前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第86話 最悪

 D-ABYSS(ディー・アビス)を解放した秋月の戦闘力は卯月の想像を遥かに上回っていた。レーザービームもかくやという超高速の砲撃、姫級戦艦に匹敵する身体能力、どれもこれも化け物染みている。

 

「ふふ、いい表情。もっと見せて下さいね?」

 

 時間稼ぎどころか生存さえ怪しい、必死に生命にしがみつく卯月の形相を見て、秋月はとても愉しそうに嗤う。

 どうすれば勝てるのか、全く思いつかない。分かるのは掠めただけでも死ぬこと。未だに全力を出してないこと。それだけだ。分かったところで打開策も浮かばない。

 

「落ち着いて」

「これが落ち着けるかぴょん!」

「落ち着きなさい、時間稼ぎができれば良いのを忘れないで」

「んなこた分かってるぴょん!」

 

 任務内容は、金剛たちの艤装を無事送り届けること。満潮は既に大発動艇を引き上げ、鎮守府へ運搬している最中だ。

 しかし安心できない、秋月の砲撃は戦艦級の射程距離を誇る、大発を運びながらあんな弾幕に晒されたらひとたまりもない。秋月の注意がそちらへ向かないためにも、此処で戦わなければならない。

 

「残念ですけど、貴女たちの苦労は、徒労に終わっていますよ」

「戯言ね」

「本当ですよ、嘘を吐く理由なんてないじゃないですか。満潮さん……ですっけ? 彼女今どうなってると思います?」

 

 今秋月の攻撃は卯月たちに集中している、満潮が攻撃されていることなんてないと思うが。

 なにも分かってなさそうな卯月に、秋月は嗤いを堪えるので精一杯だ。言葉がしっかり聞こえるように、わざわざ砲撃を一旦止めて、口を開いた。

 

「今満潮さんは、イロハ級の群れに、袋叩きにあってます。私の電探がしっかりと捉えていますから」

 

 卯月の表情が確かに絶望の色に染まる。それを見た秋月の興奮は最高潮に達する。

 これが好きなのだ、必死に戦う艦娘の希望を踏みにじり、壊れている様を見ると、相手の全てを支配した気分になれる。心の底から幸せを感じることができる。連装砲ちゃんも主に呼応し、手をパタパタさせて喜びをアピールした。

 だが、卯月の近くにいた大井が、幸福感に水を刺す。

 

「分かった、貴女、弱いわね」

 

 なに言ってんだコイツ。

 秋月だけでなく卯月も同じことを思った。

 駆逐艦にあるまじき超スペックに始終翻弄されている、掠り傷一つつけられていない、これでなぜ強気な発言ができるのか。

 

「なにを」

「言うけど戦力的なことだけじゃない、頭もよ」

「わたしが、バカだと?」

「事実でしょ。貴女最初から『卯月』を狙って襲撃を仕掛けたのね」

 

 その時、連装砲ちゃんが、勝手に大井に向けて対空砲を叩き込んだ。

 

 目にも止まらぬ早打ち、発射と着弾がほぼ同じの、レーザーのような攻撃が無数に打ちこまれ、大井はたちまち爆炎に呑み込まれていった。

 しかしその行動は、大井の発言が事実だと証明しているようなものだ。

 

「大井さん!?」

「連装砲ちゃん、余計なことをしないで欲しいんですが」

「部下の制御も満足にできなかったの、人望もないみたいね、まあそんな性格なら当然でしょうね」

 

 大井の声に秋月は反応、彼女は爆炎から離れたところに、五体満足で立っていた。回避できない筈の攻撃が回避されていることに、秋月は平静を装いながらも、内心動揺していた。余裕を見せつけながら大井は告げる。

 

「貴女のレーダー、凄い索敵範囲ね。それで護送部隊を探知し、襲撃を仕掛けた──ってのは事実の一部分だけね」

「ど、どーゆーことぴょん」

「簡単な話、こいつはね、『内通者』が情報提供したんだって思って欲しくなかったの」

 

 内通者がいることは、既に確定している。D-ABYSS(ディー・アビス)を仕込んだ誰か──現状は千夜千恵子が容疑者だ──がまだ生きて活動している可能性も否定できない。

 しかしそれは諸刃の剣だ。内通者が動けば動く程、憲兵隊に察知される可能性は跳ね上がる、動くにしても何らかのカバーストーリーが必要になってくる。

 

