前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第99話 資金

 卯月と満潮はずっと一緒に行動していた。

 突発的に起きる卯月の発作に備えるためである。しかしそのせいで、お互いに多大なストレスが溜まっていた。

 それを見かねた──ではなく、目をつけた熊野により卯月は買い取られ、彼女の部屋で一晩を過ごすことになる。

 

「殺風景な部屋ぴょん。愉快なものはなんにもないのかぴょん」

「わたくし無駄な物は買わない主義ですので」

「つまんないぴょん」

 

 満潮の机以上に何もないのには驚いた。

 それでも満潮と離れられたのはラッキーだ。滅多にないチャンスとして寛がせて貰う。

 卯月は大きな欠伸をしながらベッドに倒れ込む。布団も普通だ。てっきり高級な布団でも買っているのかと思ったが。

 

 まあ、ゴロゴロすると言っても、特にやることがある訳ではない。注文した嗜好品が届くのもまだ先。もしくは簡単な筋トレとか……到底やる気は出てこない。

 

 唯一、先に届いたのは、日記代わりに頼んだノートだけだ。弥生との交換日記には書けないようなこと、もっと些細なことを書く用に使っている。

 とりあえず、これに今日の分を書いておくことにする。

 

「何を書いているんですの?」

「えー、内緒だぴょん」

「見られたくないようなことを書いているのですね、理解しましたわ」

「変な憶測は辞めろぴょん!」

 

 こっちの日誌には平凡なことしか書いていない。日記というよりも、淡々とした報告書のように書いている。大して意味がないような内容でも、記録しておくことで意味が生まれるかもしれない。だから何でも書くようにしているのだ。

 

 でもそれはそれとして、見られるのは恥ずかしい。嫌なものは嫌なのだ。熊野もそれを察したのか、それ以上見せろと言ってはこなかった。

 

 まあ、それでも書く内容はそう多くない。少しの時間で今日の分は書き終えてしまった。さっきまで寝てたので、あまり寝る気も起きない。微妙に目が覚めてしまった。

 そんな様子の卯月を見て、熊野は戸棚からお菓子を取り出す。

 

「卯月さん卯月さん、ちょっとお茶でもしませんか?」

「お茶かぁ、じゃあするぴょん!」

「砂糖とミルクはたっぷり。寝る前なので温かいのにしておきましょうか」

 

 殺風景と言ったが、湯沸かし器ぐらいはある。

 お湯を沸かしている間に熊野は戸棚からココアを取り出す。インスタントではなく純ココアだ。

 その粉をコップに入れ手際良く水に混ぜる。とろみがついたところにミルクと砂糖をたっぷり投入。ティースプーンがコップに当たり、鳴る音が心地良い。

 

「お待たせですわ」

 

 ココアから立ち上る甘い匂い。カカオの香ばしさが鼻をくすぐるようだ。火傷に気をつけて、舌先をつけたり離したりしながら啜る。舌の上から喉の奥まで、優しい甘みが抜けていく。卯月の顔はすっかり溶けきっていた。

 

「ぴょぉぉ……ん」

「そこまで喜ぶとは、意外ですわね」

「なんで甘いものを食べると、幸せな気持ちになるんだぴょん……」

 

 ぬるま湯に浸かっているような、心が落ち着いていくような、はういった気持ちになる。無茶苦茶な特訓で荒んだ心身が、ゆっくりと解されてるようだ。

 想定よりも喜んでいる卯月を見て熊野は少し笑う。ここまで喜んで貰えれば、悪い気はしない。

 

「このココア後、まさか有料じゃないぴょん?」

「タダですわ」

「怪しい。お金の代わりになにかとっていくつもりかぴょん」

「人をなんだと思っているんですの?」

「銭ゲバ」

 

 ドストレートな暴言に熊野は傷ついた。言われ慣れているが、だからって言われたいとは思っていない。

 

「客人に飲み物ぐらい出すでしょう。それに卯月さんはわたくしにとても貢献してくださっているので、そのお礼ですわ」

「あー、特訓で倒したらお給金アップってやつかぴょん。酷い目にあったぴょん、二度とやらんぴょん」

「いえあんなのは端金ですわ。卯月さんが来たことで、D-ABYSS(ディー・アビス)に関わる戦いが始まった。そのお蔭で儲けさせていただいていますの。内通者に気づかれないよう、極秘裏に行われる資材調達、そこに一枚噛ませて頂いています」

 

 さらっと言っているが、熊野はあり得ないことを言っている。

 なんで一介の艦娘が、資材調達に関われるんだ。ましてや前科持ちの艦娘が、それでどうして利益を上げることができる。意味が分からない。

 

「うふふ、わたくし、外にも()()()が大勢いまして……こうして檻の中にいる間も、残してきた会社を回してくださっていますの。わたくしは只それを仲介しているだけ。別に積極的に動かずとも、お金は入ってくるのです」

 

