行きと同じではあるが。
護送車のカーゴの中からだと、外の様子は全く伺えない。窓もない。防音効果のせいで音も聞こえない。
勘の良い艦娘だと、曲がった回数やエンジンの音等で今いる場所が分かってしまい、そこから前科戦線の位置も探り当ててしまう。
特務隊の基地の場所は秘匿されている。
そこがどこにあるのか、地図で指差せる人がいてはならない。例外は正規艦娘と、高宮中佐だけだ。
もっとも、そんなデタラメな感覚器官を持つ艦娘なんて、この世にどれぐらいいるのやら。
卯月は、硬い椅子に横たわりながら、そんなことを思った。
D-ABYSS《ディー・アビス》の反動が抜けきっておらず身体が怠い。座るのさえ億劫だ。
あとどれぐらいで基地につくのか。
それも教えては貰えない。移動時間だけでも、基地の場所の絞り混みはできる。そうさせない為に、回り道とかをしている。余計に時間をかけている時もある。
「ねー、波多野曹長」
「何用か」
「あきつ丸はどーしたぴょん、運転手?」
こんな時、弾けた言動で場をおかしくするあきつ丸がいない。
というかカーゴの中にいない。運転手でもしているのだろうか。行きの時もそうだったし。
「いや、あきつ丸さんはいない。運転手は別の者が担当している」
「じゃああいつはどこに?」
「藤鎮守府の砂浜に顔だけ出して埋めてある」
ちなみに後数分で満潮になる。あきつ丸は溺死するだろう。
「ナンデ?」
「危険物持ち込みと自殺補助の罰だ、慈悲はない」
「ああ……」
『謝罪がしたい? ならばこれがオススメであります!』とか宣い、巨大焼き肉プレートを贈呈したことへのお仕置きである。
こんな物をプレゼントした結果、波多野曹長の怒りを買ったのである。
「万一生きていたら、入念な『研修』が奴を待っている」
「なんの研修だぴょん」
「機密だ。しかし、研修を終えたのなら、あきつ丸さんは実際模範的な憲兵に生まれ変わっているだろう」
その『研修』絶対人格的に危険じゃねぇか。
「安全な研修だ。いいな?」
「アッハイ」
憲兵隊の深淵を見た卯月はこの話題を取り止めた。
「暇だぴょん」
「明石さんから貰った奴見れば良いじゃない」
「あ、忘れてたぴょん」
本当にうっかりしていた。果たして今のわたしはどうなっているのだろうか。ちょっとウキウキしながら、封筒からその用紙を引っ張り出す。
満潮は大井から貰った教本を読んでいたが、一旦中断してそれを覗き込む。興味というか、卯月の練度は気になる。まさか抜かされてないとは思うが。
「えーと、練度は……60かぴょん」
俗に言えばレベル60。まあまあと言った数値だ。
真面目に練習をしないでこの練度。予想以上の伸び具合に満潮の機嫌は悪化した。
それだけ、卯月の戦いが過酷極まっていたのだ。
むしろ、実践経験皆無の状態から姫クラス三隻との戦いに駆り出されたのだ、生きているだけでも大したものだ。
なお、真面目に練習していれば、レベル80ぐらいにはなっていた。
「で、運の値は。それが気になってたんでしょ?」
他のステータスと違い、運の値は訓練では変わらない。鍛練で運が上下するなんて、意味不明なので当然だ。
その値は大規模改修や、近代化改修により、存在そのものが変質することでしか変化しない。
故に、卯月の運の値は、D事案により生まれ落ちた時──または、駆逐棲姫戦で近代化改修をしと時から、変化していない。
普通ならば。
「は?」
その数値を目にした卯月は、見間違いかと思い、目を擦った。もう一度見る。数値は変わっていない。
「……計測ミス?」
覗いていた満潮は明石のミスを疑った。しかし他のパラメーターに異常値はない。運の計測だけ間違えるなんて考えにくい。
「これ、間違ってるかぴょん?」
「いえ、合ってるみたい」
お互いの認識が一致しているか確認した。そこに相違がないのが分かり、二人はもう一度値を見る。
「えーと、卯月、アンタの運の初期値って」
