秋月の猛攻をどうにか突破し、護衛部隊を探した卯月は、謎の叫び声に導かれ、護衛を見つけた。しかし彼女たちは細切れの肉片と化し、既に息絶えていた。卯月たちは間に合わなかった。
艤装は、恐らく無事だ。
大発は半分以上水没している、艤装も水に浸かってしまっているが、沈没も想定して、ある程度の耐水性は確保されているだろう。今すぐ引き上げて、持ち帰れば大事にはならない。
最優先目的は概ね達成できた、なにも心配することはない。だが卯月は体の震えが止まらない、ショックを隠し切れない、艤装は無事でも、それを護ろうとした艦娘たちは、海の藻屑になってしまった。
「どうかしたんですか、ひょっとして怯えているんですか?」
瞳に、深海棲艦の鬼火を宿した秋月が、背後に立ち塞がる。
卯月と同じ、
震える声で、秋月に問いただす。分かりきったバカな質問だった。
「お前が、やったのかぴょん」
「ええ、殺しました」
秋月は、息をするのが当然であるように、あっさりと告げた。ニヤニヤと笑いながら、卯月の反応を見て楽しんでいる。
大井はどこか、無事なのか、暗闇のせいで分からない。分かるのは大井と戦った秋月は、未だに無傷ということだけだ。
「良い顔ですね」
「なに?」
「さっきの皆さんも、似たような顔だったので。絶望に塗れた、面白い表情でした」
それは挑発ではなく、紛れもない本心から発言だ。同じ艦娘に襲撃を受けた。まともな抵抗もできない。増援も間に合わなかった。海面に浮かぶ焼けただれた生首には、絶望の顔が断末魔のように張り付いている。
夜闇でも見える、無念の表情を見て、卯月の身体がより一層震えだす。
「貴女たちがもう少し早ければ、こうならずに済んだんでしょうね」
「アンタ……ッ!」
「いいんだぴょん、満潮、残念だけど事実だぴょん」
本心からの発言だろうが、作戦としての挑発だろうが、どっちでもどうでもいい。秋月の言うことは確かに事実かもしれない。もう少し早く、あとちょっとだけでも、勇気を持って加速してれば、間に合ったかもしれない。もしもの話だが、可能性としてはあり得る。頭ごなしに否定はできない。
「うーちゃんたちの力不足、かもしれないぴょん」
「随分と素直ですね」
「ああ、だから正直に言っちゃうぴょん」
「なにが?」
「秋月、お前はおバカだぴょん」
突然の罵倒に、秋月は面食らう。そんなもので激昂したりしないが、唐突だった。
「意味が分かりませんが」
「なら大バカぴょん、この人たちのお蔭で艤装は無事、戦力ダウンを狙ったんだとしたら、お前はもう、敗北してんだぴょん」
「はぁ、バカは貴女では? なんで生きて、艤装を持ち帰れると思っているんですか?」
さっきまで震えていたのはなんだったのか、毅然と指を突き刺し、敗北宣言を突き付ける卯月に苛立つ。冷静さは失わない。しかし、自らが生還できると疑わない様子が、残酷な侵略者の秋月には気に喰わなかった。
「帰るっ! それ以外の選択肢はない。勝負は決まっている、この人たちとうーちゃんたちの勝利だぴょん!」
「好きなだけほざいてください、現実を突きつけて上げます」
「え? 現実? アレェ? どー見てもぉ、時間稼ぎ成功はしているぴょーん? おーい現実はどこだぴょーん?」
指で眼鏡を作り、『見えてないんですか?』的ジェスチャーで、徹底的に茶化す。向こうは狂人だ、まともに付き合う気は全くない。
卯月は、心の底から怒り狂っていた。
会ったことはないが、金剛たちの艤装を守ろうとした彼女たちも卯月たちの仲間だ。仲間を殺されて、怒りに燃えない艦娘なんていやしない。
怒りに支配された卯月の心は、漆黒の殺意に彩られる。洗脳されてるとか、浸食されてるとか、今現在気にする必要のない情動が封じられ、『敵』の抹殺に、理性が、感情が、感覚が動き出す。全てが合理化され、秋月抹殺マシンに変貌する。
身体が震えているのは、『完全なる殺意』として昇華しきれていない、内なる怒りの余剰部分だ。怒り狂ったとて、すぐに『殺意』に至れるほど、卯月はまだ経験を積めていないし、そこまでも激情を秋月に抱けていない。だが戦うには十分。
「満潮、大発を、艤装をお願いするぴょん」
「分かってるわそんなこと」