 そういえば前もそんなこと言っていたような。あの時は冗談の類だと思っていたが、どうやら本当だったようだ。

 

「待て、マテ、まて、会社ってなんだぴょん」

「会社? ええ株式会社のことですわ。株式を発行してそれを元手に資金を得ますの」

「株式についてじゃない! なんで会社運営してんだぴょん!」

「利益を上げること以外に会社を作る理由が?」

 

 マジかよコイツ。卯月は心の底から呆れる。

 お金が欲しいってのは理解できる。しかしその為に会社まで作るなんて常軌を逸している。地下で行われる受刑者同士の違法賭博の方がまだ現実味がある。

 いや、会社を作るのはおかしくない。

 それを艦娘がやってしまうところが異常だ。公務員の副業は禁止されているんだぞ。

 

「まあ会社以外にも、違法賭場とか色々元締めでやっていますの」

「……ひょっとしてうーちゃんは聞いてはならないことを聞いているんじゃ?」

「おほほほほ……ココアのお蔭でそろそろ眠くなってきたのでは?」

「寝れる訳ねーぴょん!」

 

 こんな話を聞いた後でどうして安眠できると思うのか。むしろすっかり目が冴えてしまった。少し覚めてきたココアをちびちび飲みながら、それでも時間つぶしにと、熊野とアレなガールズトークを続ける。

 

「しかし、わたくしとしては、むしろ何故皆さま方がそんなにお金に興味を抱かないのかが不思議ですわ。給料制を採用している鎮守府がそう多くないからなのでしょうか」

「え? 戦っても給料ないトコあんのかぴょん」

「その辺りは鎮守府によりますし、大本営も非人道的行為さえしていなければ、大体スル―ですわ」

 

 給料制を採用しないのは、無駄な諍いや争いを避けたいとか──給料計算年末調整etcが嫌だったりとか、理由は色々だ。

 給料がないからといって、娯楽までない訳ではない。何らかの代替措置が取られている。その方が上手くいっている場合もある。

 それでも卯月にはちょっと信じられなかった。戦って金が得られないと、ぶっちゃけやる気が削がれる。

 

「戦った分、それなりの報酬が欲しいのは分かるぴょん。でも──会社運営をしてまで、お金を掻き集める気持ちは分からんぴょん」

「んん、理解して貰う気はありませんわよ」

「……理解できないにしても、理由はあるってことかぴょん」

 

 そこを指摘すると、熊野は「よくぞ聞いてくれた!」という感じで話し出す。

 

「わたくし、一つ信じていることがありまして。いつかこの戦争が終わった時──艦娘(わたくし)達は滅ぼされると思っていますの」

「……人間に?」

「ええ、人類に味方しているか否か、というだけで艦娘も『化け物』に代わりはありませんから。仮に滅ぼされなかったとしても、人間扱いされる可能性はとても低いでしょう。良くて代理戦争の道具ですわ。でもわたくしそんなの嫌ですの」

 

 熱弁する熊野に卯月は若干引いていた。

 言わんとしていることは理解できる。

 正論だ。わたしも人生を楽しめないで死ぬのは嫌だ。だけど共感はできない。艦娘(屍者)はあるべき場所へ還るべきではないか。そう思っている所があるから。

 

 卯月の微妙な反応に、熊野は気づいてはいたが、さして気にせず熱弁を続ける。

 

「ですがお金は天下の回り物。お金があれば人権さえも買える。いつか来る時代の時、人としての尊厳を守るための盾になってくれる。実際、お金を生み出せれば艦娘でも企業経営ができますから、わたくしのように」

「はぁ、だから、お金を集めてるって訳かぴょん」

「ええそうですわ。なので幾らあっても足りないので、此処にいる間もちょこちょこ小銭を稼いでいますの」

 

 と言うが、そう上手くいくものなんだろうか。そりゃお金持ってない奴よりとれる選択肢は多いだろうが。人間と化け物の隔たりは、それでどうにかなるものなのだろうか。ただ今の時点で、艦娘たちに待ち受ける運命を考えている点は素直に凄いと思う。

 深海棲艦を倒したところで、満足できるような報酬が得られる保証は、どこにもないのだから。

 

 最も卯月自身はその未来に然程興味がない。若干冷めた気持ちで話を聞き流していた。

 

「と、話がちょっと長引いてしまいましたね」

「流石に眠くなってきたぴょん……」

「そうですわねぇ、明日も訓練、一杯でしょうし」

「死んでしまうぴょん」

 

 これがまだ続くのかよ。

 しかし訓練は決して終わらない。如何せん卯月はまだまだ弱いし、敵が秋月だけとは限らない。D-ABYSS(ディー・アビス)から始まる全てに決着がつくまで特訓は続くのだ。

 どうしてこうなった。これも運値-10の賜物か。

 卯月は敵への憎悪をますます深める。

 

