前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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小説のネタはあるけど並行連載できる気力がない。並行連載できる作家さんの体力はどうなってんでしょうか……(渇望)。


第9話 古傷

「もう誰も信じられないぴょん」

「昼休憩でなにがあったクマ」

 

 この世界の全てに絶望した顔で、卯月は砂浜に倒れていた。

 貸しは安い約束で使ってしまい、貰った商品券は消えた。熊野にしてやられたことで、卯月は生きる活力をなくしていたのだ。

 

「世界の全てが敵だぴょん」

「そうかクマ、まあどうでもいいクマ。午後の訓練を始めるクマ」

「また走り込みかっぴょん」

「そうだクマ」

 

 午前中の苦しみを思い出すと、ゲッソリとしてくる。

 まあだいぶ体力も戻ったので多少はマシか。気合を入れて頑張って、早いところ終わらせよう。

 しかし卯月は、それが甘い考えだったと思い知る。

 

「だけど、更に実戦的にするクマ」

「実戦?」

「ちょっと前を向くクマ」

 

 だいぶ、いやかなり嫌な予感がする。けど逆らえない。卯月は追い詰められた小動物のようにプルプル震えながら反対を向いた。

 球磨は卯月の腰に手を回し、そのままお腹あたりを触ってきた。

 

「ちょ、な、なにをしているぴょん!」

「じっとしてるクマ」

「いや無理、くすぐったい、これはセクハラだぴょん!」

 

 さすがに肌を直で触っちゃいない。服の上からだ。それでもくすぐったい。変な笑いが出てくる。

 いったい球磨はなにをやっている。そう思うと同時に、お腹周りがキュッと締め付けられた。

 

「完了クマ」

 

 なんか、お腹にロープが巻かれていた。

 

 軽く動かしてみると、見た目以上に重い。

 違う。ロープが重いんじゃない。ロープの先に繋がっているなにかが、とても重いのだ。

 

 振り返り、ロープの先を確かめる。

 そこにあったのは、全4個のタイヤだった。それも普通車のではない。大型ダンプカーが使うようなゴツイ代物だ。

 

「おーっと、これはまさか、そういうことかぴょん」

「これをつけて走るクマ」

「ハハハ、御冗談を。ああそうか、艤装をつけて走れってことかぴょん!」

「いや、生身クマ」

 

 卯月は笑った。球磨はピクリとも笑わない。

 

「せめて理由を」

「球磨たちは艤装をつけて戦うクマ。つけている間なら、艤装の重さはほとんど感じないクマ」

「じゃあなんでぴょん」

「感じないけど、それでもある程度の重さはあるクマ。そのわずかな差を埋めなければ、沈むクマ」

 

 クマクマ言ってるが、ふざけた様子は一切ない。

 心の底から(最初からそうだけど)真剣に、わたしを生き残らせる方法を考えてくれている。

 

 実際の戦場は、砲弾や機銃が飛び交う。

 1秒、0.1秒で死が訪れる世界。その瞬間、艤装のわずかな重さで、動きが鈍ったら、もう死ぬしかない。

 

「それに、艤装は()()()クマ」

「大きい?」

「そう、動いた時の遠心力とかも、生身とは違う。馬鹿にしてると酷い目にあうクマ」

「つまり、今度は艤装の『重さ』に慣れる訓練だぴょん」

 

 午前のは本当に基礎体力。ここからは艤装込みでの基礎体力だ。

 これができなければ、艤装を使った訓練もあまり意味がなくなる。砲撃や雷撃訓練のための体力を、ここで作らないといけない。

 

「というわけでタイヤクマ」

「……ぴょん」

 

 納得した。

 納得してしまったので、文句など言える筈もない。

 卯月は遠い目を擦り、砂浜を駆けだす。

 

「あ、忘れてたクマ」

 

 そう言って球磨は、素早く濡れマスクを装備させた。

 ちょっと泣きそうだった。しかし卯月は文句を言えない。改めて砂浜を踏み締める。

 

 さすがに午前のように、バランスを崩して転ぶことはなかった。

 あのスパルタ訓練も、艦娘の体なら効率的なトレーニングになるのだ。キツイが。

 

