青葉にも改二をください。
卯月たちが藤鎮守府から帰ってきたことで、前科戦線はようやく通常運営に戻った。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
ただそれらは高宮中佐たちの仕事。前科組には関係ない。命令が来るまでは各々やりたいように過ごしている。彼女たちの任務は過酷極まる。死のリスクは普通の艦隊の比ではない。だからこそ、平時は自由が保障される。
そんな中、同じように自由が保障されている卯月はと言うと。
「あばばばばば!?」
「んんっ、堪らない嬌声でありますな! はぁー……もっと痛めつけるでありますぅ!」
「ぐげぇぇぇぇ!?」
あきつ丸に拷問を受けていた。
内容としては電気を使った拷問だ。
医療用ベッドに似た機械に大の字になって拘束され、四肢から電流を流し込まれる拷問。抵抗しようと思っても、しようない部類の痛み。
内蔵が爆発し、血液は沸騰する。頭の中がミンチになるようにシェイクされ、穴と言う穴から液体を噴き出す。
卯月にできることは、悲鳴を上げることだけだった。
「おっと、ここらで停止」
「あ、あぐ……」
「からの再起動っ!」
また電流が流れ出して卯月は死にそうになる。
なぜ、こんな目にあっているのか卯月はまったく分かっていない。理由を聞かされてもいない。呼び出されたらいきなり拘束されて拷問にかけられている。理由を考える余力はなかった。
あきつ丸は首を傾げ、拷問を見ていた不知火に話しかける。尚電気は流しっぱなしである。
感覚が遠ざかっていき、痛みも消えて、全部が冷たく分からなくなっていく。
死ぬ。死んじゃう。
「むぅ、脈なしでありますな。いかがいたしましょう不知火殿」
「まず機械を止めては?」
「おお、申し訳ありませぬ卯月殿」
言われて気づき、電気を止めた。それと同時に拘束も解除された。
消えかけていた意識が戻り、また激痛に苛まれた。
身体のあちこちから肉の焦げた不快な臭いが立ち上る。起き上がろうにも、電撃に狂わされた感覚では立つこともできず、無様に地面に落っこちてしまう。
惨めにのたうち回る卯月を、あきつ丸は心底楽しそうに見つめる。
「どうでありましたか、このあきつ丸得意の拷問その一の素晴らしさ、楽しんでいただけましたでしょう!」
「死ねっ!」
「けっこう元気が残っているでありますな」
悲鳴で掠れた声だが、本気の激昂だった。
拷問で喜ぶかバカ。水鬼さまに首を締められるのは堪らないが、こいつのは苦痛しかない。
今の卯月は、仇について触れられた時のように怒り狂っていた。目の瞳孔は限界まで開き、理性の欠片も感じられなくなっている。拷問は卯月の理性も削いでいたのだ。
「殺す、殺してやるっ、どういうつもりだ!いやっ、お前が内通者だったってことかそーだな!?」
「このあきつ丸が内通者と? 今更気づいたんでありますか? うわははバカでありますなー」
「シネ」
怒りも殺意も臨界点まで振りきれた。
こいつは敵だ。敵は殺す。こいつを囲っていた憲兵隊も全て殺す。憲兵隊を管轄してる陸軍も全員殺す。
だが、電流の流れた身体は思うように動かない。指先一つを動かすので精一杯で、どうしようもない。激情を発散できず、卯月は叫びのたうち回る以外にできなかった。
「まあ嘘でありますが」
「……あ゛?」
「あきつ丸さん、もう良いですデータは十分取れました。これ以上は趣味と見なしますよ」
いったい何だったんだ。まあ殺せば全部解決するか。そう思ったがやっぱり身体が動かない。
卯月はあきつ丸に抱きかかえられ普通のベッドへ戻される。殺したい相手に介抱される屈辱に血管がプチプチ千切れていく。
「ぐぎぎぎ、悔しいぴょん悔しいぴょん。いったい何だってんだぴょん」
「何かと言いますと実験です。
「作動条件だって?」
これまで
この起動にデータを集めることができ、作動条件についていくつか仮説を立てることができた。
考える作動条件として上がったのは、『死』であった。
「死ぃ?」
「ええ、卯月さん貴女この三回全部で死にかけたり、死人を間近で見たりしてましたね」
一回目は顔無しの死体、二回目は首を締められて死にかけ、三回目は失血死寸前だった。
艦娘は沈んだり、死にかけると深海棲艦に変容する。
ところが、卯月の返事は予想外のものだった。
「……そうだっけ?」
キョトンとして首を傾げる。
卯月は不知火がなにを言っているか分からなかった。
そうだったんだろうか?
