前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第94話 襲撃者

 護送車に乗って前科戦線へ帰投する途中で、人間たちの追跡にあった卯月たち。

 彼らの狙いはD-ABYSS(ディー・アビス)の確保。または卯月の捕縛。そのどちらかだ──そう思っていた。

 

 彼らは殺すつもりだ。そうでなければ、ロケットランチャーなんて撃ったりしない。

 

 直撃を受けた護送車は大きく転倒してしまう。動けなくなった車のハッチを特殊な道具で開けて、彼らは入り込んできた。

 全員マスクを被っていて、素顔は分からない。しかし、底無しの殺意は遮られずに突き刺さる。

 

 彼らの動きに迷いはなかった。

 卯月の姿を確認した瞬間即座に銃撃姿勢に入る。

 艤装を装備しているから、普通の兵器は効かない筈だ。けど向こうもそれは分かっている。

 それでも襲ってきた。艦娘にも効くなにかを持っているとしか、考えられない。

 

 殺される。

 

 そう分かっても身体が動かない。主砲を持ち上げることもできない。

 

 無抵抗に抹殺されかけた。

 

 だが、トリガーを引くよりも早く動いた影があった。

 

「イィヤァァァァッ!」

 

 瞬きをするよりも早く、波多野曹長が跳び蹴りを放った。

 それは一番近かった敵へ叩き込まれた。突然接近してきた誰かを葬るために敵も動く。

 

 しかし、誰も波多野曹長より早く動けない。

 

 ライフルを構えようとした瞬間、手首にチョップが撃ち込まれ手の甲が砕かれる。照準を合わせている隙にひじ打ちが顔面にねじ込まれる。その衝撃で取りこぼしたライフルを掴むと無造作に投げ、距離を取ろうとしていた敵の視界を塞ぐ。

 その一瞬で、曹長は射程距離内に到達した。

 

「イヤーッ!」

 

 腰だめの姿勢から鋭く突きだされた手刀が、敵兵の腸を()()()()()

 純粋な膂力のみで、人体に風穴を開けたのだ。

 常軌を逸した戦闘力に、卯月たちはあっけにとられる。目をパチクリさせている間に、全員地面に叩き伏せられてしまった。

 

 カーゴから這いずり出て周囲を確認する。

 場所は、森林地帯だろう。色々な木々が広がっている。

 あまりやりたくないがもし戦闘になったら、市街地では民間人が巻き込まれる。それを回避するため此処まで来たのだ。

 

「油断禁物だ。アンブッシュがあるかもしれぬ」

 

 まだ敵方の乗ってきた車が遠くに見えた。そこから増援が現れてもおかしくない。カーゴの中に身を潜めたまま、周囲を警戒する曹長を見守る。

 あんな力を持っていても、深海棲艦には無力だ。万一連中が出現したら、卯月たちが対応しないといけない。反動による痛みは忘れることにした。

 

 しかし、卯月はこのタイミングで漸く、装填されるライフル弾の音に気がついた。

 

 音のした方向を振りむくと、森林の奥に、キラリと光るものが見えた。

 

 それはスナイパー・ライフルのスコープが反射した光だったのだ。

 

「ぴょ──」

 

 悲鳴を上げる暇さえ与えて貰えなかった。サイレンサーに抑えられた発砲音が聞こえ、卯月はきゅっと目を閉じる。

 次の瞬間には、もう、脳天に風穴が空いている筈だ。

 死の恐怖を感じる卯月だが、どんなに待っても、その瞬間は来なかった。

 

「ぴょ、ぴょん?」

「わたしの手助けは不要だったようだ。さすがは高宮中佐だな」

「うーちゃん生きてるぴょん……?」

 

 卯月が殺されていなかったことに、満潮が舌打ちをしていたが聞こえないフリをしておく。

 全員の視線は森の奥に集まる。

 さっきまで狙撃銃を構えていたスナイパーが、逆に脳天をぶちまけて死んでいた。狙撃手が狙撃されたのである。

 

