前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第98話 痕跡

 卯月が球磨たちにボコボコにされている間、高宮中佐たちによって秋月との戦いの準備が進められていた。

 前科戦線は任務の特性上、わざと羅針盤のハズレに踏み入るせいで、ヤバい敵と遭遇し易く、姫・鬼級とも何度も交戦している。その為普通の鎮守府と比べれば、『攻め』については圧倒的に勝る。

 

 しかし、その前提を置いても、対秋月戦は苛烈極まると予想されていた。

 秋月のスペックは狂っていた。

 戦艦級の射程距離、大型電探同様の索敵範囲、逃げ場がなくなる弾幕・連射速度、戦艦の装甲を一撃で抉る火力、目視困難な超高速砲撃。

 どれを見ても狂っている。駆逐艦の皮を被ったナニカとしか思えない。

 

 しかもこれは、随伴艦がなく、夜戦だった時のスペックだ。

 普通の駆逐艦なら、昼間の方が弱くなるが、あんな相手だとどうなるかまるで予測できない。下手したら余計に強くなっているかもしれない。随伴艦の妨害も出て来るだろう。

 

 挙句、最大の問題として、()()()()()()()()()ところがある。

 高宮中佐と、その上官の意向でもあるが、秋月は捕縛する予定だ。卯月以外のD-ABYSS(ディー・アビス)を解析することで得られる物があるかもしれない。憲兵隊の拷問にかければ、新たな情報があるかもしれない。

 そのメリットを考えると、殺す選択肢は絶対にあり得なかった。

 

 こんな化け物を殺さずに捕縛しなくてはならない。出現場所によっては、深海棲艦の巣窟から持ち帰らなければならない。

 どう転んでも楽にはならない。

 過酷な任務になることは分かりきっている。今までにない敵との交戦。高宮中佐の内心は平常通りとはいかなかった。

 

「秋月は……普段何処にいるのでしょうか」

 

 莫大な資料を読み漁っている不知火が、隣の机に座っている高宮中佐に声をかける。

 中佐の机にも莫大な資料が山積みになっていた。

 

「これが深海棲艦ならば、認識外のどこかと言うことができる。連中は正確に捉えることで初めて現界する。何処にでもいて何処にもいない、文字時通りお化けのような存在だ」

「ですが秋月は深海棲艦ではありません。『艦娘』です」

「そうだ、お前の言う通りだ。絶対に『基地』がある。でなければ運用は不可能だ」

 

 艦娘は深海棲艦とは違う。明確な実態を持っている。制御された付喪神である彼女たちが、物理的実体を持っていないなんてあり得ない。

 だが、だからこそ制約がかかる。化け物を人に近づけたせいで、食事も要る、睡眠も要る、そういった存在として制御されている。

 

 つまり、そういった物を供給するための拠点がある筈なのだ。秋月が普段いる場所はそこで間違いない。

 

「……と言いたいが、D-ABYSS(ディー・アビス)があるとなると話が変わってしまう。深海のエネルギーを取り込むことで、食事や睡眠が不要になるとしたら」

「それでも基地はあると思いますが……D-ABYSS(ディー・アビス)の整備もありますし、ずっと海上で活動しっぱなしとも思えません」

「そうであっても、食料の大本とかを追えないのは痛い」

 

 拠点まで調べることができれば、襲撃計画なりなんなり練ることができるのだが、現実はそう甘くない。

 今持っている情報でどうにか作戦を組み上げるしかない。時間だって無限にある訳じゃないのだ。

 

「やはり、あの海域の更に奥へ行くしかないようだな」

「あの海域……戦艦水鬼が居座っていた場所ですね」

「秋月が唯一現れた場所だ」

 

 その海域は中枢となっていた水鬼討伐によって解放された。しかしそこから更に奥はまだ浸食されてままである。

 解放された直後、大規模作戦の直後ということもあり、その海域調査はほとんど行われていない。多少はされているが、その中に秋月との遭遇報告は上がっていない。

 

「元々特務隊は海域調査の目的にした強硬偵察部隊です。行かせても問題ないとは思います。近づけば向こうから来てくれるでしょうし」

「罠に飛び込むような真似はしたくないが……」

「その時は、卯月以外のメンバーに犠牲になって貰うしかないです」

 

 不知火の意見は、非道ではない。

 ハナから特務隊はそういうところだ。情報を持ち帰れれば死んでも良い。死なない方がより良いというだけ。

 卯月が死なず、秋月の情報が手に入るならば、犠牲は厭わない。

 

 犠牲は悪いことではない。必要な犠牲はある。しかしそれを当たり前と捉えてはならない。

 それは『敬意』に欠ける。彼女たちへの『侮辱』になる。

 そうならない為にも、二人は作戦の成功確率を上げるために尽力しているのだ。

 

