ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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5/2に投稿した104話は一度取り下げ、改稿しました。大きく混乱させてしまい申し訳ありません。2日間に分割して投稿します。



104.Have a Cuppa Tea

 雨の国イギリスにしぶとく住み着く人間たちは、天気がいい日があれば貴重な日差しを一身に浴びようとする。もっとも、セブとかの例外はいるけれど。

 今日は珍しく一日中晴れ模様。私はホグワーツの外庭、温室の横の東屋に足を運んだ。スプラウト教授はいつもこの時間この場所でアフタヌーンティーを楽しんでいるとフリットウィック教授から聞いたからだ。

 

「ご一緒していいですか、スプラウト教授」

「あらリリー。こちらに顔をだすのは珍しいですね」

 

 持参したバスケットをテーブルに置く。

 ホグワーツのキッチンをお借りしてハリーと作ったロックケーキだ。干しぶどうを練り込んで焼いたスコーンのようなもの。イギリス伝統のお茶菓子だ。

 

「あら、素敵なお茶請けね。いっぱいに混ぜ込まれているのはサルタナレーズンかしら?」

「息子と作りましたの。あの子ったら自分が好きだからって加減も考えずに入れるものだから」

「いいじゃない。私は好きよ」

 

 杖を振ってテーブルに私の分のティーカップを出してくださったスプラウト教授は、ティーポットの紅茶を注いだ。

 ちょうど、最後の一杯分だったようで、ポタン、とティーカップから最後の一滴が私のカップの中に落ちていった。

 それを見てスプラウト教授は収納チェストを開け、茶葉やハーブが入った缶をいくつか眺めている。

 

「次のお茶はなにがいいかしら? カモミールなんかもあるけれど」

「それなんですけれども、もしよければ実は頂きたいものがありまして」

「なにかしら?」

「フリットウィック教授から、この時期は『悪魔の罠』のハーブティが飲めるって」

 

 私がそう言うとスプラウト教授が口に手を当ててクスクスと笑った。

 今年から旦那にくっついてホグワーツを間借りさせてもらっている私は、今フリットウィック教授の助手のような形でお手伝いさせてもらっている。

 本来であれば、グリフィンドール生として校長(彼女はまだ代理と言って憚らないけれど)と変身術教授を兼ねて多忙を極めるマクゴナガル教授のお手伝いをするのが筋ではあるのだけれども……残念ながら私は旦那と違ってあまり変身術は得意ではなく、正直力になれるか怪しい。少し申し訳ない気持ちではあるのだけれども、卒業後も『呪文の挑戦』に寄稿する際などたびたびお世話になっているフリットウィック教授の下に今は付き、一部の生徒の個人指導などを時折代わって行っている。

 付け加えて言うなら、バチルダおばあちゃんの手伝いも何度か。ホグワーツの奥からへんなマジックアイテム掘り起こしてるみたいなのよね。

 

「あなたもフィリウスも珍しいものが好きね」

「返す言葉もないです。でも、ホグワーツでもないと飲む機会もなさそうなので」

「ええ、いいわよ。淹れましょう。ちょっと苦味が強いから具沢山のロックケーキはぴったりかもしれませんね」

 

 スプラウト教授はニコニコと笑いながらその珍しいハーブティを入れてくださった。

 口をつけてみると……確かに少し苦い。しかしほのかな酸味がなかなか爽やかな味わいだ。

 

「あとはミネルバが来るかもしれないのだけれど」

「マクゴナガル校長ですか?」

「ええ。少し前まではよくこうやってアフタヌーンティーを楽しんでいたのだけれど、最近はせわしなくしているから。けど、今日は二度すっぽかされたけれどようやく一緒に紅茶を飲む約束をしていて……」

 

 そうスプラウト教授が口に出したタイミングで、ホグワーツの校舎のほうからフクロウが一羽、こちらに飛んできた。

 キリッとした表情のフクロウは校長室付きのもので、彼女はスプラウト教授にマクゴナガル校長からの手紙を手渡した。

 その手紙には丁寧な字で一行「ごめんなさいポモーナ。今日も多忙のためスキップで」とあった。

 スプラウト教授の手が震えている。

 

