定年を迎えた要介護の父が女児向けアニメに熱中する物語です。

※「小説家になろう」、「カクヨム」にてマルチ投稿しています。

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女児アニメを見る父親

      LOVE LOVE ずっきゅん♪ マジカルハート♥

 

      LOVE LOVE ずっきゅん♪ マジカルハート♥ 

 

        マジカルハート♥ こころちゃ~ん♪

 

 

 

居間に下りると父が女児アニメを見ていた。

けたたましいメロディと目のチカチカする映像が流れている。

アニメを見る父の表情は死んでいた。

まるで牢獄に閉じ込められた囚人のようだ。

俺は父の世話をしている。

父は要介護判定を受けた老人だった。

かつて父はバリバリのビジネスマンで、いつも家庭をほったらかしにして働いていた。

そんな父も今では日曜の朝七時に起きると、テレビをつけていつもアニメを見ている。

他にニュースやスポーツや教養番組などあるはずなのに、決まって父が見るのはアニメだった。

 

 

私はかわいいこころちゃ~ん♪ 私はプリティこころちゃ~ん♪

 

 

そんな父を見て、俺は早く死んで欲しいと感じていた。

なぜならそれは昔の父とは正反対の気持ち悪いものだったからだ。

昔俺が小学生ぐらいの子供だった頃、父はアニメを見る俺をバカにしていた。

 

「こんなくだらないものを見て現を抜かすな! お前は勉強していい大学に入らないといけないんだぞ!」

 

それが父の口癖であり、俺をいつも叱る口上だった。

父は仕事人間で仕事のこと以外はクソだと思っているような人物だった。

よく言えば根が真面目であり、悪く言えば仕事以外に取り柄のないつまらない男だった。

いつも仕事の事ばかり考え、母が死んだ日も出勤しているような男だった。

それなのに定年を迎えた瞬間アニメに没頭するようになっていた。

家にほとんど引きこもりきりの父は、俺に女児アニメのDVDを借りるようにせがむ。

そしていつもそのDVDを慣れない手つきで再生するのだった。

今ではただ、朝から晩まで同じアニメのDVDばかりを視聴している。

 

 

友達いっぱいこころちゃ~ん♪ みんな大好きこころちゃ~ん♪

 

 

父に友人と呼べる者はいなかった。

父にとって周りの人間は全て他人だった。

四六時中といっていいほど仕事のことばかり考えており、家に返っても仕事の資料などを作っていた。

そんな父を俺は会社の奴隷だと思って馬鹿にしていた。

それを口に出す度に「誰のおかげで食っていけてると思ってるんだ!」と怒鳴って俺を殴った。

俺は心底の父のことを嫌っていた。

何度も心の奥で殺してやりたいと思っていた。

けれど今はそれが早く死んでほしいに変わっている。

女児アニメを見てばかりいる父は、俺にとって半分死んでいるも同然に思えた。

 

 

何でも願いが叶うよ~♪ 素敵な夢を叶えよ~♪

 

 

父は証券会社の係長だった。

そこでいつも部下に怒鳴り声をあげていた。

家に帰ってきても「あれこれの資料がない!」と電話で怒鳴っており、酒を飲んでは「昇進したい。昇進したい」と泣いていた。

そんな父を見て俺は「お前なんかが人の上に立てるわけあるか」と内心嘲笑っていた。

父は他人には怒鳴ることしか能のない人間だった。

気に入らないことはいつも怒鳴り声を上げれば解決できると思っている人間だった。

人間関係なんてものを構築できる人物ではなかった。

そんな父は自分が人よりも長く働いていることを自慢していた。

残業を会社から言い渡されることを誇りに思っていた。

 

「俺は会社に頼られてる。俺は会社から必要とされてる人材だ」

 

機嫌がいい日に酒に酔うと、父はいつもそう言って俺に絡んできた。

そんな父を俺は鬱陶しい、早く消えてくれと思っていた。

けれど今は鬱陶しいとも思わなくなっている。

何故なら父は俺など眼中になく、アニメの女の子に夢中になっているからだ。

四六時中居間に座りっぱなしで、何度もDVDの再生を繰り返している。

そんな機械じみた動きしかしない父に、俺は心底関心がなくなっていた。

父はもはやその辺に生えている雑草のように俺の視界から無視されていた。

 

 

頑張れ頑張れ♥ こころちゃん♪ 一生懸命♥ こころちゃん♪

 

 

父は努力家だったとは思う。

それは俺も認めているところだった。

家族を養ってくれたことについては正直今となっては感謝している。

それがどれほど大変なことであるか働きだした今ではわかる。

俺は父に憎しみと同時に尊敬の念も持っていた。

だからこそ今の父の姿が許せなかった。

俺が子供の頃は散々偉そうに俺がアニメを見ることをバカにしていたのに、今となってはそのアニメに没頭し続けている。

仕事があった頃の父は、その姿がうざったいとも思っていたが生き生きとしていた。

自分が絶対に正しいと思い込み、自分がしている行動に一切迷いがなかった。

それは俺のような夢も持たない人間にとってはある種羨ましいことのようにも思えた。

けれどそんな父の姿はもうどこにもない。

今となっては俺のほうこそアニメに熱中している人間をバカにする立場になっている。

昔は大好きだったアニメが、今では憎むほどに嫌いになっている。

それは俺が持っている父の記憶を汚されているような気がしたからだ。

 