「確か、『10』だったぴょん。改改装で『14』ぴょん」
「……ど、どうなってんの」
その数値は正に異常だった。
『-10』と書かれている。
マイナスと間違いなく書かれていた。
そんな数値はあり得ない。だが、計測は嘘をつかない。本当にマイナス10なのだ。
こんな数値は、艦娘の歴史が始まって以来、一度も記録されたことがない。
「そうはならんでしょ」
「なっとる! やろぴょん!」
あり得ないのだが、なってるものはなっている。
それにしたって信じがたい。なんだよマイナスって。
不幸で有名な某違法建築戦艦だって『5』である。マイナスなんて滅茶苦茶だった。
満潮もひきつった笑みを浮かべている。
「まあ……納得できるけど……その境遇を見てたら……その運も」
「やめてマジやめてお願い」
洗脳させられ仲間を殺して前科持ちになって、冤罪だと思ってたところに真実だと知らされ悪夢と幻に苛まれる体質になり、外では迫害される。
不幸である。
間違いなく不幸。マイナス値でも違和感はない。
「うん、卯月……ドンマイ」
よりにもよって、満潮に心から同情された。
卯月は本気で泣きそうだった。
運が低いからといって、戦えなくなったり、生活に支障が出たりはしないが、でもマイナスはねぇだろ。
「不幸だぴょん……」
とりあえず思うのは、これ以上不幸が加速しないことだけだ。これ以上行ったら、なんか周りまで巻き込みそうだから。
その願いが聞き取られることはない。
それどころか、この程度はまだ序の口なのだと卯月は思い知る。
この直後に。
*
想定外の運の値に、思わず精神に傷を負った卯月は、しょぼくれながらふて寝を決め込んでいた。
満潮も眠い眼を擦る。鎮守府で仮眠したが、まだまだ眠い。休める時は休むべきだと、目を閉じた。
ガタゴトと心地よい揺れに身を委ねて二人は微睡む。
どれぐらい時間が経ったのか。
とても小さな話し声が耳に入り、卯月は目を覚ます。目線を動かすと、波多野曹長が無線機を口に当てて、小声で話していた。
「……曹長、なに話してるぴょん?」
「ッ! 起きていたのか、卯月さん」
「いや、話し声で。聞こえない方が良いぴょん?」
卯月に気づかれたことに、波多野曹長は心の底から驚くも、すぐに平静を取り戻す。
その会話は、あまり聞かれたくないものだった。
しかし、気づかれては仕方がない。無関係でもない、話しても大きな問題にはならない。
あるとすれば、それは心へのダメージだ。
卯月は、遅かれ早かれ、
「溜め息? 疲れてるぴょん?」
しかし卯月は気づいた。曹長が驚いているのに、卯月は気づいていない。
「……聞こえているのか」
「え? うん、てかなんだぴょん……みょーに煩いぴょん。渋滞にでも引っ掛かったかぴょん?」
もう遅くない。卯月は気づいてしまった。話す以外の選択肢が消えた。
こうなったら満潮も無関係ではない。
聞いて貰うために、満潮をゆっくり起こす。
「なによぉ、眠いんだけど」
「満潮さん、静かに、重要な話だ聞いて欲しい」
「……どうかしたの」
ただならぬ様子の波多野曹長に満潮も覚醒する。二人とも起きたのを確認してから、曹長は口を開いた。
「
その言葉を聞いた瞬間、いつでも戦闘態勢に移行できるように、艤装を温め始めた。
どういうことか、即座に理解できた。
この護送車を何者かがつけている。憲兵隊の護送車をつける奴なんて、まず間違いなく碌な奴じゃない。
しかし、それは向こうにとっても危険な行為だ。そんなことをわざわざしてくる。そこまでする理由がある。
賊の狙いは明白。
全員の視線が卯月へ集まった。
「うーちゃんの命か、
「どっちでも大差ないわね」
「ふーん、まったく人気者で困っちゃうぴょん。熱心な深海の蛆虫どもには砲弾をプレゼントしちゃうぴょん」
ニコニコ笑ってはいるものの、その目は全く笑っていない。僅かな光さえ許さない暗黒の殺意で満ちている。隣で見てた満潮さえ、背筋が凍るような恐ろしさを感じた。