「まさか覚えていないのですか」
「そのまさかだぴょん」
「くだらない冗談を言ってはいませんよね」
「失敬な、うーちゃんは嘘が嫌いなんだぴょん!」
失礼しちゃう。と卯月はプリプリ怒る。不知火はそれをスルーして考え込む。
なに考えてんだろ。
そう思いながら待つ。そう長く待ったりしないだろう。
「一先ず、話を進めますが」
「いや分かったぴょん。要するに『こいつを半殺しにして作動すっか試してみようぜ!』ってゆー試みだぴょん?」
「流石は卯月殿話が早いであります、素晴らしい実験だとは思いませぬか?」
「はっはっは、死んで?」
こいつ何言っても胡散臭いんだよな。
てか見込んだって、それは玩具としての意味合いではないか?
卯月はそう思った。
その考えは概ね合っていた。
「で、結果はどうなんだぴょん?」
「もう一度データを取ったらもっと楽しめ間違えた、もっと確実なデータが」
「黙っててくれませんか?」
「嫌であります!」
不知火があきつ丸に近づいた。
「データは取れました、十分な量です」
あきつ丸は地面に頭から埋められていた。物理的に静かにさせられていた。
「結果は残念ながら、相関関係ナシと出ました」
「無駄に苦しんだだけかよチクショウ!」
「無駄ということが分かったのだから有意義な実験です」
その対価は卯月の悲鳴。
この結果に比べれば安い。
卯月以外は全員そう考えた。納得できないのは卯月だけだが、彼女の意見が聞きいられることはあり得ないのである。
「接続されていた卯月さんの艤装、もとい
「原因が別だったんじゃないのかぴょん?」
「はい、もう一つ仮説はあります。『死』ではなく『怒り』の感情です」
三回の起動の際、死に間近で接触していたが、同時に卯月は激烈な怒りを抱いていた。それが起動キーの可能性もあり得る。
なので、理不尽な拷問を受けて、怒り狂っている最中も実は実験が続いていた。
何をするか何も教えなかったのは、事前に知ってたら実験に支障がでるかもしれなかったからだ。
「ただこちらも相関関係ナシでした」
本当に、わたしは、なぜ拷問にかけられたのか?