「『敬意』を払え、か」

「なにか言われましたか?」

「いいや、なにも」

 

 昔と同じだ。やれるだけの最善を成して、それでも出てしまう犠牲を踏み越えなければならない。

 全ては『化け物』を一掃するため。

 それが高宮中佐たちの理念なのだから。

 

「それと不知火、奴についてはどうだ。検討はついたか?」

「……奴?」

「奇襲してきた奴だ。そのせいで秋月を取り逃がしたと聞いているだろう」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)を解放した卯月は、一度秋月を追い詰めた。

 だが突然の空爆と甲標的の奇襲によって取り逃がしている。

 あの時、奇襲してきたのは何者なのか。それも調べないといけない。無策で突っ込んでまた奇襲されるのは危険だ。

 

 あの時、大井が持っていた電探には何の反応もなかった。空爆と甲標的ならば、索敵範囲外からの攻撃が可能だ。

 このどちらかを運用できる存在はそれなりにいる。代表格は戦艦レ級elite。イカれた威力の水上爆撃機と甲標的が使える。

 

 そして、艦娘にもいる。

 

「秋月が返り討ちに合うのは想定外だったんでしょう。本来なら残すはずがなかった爆撃機の破片が、僅かですが残っていました。夜間かつ無理に至近距離で爆撃をしたせいで一部が破損したのでしょう。解析は北上さんにして頂きました」

「その残骸は、()()()()()

「威力が異常になっていますが、間違いなく『瑞雲』の残骸……艦娘の装備です」

 

 某航空戦艦が愛してやまない水上爆撃機、瑞雲である。そんなものを運用する深海棲艦はいない、というか深海棲艦には運用できない。

 

 瑞雲を飛ばせる艦娘と、甲標的を扱える深海棲艦又は艦娘がタッグで奇襲してきた可能性もある。

 だが、どうであろうと、瑞雲を使っていた存在は特定できた。

 残骸に残っていたカタパルトの痕跡から、北上はそれが誰なのかまで調べ上げたのだ。

 

「流石です、長年前線にいただけあります」

「なにを今更、それぐらいの奴でなければ、わざわざ負傷兵を雇ったりしない」

「それでも、知らない装備がないというのは尊敬します。年期は訓練では身につかないですから」

 

 ここ前科戦線で一番長く戦っているのは北上だ。武蔵、雪風に次いで最強格と呼ばれた艦娘、蓄えた知識量も膨大だ。それがあるから整備の仕事もできる。

 そんな彼女がいたから、瑞雲の残骸から、使用されたカタパルトの特定まで素早くできた。不知火は感服する。

 

「それで、秋月の援護を行ったのは誰だった」

「最上型航空巡洋艦の『最上』と思われます」

「……熊野の姉、か」

「改二であれば、甲標的も運用できます。そしてあの威力、最上もD-ABYSS(ディー・アビス)を搭載しているでしょう」

 

 秋月と、最上。

 その二隻に挟まれて、果たして生きて帰れるのか。

 漠然とした不安を拭い去ることがどうしてもできなかった。

 

 

 *

 

 

 地獄めいた訓練を終え、入渠を済ませた後はお楽しみの夕食タイムである。

 

「ここにはこれしか快楽がないぴょん……」

「カタログで買い物できるでしょ」

「もう金が殆ど……」

 

 前回美味い物をアホ程買ったせいで絶賛金欠中です。その商品が届くのは明日ぐらいになる模様。なんか、注文してからすっごい時間がかかった気がする。気のせいだろうか。その間の出向が濃すぎたからだろうか。

 

「はい今日も訓練お疲れさま、お腹空いているだろうから、ガッツリしたメニューにしといたわよ」

「ふおお! 一段と美味しそうだぴょん、ありがとぴょん!」

「肉ばっかね」

 

 全力で身体を動かした分、エネルギーを補充しなくてはならない。その為のメニューということでお肉一杯の晩御飯である。しかもハンバーグとか唐揚げとか、卯月(子ども)が好みそうなラインナップで固めてある。

 しかしハンバーグにニンジンが突き刺さっているのは何なのだろうか。卯月だからか、ウサギだからか? 別に良いけど。

 

「もぐもぐもぐ」

「おかわりもあるわよ!」

「うめうめうめ」

 

 肉とお米のエンドレス。それだけ身体を酷使した証拠だ。付喪神の癖に腹が減るとかよく分からないが、減るものは減る。

 やはり食事は良い。卯月はそう感じる。

 この感覚があるだけでも、人間の身体として生まれて良かったと心の底から思える。この快楽を知ったら鉄の身体になんて戻れない。

 