この場で大発を運用できるのは満潮だけだ。艤装は耐水処理されているが、長時間浸かってて良いことは一つもない。満潮はロープを水面から出てる部分に接続させて、大発を引き揚げていく。力任せにやってはならない慎重な作業、秋月が見逃す筈がない。
分かりきっている、だから、卯月が立ち塞がった。
「卯月さんが、わたしを、止めるということですか?」
「そーゆーことだっぴょん」
「愚かですね、たかが姫級を数隻下したぐらいで、そこまで慢心するなんて。それに
それは、卯月も気にしていた。
なぜか
「ふははは、システムがなくても、うーちゃんはお前に負けない、いや、既に勝っているのだぴょん!」
「負けですよ、すぐに後ろの満潮ごと、そこの雷巡ごと──」
秋月が唐突に、横の方向へ主砲を一発撃った。
たった一発だが凄まじい威力がある。爆炎と衝撃波が海面を揺らし、暗闇の中に、大井の姿を暴き出す。
「撃ち落としてあげます」
宣言を終えた瞬間、秋月の艤装──連装砲ちゃんという愛称がある半自律兵器だ──の、瞳のような部分が紅く燃え、無数の砲弾が四方八方に放たれた。
「チッ」
必殺の雷撃を狙っていた大井は、秋月の弾幕に引き剥がされ、チャンスを逃す。完全な死角から動いたのに発見された、やはりレーダー装備で間違いない。これだけでも、夜戦の利点が潰れてしまう。大井は舌打ちをしながらも、更なるチャンスを作ろうと砲撃を繰り出す。
「海の藻屑となりなさいな」
僅かな隙に、何発も砲撃が放たれた。命中弾と、両脇の逃げ道を塞ぐ弾。前後に逃げれば雷撃の餌食になる。
雷巡だから、大井の砲撃はそんなに強くない。それを正確な狙いで補っている。有効打となるコースを描き、回避や迎撃を余儀なくさせ、魚雷を叩き込む機会をこじ開けるという、シンプルだが効果的な攻め方。
「言いましたよね、撃ち落とすと」
しかし、秋月は大井が主砲を撃つよりも早く、かつ多くの対空砲を放ち、全ての砲弾を文字通り撃ち落としてしまった。それでも大井は止まらず、途切れないよう攻撃を続け、満潮が大発を回収する時間稼ぎに徹する。
卯月もタイミングを見計らって、その応酬へ紛れ込み、手に固定された単装砲を叩き込む。相手は一人、大井と挟み込むように立ち回り、前後左右全方向からの攻撃で、押し込もうとする。
「無駄弾を増やすだけですよ」
だが、それも全て、秋月は迎撃していた。
電探を使って、全方向を知覚しているのはまだ良いとして、同時迎撃とはどういうことか。砲撃の威力も速度も異常だが、再装填速度も異常なことになっている。こちらが一発撃つ間に、秋月は数十発の砲撃が可能、後ろから来ようが、おかまいなしに叩き落とされる。
「当たらないぴょん!」
「ええそうです、空を飛んでいる物については、全て迎撃します。秋月は防空駆逐艦ですから」
「防空駆逐艦ってそんなんだったかぴょん」
少なくとも至近距離からの砲撃を高角砲で撃ち落としたりはしない。卯月の突っ込みは意に介さず、迎撃が続く。
「ならこっちはどうなのよ」
大井が呟いた時、攻撃は既に完了していた。
名前に偽りなし、全身に取り付けられた魚雷発射管から、少し前に雷撃が放たれていた。大井が口を開いた時には、秋月に到達する寸前だ。
対空砲で迎撃はできない、幾らなんでも、横から下へ砲身を向けることは、射角上不可能、当たる可能性は高いが。
「こうすれば良いんですよ」
だが、秋月は全く予想できない方法で、迎撃した。
「こう、すれ、ばぁっ!」
思いっ切り足を振り上げて、海面へ踵卸を叩き込み、小規模な津波で海面そのものをひっくり返してしまった。
「はっ!?」
引っ繰り返った魚雷は、そのままそっくり卯月たちの方向へ。大井も予想していなかった迎撃方法に驚き、雷撃の処理が一瞬遅れてしまう。
秋月は絶句する二人を見て、邪悪に口角を上げて微笑み、連装砲の照準を二人に合せ、弾幕を張った。
幸いか、津波などという方法でのカウンターだったので、精密性には欠ける。迫る秋月の砲弾から逃れるため、連装砲を必死で注視しながら砲撃。何発かが砲弾を掠め、直撃コースを逸れていく。同時に魚雷にも意識を向けて、当たらないよう動き回り、かつ秋月も狙っていく。
「精度が足りてないわよ!」
「うるせーぴょん言ってる場合か!?」
「練度不足には何度でも言うわ」
大井の特訓の成果は、ある程度発揮されている。
