 一人満潮は愚痴る。彼女自身も、雷撃のことが頭から少し抜け落ちていた。大井が雷撃を破壊するまで、秋月の狙いに、自分自身が気づけなかったこと自体に腹が立つ。

 しかし大井は重雷装巡洋艦、魚雷のスペシャリスト、比較すること自体間違っているのだが、満潮には艦種の違いなんて、どうでも良い、言い訳にしかならない。

 

「卯月、一気に距離を詰めるわよ!」

「言われなくても、やってるぴょん!」

 

 秋月の放った雷撃が、大井に破壊されたことで、巨大な水柱が何本も乱立し、卯月たちの姿を隠していた。電探を使われたらすぐ気づかれるにしても、少しなら位置を誤魔化せる。二人は水柱を突っ切った後、大井の指示通り二手に別れる。

 両方向に撃った砲撃の水柱に紛れ、一気に回りこむ。秋月は電探で位置を捕捉し、再度砲撃を繰り出すが、水柱で一瞬見失った遅れは大きかった。

 

 更に左右に別れたことで、狙いを集中できなくなる。卯月と満潮、両方に夥しい量の砲弾が撃ち込まれるが、さっきのような集中砲火と比べたら、まだなんとか回避できる範疇だ。速度を限界ギリギリまで上げて、狙いをつけさせないよう一気に突っ込む。

 

 近づいてきている、秋月もターゲットを絞る。

 二兎を追う者は一兎をも得ず。無理に二人同時に狙うより、一隻ずつ潰した方が確実、秋月が狙いを定めたのは、卯月だった。

 D-ABYSS(ディー・アビス)を乗せている卯月は、最大の手掛かりそのもの。卯月が死ねば、『敵』の追跡は困難になる。それに卯月は最弱の駆逐艦、仕留めるのは容易いと考えるのは必然だ。

 

 秋月は電探を使い狙いを定める。人一人分の逃げ場さえない弾幕が降り注ごうとした。

 

 しかし、それを阻むかのように、足元に無数の雷撃が迫っていた。

 雷巡である大井の放った牽制の雷撃である。

 

 防空駆逐艦の秋月には、即座に処理することができない。回避するために後退した結果、卯月たちへの弾幕が、一時的に緩和した。更に十分近づくこともできた。大井の情報が正しければ、この先に護衛艦隊がいる。

 

 チャンスは今しかない。大井が叫ぶ。

 

「卯月、満潮! 護衛部隊はその近くにいる筈よ! 貴女たちが探して!」

「秋月は!?」

「わたしが引き受ける!」

 

 大丈夫なのか、狙いが三人に分かれててあの猛攻、それが一人に集中したら、無事でいられるのか。不安でしょうがないが、卯月は一瞬目を伏せて、自分に言い聞かせる。

 

 そんなのはどうでも良いと。

 

 重要なのは、護衛部隊の救出、それが目的だ、結果を出せなければ意味はない。目を上げても不安は残っているが、心は落ち着いた。返事をするのも無駄、すぐさま護衛部隊の捜索を始める。

 

 満潮とアイコンタクトを取り、二手に別れて探し始める。夜で探しにくいが、五人分の艤装を運んでいたのだ、かなり大きい筈、大発動艇とか、それに近いものが浮かんでいる。見つけるのはそう難しくない。

 

 しかし、安全に探せるとは限らない。

 

「どわっ!?」

 

 卯月の足元に、高速の砲弾が飛来、海面がひっくり返り動きが乱れる。追撃を想定し主砲を構えた途端、礫のように攻撃が降ってくる。

 だが、狙いが甘い。どれも卯月の近くに落ちるが、命中しそうなものはない。誘い込まれている雰囲気もなさそうだ。卯月は一人礼を言った。

 

「そうか、大井さん、ありがとぴょん!」

 

 宣言通り、大井が秋月をおさえこんでくれている。砲撃が来ているので、完全に封じられてはいなさそうだが、護衛部隊を見つけるには十分、最低限度の警戒だけ残して、意識を集中させる。

 

 一刻も早く見つけないといけない、どんな状況なのか、そもそも生きているのか。護衛はもういなくて、水底で嘆いているのではないか。今にも死にそうな重傷で潜んでいるのか。考えるほど焦りが増していくが、頭の中は冷たく、落ち着ききっている。

 

「落ち着け……艤装はきっと無事だぴょん……」

 