だが、やる気に満ちる卯月を、波多野曹長が制止した。
「卯月さん、深海の化け物どもではない」
「へ?」
「ここは内地だ、奴らが入り込んでいれば、もっと大事だ」
深海棲艦が、そのままの姿で上陸すること。
それは、辺り一帯の滅亡を意味する。
核ミサイルを撃ち込んだ方がまだマシと断言できるレベルの厄災が来る。
そうなっていない今、深海棲艦は現れていない。
「じゃあ、追跡しているのって、誰だぴょん」
「……最悪ね」
「ミッチーに先に気づかれた。悔しいぴょん」
ふざけたことを言っている場合ではないが、満潮への暴言は脊髄反射で出てくるので仕方がない。
しかし、卯月も追跡者がなんなのか勘づきつつあった。
「つけているのは、『人間』だ」
人が、護るべき人間が、敵意を以て追いかけてきている。卯月の思考が少しの間止まった。
ただ、それは少しの間だけ。
すぐ意識を取り戻し、深く溜め息を吐いた。
「……マジか、ぴょん」
「どうすんのよ曹長。出て戦うの?」
「た、戦うのかぴょん……」
抹殺するつもりなのか、
どう転んでも録なことにはならない。
しかし、人間と戦うのは若干の抵抗があった。
あくまで艦娘は人々を護るために在る。ロボット三原則に近い概念はあるので、自己防衛を非難されたりはしない。けど、存在意義と矛盾する行為はメンタルに来る。
嫌そうな雰囲気を見て、満潮が苦言を呈する。
「なに怯んでんの。相手は敵よ。殺しに来てるのよ」
「は、びびってなんかいないぴょん。無抵抗なんてヤダぴょん……でも殺すのは」
「落ち着け。こちらからは仕掛けない。向こうから手を出して来た時だけだ」
まだなにもしていないのに、こちらから襲ったら、敵は『善良な一般市民に一方的に襲いかかった前科持ちの無法者部隊』というレッテルを嬉々として張り付けてくる。
「……そっか、安心したぴょん」
仕掛けないことに、卯月は胸を撫で下ろす。
卯月には大きなトラウマがある。神鎮守府を壊滅させた時、艦娘だけじゃなく人間も殺してしまった。
戦闘が避けられないなら諦めるけど、敵だったとしても、できれば戦いたくないのだ。
「仕掛けるとしても、それは最後の手段だ」
ただし、黙って追跡されたままもアウトだ。基地の場所を特定されたら、秋月達の拠点襲撃が繰り返される。いくら機雷を巻いていようが、何度もそう耐えれる設計にはなっていない。だからどこかで撒かないといけない。
しかし、それを手伝うことはできない。この護送車を運転している誰かを信じる他ない。
緊張感に身体が強張っていく。そもそも誰が運転しているのか。ドライブテクニックは卓越しているのか。考えたってどうしようもない不安が浮かんでは消えていく。緊迫した空気に気を緩めることもできない。
そうして耐えている時、波多野曹長が呟いた。
「傾くぞ、備えろ」
傾くって──まさか。
振り落とされないようとっさに椅子にしがみ付いたその直後、車体がほぼ90度傾いた。
地面に対してほぼ垂直の片輪走行を、護送車でやっているのだ。
車の運転をしたことなくても、とんでもない荒業だと理解できる。
それが一回では終わらない、右へ、左へ、急ブレーキやドリフトで宙を飛ぶ。
撒こうとしているのは分かるが、どんな運転をしているんだ。外はどんな状況になっている。様子を伺いたいがそんな余力はない。
椅子から手を放したら全身をあちこちにぶつける。
造反の罪で、解体施設へ運び込まれる寸前だった時も、身体をあちこちにぶつけた。そのトラウマがフラッシュバックを起こし、吐き気が込み上げてくる。
顔色が不味いと気づいた満潮が、振り回されながらも卯月を抱きかえる。
「こんな所で吐くんじゃないわよ!?」
「近くに来てくれ……お前にぶっかけるぴょん」
「止めい!」
なんて、アホなことを言ったのが悪かったのだろうか。
「まずい伏せろ!」
焦った大声で波多野曹長が絶叫する。
「ロケットランチャーだ!」
その言葉よりも早く、ミサイルの衝撃が車を襲った。