前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第90話 独断

「……今更だけど、迷惑をかけてごめん卯月」

 

 少しだけ関係が前進した卯月と弥生。お互いの気持ちが落ち着いたところで、弥生が改めて謝った。秋月との戦闘中、意図したことではなかったとはいえ、利敵行為に至ってしまったことについてだ。

 

 本当なら、起きた時すぐに謝罪すべきだったのだが、許せるかどうかも分からない相手に謝る気持ちがどうしても起きなかった。対話を通じて、今の卯月になら、謝罪しなくてはならないと思ったのだ。

 

「すぐ謝りたかったけど……先に、卯月の思いを聞きたくて……」

「あー、いいぴょんいいぴょん気にしてないぴょん。ありゃ誰だって間違えるぴょん」

「ダメです……ごめん、ごめんなさい……」

 

 秋月は瞳の鬼火が見えないようにしてた、その状態で大井を砲撃する瞬間を見たら、誰でも卯月が敵だと勘違いする。もし立場が逆だったら、卯月も同じことをしていた。

 だから仕方がない。気負いすぎないようちょっとおちゃらけた様子で言ってみたが、弥生は深刻な顔つきのまま、首を横に振る。

 

「弥生が……もう少し考えてれば……」

「そんなんケースバイケースだぴょん。熟考してたら手遅れになることもあるんだし、後悔するのはムダぴょん」

「……それでも、弥生は……卯月と大井さんを……死なせかけたんです」

「ちょっと、弥生?」

 

 弥生は利敵行為を悔やんでいた。大井の名前を口にした途端泣き出してしまった。

 秋月に騙された弥生を庇い、大井は大破する重傷を負った。卯月はより怪我を深めてしまった。

 助けるつもりだったのに、浅はかな考えのせいで逆に危機に陥れたことを、痛いぐらい後悔している。

 その後悔度合いは、卯月の想定を遥かに超えていた。

 思いつめ過ぎて、下手をしたら心が壊れるぐらいに。今まで卯月への嫌悪感で堪えていた感情が、嫌悪がなくなり、爆発してしまった。

 

「今更、謝って許されることじゃないですけど……ごめんなさい……信じきれなくて……」

「いや、だからうーちゃんは気にしてないぴょん。重傷を受けたのは弥生が乱入する前だったし、弥生のせいでどうこうなった訳じゃないぴょん」

 

 泣いてる姉に戸惑いながらも、悪くないと慰めるが、その言葉はほとんど聞こえていない。気持ちが落ち着かず、俯きながら泣いていた。バカなことをした自分が嫌で仕方がない。自己嫌悪が止められなくて、謝ることしかできない。

 

「弥生が……バカだったから……」

「あの、うん、バカじゃないぴょん。違うぴょん、泣くなぴょん」

 

 もしも、卯月がD-ABYSS(ディー・アビス)を解放していなかったら、みんな殺されていた。

 自分がどれだけの間違いをしたのか痛感する。「こいつは信じられないから」と溜め込んでいた気持ちが、口に出したせいで溢れてくる。両手で口を覆い、震えながら悔やむ弥生に──卯月はイラッときた。

 

「いい加減にするぴょん」

 

 両手を掴み引き剥がし無理やり顔を合わせる。卯月は怒った顔をしていた。

 

「お前は『弥生』を侮辱するつもりかぴょん。それでもこの『卯月』の姉かぴょん」

「侮辱って、そんな……つもりじゃ。弥生はただ間違ってたってだけで……」

「それ以上侮辱を重ねたら殴るぴょん」

 

 いよいよ本気で怒り狂いそうな気迫に、弥生は圧倒されて押し黙る。より顔を近づけて、こめかみに皺を寄せながら卯月は捲し立てていく。

 

「うーちゃんは気にしてない、状況も仕方がない、誰も死ななかった、そもそも秋月の策謀。謝る必要性は高くないけど、弥生は謝った。それでもう終わり、十分だぴょん。必要以上の謝罪は、自分を貶める行為、『弥生』への侮辱だぴょん」

 

 卯月はプライドが案外高い。それは同じ姉妹や仲間にも向けられている。それらを侮辱する者には怒る、姉妹でさえ例外ではない。『弥生』を侮辱しかねないその態度に、卯月は少しだけだが殺意さえ灯していた。

 

「……と、ゆー訳ぴょん。お話は終わりだぴょん!」

 

 気負わせない筈だったが、なんか重くなってしまった。卯月はおちゃらけた笑顔に戻り、両手を叩いて話題を終わらせた。

 

「色々言ったけど、気負い過ぎて良いことは何にもないぴょん。もうちょっと気楽でも良い筈だぴょん」

「アンタは気楽過ぎんのよ」

「真面目過ぎるとこんな頭ガチガチのつっまらない艦娘になるから注意ぴょん」

 