 しかし、今度は別ベクトルのキツさがあった。

 どんなに走っても、()()()()のだ。

 

 原因はやっぱり後ろのタイヤだ。

 進むたびに4個もあるタイヤが滅茶苦茶に動くせいで、重心が安定しない。砂浜に引っ掛かってしまい、文字通り足を引っ張る。

 

 思いっ切り力を入れれば進むが、今度は力が入れにくい。

 不安定な砂浜は踏み締めにくい。少しでも力の入れ方がズレたら、また転んでしまう。

 

 今度は一歩一歩、一つ一つに全力の力を、正確な角度で込めないといけない。午前以上に集中力を要求される。

 

 遅かったり、力加減が甘ければ球磨の一撃が飛んでくる。

 このせいで気を抜けない。意識を抜くヒマはまったくなかった。

 

 しかも、筋肉を使う分、息をしなきゃいけないのに、この濡れマスクだ。

 回復した心肺機能でも相当キツイ。お腹から肺から喉まで、全部使って息を吸わないと、また酸欠で倒れてしまうだろう。

 

 ここまで辛いのか。卯月はいよいよ半泣きになってくる。

 痛いし苦しい。それでも、我慢して走る以外に道はない。そうしなければ実戦には出れない。一週間後実戦と言ってたけど、球磨が許さないかもしれない。

 

 そんなことになれば、また戦うタイミングは遠のく。

 とても耐えられない。わたしは絶対に前線に出たい。そうでなければ深海棲艦を殺せない。わたしはあいつらをぶっ潰したいのだ。

 

 自分の頬を思いっきり叩き、朦朧としてきた意識を叩き起こす。

 

「うおおお! うーちゃんは負けないぴょん!」

 

 意識が飛びかけたら、とにかく叫んだ。

 余計息が苦しくなるが、意識は目覚める。卯月にとっては黙って走るよりは()()だ。

 

 この訓練は無茶苦茶だし暴力的だ。

 だけど、間違いなく強くなれる。午前の訓練でそれは分かった。

 なら全力で取り組んでやる。どうせ苦しむのなら、そっちの方が良い。

 

「まだまだっ、どんどん走るびょん……!」

 

 若干ヤケクソ気味の考え方だった。酸欠になりかけて思考が変になっている。球磨は微妙な顔をしたがなにも言わなかった。変なことはしてないって意味だ。

 

 球磨はどうせ倒れるまで走らせる予定だろう。ならやる気になった方が質は上がる。卯月は自分にそう言い聞かせて、砂浜を踏み締めた。

 

 

 

 

「……ん?」

 

 気づくと、卯月は大空を見上げていた。

 おかしい。さっきまで地獄の走り込みをしていたのに。なぜわたしは砂浜に寝転んでいる。転んで意識が飛んだか?

 

「気づいたかクマ」

「どうなってるぴょん」

「びっくりしたクマ、走りながら気絶してたクマ」

「ええ……弁慶じゃあるまいし」

 

 異変に気づいた球磨がどつき、ぶっ倒れたらしい。

 やり過ぎで気絶していたのだ。ただ入渠ドックに入れられていない辺り、まだまだランニングは続く。終わりではない。

 

「本当に一歩も動けなくなったら入渠ドッククマ。水分だけはやるクマ」

 

 手渡されたペットボトルを、一気に飲み干してしまう。

 喉も相当乾いていた。一回走っただけでどれだけ汗をかいたのやら。ジャージの裏がビショビショで気持ち悪い。

 

「痛くないのかクマ?」

 

 ペットボトルを返して再び立ち上がると、球磨がそう言ってきた。

 

「痛いに決まってるぴょん、我慢してんだぴょん」

 

 ムッカー、とオノマトペをつけて卯月は憤慨する。

 足はパンパン、骨も筋肉も、肺も悲鳴を上げてる。それを訓練のためと耐えているのだ。なのに痛くないって、なんだよお前は。

 

「いや、感心してるクマ」

「感心だって?」

「そうだクマ、同じ特訓を課して、一回でドック行きになんなかったのはお前が始めてクマ」

「それは自慢していい話かぴょん」

「そもそも前科持ちがなにを自慢するクマ」

 

