前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第92話 日誌

 秋月との戦いから一夜明け、回復した卯月たちはやっと藤提督と会うことができた。

 そこで満潮は殺されかけたことへの怒りを顕にした。

 藤提督はそれに対して、悪かったと認めながらも、辞職したりましてや自決したりでしないと告げた。

 

 この状況で藤提督になにかがあれば、また卯月が疑われる。そしてまた卯月たちが酷い目に合う。それをしかけた艦娘もただでは済まない。

 そんな、誰も得しない展開は望んでいない。

 だから死ねない。責任感に苦しそうな顔をしながらも、藤提督はハッキリとそう言いきった。

 

「死んだり辞めたりする以外の方法ってことね」

「うん、そうだよ」

「なら良いわよ、ケジメをつけてくれるんなら、文句はないわ」

 

 そっぽを向いたままの満潮はなんなのだろうか。

 さっきまであんなに怒ってたのに、どうして急にしおらしくなったのか。卯月は首を傾げる。

 まあ問い詰めるつもりもなければ興味もない。今度は卯月が尋ねる。

 

「方法って、どうするんだぴょん」

「根本的原因は、卯月ちゃんの悪評があまりにも酷すぎること。それをなんとかするよ」

「うーちゃんの評判って……上げて良かったっけ?」

 

 前科戦線の仕事の一つは、()()()()ことだ。あえて迫害される部隊を作ることで、「あそこに配属されたくない」と強く思わせるのが、懲罰部隊のありかただ。

 藤提督もそれは承知している。

 ただ、今は嫌悪され過ぎている。完全に『敵』と見なされている。それは改善しないといけなかった。

 

「ぶっちゃけるとね、卯月ちゃんの悪評の原因は、わたしにもあるの」

「それは、責任者的な奴じゃなくて?」

「実行犯的な方です」

 

 悪評を吹聴していたのは、神補佐官だけではなかったのだ。

 

「波多野曹長からD-ABYSS(ディー・アビス)のことを教えて貰うまで、わたしも卯月ちゃんが、ガチの造反者だと思ってて。その……嫌悪感の余り……なんて悪い奴だって、周知してました。率先して」

 

 最高責任者までがそんなことをしてたら、部下に影響が出るのは当たり前だ。

 いくら神補佐官が慕われているからといって、所属艦娘のほぼ全員が卯月を嫌悪していたのは、それが理由だ。

 提督も嫌っていたから、神補佐官と親しくない艦娘たちも、嫌悪するようになっていたのである。

 

「あーあーあー、訂正訂正、ご主人様言い過ぎです」

「あれ、そうだっけ?」

「直接言ってはいないでしょうが」

 

 罪悪感の余り、余計なものまで背負おうとした提督を、漣が制止する。

 藤提督は率先してた訳ではなかった。

 だが、神補佐官が悪評を広げるのを止めなかった。艦娘たちが卯月の罵倒をしているのを見たら、本来止める立場なのに止めず、それどころか彼女自身も参加していたのだ。

 結局真相を知ったことで、ここまで悔やむ羽目になっているのだが。

 

「これって、直接言いふらすより性質が悪いんじゃ」

「あ、やっと気づきました?」

「うああ、わたしは卑怯者だぁ……」

 

 当事者にならず、周りに乗っかって責任を負わずに誹謗中傷を繰り返す。そんな行為だったと気づいた藤提督は、もう卯月の顔を直視できなかった。両手で顔を覆いながらその行いを後悔する。

 

「……こういうことなので、私が悪いの」

「でも、その責任は取ってくれるんでしょ? そうしてくれれば、構わないぴょん」

「ありがとう卯月ちゃん」

 

 グスグス泣き腫らしながら藤提督は頭を下げた。

 

「どんな手段が取れるかはこれから考えるけど。何とかして卯月ちゃんの悪評を極力なくしていくよ。最低限殺しにかかる子が出ないようにはする。もしも……真実を語って良い時が来たら、卯月ちゃんの名誉回復に協力するよ」

 

 それは本当に頑張って欲しい。卯月はそう思う。

 ただでさえ眼前の敵はヤバい連中ばかりなのだ。後方からも狙われていたら身が持たない。嫌わるのはもう仕方ないとあきらめ気味だが、殺されるのは不味い。

 しかし、名誉回復にまで触れてくれたのは意外だった。

 

「波多野曹長から、聞いただけなのに、良くそこまで信じてくれるぴょん」

「曹長さんだけじゃないよ、金剛たちや、松ちゃんたち、睦月ちゃんたちからも色々聞いて、きっと信じて良いって思っただけ」

「何言ってんスか。そもそもご主人様が神補佐官の言うこと鵜呑みにしてのが発端でしょ」

「だってぇ……被害者本人からの言い分だよ、信じちゃうよぉ……」

「それを最高責任者がやったらアウトでしょーがっ!」

 

 どこからともなく取り出したハリセンに叩かれる。提督と威厳なんてあったもんじゃない。この鎮守府では、提督と秘書艦の力関係が逆なのだと卯月は理解した。

 