「だから、あくまでこいつが勝手に電探で気づいて、襲ってきたって体にしたかった。そんなストーリーにしたもんだから、イロハ級を本命の卯月(あなた)に集中させられず、護送部隊に回す羽目になってんの」

「よくもまあ、推測だけでそこまでの作り話を」

「それ、推理モノで容疑者が最後に言うようなセリフなんだけど。ずっと侵略者してたから分かんないわね、ごめんなさい」

 

 それは全て事実であった。

 確固たる証拠こそないが、内通者は、卯月たちの来訪を敵へ伝えていたのだ。秋月たちにとって、金剛たちの艤装は二の次だ、ついでに破壊できればまあ嬉しい程度の価値しかない。

 艤装を襲い、卯月を単独、または少数で戦域に誘い出すこと。それが目的、卯月を抹殺できれば、内通者の身バレは些細なことなのだから。

 

「あと貴女弱いわね、戦闘力が」

「なにを根拠に」

「その策敵能力なら、護送部隊を追跡して、鎮守府をイロハ級たちと一緒に攻めることができる。なのにしない。秋月貴女、数の暴力には勝てないんでしょう。弱点は『継戦能力』ね」

 

 舌戦ではもう、大井は完全に勝っていた。絶対的な無力感を味わわせる筈が、逆にこちらの全てを見透かされている。

 少し考えれば分かることだ、あれだけ乱射すれば、どんなオーバースペックにしたって、()()()は早くなる。

 鎮守府を襲えば、そこにいる艦娘全員が迎撃に出てくる、敗北の可能性は高くなる。だからこんな演技をして、卯月だけを誘い出した。

 

「え、まじか、セコいやり方ぴょん」

 

 なんとか平静を装っていた秋月に、卯月の一言が止めを刺す。

 D-ABYSS(ディー・アビス)により、歪んで肥大化したプライドに、その一言は致命的だった。

 

「勘違いを正しておきましょうか。イロハ級を卯月さんへ集中させなかったのは、この秋月一人で十分だからなんです。それぐらいの足枷がなければ、戦いにすらならないんですよ」

「へー、やっさしーって、何言ったって戦力の逐次投入ぴょん。ハテ、やはりお馬鹿では?」

「喋るなと言った」

 

 醜悪な笑みは止み、無表情になる。これ以上話すことはないと。同時に砲撃が再開する──狙いは卯月だ、目的がバレたからこそ、隠す必要がなくなり、本命に狙いが定まる。

 

「ぎゃぁー!?」

 

 大井に分散してた攻撃が一点集中した上、なぶりごろす余裕もなくなり、全力で砲撃が降り注ぐ。

 合間を縫って攻撃するなんて余力は全くない、回避で精一杯、いやそれさえ不可能に等しい。

 

 恐れていたことが起きる、捌ききれなくなり、砲撃が身体を掠めた。とっさの判断で、なにも装備してない左手を犠牲にして、他を庇う。

 

「がはっ!?」

 

 しかし、それだけで、十分致命傷に足るダメージになった。

 砲撃が左腕を一撃で抉り飛ばし、彼方へ飛んでいった。衝撃波が全身を駆け巡り内臓へ到達、骨も左側を主に砕け、口から吐血してしまう。

 

 激痛に意識が飛びかけた、だが卯月は痛みを意識の外へ追いやり、航行を続行する。予想通り倒れそうだった場所に追撃が飛来した。大井に散々しごかれたお陰だ、意識が飛んでも何度も叩き起こされたおかげだ。

 

 だが左手が千切れたのが痛かった。卯月の身体はかなり小柄だ、数分と経たずに死に至る。

 

「黙らないから、こうなるんです。これで放置しておけば、出血死ですね」

 

 戦況が秋月側に一気に傾いた。卯月をここから数分間逃がさなければ、勝ちが決まったのだから。それにより優先順位が変化する。秋月の殺意は大井に向かう。鬼火を宿した眼光が、ギョロリと睨み付ける。

 

「次は貴女です」

「卯月より私を優先って、やっぱりバカじゃない」

「問題ありませんよ、どちらも死んで頂きますから」

 

 あれだけコケにされて、黙っていることはできなかった。任務上は卯月が優先だが、既に目的は達成したも同然。秋月は卯月などという、D-ABYSS(ディー・アビス)を使いこなせていないザコより、大井の方を殺したいのだ。

 

「もしくは、卯月に使う分の弾がもうないとかかしら。二人分を殺し切るだけの弾がもう残っていないとか?」

「貴女も黙らないんですね」

「可哀想な駆逐艦に付き合ってあげてるのが分からないのかしら?」

「余計なお世話ですよ」

 