戦場では、あらゆる方向から攻撃が飛来する。砲弾、雷撃、空爆、果ては格闘から予想外の攻撃まで。
駆逐艦にとってはどれもが命取り、ましてや姫級の攻撃を食らえば遺体も残らない。
だから大井は、とにかく生存の為の第一歩として、全てを並行する手法を叩き込んだ。
常に、全方位に、最大限注意を払えば。意識だけでも向けられれば回避率は向上する。
どれかに意識を向けすぎたら、他のを喰らうような演習を繰り返し繰り返し、吐くまでやった。
目的に対して、適切な仮想敵として立ち回れる、それが練巡である大井のスキル。ひたすら基礎的なスペック向上を行う満潮とはそこが違う。満潮は良い演習相手を演技できない。
そして卯月は、秋月に運良く追従できている。あれだけの砲撃を裁きながら、当たるような砲弾を撃てている。
とはいえ、卯月は一夜漬けどころか半日漬けのハリボテ、狂った砲撃を繰り返す秋月相手に、長時間持つとは思えない。
「どうしました、雷撃はもう終わりですか、他に出せる手はありませんか?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて挑発してくるが、大井は特に反応せず淡々と返す。
「貴女に見せる物は、特にないけど」
「全てってことなんですか、それで終わりなんですね」
「答える義務はないわよ」
「そーだそーだ! 黙秘権を行使するぴょん!」
戦場にそんな権利はない。よく分からないことを宣う卯月はスルーされた。
「そうですか、ないんですね。それで終わりで良いんですね」
秋月は愉しそうに話しかけてくる。卯月たちは不快感しか感じない。こちらを心の底から見下し、ゴミ同然と思っているのが伝わってくるからだ。そう思ってるのを隠そうともしていない、余裕丸出しなのも腹が立つ。
というか、なんでそんなこと聞いてくる。
「では、ここからは秋月が、攻撃させてもらいます」
秋月と連装砲の鬼火が、一際強く燃え上がった。
二人の背筋が悪寒に震える。先ほどのカウンターの比ではない。凄まじい死の予兆を本能が感じ取る。
「連装砲ちゃん、やっちゃって」
ケタケタ笑い声が聞こえた気がする。秋月の主砲が煌めいた。
その瞬間、足元に砲撃が着弾した。
二人は『ゾッ』とする。生命の危機が迫る。
何故なら、発射から着弾までの時間が一秒もなかった。否、コンマ一秒もなかったからだ。
秋月の本気の砲撃は、発射と着弾が『同時』だった。
それはつまり、照準を合わせられた被弾が確定するということ。
「退避っ!」
言われるまでもない、言うのを待っている暇がある訳ない。すぐさま全速力で逃げ出す。砲弾を乱射し、少しでも軌道を逸らしながら全力で逃げ回る。
戦艦水鬼でさえ穴あきチーズにしてしまうデタラメ火力の上、照準が一致したら間違いなく命中、挙句速度向上に伴い威力が更に上がっており、トドメに連射力は据え置き。
理解の彼方だ、
「あは、ははっ、ははははは!」
とても愉しそうに笑う秋月。彼女の目的は最初から、いやいつもそうだった。
まず受けに徹する。なにが来ようがどんな策を記して来ようが全て撃ち落とし、打てる手が全部なくなったところで、攻めに転ずる。
相手はもう、なにもできないと自覚している。その上で本気でなかったと気づかせた時、『絶望』の表情を見せてくれる。
「攻撃はどうしました、逃げてばかりじゃないですか!」
卯月と大井には反撃する余力もない。逃げるのに全ての意識を傾けなければならない。照準が一致したらお終いだ。音速も越えた速度の攻撃に、ソニックウェーブの余波まで襲ってくる。
しかも、これで、尚秋月は手加減している。
一気に仕留めてはつまらないと、じわじわとなぶり殺しにするつもりだ。接近さえままならない、打つ手がない。絶望する気なんて全くないが、打つ手がないのも事実。こんな攻撃、時間稼ぎも限界がある。
「まだか、満潮ーっ!」
卯月は成す術なく、確実に追い詰められていた。
アイザイアン・ボーン・ボウみたいな速度と、ベヘモスの16インチ(40.6cm)大型砲級の威力と、デモリッションガン・ガン・ハウザーモード並の射程距離と、ガトリング砲並みの連射力を持ってる10cm高角砲+高射装置×2門を装備した駆逐艦。
艦娘基準なので射程距離諸々は変わってるかもしれないですが、だいたいこんな感じですね。
どうやって倒すんだコレ。