 卯月は逸る気持ちを制御し、同じ所を二回も見て、時間を浪費しないよう、丁寧に探す。

 最悪護衛が死んでいても、艤装は無事だ。死ぬもの狂いで護ってくれた筈だ。そりゃ護衛にも生きてて欲しいが、優先順位は低くなる。

 

 しかし、時間はどんどん過ぎ去っていく。意識外へ追いやっても、降り注ぐ秋月の攻撃は集中力を削り取っていく。体感時間が長い、実際の時間はどれぐらい過ぎている。まだ見つけることができない。

 

「卯月、そっちにいたの!?」

「いないぴょん、いなかったのかぴょん!」

「だから聞いてんのよノロマ!」

 

 満潮にも発見できていない。

 卯月の焦りはどんどん高まっていく。緊張感が張り詰め、心臓が破裂しそうだ、死んでしまってるんじゃないかと、絶望感が膨れ上がる。

 なにか手段はないのか、なんで発見できない、大発動艇は結構大きいのに、やはり艤装諸共沈んだのか。

 

「どこ! どこにいるんだぴょん!」

「叫んでも意味ないでしょ、この砲撃で音なんて掻き消されている!」

「で、でも……返事してぴょん!」

 

 冷静さを維持するのも限界だ、敵を目の当たりにした時なら、殺意に収束させられるが、救出任務ではそうもいかない。自分自身が抱え込む、緊張と焦りとの戦いになる。卯月はそれに負けそうになっていた。

 

 砲弾は降り注ぎ、安否は全く分からず、視界不良で、大井がどれだけ持つかも分からない。

 初めて経験する救出任務としては過酷極まる。

 救助に向かえるのは、卯月と限られた人員だけ、わたしがやらなきゃいけない、その責任感だけで持たせていた──が、限界だった。

 

 その時、叫び声が聞こえた。

 

「……え?」

 

 砲撃の爆音を突き抜けて、ハッキリと聞こえた。ほんの一瞬だったが、卯月には誰かの叫び声が聞き取れた。

 卯月の思考は、今まで全く聞こえなかった音が聞き取れた衝撃で、困惑しきった。満潮は卯月が絶望して棒立ちしたと思った。

 

「なにボサッと突っ立ってんの!」

「み、満潮。今の聞こえたかぴょん」

「寝ぼけてんの、声なんてなにもないわよ」

 

 満潮には、聞こえていなかった。卯月にだけ聞こえていた。幻覚幻聴幻痛の持病持ちだ、また幻の可能性は否定できないが、それでも今の叫び声は、幻ではないような気がする。どうせ時間を使うなら、賭けてみるのも一つの手段だ。

 

「あっちから聞こえたぴょん」

「……そっちね、砲撃はわたしが警戒しているから、見てきて」

 

 卯月の話し方に妙な感覚を覚え、満潮も一旦協力した。

 航行速度を抑え、ゆっくりと、声が聞こえた方向へ舵を切る。どこまでも暗闇が続いているだけ、大発動艇の影も形も見えない。

 

 やはり聞き間違いだろうか、幻聴の症状が、戦闘中も出るようになってしまったのか。そう疑い始めた頃だった。

 

 足元に、なにか、柔らかい物が当たった。

 

 脚部艤装のスクリューが少し当たってしまい、抉れる感覚もした。なんだと足元を見て、卯月は言葉を失った。

 

「いた」

 

 水面下あったのは、ほぼ沈没寸前の大発動艇と、頭部がはじけ飛んだ艦娘の遺体、それが卯月のぶつかった物の正体。抉ったのは遺体の肉片だった。

 周辺にも同じように、原型を留めていない艦娘の肉片が浮かんでいる。艤装を守ろうと秋月と交戦し、そして敗れたのだ。

 

「なんで、声が」

 

 既に、絶命していたように見える。死ぬ間際の叫びだったのか、なら何故満潮には聞こえていなかった。とにかく大発動艇を回収しないと、中の艤装が無事か確認しなければ。満潮もすぐに動こうとする。

 

 そこへ、衝撃波と共に、砲弾が飛来した。

 

 視界を埋め尽くす程の水柱が起き、動きを封じられる。視界が開けた時、砲撃のダメージで大発動艇は更に沈んでいた。

そして、艦娘たちの遺体が跡形もなくなっていた。

大発より、遺体すら消し飛ばされたことがショックだった。

 

 

 

 

「久し振りと、言えば良いんでしょうか?」

 

 

 

 

 深海棲艦のような鬼火を瞳に灯して、秋月がほほ笑んだ。

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