 森の奥からガサガサと歩いて来る音が聞こえる。

 聞こえる、のだが、なんか不安定だった。歩き方もペースも不安定。まるで倒れそうな様子。()()()のような音だ。

 そこで卯月は、助けてくれた人に気づいた。だが全く嬉しくない。

 

Ben tornato(おかえりなさい)~、うえへへへ~」

 

 クソッタレのアル重女(ポーラ)が、へべれけになってお出迎え。

 卯月たちは心底うんざりした。

 酔っぱらっているせいで千鳥足だ。持っている人間用の狙撃銃が暴発しないか心配になってくる。助けてくれたのは良いが、こいつは……こいつだけはちょっとアレだった。

 

「ポーラびっくりしましたぁ、まさか、Attaccato(襲われてる)なんてー」

「助かったポーラさん」

「急だったので、殺しちゃいましたけど~、まー、ti ho ucciso(問題ない)ですよねー」

 

 と、ポーラは言った。

 まさか殺したのか。

 卯月を狙っていた敵はポーラの狙撃を脳天に受けていた。風穴から脳味噌が溢れるのを見てしまい、一気に吐き気が込み上げる。

 

 瞬間、卯月の視界は真っ黒になった。

 視界も聴覚も、すべて幻に塗り潰される。身体が強張り、肌を裂かれる痛みが走る。

 

 無惨な姿になった人間の死体。それが卯月のトラウマを抉ったのだ。パニックに陥り発作が起きる。

 立つこともできず、その場へ頭を抱えて崩れ落ちた。

 

「あ、がぁっ……う゛う゛……ッ」

 

 またか、と面倒そうに満潮は卯月を抱き抱える。人肌の温もりを与えれば多少は落ち着く。身体を抑えれば自傷行為も止められるからだ。

 

「もしかしてポーラやっちゃいました?」

「コイツのメンタルが弱いせいでしょ」

「それも違うよーな」

 

 人間を殺して、死体を晒したのが原因だが、あそこで撃っていなかったら間に合わなかったかもしれない。誰が悪いとも言い難い。ただ気まずさは残る。

 

 満潮は、地面に転がる敵を見下ろす。

 彼らは気絶しているだけだ。内臓がちょっぴり破裂していたり鼻が潰れて呼吸困難になっているが気絶しているだけだ。

 波多野曹長が素早くロープで拘束したから、もし目覚めても動くことはない。

 

「こいつら、なんだったのかしら」

「内通者が仕向けた敵なのは確かだ。正体については、後で入念なインタビュー(拷問)をする」

「そう、徹底的にやってちょうだいね」

 

 ただでさえヘロヘロだったのに、襲ってきやがった連中だ。どんな経緯で雇われたか──そもそも傭兵なのかも不明だ──知らないが、念入りに痛めつけて貰わないと。

 

 そう話している間に卯月がモゾモゾ動き出す。

 目の焦点が合っている。発作が収まったようだが、だいぶ憔悴しており、一人では立てそうにない。満潮は引き続き卯月を支えていた。

 

「……アル重がいるってことは、ここは、前科戦線の近くかぴょん?」

「さー? ポーラも目隠しされてー、運ばれてきたので~」

「曹長に聞いても……機密でダメだぴょん」

 

 ポーラが現れたのは単純な理由だ。

 敵の追跡にあった。もしかしたら襲われるかもしれない。そう報告を受けたからだ。

 波多野曹長の護衛があっても万一はあり得る。それをカバーするために、高宮中佐が狙撃手(ポーラ)を送ったのだ。

 

「ポーラは、ここで待ってて狙撃してーって言われただけですよ。もーずーっと待ってたので、酔いが覚めそうでした~」

「そのまま待ち続けて干からびてれば良かったのに」

「酷いですよぉ~」

「……あの、うーちゃん、帰りたいぴょん」

 

 発作も相まって意識が朦朧としてきた。本気で倒れそうだ。気分も悪い。早く帰ってベッドで寝たい。

 幸い車本体へのダメージは殆どなかったので、艤装をつけた満潮が車体を元に戻し、一同は再び護送車に乗り込んだ。

 

