前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第96話 聴覚

 D-ABYSS(ディー・アビス)を仕組んだのは何者なのか、内通者はどこの誰なのか。

 現在憲兵隊や大本営の一部を中心に調査が進められている。

 それと並行して、前科戦線では秋月と戦うための準備が進んでいた。

 

 秋月の狙いは以前の戦いで明らかになっている。

 D-ABYSS(ディー・アビス)を搭載している卯月を始末し、敵へ繫がる証拠をなくすことだ。

 その為に秋月はあらゆる手段を講じて襲いかかってくる。基地の結界を破り直接攻め込んでくるかもしれない。

 

 だが逆に秋月を捉えることができれば、彼女のD-ABYSS(ディー・アビス)を解析することができ、更に奥へ踏み込むことができる。

 再戦のチャンスは必ずやってくる。その時決して負けないように徹底的な訓練が続いていた。

 

「嫌だー! もう動きたくないぴょーん!」

「やかましい! また大量出血で迷惑かけたいの!?」

「それも嫌だけど訓練も嫌だぴょん!」

「ならここで死ね!」

 

 徹底的な訓練であった。

 隙があったら即逃げようとする卯月を掴まえるという押収が繰り広げられていた。

 

「掴まった……ぴょん」

「逃がす訳ないでしょ、アンタについてはドック行きでも良いから鍛えろって言われてんのよ」

「高宮中佐、恨むぴょん」

 

 根を上げようが吐こうが発作を起こそうが関係なく、過酷な訓練が続けられている。

 敵の狙いは卯月だ。しかし秋月に真っ向から戦えるのも卯月だ。卯月が戦力にならなければ、この戦いは不利になる。なんとしても強くなってもらわないといけないのだ。

 

「ううう……いつまでうーちゃんは訓練するんだぴょん」

「艦娘やってる限り永遠でしょ。ほらさっさと動き回りなさい!」

「鬼畜!」

 

 満潮は卯月へ砲撃(模擬弾)を放つ。対秋月用の訓練をする前に、卯月は基礎能力を上げなければならない。いつまでも素人では本当に困る。

 次の秋月との戦いまでに、前科戦線の標準スペックまで上げる必要がある。体力が尽きたら入渠で無理矢理復活させる。その繰り返ししかない。

 

 そうする為に、前科戦線では珍しい光景になっていた。

 

「スナイプしま~す」

「とぉぉぉおおぉう!」

「クマー」

 

 普段、好き勝手に過ごしている他の前科組も訓練に協力していた。熊野が砲撃し、球磨が雷撃を放つ。その隙間をポーラが狙撃で潰していく。

 逃げ場などない。普通に動くだけでは押し潰される物量だ。卯月は生き残ろうと必死で走り回る。

 

 前科戦線の艦娘として求められるのは戦闘技術よりも生存技術。駆逐艦が生き残るのに必要なのは、当たらない技術だ。

 

 まず死なないこと。

 言う必要もないような基本を、今になって身につける羽目になっていた。

 前の戦いのように、片手を失って戦闘に支障をきたすのはもう許されない。

 

「反撃がないですわ」「回避行動が大き過ぎるクマ」「逃げ方がー、分っかり易いです〜」

「一斉に喋んなパニックになるぴょぐべぇっ!?」

「余所見すんな!」

 

 満潮の攻撃が顔面に当たり海面を転がる。受け身を取り損ねて痛い。それでも誰も攻撃を緩めてくれない。

 酷い奴等だ惨い奴等だ。

 ここまでボコボコにする必要ないじゃないか。

 なんて言っている暇があったら、さっさと立ち上がって逃げた方が良い。また被弾するのは屈辱だ。

 

 ヒイヒイ言いながら逃げ惑う卯月。身体を動かせばその分体力がついてくる。何事もまずは体力をつけなければいけない。

 身体が頑丈に成れば、その分D-ABYSS(ディー・アビス)の反動に耐えられるようになる。そういう意味でも基礎訓練は重要だった。

 

 なおこの訓練、終了条件は一応設定されてる。

 

 それは、演習艦隊全員をダウンさせること。

 

 無理だった。

 

 こっちは逃げるので精一杯、必死で狙いを定めて砲撃しても簡単に避けられる、当たりそうになっても他の奴がカバーしてしまう。どうすれば倒せるのか考えても、疲弊した頭はまともに回らない。訓練を終わらせない為に不可能な条件にしているとしか思えない。

 

「クソゲーだぴょん!」

「何をおっしゃっているのでしょうか。さっさと倒せばいい話ではないですか」

「できねぇから言ってえ゛ヴぉあ!?」

「余所見!」

 

 攻撃が当たってダウンしたところに攻撃が殺到する。

 絶対にダウンさせてやる。

 そんな気迫が伝わってくる気合の入った攻撃だ。訓練に集中してくれている──普通ならそう思う。だけど、このやる気の理由を知っているせいで、ただ腹が立つだけだ。あいつらのキラキラした目を見ると憎悪さえ湧いてくる。

 

「畳みかけるクマ絶好のチャンスクマ!」

 

 普段好き勝手な前科組が何故こんなにやる気なのか。

 

 

「お給金アップのチャンスですわ!」

 

 

 最低の理由だった。

 

「こいつをダウンさせた分給料が増えるから頑張って」

 

 全員のやる気に火がついた。情け無用で攻めたててくる。殺気さえ感じられる。

 卯月は願う。この銭ゲバ共め地獄に落ちてしまえ! 