 頬をつね合うアホ二名。

 弥生は俯いたままだったが、少し経つと顔を上げた。口は一直線に結んだままで、涙の跡が残っているが、自虐的な態度は鳴りを潜めており、落ち着いた様子に変わっていた。

 卯月の言う通りだ。

 自分を貶めてはいけない、二人を殺しかけた後悔は全く消えないが、向こうが許してるのにいつまでもいじけているのは、相手にも失礼だと、弥生は納得していた。

 

「……また迷惑かけてごめん」

 

 少し困ったように眉をひそめながらだったが、その謝罪に自虐のようなものは感じられなかった。

 

「まーた謝ってるぴょん」

「アンタは謝らなさ過ぎよ。弥生間違ってもこんなのになっちゃダメよ」

「は? 死ねぴょん」

 

 爪先を踏んづけ合う愚か者が二名。ことあるごとに突っかかる二人を見て、弥生は無表情のまま呆れ返っていた。

 

 

 

 

 しかし、ここまで後悔する理由はなんだろうか。なぜ弥生はあの戦場へ現れたのか。あの時は瀕死で聞く余力なんてなかったが、今になってまた気になってきた。

 

「てか、なんで弥生が来てたんだぴょん。懲罰房に入ってたんじゃ?」

「いえ……限定措置ということで、三十駆全員出てたんです」

「睦月や如月、望月もかぴょん」

 

 弥生は頷く。限定措置とはなんのことか。満潮が首を傾げる卯月に対して説明する。

 

「わたしがイロハ級に襲われてたのは知ってんの?」

「ああ、秋月が自信満々に説明してたぴょん。その割に大井さんは余裕そうだったけど」

「イロハ級の出現が予想されてたから、睦月たちが後から援軍でやって来てたのよ」

 

 大発を装備して撤収した後、満潮は敵襲にあったが、援軍として駆けつけてくれた睦月たちのお陰で、その場を切り抜けることができた。秋月の目論みは看破されていたのだ。

 

「へー……でも懲罰房にぶちこまれてたのに、よく出撃許可が下りたぴょん」

「わたしに万一のことがあった時、大発を引き継げる要員が必要だったの。ここで大発を使えるのは睦月と如月だけだから、懲罰房から一時的に出された。それに加えて護衛ってことで、弥生と望月が選ばれたのよ」

「……そうです」

 

 イロハ級を撃退した際、満潮は簡単な説明を受けていた。事情を知ったら納得できた。

 だが、弥生が現れた理由はまだ分からない。今更怒ってないが、死にかけたのだ、理由ぐらい知りたがって良いだろう。

 

「その戦闘が……一段落つきそう時……弥生が、卯月のとこへ行ったんです」

「ええ、突然飛び出して行ったわ……まさか利敵行為してたとは思わなかったけど」

「ど、独断専行かぴょん」

「はい……あの時は、裏切り者と本当に思ってたので……」

 

 うっかりその話になってしまい、弥生はまた落ち込んでしまう。吹っ切れるには時間がかかりそうだが、さっき程酷くはないから、慰めなくても大丈夫そうだ。

 

「艤装を守ってくれてるとは聞いたんですが……大井さんが後ろから撃たれないか心配で……恐いのを、抑えきれず」

「うーちゃんたちが出撃してたのも知ってたんだぴょん」

「いえ、それは……聞いたんです」

「聞いたって、誰に」

「……神補佐官です」

 

 意外な人物が登場したせいで、卯月は叫びそうなぐらい驚く。

 

「満潮さんの救援に……姉さんたちを推薦したのは補佐官です。大発を運用できるというのもありますが……いつもの駆逐隊を変えたら、逆に危険だと言ったので、弥生と望月も……出撃できることに」

 

 イロハ級の迎撃を誰に行わせるかは、藤提督と神補佐官が話し合って決めていた。卯月への憎しみはまるで消えてないが、私怨を優先して金剛たちの艤装を沈める愚行はしない。仕事と割り切り、友軍の選定は真剣に行い、結果三十駆が選ばれた。

 

「ただ、そう言ってましたが……補佐官は、弥生と卯月のわだかまりが溶けるのを、期待してたようにも……見えました」

「ほ、補佐官が? 本当かぴょん、嘘じゃないぴょん?」

「それは分からないですが……そうでないと、金剛さんたちの艤装を護ってくれてることを、わざわざ説明してくれた理由が分からないので……」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)及びそれに関わる情報は全て機密事項だ。関係ない人は知ってはならない。なので卯月たちが出撃していたことさえ秘匿されている。