 波多野曹長はまだ息がある敵が逃げ出さないか見張る為にその場へ残った。卯月たちの護衛にはポーラを送った憲兵隊の隊員がついてくれた。

 また襲撃されるんじゃないか。

 そんな恐怖があったが、流石に二度目の襲撃は起きない。

 

 カーゴのハッチが開いた時、目の前に広がっていたのは殺伐とした特務隊の基地の光景。

 見慣れた景色だったことに卯月は心の底から安堵した。

 

 

 *

 

 

 秋月襲撃から、弥生と話して、帰投中に襲撃を受け──ハッキリ言って息を吐く暇は全くなかった。

 戦闘の連戦で身体もちょっと汚い。入渠ドックはあくまで修理施設なので、肌の汚れとかは完全に落とせない。

 前科戦線のお風呂へ沈んだ瞬間、身体が溶けだしていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~……」

「おっさんみたいな声ださないで……ふぁぁぁ……」

「人のこと言えねえだろが……」

 

 二人とも疲労困憊、気持ちの良い温かさに腑抜けた声が止まらない。全身が弛緩していく感覚がとても心地よい。

 なお、やはり卯月は満潮に抱き抱えられたままだ。発作を起こして溺死したら不味い。

 

「や……やっと、一息つけたぴょん。超疲れたぴょん」

「情けない奴。あのぐらいで疲れるなんて、艦娘としての自覚あるのかしら」

「眠たそうな顔で言われても説得力に欠けるぴょん」

 

 強がりを言っているが満潮も疲れている。

 水面に映る彼女の顔は指摘された通り。半ば船を漕ぎ、目蓋はほとんど閉じかけ。眠気をこれでもかと訴えている。

 ここで寝たら風邪を引く。

 お湯をバチャバチャ顔にかけて、寝オチしないように踏ん張る。

 

「あ゛ー、ダメ、もう本当に疲れたぴょん」

「うるさいわね……」

「やだ、髪が痛んじゃってるぴょん」

「知らないわよ……」

 

 こっちも疲れてんだから黙ってろよ。

 強がりを言ってた癖にそんなことを思う満潮。鬱陶しいのだが、その愚痴を止める気は起きなかった。

 背中から抱き抱えているから分かったことがある。

 とても小さいが、卯月はまだ()()()()()

 

「いやぁ、でもまあ行った甲斐はあったぴょん。神提督……じゃない補佐官とも話せたし」

「拒絶してたのに?」

「話せないまま死に別れるよりマシぴょん。弥生たちとも仲良くなれそうだし、これで良かったんだぴょん」

 

 その発言の半分ぐらいは本心なのだろう。

 つまりもう半分は嘘、もしくは強がりだ。

 会わないより状況が進展したのは確かだ。行かなければ一生弥生たちとは仲違いしたままだった。

 

 しかし、その対価は高過ぎるのではないか。満潮は内心そう考える。

 

 神補佐官には拒絶された。間宮は会ってさえくれなかった。弥生には殺されかけた。

 そして艦娘(秋月)と殺し合い、人間に殺されかけた。

 どれもこれも、卯月のトラウマをピンポイントで抉っている。かなりキツイ思いをしている。

 最終的にまあまあな所に行けたとしても、この過程は過酷だ。

 

 そんな感情を卯月は一切表に出さない。

 限界極まれば、何度かあったように怒りをぶちまけるだろうが、そうなるまでは隠し倒す。

 

 カッコ悪いのが嫌と言うのか、無様な姿を見せたくないのか。卯月はそういう奴なのだ。疲れてるのに喋るのを止めないのは、辛い感情を誤魔化しているに過ぎない。

 

「……アンタは」

「ぴょん?」

「いや、なんでもないわ」

 

 なにを言おうとしたのか、小首をかしげる卯月。

 満潮は眼を逸らす。

 誤魔化していることを、わざわざ指摘する理由はない。

 我慢のし過ぎて、こっちに迷惑がかからなければそれで良い。満潮はそう思い、出かけた言葉を呑み込んだ。

 