「ま、止めなかったって意味では漣も同罪ですので……責任は、ご主人様と一緒に取らさせて頂きます」

「名誉回復かぁ、いつになるか分からないけど期待してるぴょん」

「そこは期待してて下さいよ」

 

 しかし、藤提督でもどうにもならないこともある。

 藤提督は困った様子で唸りながら、なにか方法はないか考えるも思い付かず、また申し訳なさそうにしょぼくれた。

 

「できれば、神補佐官もなんとかしたいな」

「……それは、無理しなくて良いぴょん」

「でも卯月ちゃんだって、ずっと嫌われっぱなしじゃ辛いでしょ?」

 

 その通りだ、なんだかんだ言いながらも、神補佐官との再会を願って戦ってきた。だが、やっと再会したのに、彼からは拒絶の言葉しかなかったのだ。

 弥生と和解する切っ掛けを考えてくれたが、神補佐官自身の恨みはまだまだ残っている。和解には到底至っていない。

 辛くない筈がない。本当なら昔のように戻りたい。

 

「ダメだぴょん、それはしなくて良いぴょん」

 

 首を横に振る卯月の顔つきは、心境を表すように暗かった。それでも卯月は手助けを断った。

 

「あれは、うーちゃんが受け入れるべきものだぴょん。心配は嬉しいけど、他人に介入してもらいたくない。うーちゃんの力で、関係を直さないと、ダメなんだぴょん」

 

 神補佐官と間宮だけは、卯月により殺されかけたのが発端だ。藤提督がどれだけフォローしても、抜本的解決にはならない。

 卯月自身が動かなければ、誰も納得してくれないだろう。だから卯月は断った。

 

「そっか……ごめんね力になれなくって」

「いや、真相を信じてくれただけでも十分だぴょん」

「なら良かった」

 

 卯月はこの鎮守府に来たことで、置かれている現実と世論を思い知った。

 今までになく傷ついたが、それだけではない。弥生とは多少仲良くなれたし、金剛たちの艤装も護れた。大井さんに特訓して貰うこともできたのだ。

 嫌なことばかりではない。それだけで十分だった。

 

「内通者なんて奴がいて、どうなるか私も分かんないけど……まずは、卯月ちゃんの身体が第一だから。貴女を大切にしてね」

 

 ふにゃ、と柔らかい笑みを浮かべる藤提督。卯月も照れ臭そうに笑い返した。

 その間、満潮はそっぽを向いて黙り続けていた。藤提督の一言を忘れようとするように。

 

 

 *

 

 

 藤提督と話した後は、一気に慌ただしくなる。最後の用事が終わったので、急ぎ帰投しなければならない。前科持ちがいつまでもシャバにいるのは許されないのだ。

 しかし卯月はD-ABYSS(ディー・アビス)の反動のせいで動けず、片付け諸々は全部満潮がやる羽目に。

 

「やったぜ」

「死ね」

「ざまぁねえぴょん」

 

 怪我人を更に痛めつけることはできまい。

 卯月は車椅子の上から勝利者の笑みを浮かべ、満潮を見下す。

 満潮はドロップキックを放った。顔面に直撃した。怪我人への配慮とかはなかった。

 

「たわばっ!?」

「ざまぁないわね」

「……満潮さん、早く作業を。卯月さんは余計なことを言うな」

 

 引っ繰り返って伸びている卯月に、波多野曹長の言葉は届いていなかった。くだらない諍いを何度かしながら、部屋の片づけを済ませ、憲兵隊の護送車に必要な物を入れていく。

 その中には卯月たちの艤装もある。

 考えたくないが、帰投の最中に襲撃を受ける可能性はある。深海棲艦だけではなく人間に襲われるかもしれない。自衛のためには艤装がどうしても必要だ。

 

「艤装はまだなの?」

「いや、もうじき明石さんが、持ってきてくれる筈だ」

「メンテナンスはバッチリってことね」

 

 対秋月戦で出撃した時、艤装に不調等は出なかった。明石の整備のお蔭だ。

 明石は仕事は真面目にやると言っていたが、その通りだった。前科組を嫌悪していてもメンテナンスはちゃんとしてくれた。

 私情を職務に持ち込まない人は信頼できる。満潮はそう思った。

 

 そう喋っていると、艤装を運ぶ専用車両がやってきた。運転しているのは明石だった。

 

「波多野曹長、お待たせしました」

「どうも明石さん、そこに艤装が?」

「はい、卯月さんのも、満潮さんのも、しっかり整備しておきました」

 

 憲兵隊の監視の元、お試しで艤装を接続してみる。缶も主砲も、魚雷発射管の調子も良好だ。

 良い仕事振りに満潮は一応お礼を言う。

 彼女たちを嫌っている明石は、軽く相づちを打つだけで済ませた。

 

 また、この整備の際色々データを計測したが、それらは全て削除されている。憲兵隊が確認済みだ。

 D-ABYSS(ディー・アビス)は、まだ機密事項扱いだ。そのデータが抜き取られて悪用されない確証はない。藤提督がやらなくても、悪意を持った誰かが盗む可能性はある。内通者までいる現状で、情報を残していくのは危険だった。