「リリー?」

「はい、なんでしょう」

「来てくださったところ申し訳ないのだけれど、10分ほどここで待っててもらっていいかしら? その間好きに飲んでいていいから」

「ええ、構いませんが……?」

 

 そう言ってスプラウト教授は足早にホグワーツの校舎のほうへと向かっていく。

 スプラウト教授が宣言した通り、10分後再び姿を現した――マネモネ科のツタでぐるぐる巻きにしたマクゴナガル校長とともに。

 

「ポモーナ、お気持ちは嬉しいのですけれど、やはり仕事が――」

「黙って座りなさい、ミネルバ。3度のアフタヌーンティーよりも重要な仕事などありません。カモミールティーを淹れますから飲みなさい」

「……わかりました。一杯だけですよ? あらリリー。あなたもこちらに」

「ええ。お邪魔してます」

 

 そう言ってツタがほどけたマクゴナガル校長は渋々といった形で席についた。

 傍目から見てもあまりよい顔色には見えない……私達の寮長だった頃と比べるとえらい違いだ。

 とはいえ、旧友であるスプラウト教授に押し切られる形で勧められたティーカップに口をつけると……マクゴナガル校長は少し緊張がほぐれた様子で目を細めた。

 

「良い味です」

「そりゃそうでしょう。用意できるかぎり一番おいしいカモミールティーを用意しましたから。お茶菓子もどうぞ。ハリーくんと一緒に作ったものだそうですよ」

「……ええ。頂きます」

 

 マクゴナガル校長はやや不格好なロックケーキを齧り、ティーカップを傾け……椅子に深く腰掛けて、深く息を吐いた。

 

「はいはい、ミネルバ。いくらでも愚痴なら聞きますよ。そうしないと持たないでしょう」

「……確かに、校長になってからそういう機会はありませんでした」

「それで? 今はなにが悩みなのかしら?」

「ホグワーツの外のことです。セブルスから聞いたのですが、マルフォイ卿が戦争に向けて動こうとしていると。私にアルバスほどの力がないために」

 

 ふう、とマクゴナガル校長はため息を一つこぼす。

 

「率直に言うともっともだと思っています。私はアルバスのような偉大な魔法使いではない。あくまで私は単なる教職員、単なる校長です。もし、戦争が始まるのでしたら……リーダーになるのは私ではないでしょう。あのルシウスが適任とも思いませんが」

「まあ、そうね。あなたは託された仕事すべてに全力を投じちゃうタイプだもの。校長の仕事をすっぽかしてどこかに出て悪巧みするのが常みたいなアルバスのやり方は明らかに向いてないわ」

「では、黙って見過ごせと言うのですか?」

「ええ」

 

 いつもの温和なハッフルパフの寮長。そんなイメージとは異なる表情をスプラウト教授が見せた。

 友人のために犠牲を許容する姿勢。

 

「みな、既に戦争に備え始めています。ルシウスも、アメリアも、ジェームズも」

「だからなに? 意地悪を言うならミネルバは選ばれた代表ではないわよね。学校のトップにすぎず、戦争なんかに頭を悩ませる立場ではない。そうじゃない? マルフォイ氏がやりたいならやらせておけばいい、とは考えられないものかしら?」

「……」

「さっき、あなたは向いていないと言ったけれど……言い直すわ。ホグワーツの校長という立場から戦争に対してどうこうするなんて仕事、誰にも向いてないもの。アルバス・ダンブルドアはたった一人の例外ね。その幻影をあなたはなぞる必要はない」

「……」

「無理しなくていいのよ、ミネルバ。英雄になりたがる誰かに任せればいいのよ」

「……ポモーナ。それは違います。私が戦争を厭うのは、高潔な英雄も、卑劣な悪党も……生まれて欲しくないからなのです。グリンデルバルドが魔法界を席巻した時代。多くの英雄や悪党が産まれました。彼らはそうなるべくしてなったのでしょうか? 違います。戦争が彼らをそうしたのです」

 

 私達の世代は誰も戦争を知らない。

 知っているのはもっと上の世代。つまり、マクゴナガル教授であり、アラスター・ムーディ局長であり、バチルダお婆ちゃんだ。彼らは……今のところ、沈黙している。

 ドラコさんちのご両親のように積極的に動こうとはしていない。

 