「ちゃんと歯磨きしてから寝るんですよ」

「ガキじゃないんだから、分かってるぴょんそんなこと」

「なら良いですわ。わたくしもそろそろ寝ましょう。夜更かしはお肌の天敵ですし」

 

 歯磨きや呑んだココアの片づけを行い二人はベッドへ入る。発作が起きた時即対応できるように、一緒のベッドで寝ることになる。

 満潮の時と同じだ。

 当然と言うか、満潮と同じ布団で寝るのとは感覚が違う。少し緊張していたが、極度の疲労の前にはあってないような物だった。

 

 人肌の温かさに触れながらまぶたを閉じる。睡魔に揺らぐ意識の中、一つの疑問が脳裏を過っていた。

 なぜだろうか、勘と言う他ない。

 熊野がお金を集める理由は──それだけなんだろうか? 

 お金は人権を買える程万能なのだろうか、別の用途のために集めているのではないか。

 

 しかしそれを聞こうとは思わない。ここ前科戦線で、人の過去──つまり前科に触れること──を聞くのはタブーだ。

 その疑問を早々に忘れ、卯月は眠りについた。

 

 

 *

 

 

 卯月と熊野が眠った頃、満潮はまだ起きていた。

 久々に一人の時間がとれたのでゆっくりしようと思ったのもある。あと一人なのが久々過ぎて寝付けなくなっているのもある。

 寝れないなら寝れないで、やれることはある。

 ──と言っても、満潮の性格上、任務関連のことになりがちだが。

 

 だと言うのに。

 

「やっほーこんばんわ! 那珂ちゃん夜ライブの時間だよ!」

「帰って消えてさようなら」

「酷いよ!?」

 

 扉をノックして出てきた那珂を即締め出す。

 だが那珂は扉の隙間に足を突っ込んで無理矢理入ってきた。これがゲリラライブというヤツだろうか。ただの不法侵入だろ。

 アイドルとは不審者の意訳だったのだ。

 

「何の用よ、私とアンタ何の関わりもないじゃない」

「ないけど良いじゃんアイドルなんだから! ところで卯月ちゃん何処?」

「熊野に売り飛ばした」

「ナンデ!?」

 

 事実だが説明を端折り過ぎである。那珂は混乱するが咳払いで平静に戻る。

 

「まあ良いけど。それで何の用。用がないなら帰ってよ」

「ヤダ……てゆーのは冗談で、明日の哨戒、満潮ちゃんの担当だからその連絡だよー」

「最初からそう言いなさいよ」

「キャハ☆」

 

 両手Vの字サインを見て、滅茶苦茶苛立つ。

 那珂のノリは割と卯月に近い。それにアイドルの狂気を混ぜ合わせたのがコレだ。

 関わりたくない。さっさと終わらせよう。那珂が持っていた引き継ぎ書を奪い取り目を通す。

 

「……やっぱり卯月と一緒なのね」

「発作あるしね。でも訓練があるから、時間は少し短めにしてあるよー!」

「でも面倒よ」

 

 普段、前科戦線は近海哨戒なんて行わない。

 周囲の鎮守府による防衛ライン、秘匿された基地の情報、幾重にも張られた結界が深海棲艦の侵入を阻むのだ。

 

 しかし、今回は相手が違う。

 相手は深海の力に支配されているが『艦娘』なのだ。故に結界は簡単に突破できてしまう。藤鎮守府にあそこまで近づけたのもそれが理由だ。

 加えて内通者の情報提供もある。考えたくもないが基地の場所が露見しているかもしれない。

 実際駆逐棲姫は基地ギリギリのところまで接近してきていた。

 

 万一が起きてからでは手遅れだ。前科戦線が壊滅すること。卯月が殺されること。どれも許されない。

 

 その為少し前から、交代で近海の哨戒をすることが決まっていた。今日は一日那珂の担当だった。明日は満潮&卯月の担当である。

 気休めにしかならないかもしれないが、少しでも早く敵を発見できるなら、それに越したことはない。

 

「大丈夫大丈夫、そう簡単に来れたりしないから大丈夫!」

「フラグ立てないでくんない?」

「本当に大丈夫だよー、超大声で歌いながら哨戒してたけど、誰も気づかなかったから! でも緊張感があると良い歌が歌えるね。那珂ちゃんまだテンション上がり気味なんだ。そうだ満潮ちゃんちょうど良いまだ起きてるんなら那珂ちゃんの歌を」

「寝る!」

 

 力づくで部屋の外へ叩きだし、なんとか追い返した。

 とても疲れた。

 満潮は布団の中へ倒れ込む。引き継ぎ書に目を通すのはもう明日でいい。

 

「……どうして?」

 

 何故こうなった。独りでくつろぐ筈が何故。まさか私も卯月の運値-10の影響下にあると言うのだろうか。

 そうに違いない。良くもやってくれたな卯月。訓練は更に厳しくしてやる。

 預かり知らぬ間に何故か更に嫌われる卯月。それもまたド不幸の一端なのである。

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