 しかし大井の指摘はまた事実、大井を集中砲火し出したが、一発も卯月の方には行かなくなっていた。その隙を使って卯月はハチマキを解き、傷口を力いっぱい締め付けて止血する。それでも血が止まらない。どう動くべきか卯月は戸惑う。

 

 このまま大井の援護を行って役に立てるのか、さっさと逃げた方が良いんじゃないか。逃げ切れば秋月の目的は失敗に終わる。けど、それは大井を見捨てることに他ならない。仲間を見捨てる。『卯月』としてあり得ない行動だ。

 

「どうすれば……うぐっ……」

 

 最悪の選択肢だが、逃げる他なさそうだ。卯月はそう考え、撤退しようと試みる。

 

「逃がしません」

 

 だが秋月はそう甘くなかった。逃げようと後退した途端、すぐそこに砲撃が撃ち込まれた。大井と闘いながら、やや狙いが甘く命中しなかったが、衝撃波に吹っ飛ばされる。

 逃げることさえままならないと痛感する、後少しで弾切れに追い込めるのに、それまで私の命が持たないかもしれない。

 

 となれば、選択肢は一つしかなくなる。

 

「やるしか、ねぇって、ことだぴょん!」

 

 攻撃しまくって、弾切れを少しでも早める。それ以外に取れる手段はない。

 

 激痛を堪えて動き出す。気を抜いたら一瞬で意識が飛ぶ、脂汗が止まらない、身体が冷たくなってく感覚がする。歯を食い縛り、それら全てを堪えて砲撃を繰り出す。

 

「悪足掻きですか、フフッ、それもそれで良い表情ですね」

「余所見してる暇あるの」

 

 一瞬意識が卯月へ向いた隙を突き、大井は秋月の懐へ飛び込み、無防備な懐へ主砲の照準を向ける。

 秋月は気づいてる、気づいていながら、回避行動をとろうとしない。嫌な予感に駆られながらも、大井はトリガーを引いた。

 

「沈みさない」

 

 至近距離からの砲撃が、秋月の横腹を抉った。それは確かなことだった。

 

 だが、爆炎が晴れた後に立つ秋月は、軽い火傷しかダメージを受けていなかったのだ。

 

 艤装部分ではなく、生身の部分を狙ったにも関わらず。雷巡とはいえ、中口径主砲を撃ち込んだにも関わらず、まともなダメージになっていない。大井でさえ驚愕を隠せていない。

 

「驚いている暇があるんですか?」

 

 即座に秋月が、高速の砲撃を放つ。弾薬節約のために一発だけだが食らえば死ぬ。

 しかし大井も、こうなることは多少予想していた、想定していれば素早く動ける、照準が定まる前に距離を取り、致命傷を回避する。それでも衝撃波は防げない。

 

「くっ……」

「さあどうします? 次はどうします?」

 

 再び優勢に立ち、気分が高揚したのか、愉しげに挑発を重ねてくる。そうしながらも、二人への攻撃は忘れず、特に大井を殺すように砲撃を重ねている。

 逃げながらも大井は攻撃するが、狙いがつかずまともに当たらない。秋月の正面付近に散らばるだけだ。当たりそうな砲弾は、例外なく撃墜されてしまう。

 追い詰められている、しかし大井は真顔のまま呟いた。

 

「勿論、雷撃よ」

 

 その時秋月は、自分の正面が、雷撃に包囲されていることに気づいた。

 いくら電探を持っていても水中は探知できない、更に大井は視覚的に確認されないよう砲撃を放っていた。それは雷撃に当たらないよう、信管を刺激しない絶妙な位置取りでなければ、できない技だった。

 

「小細工ですか、それは無駄だって、わから、ないん、ですかぁ!」

 

 しかし、秋月には異常なフィジカルがある。小規模な津波を巻き起こさんと、再び片足を高く振り上げる。また雷撃が引っくり返されてしまう。

 

「自滅しなさい!」

 

 津波が起きる、魚雷が跳ね上がり、進路が大井の方へと変わろうとした──その時既に、大井は懐にいた。

 

「喰らいなさい」

 

 魚雷に砲身を定めた。魚雷の場所は秋月の眼前。

 撃ち抜き、爆発に巻き込もうとしたのだが、その目論見は秋月のデタラメなスペックに阻止される。大井が撃つより早く、秋月が撃ち抜いてしまった。より早く撃つために接近したのだが、それでも秋月の方が上だ。