「あなたが心配するのはわかるわ。でも、誰もダンブルドアになることは……」

「わかっています!」

 

 マクゴナガル校長が悲痛な声を上げる。

 

「私はアルバス・ダンブルドアになれない。そんなことは自分が一番よくわかっています。しかし、アルバスが私達に教えたのは、彼の力ではなく姿勢だったのではないでしょうか。力不足を嘆くのみで動かないことを許容したら……私は二度とアルバスに顔向けできなくなります! アルバスの行いの足らぬところを指摘するのみで、腰を上げぬ冷笑家どもと同類です!」

「あなたがアルバスの真似事をする必要はありません!」

「アルバスの真似事ではありません! これは私が行くべき道です!」

 

 二人の諍いはヒートアップしていく。

 うっすらとだけど、マクゴナガル校長とスプラウト教授はホグワーツに通っていた頃からの古い友人だったと聞く。

 だからこそ熱が入るのだろう。お互いに友人を失わないためであるから。

 

「アルバスがグリンデルバルドを打ち破ったような決闘をあなたがやるというのですか!?」

「誰もやらぬというなら、致し方ありません! 誰かに任せるよりもよほどマシです!」

「『最も強力な武器は、平和の手段である』」

 

 そこに割って入るのは、少しおっかない気がする。なにせお二人とも頭の上がらない大事な恩師だ。でも、私の一言がなにか助けになるかもしれないならやるべきじゃない?

 

「バチルダお婆ちゃんが話してくれた言葉です。ギリシャの哲学者の言葉だとかなんとか。こういうのは正直、もうハリーのほうが詳しいのだろうけれど……でも、大事なことじゃないですか? ダンブルドア校長でさえも、グリンデルバルドを倒すにあたって十数年以上の時間をかけた。そう、バチルダお婆ちゃんは教えてくれました。これを聞けば、彼は義務を果たすのを遅らせたという人もいるだろうし、怠慢だったという非難をされるかもしれません」

 

 もう少しハリーが小さかったとき、うちに招いたバチルダお婆ちゃんがハリーに色々と語ってくれていた話だ。

 その中には明らかに9歳の子供に話すには難しすぎることもあった。いや、9歳どころじゃないかも。30過ぎの私にだって難しかったかもしれない。

 けど、バチルダお婆ちゃんは……ハリーに促されて、将来入るであろう学校の校長であるダンブルドアの行いについて不足なく話してくれていた。

 ハリーがバチルダお婆ちゃんを敬愛し、歴史に興味を持ち始めたのは……それが理由なのだろう。就学前の子供相手であっても、真摯に丁寧に伝えようとする姿勢。たぶん、バチルダお婆ちゃんが真に伝えたかったのはそれなのだ。 

 

「その期間の間に犠牲になった人もいたでしょう。でも、だからといって彼がしたであろう、戦争回避のための努力というのは、最終的に戦いに至るしかなかったとしても……無駄だったとは言えないではないでしょうか? 歴史を笑うわけでも、都合よく利用するわけでもなく……真摯に学ぶのであれば、それこそ私達が学ぶべきはこの姿勢じゃないでしょうか。私はマクゴナガル校長の言う『ダンブルドア校長から学ぶべきは姿勢だ』という言葉に賛成します。でも、だからといって、マクゴナガル校長だけが矢面に立たされるのは違うと思います。中途半端ですみません」

「リリー、そうは言っても結局のところ誰かがやらねば……」

「そうです。リーダーは必要です。でも、ダンブルドアがその立場を受け入れたとき……今のマクゴナガル校長のように全部やろうとしていたでしょうか?」

 

 確かにリーダーは必要だ……それは揺るがない。

 だからこそ、かつてのアルバス・ダンブルドアも英雄を引き受けたのだろう。

 でも、彼は明らかに……マーリンのように、くだされた難題を独力でなにもかもやってのけるような大魔法使いではなかった。

 