 その願いは届かない。なぜならここは既に地獄だからである。

 

 協力を募るために、満潮は波多野中佐に報酬アップの約束をとりつけていた。卯月の成長は前科戦線存続に関わる重要事項。また卯月だって貴重な戦力。これ以上遊ばせておく余裕はない。中佐は快く提案を了承した。

 

 提案しといてなんだが、認めてくれるとは思っていなかった。それだけD-ABYSS(ディー・アビス)の一件が深刻ということなんだろうか。

 

「まあ、上手くいってるから良いけど」

 

 周りに聞こえないような、小さな独り言だった。

 

「良くねぇんだよこのクソカスが!」

「暴言吐いてる余裕があるクマ?」

「あ゛ーっ!?」

 

 距離を詰められてからのベアハッグに卯月は倒れ伏す。トドメをさそうと砲撃が集中。重い身体に鞭打って立ち上がりまた逃げる。叫ぶ余力もなくなってきたのか、無言かつ真顔のままだ。

 

 しかし、体力はもう底をつきつつある。

 砲撃が掠める回数はどんどん増え、あちこちがペイントに染まっている。足取りもおぼつかない、視界も揺らいでいる。

 そんな状態で長く持つ筈もなく、ポーラの狙撃を受け、卯月の意識は撃ち抜かれた。

 

 ここまでが卯月にとってのワンセットである。無理矢理詰め込む非効率なやり方だ。大井にまた非難されそうだが、時間がないんだからしょうがない。

 

「さっさと復旧してくださいまし。もっとダウンして給与アップに貢献するのですわ」

 

 ドックへ引き摺られていく卯月。

 特に可哀想とかは思わない。ざまあみろとは思う。いい気味だとも思う。訓練をサボり続けたツケだ。

 そんなことより気になることがある。

 

「……今の独り言、あいつ聞こえてたの?」

 

 わざと聞こえないよう言った訳じゃない。本当にただの独り言だから小声になっただけだ。たまたま風に乗って聞こえたのかもしれない。

 それでも、聞かれるような大声だったろうか。

 高速修復剤で強制復帰させられた卯月を眺めながら、拭えない違和感を覚えていた。

 

 

 *

 

 

 訓練開始から数時間。まだ訓練は終わらない。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

 過呼吸で死にかけてるが訓練は止まらない。給与アップに目が眩んだ熊野たちの一方的な暴行に晒される。

 ダウンする度に入渠しているので体力は回復している。持たないのは気力の方。今日一日で何回臨死体験をしてるんだわたしは。

 助けを求めたところで、誰も助けちゃくれない。涎と涙でぐちゃぐちゃになりながら、這いずるように逃げ惑う。

 

「まだ訓練を終わらせるつもりはないのかクマ?」

「当然でしょ。もっともっと苛め抜かないとダメよアイツは。というか球磨さん貴女は参加しないの?」

「小休止。ちょっと休むクマ。ずっと撃ってて疲れたクマ」

 

 球磨はそう言って満潮の隣へ座り込んだ。

 疲れた、とは言うものの、球磨は午後過ぎから日が暮れるまでずっと訓練につきあっている。それだけ動き回ってほとんど息が上がっていない。恐ろしい体力である。呼吸困難になっている卯月とは雲泥の差だ。

 

「球磨さんから見てどう。ちょっとはマシになっている?」

「……普通?」

「どういう評価よ。いや言いたいことは分かるけど」

 

 卯月の成長度合いは、ざっくり言えば普通だった。

 無能ではない。半ばパニックになりながらも言われた指摘は直そうとするし、逃げ惑いながらも、どう逃げるべきか常に考えている。酸欠で頭は回ってないようだが、重要なのは思考を意識することだからそれで良い。

 だが、それでなにか、一気に成長している訳ではない。少しずつ動きは良くなっているが……良くなり方が普通だった。

 

「別に突出したところもないクマ。回避練度、反撃の精度、不意を突かれた時の立て直しも、悪くはないけど平均的クマ」

「睦月型ってスペックを念頭に置いたら、むしろマイナスかしら」

「なんというか、尖ったところが見当たらないクマ」

 