 ごもっともなお話で。

 しかし、本当に感心しているらしい。でなければわざわざ話さない。

 なぜなら、わたしは気絶してないといけないからだ。

 

「球磨は卯月が絶対に動けなくなる負荷をかけたクマ。でも卯月は動いている。体の限界を超えてなお動いている。凄いことだクマ」

「なるほど、つまりうーちゃんは天才ってことかぴょん!」

「いや、多分、痛みに()()()()()んだクマ」

 

 どういうことだ。

 わたしは生まれてから実戦に出ていない。戦場の痛みは知らない。

 知ってるのは、今やってる訓練の痛みだけだ。

 神鎮守府でも基礎訓練はしてたけど、ここまでじゃない。

 

 あとは……護送車の中にいたとき。あの時もかなり苦しかった。でも、それでも今の方が辛いと感じる。

 

「覚えていないかクマ、いや、当然かクマ」

「ぴょん?」

「卯月は深海棲艦の襲撃時、死にかけているクマ、だからこの訓練に耐えれたクマ」

 

 死にかけた?

 神鎮守府が深海棲艦に襲われた時のことか。

 そういえば、冤罪でいっぱいいっぱいで、わたしがどんな状態かは知らなかった。

 

 まさか深海棲艦の襲撃を受けて、無傷はあり得まい。その時死にかけて、ギリギリ生き残ってしまったのだ。

 その上で冤罪で解体。

 我ながら、不幸のどん底にいたと思う。

 

「うーちゃんがどんな怪我が聞いたのかぴょん?」

「聞いたクマ、特訓内容考えるのに必要だったクマ」

「どんな怪我だったぴょん」

「まず、全身の打撲クマ」

 

 なるほど、それぐらいは普通か。

 

「そして全身に火傷クマ」

 

 砲撃とか空爆で受けた傷だろう。

 

「続けて複雑骨折が30箇所」

 

 攻撃をまともに食らえばそうもなる。

 

「さらに粉砕骨折が50箇所」

 

 人間の骨はだいたい200本だ、80本ぐらいなんてことはない。

 

「大動脈破裂10箇所、他内出血300箇所、脳卒中4箇所」

 

 えーと、あれだ、人間は割りとタフだ。雷に当たっても死なない時もある。

 

「最後に内臓破裂3箇所クマ」

「いやどうなってんだぴょん!?」

 

 おかしい。あまりにもおかしい。

 

「艦娘は死にさえしなければ、入渠すれば治るクマ」

「違う、そこじゃないぴょん。なんでそんな重症を負ってるぴょん」

 

 深海棲艦の攻撃を受けたとしても、やり過ぎだ。こんなダメージは普通負わない。どんだけ執拗にボコボコにされたんだわたしは。

 

「知らんクマ、球磨は不知火から聞いただけクマ」

「ホントかぴょん」

「ホントクマ」

 

 と言うからには、本当に聞いてないのだろう。これ以上聞くのは時間の無駄だ。

 

「その状態で数日放置されて、入渠できたのは不知火が助けたあとクマ」

「よく間に合ったぴょん……」

「でも、そのせいで半年間昏睡する羽目になったクマ。そのときの痛みに比べれば、こんな特訓なんてことはない、と思うクマ」

 

 そう言われても、わたし自身は痛みを覚えていない。

 もしくは、死にかけて痛覚がマヒしていたのか。

 それでも、からだは覚えているのだろう。だから過激な特訓にも耐えられる。そういう理由だ。

 

「ちょっと喋り過ぎたクマ、再開するクマ」

「うぇぇ……ぴょん」

 

 でも辛いです。

 卯月を見て球磨はニッコリとほほ笑む。やっぱりこいつド鬼畜じゃないのか? 心の中で悪態をつきながら、再び地獄へと走り出す。

 

 

 

 

 結局、そのあとも卯月は何度も何度も血反吐を吐いた。入渠ドックと砂浜を往復すること5時間、太陽はもう水平線に重なっていた。

 