 

 *

 

 

 卯月たちが前科戦線に帰投し、風呂に入ってベッドで眠った頃。

 深夜の執務室に、光が灯っていた。

 室内では高宮中佐が電話をかけている。不知火はその隣で黙々と書類整理を行っていた。

 

「わたしだ、高宮だ。波多野曹長、今回はご苦労だった」

『お礼は要りません。仕事です』

「お前は昔から変わらないな」

 

 それは褒め言葉だ。平和維持の為には、手段を()()選ばず、粛々と任務をこなす姿勢。それは中佐が憲兵隊に居た頃からまったく変わっていない。

 

『彼女たちに汚れ仕事はさせられない。汚れ仕事は人間の仕事です』

「そうだ。お前の言う通りだ」

『……例外もいますが』

『おや、これは夜分遅くに、どうもあきつ丸であります。中佐どのも元気でありますか?』

 

 砂浜に埋められていたあきつ丸は満潮の中取り残されていた。

 つまり水中で数時間生存していたのである。

 何故なのかは、曹長にも分からなかった。

 

「お前は変わらなさすぎる。多少は成長したらどうだ」

『無理でありますなぁ、むしろ、昔よりも欲望を制御できるだけ、マシと思って欲しいであります』

『あきつ丸さん、不要なことは話すな。良いな?』

 

 こんな雑談のために電話をしているのではない。(当たり前だが)真面目な話をしたいから電話をしているのである。

 ゲホンと咳ばらいをして、中佐が切り出した。

 

「藤鎮守府は、『クロ』だったか」

『証拠はありませんでした。卯月さんが去った後に、通信等をするかと考え網を張りましたが、引っ掛からず』

『いやぁ、なーんにもなかったであります』

 

 尚あきつ丸が砂に生き埋めにされた件とは関係がない。あれは本当にただのお仕置きである。

 

『藤提督や神補佐官が内通者であるとは断定できません』

「そうか、卯月を送り込んだことで、反応を見ようと考えたが……なにもなかったか」

『未知の方法で、情報を外へ流している可能性もあり得ます。引き続き防諜は続けます』

 

 深海棲艦の一番厄介なところはそこかもしれない。兵力でも呪いでもなく、『未知』なところ。どんな手段を使ってくるのか予想もつかない。それでもやれるだけやる他ない。

 

『それと、もう一つ、例の件について』

「ああ、藤鎮守府でのイベントに現れた、狂人だな。奴は確か今……」

『本部でインタビューを行って()()()()

 

 卯月の造反を引き合いに出し、艦娘の危険性を訴えていた輩である。こいつのせいで弥生たちの楽しみが台無しにされたのだから、今回の一件の元凶と言っても良い。

 

『素正はやはり、反艦娘テロリストの一員でした。もっとも末端も末端。使い捨ての輩でしたが』

「だろうな……で、なぜあのような行為を。テロにしては非効率的過ぎる」

『その件で、信じがたいことが起きたのです。インタビューの最中に』

 

 そのテロリストの身に起きたことを聞いた高宮中佐は、己の耳を疑った。

 

『死にました』

「なに?」

『インタビュー中、突然意識を失い死にました』

 

 そんなことがある筈がない。こんなタイミングで都合よく突然死する筈がない。それとも任務失敗に備え、体内になんらかの爆弾が入れられていたのか。

 

「死因は」

『体内にできた腫瘍によるものです。司法解剖の画像データをお送りします』

「頼んだ」

 

 少し待つと、中佐のパソコンにそのデータが送られてきた。体内を切り開かれたテロリストの画像がモニター一杯に移る。

 腫瘍は大きかった。素人でも一目で分かるものだった。

 だが、それは異常にも程があった。

 

「……なぜ」

 

 敵はなにを考えているのだ。

 

 

 

 

 腫瘍は駆逐イ級の形をしていた。

 

 人間の体内に駆逐イ級が生えていた。

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