 散々言うが悪くはない。むしろ良い方だ。何だかんだで戦闘を積んだ経験も活きている。成長は早い方だ。

 なのだが、普通なのである。

 指導する側から見るとどこを伸ばせば良いかさっぱり分からない。どこをどうすれば良いんだコイツ。球磨と満潮は若干困る。

 そこで、先程感じた違和感を満潮は思い出す。

 

「……そういえば、アイツ、変なところがあったわね」

「どうかしたのかクマ?」

「いえ、大したことじゃないんだけど」

 

 普通なら聞こえないぐらい小さな声を、卯月が聞き取っていたことを球磨に伝える。

 満潮は気づいていないが、こういったことは一度ではない。前の方だと──戦艦水鬼の、千切れた腕からの砲撃に気づいたこと。最近だと──波多野曹長の小さな溜め息に気づいたこと。

 

「耳が良いってレベルの良さじゃあなさそうだクマ」

「風に乗って聞こえたって可能性もあり得るけどね。きっとそっちじゃない?」

「じゃあ試してみるかクマ」

 

 試すってなにを。

 満潮がそう思った直後、球磨は唐突に主砲を構えた。

 そして演習中の卯月目がけていきなり砲撃を放つ。他の人の砲撃と混じったせいで、その炸裂音が()()()()聞こえない。

 死角から迫るそれは完全な不意打ちになる。だが、球磨の考えが正しければ。

 

 砲撃が、卯月の後頭部まで迫る。

 

「どわぁっ!?」

 

 直撃のギリギリで卯月は気づいた。

 だが、目視してから回避しようとしたせいで一手遅れて顔面に被弾。顔が真っ黄色に染まってしまった。

 しかし、卯月は確かに、気づきようがない砲撃に気がついた。それが証明された。二人は卯月の異能を察する。

 

「どうやって、気づいたのかしら」

「音が絡んでるとは思うけど……聞いてみるクマ。向こうから来ているし」

「あー、怒ってるわね。良い気味」

 

 遠くからあからさまに怒った様子で近づいてくる。頭の上から蒸気を噴出させて「なにさらすんじゃボケナスが!」と叫んでいるが、極めてどうでもいい。なぜ気づけたのかを確かめるのが先だ。

 面倒なことを言い出す前に球磨が、なぜ分かったのか聞きだす。

 

「さっきの不意打ちが、なんで分かったのかかぴょん?」

「そうだクマ。何か聞こえたのかクマ?」

「えーと、あれだぴょん。風を切る音が聞こえたんだぴょん!」

 

 ごく当たり前のように言い放つ卯月。

 球磨と満潮は、それが異常だと理解していた。

 これが、静かなところで起きたのなら普通だ。砲弾が風を切る音ぐらい聞こえるだろう。

 だが、卯月は演習をしていた。

 周囲には絶え間なく激しい炸裂音が鳴り響いている。無数の砲弾の風切り音もしている。球磨の砲撃の放つ音は他の音に掻き消されていなければならない。

 

「な、なんだぴょん。なんで皆フリーズしているぴょん」

「……これでしょうね」

「ああ、ここを徹底的に強めるべきだクマ。尖った所があって良かったクマ」

 

 爆音と炸裂音に塗れた戦場でさえ、全ての音を正確に聞き取ることができる。レーダーには劣るが、全方位が見えているのと同じことだ。

 鍛えれば攻撃だけでなく、死角に回り込む敵の存在が、密かに発射された雷撃にも気づけるようになる。

 

「てかアンタ、耳が良い自覚なかったの」

「………………特技ってのはここぞって時まで隠しとくものだぴょ」

「嘘嫌いなんじゃ」

「すいません嘘です自覚していませんでした」

 

 あからさまに間が長かった。

 

 ともかく伸ばすところが見つかったのならそれで良い。これでこの話はお終いだ。

 

 そうしたかった。しかし満潮は思い出してしまう。もう一つ聴力関係で引っ掛かることがあったことを。

 

「待って卯月。アンタ、金剛さんたちの艤装を見つけた時……何の声を聞いたの?」

 

 藤鎮守府で艤装の護送を頼まれた時、暗闇の中で卯月は、何かの声を聞いて艤装を発見した。しかしあの場にいたのは卯月たちを除けば死人だけ。

 声を発せられるような存在は、どこにもいなかった。

 なのに卯月は、誰かの『声』を聴いていた。これはただ耳が良いで片付けていいことではない。

 

「……わ、分からないぴょん」

 

 卯月の聴力が高いのには、なにか理由があるのではないだろうか。パッと思い当たるのはやはり例のシステムだ。

 この長所は、果たして手放しで喜んで良いのだろうか。

 どう考えても、『怨霊』の声を聞いたとしか思えない。

 僅かな不安が一同の間に流れた。




卯月=卯=兎=耳=聴覚。という安直極まった発想。伏線は張っておいたぜ。
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