 

最強! 最強! こころちゃん♪ 絶対! 無敵の! こころちゃん♪

 

 

俺は子供の頃父に怯えていた。

失敗や悪戯をする度に父は腕づくでそれを止めさせ、泣いている俺をぶち続けていた。

俺はその頃父は無敵だと思っていた。

絶対に何年経っても敵いっこないと思っていた。

そんな父を俺はどこかで憧れていた。

けれど俺が歳を取るに連れ、だんだんとそれが幻想であることがわかってきた。

仕事から帰り、酒を飲んで泣く父はちっとも無敵ではなかった。

初めてその姿を見た時は、俺は心底がっかりした。

アニメの悪役のような怖い雰囲気も強い雰囲気もその時には感じられなかった。

悪の組織のボスのような偉大さもない。

父はその辺に登場するただの脇役でしかなかったのだ。

その時から俺は父が嫌いになった。

そして今は嫌いを通り越して、もうどうでもいいに変わっていた。

俺は完全に今の父に幻滅していた。

 

 

ずっとずっと大好き~♥ パパもママも大好き~♥

 

 

俺は父のことを愛せていたのだろうか。

少しでも好きになれたことがあったのだろうか。

俺と父にはわずかばかりの交流しかなかった。

けれど俺は憧れだけを糧に父を「父である」と認識していた。

金を稼ぎ、俺を怒鳴り、力強さを見せつける父の像こそ「俺の父親」なのだと思っていた。

その横柄な態度こそ父を父親たらしめるものだと思っていた。

けれど今はそのどれもこれも面影が全くない。

かつての溢れ出ていた身勝手な性格さえも微塵に消えていた。

今は俺に怒鳴ることも、命令することもない。

ただ少しばかり、アニメのDVDの買い物をねだることしかしないのだった。

そんな子供のような、幼稚な父を俺は冷めた目で見下ろすことしかできなかった。

 

 

「・・・・・・トモヒロ」

 

 

父が俺の名前を呼んだ。

振り返り皺だらけの顔を見せる。

父の表情は相変わらず死んでいた。

そこにはかつての傲慢だった面影もない。

 

 

「一緒にアニメを見ないか? お前、アニメ好きだったろ? 結構面白いぞコレ」

 

 

父はわずかに口元を緩ませて言った。

震えた指を伸ばし、画面の中の女の子を差す。

その子は幸せそうに歌っていた。

どんなことをしても成功するし、何をやっても上手くいく少女。

それはかつての父が、自分がそうなのだと思い込んでいた自身の姿だった。

 

それに思い至った時、俺はチャンネルを消していた。

父は突然のことに呆けた表情で俺を見上げていた。

 

「・・・・・・ふざけるなよ」

 

俺は自分でも驚くほど怒りに震えた声を出していた。

一瞬それを抑え込もうとする。

けれどもう収集がつかない。

俺は父に怒鳴っていた。

 

「ふざけるなよ! 昔は俺にアニメなんか見るなって言ってたくせに!」

 

俺は父の肩を片手で突き飛ばしていた。

あっけなく父は倒れ込み、その場から立ち上がれずにいる。

父は驚いた顔を見せると、俺のことを怯えた表情で見上げてきた。

 

「・・・・・・トモヒロ、やめてくれ。父さん足腰がもう弱いんだ。そんなことをしたら父さん骨折してしまうかもしれない。もうアニメを見ようなんて言わないから、やめてくれ」

 

父は顔を両手で覆って蹲り、自分の身を俺から守ろうとする。

その姿を見て、俺はますます蹴り飛ばしたくなる衝動を覚えた。

けれどそれは不発に終わった。

怒りよりも、哀れさのほうが勝ったからだった。

俺はしばらくその場で沈黙して冷静さを取り戻すと、チャンネルをつけ直した。

 

 

ーー画面の中の少女はボロボロになって負けていたーー

 

 

体を傷だらけにし、敵の前で倒れ伏している。

その少女は魔法の衣装の変身が解かれ、ボロボロの普段着になって倒れ伏している。

その少女の瞳孔は開かれており、息絶えていることを示唆していた。

画面の中の敵のボスは静かに少女を見下ろし、その亡骸を杖で突いた。

 

「哀れな。最初からお前になど力はなかったのに。嘘っぱちの夢や希望を持つから、こんな絶望を迎えるのさ」

 

敵のボスは呪文を唱えてその場から消え去った。

その少女はいつの間にか肌が干からび、皺だらけのミイラとなっていた。

やがてエンディングもなく、突然に番組が終わる。

そのアニメは最終回を迎えていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

父はただ黙していた。

次に流れてきた明るいヒーロー番組にも、もはや耳を傾けていない。

父は石像のように固まっていた。

しばらくそうしていると父はその場に倒れ伏す。

 

俺は父の肩を揺すった。

けれど反応がない。

体が冷たくなっていることに気づく。

その時には既に父は亡くなっていた。


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