 弥生たちは微妙なところだ、艤装奪還作戦に参加したが、秋月と遭遇した場合のみ関係者になる。卯月たちの出撃を知る必要のあるメンバーではないが、無関係という訳でもない。

 グレーゾーンな状態なのに出撃していた情報を与える。神補佐官は中々危ないことをしていた。

 

「……補佐官自身が、気持ち的に関われないから……せめて姉妹では仲良くなってもらいたい。というのは、弥生の願望でしょうけど」

「いや、良い解釈だぴょん。ご都合主義万々歳だぴょん」

「そう、ですね……」

 

 どうせ考えたって分からないんだから、好意的に解釈した方が心に良い。笑いながら手を叩く卯月の様子に、弥生も嬉しそうな顔をする。彼女もその解釈を信じた。

 敵のせいで歪まされただけで、神補佐官はやはり良い人だ、昔と変わってない。卯月はそのことが嬉しく、けど自分はその時に戻れない現実に、寂しさを感じた。

 

「……待って、ということは、アンタが来たのって」

「はい、独断専行です……」

「まじか」

 

 懲罰房から出てきたのは、藤提督と神補佐官の共同判断によるものだ。しかし、許可されたのはイロハ級の迎撃及び艤装の護衛。卯月たちへの加勢は含まれていない。

 イロハ級が概ね撃退でき、鎮守府へ急いで帰投しようとしたところで、弥生だけが突撃をかました──というのが、真相だった。

 

「睦月たちは止めなかったのかぴょん」

「止めてたけど微妙だったわよ。三十駆全員が、卯月(アンタ)が大井を後ろから撃たないか不安だったみたい」

「真っ先に行ったのは弥生ですが……」

 

 真相と卯月の覚悟を聞いたことで、だいぶ緩和されているが、剃刀の一件通り、元々卯月を一番嫌悪してたのは弥生だ。卯月と大井が共同戦線を張っていると聞いた結果、突撃を辞さなくなる程大井が心配になったのだ。

 

「……裏切っていなかったら、加勢しようと思ってたんですが」

「うーちゃんが大井さんを撃った時に、奇跡的なタイミングで来ちゃったと」

「あれは本当に偶然なんですよね……?」

 

 やっぱり卯月は大井を殺すつもりだったんじゃね? 

 そう未だに思うほどタイミングが悪すぎた。弥生の態度に卯月は頬を膨らませるが、あのシーンだけだと、自分が悪役に見えるのは自覚してる。

 してるが、しているのだが……卯月は唸り声を上げる。

 

「え、うーちゃんの運値低すぎ?」

「当然の報いじゃないの?」

「ひでぇ」

 

 計測してる訳じゃないが、なんかそんな予感がした。艦娘のパラメーターには『運』がある。文字通りの意味合いだが馬鹿にはならない、戦場では運が明暗を分けることはいくらでもある。ちなみに計り方はいつも通り妖精さんの謎技術だ。

 その数値がなんか、異常値を示している気がならない。弥生も同じ予感がしたのか、困り果てた様子で首を傾けた。

 

「……明石さんに計ってもらうのは……どうでしょう」

「良いのかな、うーちゃん機密まみれだけど」

「高宮中佐に確認とれば?」

 

 その明石は今、卯月の艤装を直している最中だ。D-ABYSS(ディー・アビス)のデータを抜かれたりしないよう、波多野曹長の監視つきである。

 

「じゃあ……卯月が起きたので……弥生はそろそろ、懲罰房に戻ります」

「あら、長居していいのに」

「……弥生はやらかしました。剃刀だけじゃなく、二人を危機に晒しました……罰は受けないと」

 

 卯月の意志に関係なく弥生は懲罰を受ける。既に決まったことだ。いくら相手が前科持ちでも、ここまでやらかして無罪放免とはいかない。前科戦線送りまでいかなくても厳罰になる。それは仕方のないことだった。

 

「どんな懲罰なんだぴょん」

「さあ……でも、大井さんに徹底的にしごかれるんじゃないかと」

「確かに言ってたわね」

 

 憂鬱そうな足取りで入渠ドッグから出て行こうとした弥生は、入口で立ち止まり振り返ると、ほんの僅かな笑みを浮かべて小さく手を振った。

 

「……またね」

 

 卯月も笑みを浮かべながら手を振り返し、弥生は去っていく。また会えるかなんて分からないが、次会えた時には、もうちょっと姉妹らしくできたら良いなと卯月は思う。

 ならば、尚の事死ねない。

 こんな糞面倒な関係にしやがった奴がなおのこと許せない。

 卯月は、『敵』への殺意を、笑顔の裏でますます滾らせるのであった。

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