 至近距離で爆発が起き、爆風も起きる、しかし秋月の主砲の衝撃波は、爆風をも弾き飛ばしてしまう。巻き込まれたのは大井だけだ。

 

「だから無駄だって言ったのに」

 

 爆炎の中に消えた大井を見て、秋月は呆れたように呟いて、眉を潜めた。

 

 まだ、電探に反応がある、それは彼女の背後にあった。あの爆風を、秋月の主砲を回避して、尚潜り抜けていたのだ。

 

「しつこいですね」

「振り返っても、ムダよ」

「無駄なのは、大井さん貴女の全てでしょう」

 

 その秋月を心から軽蔑している声が、彼女の背後から聞こえた。

 振り返るより先に、連装砲ちゃんが一瞬で旋回、大井を確認し即座に発射体勢に、多少距離は離れているが、既に回避不能。大井はあろうことか、そんな状態でもう一度突撃しようとしている。また至近距離でも雷撃を狙っている。

 

 照準が定まる、定まってしまう。強襲は間に合わない。

 大井の上半身が千切れ飛ぶ未来が、卯月には見えた。助かる算段はつけているのか、そうだとしても無事なのか。

 

「させるかぁっ!」

 

 大井が攻めてから、じっと様子見をしていた甲斐があった、危機に気づくことができた。旋回する連装砲の主砲前に置くように──それは駄目だ、威力で絶対に負ける。思考が早まる、どうすれば良いか、手段なぞどうでもいい、助けられれば。

 卯月の瞳が、黒く燃えた。

 

「受けてぴょん大井さん!」

 

 卯月が狙った先は、()()()()()だった。

 

「ありがとう!」

 

 大井は卯月の意図を察し、砲弾の前に、魚雷をばら撒く。砲撃は魚雷を破壊し、魚雷は更なる爆発を起こし、大井と秋月の砲撃両方を僅かにだが吹っ飛ばした。

 それ以外に方法はなかった、卯月の攻撃単体ではなにもできない、なら大井の魚雷発射管を撃ち、爆発を起こして、全部飛ばした方がマシだった。

 

 それでも全ては消せない、掠った砲撃は片手を容赦なく抉り、衝撃波が内部を傷つける。軽巡の意地でどうにか着地したが、たった一発で大破寸前の大ダメージを負ってしまった。

 しかしマシにはなった、本当なら、片手の魚雷発射管を犠牲に、爆発を起こして相殺する予定だ、卯月が撃ったお蔭で、まだ軽傷になった。

 

 そしてそこまでして、大井がやりたかったことは。迎撃不能な角度かつ距離からの雷撃だった。

 

 秋月のすぐ足元に、雷撃が迫っていた。

 

 気づいた時には遅い、魚雷を撃ち抜き、爆炎をスモークに背後に回り込んだ時点で、雷撃は発射されていた。視界に身を晒したのも、突撃姿勢を取ったのも、至近距離の爆炎も、眼下の魚雷から意識を逸らすためなのだ。

 

 高角砲の角度はこれ以上下がらない、津波は間に合わない。今まで余裕だった秋月の顔が、とうとう苛立ちに変化した。

 

 巨大な水柱が立ち昇り、秋月が爆炎に呑まれる。ちょうどそのタイミングで、吹っ飛ばされた大井が海面に叩き付けられた。

 

「大井さん!」

 

 秋月はともかく大井が心配だった。役に立てるか分からないが、せめて応急処置だけでもしたいと思う。

 

 近づこうとして、踏み出した足元に──()()()()()()()()()()()()

 

 新たな敵かと、卯月は足を止め、その先を見る。

 

 ここで、冷静になってほしい。

 この光景はどう見えるのか。卯月が大井を砲撃し、その直後秋月が水柱に包まれた。

 秋月の見た目は、ただの艦娘に過ぎない。ならば、敵対行動を取っているように見えるのは。

 

 その先にいた艦娘とは。

 

 

 

 

「少しだけ、信じたいと……思ってました……!」

 

 

 

 

 

 憎悪、失望、悲しみ。

 

 本当に裏切られたと思い、あらゆる負の感情を込めて、弥生が主砲を突き立てていた。

 

 それは、最悪に他ならなかった。




『内通者』は活用したいけど、活用させすぎるとボロが出る。
なので疑いが内側へ向かいにくくなるように、秋月が独力で電探で護送部隊を探知した――って体裁を取ったせいで、卯月を集中砲火できなくなる羽目に。
まあ、本人が言う通り、秋月単体でもやり過ぎなぐらい過剰戦力なんですがね。
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