「どちらかと言えば突然フラっと現れて『元気にしとったかの、リリー。先日披露してくれた蛙チョコレート百倍速呪文は素晴らしい魔法で、毛糸靴下学会で披露したところ大ウケじゃった! そこで君を見込んで頼みがあるのじゃが、3日以内に魔法大臣の心の汚れを取り去る魔法なんか作れたりしないかの? なるはやで頼むぞい、それでは』なんて言って去ったりしそう」

「あなたの中のアルバス像はどうなってるのよ、リリー。無茶振りがすぎるわ」

「……ポモーナ。長年副校長をやった立場から言わせてもらうと、私のアルバス像も大差ありません」

 

 マクゴナガル校長が苦労を思い出した様子でため息をつく。

 お、お疲れ様でした……

 

「え、えーと。たぶん、ダンブルドア校長は、人に頼む仕事のうちだいたいを自分でやれたと思うんですよ。むしろ、頼んだ相手よりも遥かに素早く高精度で。でも、だからといって全部自分でやろうとしなかった。すぐに終わるような仕事でも、積極的に人を巻き込んでいった。それは、どんな仕事も自分に依存するものにしたくなかった。皆の意見を聞き入れないと回らないようにあえてした。だから、スプラウト教授が言っていたようにマルフォイさんが何かやりたいというなら仕事を押し付けてしまえばいいんですよ。ただし方針はこちらで示す。それに従うも従わないも相手次第」

「つまりリリー。あなたが私にやれと言っているのは……」

「そう! 無責任で迷惑な無茶振りです!」

 

 無責任で迷惑な無茶振り!

 ミネルバ・マクゴナガルにこれほど似合わない言葉もないだろう。

 でも、敬愛する恩師がなにもかも引き受けて潰れてしまわないためには、これぐらいの無責任さは必要なのだと思う。

 

「ふふっ。確かに。それはまさにアルバス・ダンブルドアの姿勢ですね。あなたが言い出したことですよ、ミネルバ?」

「はあ。私にできるでしょうか」

「まるで戦争を指揮するより難しそうな顔をしてるわね」

「事実そうかもしれません。ホグワーツを卒業して以来、そんな雑な仕事をしたことがありませんから」

「でも、必要だとリリーも言ってるわよ。やるしかないわね? 大丈夫よ。ホグワーツにいる人間は、皆ついてくるわ」

「そうですよ。少なくともうちの旦那には絶対言う事聞かせるから安心してください」

 

 まあ、旦那に関しては逆らう気力もないというのが正しいだろうけど。在学中に寮監に対してかけられる限りの迷惑をかけきった男だ。なにを言われても平伏して従うだろう。

 

「まあ、セブなんかは間違いなく皮肉の一つや二つ言うでしょうけれども、セブもなんだかんだで在学中からマクゴナガル教授には敬意を払ってたので大丈夫です」

「セブルスから皮肉が出ないほうが問題でしょう」

「『ただでさえ忙しい仕事を更に積み上げるとは。まさしくアルバス・ダンブルドアの後継者ですな』とか」

「ぶふっ……」

「リリー!」

 

 クスクスとスプラウト教授と笑い合うと、毒気を抜かれた様子のマクゴナガル校長も釣られて笑いながら私を叱る。

 心なしか、マクゴナガル校長の顔色は来たときよりも随分と良くなったようだ。

 

「感謝します、ポモーナも、リリーも」

「お礼なんていらないわ。友達でしょう」

「私も、お力添えできたならよかったです」

「では早速、無理なお願いをしてみてもいいかしら、ポモーナ?」

「なんなりとどうぞ、校長」

 

 すっとティーカップの中身を飲み干して、マクゴナガル校長は私のカップを指さした。

 

「リリーと同じものを貰えますか? 私も『悪魔の罠』の味には興味があったのです。ただし苦味が強いそうですからミルクはたっぷり。もちろんミルクはお湯を注いだ後に入れてください。ティーカップもあなたのお気に入りのものをお願いします」

「注文の多いこと。エインズレイのカップでいいかしら? ハーブティの淡い色が映えるのよね」

「これぐらいは序の口です。さあ、覚悟するように」

 

 そう言って、マクゴナガル校長は在学中にごく稀にみる事ができた……茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

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