「そんなバカ丸出しで食べてたら、喉に詰まるわよ」

「よく噛んでるからノー問題だぴょん」

「あっそ」

 

 満潮はたいして食べていない。程々食べて、もう食後のお茶を飲んでいた。

 私ほどじゃないが満潮だって動いていた。あれだけの量で足りるのだろうか。

 

「……早く食べ終わってよ。アンタが食い終わるの待ってんだから」

「お前はもう良いのかぴょん」

「栄養補給は十分よ」

 

 栄養補給って、別の言い方があるだろ。わざわざ突っ込む気もしないが。

 満潮は食事に興味を示さないのだろうか。人生半分以上損しているのを自覚してないのは、なんだか哀れだ。

 良いから食え、と強要する趣味はない。卯月は自分の食事を再開させる。

 

「あー、本当にこの為に生きている気がするぴょん」

「そこまで言う?」

「だって基本録なことないし」

 

 クソみたいな出来事を思い出してしまいどんよりしてしまう。半ばヤケ食いだ。それぐらい許してほしい。誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだし。

 

「ぷふー、いっぱい食べたぴょん。ご馳走さまぴょん」

「お茶飲む?」

「とびきり濃いやつ頼むぴょん!」

 

 食べるだけ食べたらなんだか眠くなってきた。お茶を飲んでたら更に眠くなってくる。疲れきった身体が休息を欲しているのだ。

 デザートタイムまで持ちこたえようとするが、意識は半ば飛んでおり、グラグラと船を漕いでいる。

 危なっかしい。面倒かけるなよ。

 そう思いながら、自室へ連れ帰ろうと満潮が立ち上がる。しかし、それを熊野が制止した。

 

「置いていかれても大丈夫ですよ。卯月さんの面倒はわたくしが見ますから」

「……は? なに急に」

「いえ、最近ずっと卯月さんに付きっ切りでしょう? たまには一人の時間も必要。ご安心ください、ただの親切心ですわ」

 

 本当に急に何を言い出すのか。とても怪しい。なにか弱みを握って金を毟りとろうとしているのではないか。この銭ゲバはやりかねない。

 だが、熊野の言うことも確かだ。

 正直疲れている。同じ部屋ってだけでも気が滅入るのに、四六時中くっついているのだ、精神的疲労はかなり溜まっている。

 後から請求されるのは危険だ。先手を打つ。満潮は熊野のポケットに交換券を数枚捻じ込んだ。

 

「無償ってのは気持ちが悪い。明日の朝まで、これで頼むわ」

「あらあら、お気持ちだけで十分ですのに。ですが折角なので受け取っておきますわ」

「お礼は言わないわよ、対等な取引なんだから」

 

 その取引が若干人身売買めいているのには目を背けた。

 ともあれ運よく取れた一人の時間だ。全身全霊で有意義に使わなければ。満潮はダッシュで自室へ戻っていく。

 満潮から貰った交換券をヒラヒラさせる。あのうかれよう、本当に疲れてたんだな。熊野はちょっと同情した。

 

 いつまでも食堂にいたって、やることはない。卯月を抱きかかえて熊野は自室へ入り、自分のベッドへ卯月を寝かす。

 熊野の部屋も、卯月たちのと対して変わらない。金に執着している割には、無駄な装飾品や調度品もない。それどころか満潮の机以上に、必要最低限の物しか置かれていなかった。

 

「むにゅ……うーちゃん……寝ちゃって……?」

「あら、起きちゃいましたか?」

「……キャーケダモノッ!」

 

 絶対に間違った認識の元、顔を赤らめて悲鳴を上げる卯月。

 

「ううううーちゃんの貞操が、水鬼様に捧げたかったのに、良くもっ!」

「ぶちますわよ?」

「さーせん、てかなんでうーちゃんこの部屋に?」

 

 第一その水鬼お前が殺したじゃねぇか。その突っ込みは喉元で止めた。卯月にとってはデリケートな話題なのだろう。多分。

 そして熊野は、卯月が交換券で売られ、一晩この部屋で過ごすことになったことを説明した。

 

「やっぱりうーちゃんの貞操は売られたんじゃないかぴょん!」

「ご安心ください。その貧sお子様体形では需要は大してないので、売る気はありませんわ」

「胸のなさはどっこいだぴょん!」

「本当にマニアに売ってもよくてよ?」

 

 マジギレトーンに卯月はおののいた。

 まあ、考えようによっちゃ、うっとおしい満潮と一晩離れることができるのだ。ゆっくり羽を伸ばすチャンスと思えば良い。

 卯月はポジティブに考え、のんびり過ごそうと決めていた。




二隻目のD-ABYSS(ディー・アビス)艦娘。それは果たして最上なのか。
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