ただ痛めつけられただけの現状に、釈然としない思いを抱く。いや
不知火の言った通り、無駄と判明した成果が得れた。そうとしか言いようがない。
しかし、不知火は無駄だった実験より気になることがあった。
「それで卯月さん、貴女
「何度も言わせんなぴょん、そーだぴょん!」
「そうですか」
覚えていない物は覚えていない。一々聞かれてもどうしようもない。それがいかに異常であるか、卯月は自覚できていなかった。
「おかしいとは思わないのですか。発動前後の記憶が、三回とも飛んでいることに」
一回ぐらいならまだあり得る。あれだけの強化を齎すシステムなのだ、身体への反動以外にもデメリットがあってもおかしくない。記憶が飛ぶのも考えられる。
それにしても三回とも同じように、
初めから
「記憶を飛ばす設計になっている?」
「偶然だとしたら『バラつき』がある筈。穴あきチーズのように作動中の記憶がまばらに飛んでいるというのなら分かります。ですが、忘れているのは作動前後だけ。これが偶然なんですか」
「偶然、にしては、できすぎでありますなぁ」
あきつ丸の言う通りだ。記憶がなくなるという曖昧なことが、三回も同じように連続起きた。これは偶然ではない。何者かがそうなるよう仕組んでいるのだ。
「なんでそんなことを?」
「
「卯月殿、卯月殿は、最初の作動を覚えているでありますか?」
神鎮守府の壊滅に繋がった最初の起動。
そのことはよく覚えている。泊地棲姫に忠誠を誓い、仲間も人間も殺した。そのことに心の底から喜んでいた。
最悪の記憶を思い出したせいで顔色が悪くなる。発作が起きそうだ。こんな記憶、忘れたくても忘れられない。
「なぜ、作動したでありますか?」
「なぜ……なにが、うーちゃんは……あの時……?」
「それも、やはり記憶が飛んでいるようですね」
菊月たちと一緒に初陣を飾り、海に出た所で記憶は終わっていた。それ以降は分からない。そこから泊地棲姫に従うまでの間がすっぽり抜け落ちている。
四回の起動全てで、その前後が消えている。
不知火はただ、
しかし、そこについて調べることは、敵のより深いところにまで繋がるのかもしれない。
*
あきつ丸たちによる拷問から解放された卯月は、ただちに自室へ転がり込んだ。
いくらなんでも拷問された直後に動き回る元気はない。そんな化け物人間にだっていない。
そう思いながら固いベッドに倒れ込む。フカフカの布団が良かったがそんな贅沢品ここにはない。カタログで買えばあるが卯月には手が届かない。
「痛い、これは死ぬ。あーっ死んでしまうぴょんダメだぴょん」
「そのまま死んでも私はなんら構わないんだけど」
「お前が先に死ねぴょん」
満潮より先に死ぬなんて屈辱は許されない。歯を食い縛り苦痛に耐える。
「てゆーか満潮、お前、拷問見てたんなら止めろぴょん!」
先ほど拷問を受けていた時、満潮は近くの部屋で待っていた。同じ部屋なので連帯責任。万一発作が起きたら行くためだ。なぜわざわざ別室なのかと言うと、満潮に拷問光景は刺激が強いからである。
近くにいたのに止めてくれなかったことに文句をつける。
満潮はバカにしたように笑い飛ばす。
「良い気味だわ」
「ゲスカスアバズレ燃えるゴミー!」
「はいはいそうね。ああ夕方からは訓練するから」
こんなくだらない悪口、一々腹を立てても時間の無駄だ。満潮は自分の机に向き教本を読み始めた。
大井から貰った訓練教本だ。せっかく貰った物を無駄にするつもりはない。暇さえあればそれを読み込んでいた。
「クソが……」
話を聞くつもりがない。言うだけこっちが疲れる。
卯月は卯月で自分の机に座り、一冊のノートを引っ張り出した。軽い装飾がつけられたそれは、弥生から貰った交換日誌だった。藤鎮守府から戻ってから結構忙しくて中々書く暇がなかったのだ。
日誌の一ページには、綺麗な文字で『こんな形からですがよろしくお願いします』と書かれていた。間違いなく弥生だ。
中身が短いのは、卯月が出立するまでの間に慌てて書いたからである。
「なにを書こうかなー、睦月や如月、モッチーも見る筈だぴょーん、悩んじゃうぴょん」
ぶっちゃけ、長々と書く程話題に富んでいない。
自分の身の周りの話を書くと、ほぼクソみたいな内容になるのがネックだ。『今日は拷問を受けましたあきつ丸は死ねって思いました』など書きたくもない。
「ぬぬぬ、マジで何を書けばいいぴょん」
卯月は悩む。しかしそれは苦痛ではない。造反者になってからは、考え事と言えば辛いことばかりだった気がする。
最近カタログ選びで悩んだがあれは楽しかった。それに近い感じがする。嬉しい悲鳴とはこういうことを言うのだろうか。
夕方の訓練開始まで悩みに悩んで日誌を書く。過酷な戦いから別の方向へ意識を向けられる貴重な時間だ。大切にしなければならないものだ。
泊地棲鬼に忠誠を誓った時、いったいなにが起きていたのか。