 

「ねぇ波多野曹長、秘密にしないで、明石さんにもシステム解析に協力して貰った方が良いんじゃないかぴょん。明石さんだって調べてみたいぴょん?」

「……まあ、正直解析したい気持ちは結構ありますね。これでもメカニックなので」

「ほらー、こう言ってるぴょん」

 

 このシステムが機密事項扱いになっているのは、あまりにも分からないことが多過ぎるからだ。深海のエネルギーを取り込み、艦娘を強化するシステム──または洗脳するシステム。という所までは分かるが、他が不明だ。

 作動条件も不明、どう作るのかも不明、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな状況なので、早いところ解明したいと思っている人は多いのだ。

 

「その権限はわたしにはない」

「えー、じゃあ誰にあるんだぴょん」

「お主が知ったところで、意味はないだろう」

 

 まあその通りである。ぶーぶー文句を言いながらも、卯月は反論しなかった。

 しかし、前科戦線だけでは解析に限界がある。必要に迫られれば他鎮守府の協力も仰ぐことになるのは間違いない。

 その時はその時、ということだ。当面の間は独力で解析を進める。そういうことで決まりだった。

 

「ああ、満潮さんに卯月さん。お二人に渡すものがあります」

「私たちに?」

「うーちゃんにも? は! まさか熱烈なラブレターとか!?」

「渡すもの焼却処分してきます」

 

 解体用の溶鉱炉へ歩いていく明石へ、卯月は泣きついた。

 

「まったく冗談も分からんのかぴょん……で、いったいなんだぴょん」

「まず満潮さんから、大井さんからこれを預かってきました」

「大井さんが、いったいなにを」

 

 渡された物はノートだ。しかし何冊にもなっており、さながら国語辞典めいた分厚さとなっている。

 パラパラ中身を見る。

 そこには、訓練についての情報が記録されていた。

 

 満潮は舌を巻く。とんでもない量だ。

 いったいこの情報を何年間積み重ねてきたのだろうか。大井が艦娘として生まれてから、費やしてきた修練の全てがそこに記録されているのだ。その辺の指南書よりもよっぽど実用性に特化している。

 

 これを使って訓練しろということか。

 自主練の精度があまりにも低かったから見かねたのだろうか。これから生き残るために活用しろと大井は言いたいのだ。

 

 あの訓練だって頑張って考えたのに。

 今まで考えてきたことを否定された気持ちになり、満潮はあからさまに不機嫌になったが、それでもノートは仕舞いこんだ。

 使えるものを個人的感情で無駄にするほど、満潮は愚かではなかった。

 

「それで、こちらが卯月さんに」

「なにこれ、日誌かぴょん?」

「ええ日誌です。弥生さんが渡してくれと」

 

 弥生が、なぜ、日誌なんか? 

 首を傾げながら日誌の一ページ目を開く。そこに書かれていたのは、これまでの暴言への謝罪と、これからよろしく、といった趣旨のメッセージが綴られていた。

 

「これはいったい?」

「交換日記ってヤツでしょ、まさか知らないなんて言わないでよね」

「ゴメンマジでなに?」

「……私が悪かったわ」

 

 ほぼ前科戦線でしか暮らしてないのでそういった文化知識が皆無の卯月。満潮は溜息をつきながら、それがどういったものなのか説明する。

 前科戦線と鎮守府、気軽に行き来することはできない。だから代わりに、これを使って関係を作っていこう。弥生はそう言いたいのだ。

 と、わざわざ満潮が説明する羽目に。

 

「なるほどなるほど、オーケー完全に理解したぴょん。でもそもそも手紙のやり取りなんて、うーちゃんたち許されてんのかぴょん?」

「刑務所の囚人だって手紙のやり取りは許される。検閲は入るが問題はない」

「それは良かったぴょん」

 

 勿論日誌を出す。返ったら早速出そう。弥生だけじゃなく睦月たちもこの日誌を見る筈だ。簡単にはいかないけど、少しでもいい関係になれたら嬉しい。卯月は嬉しそうにしながら日誌を大切に仕舞いこんだ。

 

「あ、そうだ、最後に……これ、計測した各ステータスの一覧です。護送車の中で見ておいてください」

「ありがとぴょん」

「お礼は要りませんよ、では私は仕事へ戻ります」

 

 やっぱりそう関わりたくないからか、明石はさっさと立ち去っていった。

 練度の書かれた紙を持って、憲兵隊の護送車へとと乗り込むと、外の音を遮断する分厚い扉が閉まり、車が動きだした。

 

 金剛たちも、松たちも、誰も見送りには来てくれなかったが、それは仕方のないことだ。別に永劫の別れになった訳じゃない。悲観する必要はどこにもなかった。

 卯月にとって初めてとなる、外の鎮守府来訪は、まあまあと言ったところで終わりを告げたのであった。




やっと藤鎮守府から帰投。金剛たちが来てから長かった。
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