「お空が赤い、夕焼けか、それとも、うーちゃんのお目めが内出血しているのか……」

「まだ喋る余裕があったクマ、速度を速めるクマー」

「ぎゃあ!」

 

 何時まで続くのだろう。

 集中力はとっくに切れた。もう精神力だけで手足を動かしてた。それも限界を超えている。越えてぶっ倒れると入渠ドック行きになる。同じことの繰り返しだ。

 

 幸か不幸か、わたしを賭けにしていた熊野はいない。

 そのせいで、怒りのブーストができないが……どっちが良かったのか、今となってはさっぱりだ。

 

 朦朧としながら走っていると、ふと球磨の足音が消えた。

 走りながら振り向くと、いきなり現れた不知火と話していた。足を止めたらまた言われそうなので、無視して走り続ける。

 

「卯月、止まるクマ!」

 

 わたしに聞こえるように、大きな声で手を振っている。いったいなんの用だろうか。訓練関係ではなさそうだが。

 

「──ど、ど、うし、したたぴょ、ぴょん」

「……球磨、これは?」

「訓練を張り切ったクマ」

 

 やべぇぞ、呂律が回らん。

 ひーひーと息を整える間、片手でチョップを喰らう球磨が見えた。ちょっとだけざまあ見ろと思っていた。

 

「聞こえていますか、卯月」

 

 まともに話せないので、頷いて返事をする。

 

「球磨にも話しましたが、本日の訓練は現時刻をもって終了となります」

「え、良いのかぴょん」

「ええ、明日から別の訓練になるので。今日は休んで心身を回復させてください」

「了解ぴょん」

 

 冷静さを装いながらも、卯月は内心喜んでいた。

 やったぞ、ようやくこの地獄から解放される!

 

 必要なことと理解してても、嫌なものは嫌なのだ。明日から別の訓練なのも良い。また走り込みじゃモチベーションが持たない。

 

「担当は誰クマ」

「那珂です」

「那珂……その人も、前科組かぴょん?」

「ええ、そうです」

 

 ポーラ、球磨、熊野に続いて四人目の前科持ちになるわけか。

 いったいどんな奴なのか不安しかない。まあ、今回ほどヤバイ訓練はそうそうないだろう。今日はぐっすり眠れるぞ。

 

 立ち去る卯月を見る球磨と不知火は気づいていた。彼女の足取りがスキップになっていることに。

 

 そして球磨は同情した。

 アイドルがトラウマにならなければいいが……と。

 彼女を見つめる二人の目は、死んだ魚のようだった。

 

 

 

 

「不知火」

 

 空気を変えたのは、球磨の一言だった。

 

「お前から聞いた、卯月の怪我のことだけど」

「不知火は、お伝えしましたが」

「それは、あの怪我で、()()って意味クマ?」

「言うまでもありません」

 

 そう言い切って不知火は立ち去る。言ったことが全てであり、これ以上の質問は意味をなさないからだ。

 あっというまに夕日は落ちて、赤い空は星空へ消えていく。

 砂浜に立ったまま、球磨は地平線を眺めていた。

 

 卯月は、凄まじいダメージを受けていた。

 それは間違いない。実際球磨も運び込まれた直後の卯月を一度見ている。

 

 だからこそ疑った。

 不知火や高宮中佐が、一部の怪我を隠したんじゃないかと。

 そう思うほど、異常なことがあった。

 

 粉砕、複雑骨折、大動脈破裂。

 あれだけの怪我をして。あそこまで執拗に、深海棲艦から攻撃されて。

 

 なんで、『欠損』がなかったのか。

 

 球磨が見たとき、卯月は死にかけていた。

 しかし五体満足だった。

 深海棲艦の猛攻を受けて、内臓破裂までしたのに、指先一本の欠損さえなかったのだ。

 砲撃や爆撃の直撃を受けて、欠損はないけど、体内は重症?

 

「卯月は、いったいなにを抱えているクマ」

 

 夕日の残り火も消え、静寂が海を覆う。

 最低限の明かりしかない前科戦線。サーチライトの代わりになるのは星空か、見えぬ監視か。球磨は足早に立ち去った。

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