ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

105 / 135
105.義なる者の上にも不義なる者の上にも

「私が得た情報によれば、奴の支持基盤であったロンドンでさえも人心が離れはじめている。十分に勝ち目があるはずだ」

「ああ、さすがマルフォイ家の当主だ。たかだか数十年闇祓いをやっただけの儂など及びもつかぬ情報源を持っているに違いない。それで、だ。勇ましいのは結構だが、肝心な話がないぞ? あのトム・リドルをどうやって止めるつもりなんだ、え?

 

 アズカバンを抜け、ホグワーツに辿り着いて以来、往時のような精力を取り戻したルシウスは、今日はホグワーツ警備局の詰め所に赴き、アラスター・ムーディに働きかけを行っていた。

 私はそれに付き従いつつも少し距離を置き、壁際からやり取りを傍観していた。

 

「おいスネイプ。なんであんなの局長のとこに連れてきた。どう考えても水と油だろうが」

「我輩はルシウスの行動を妨げる理由がない。嫌ならば貴様が止めればいいのではないか、ポッター?」

「止めるのが嫌だから連れてくるなって言ってんだよ」

 

 アラスター・ムーディは席から立つこともせず、ルシウスと目を合わせることもせず……いかにも興味なさげな様子で手元の「敵鏡」をくるくると弄りながら話している。

 礼儀も何もあったものではない。予め私が闇祓い局長時代の彼の態度を伝えていなかったら、もうとっくにルシウスは激高していたかもしれない。

 

戦争、戦争、戦争! それを知らぬ連中ほど口に出す単語だ! ああ、お前の言う通りロンドンの連中が蜂起し、お前の呼びかけに外国人の連中が呼応して協力できたとしよう。それがなんになる?」

「何を言う、数は力だ! 大多数が我々を支持すれば、やつの政権などあっさりと転覆させられる。短命だったノビー・リーチ政権のようにな」

「ああ、そうだ、そうだった……お前は、社交ダンスの腕前を競っている世界で生きてきたのだったな? だからそんな勘違いを起こしたに違いない……ルシウス、お前が一度でもアルバス・ダンブルドアの本気を見ていればそんな妄言も飛び出さなかっただろうに。魔法使いの戦争は、お前の想像しているようなものではない。数は力ではない!」

 

 魔法界が経験した最大の戦争である「グリンデルバルドによる世界魔法大戦」。

 年齢を考えれば、若い頃のアラスター・ムーディもリアルタイムでそれを経験したはずだ。なにかしら思うところがあってもおかしくはない。

 

「なにを馬鹿なことを。あなたは確かに歴戦の闇祓いだ。しかし数人でかかれば不覚を取る可能性もあるだろう。数が力でなくて何だという?」

「それは儂が常人だからだ。怪物連中はお前の考える数の多寡なんぞをあっさりと吹き飛ばしてみせる……今、お互いに自領で姿現しを禁じることで戦線のようなものが維持出来ている、とお前は考えているのかもしれない。しかし、それはまったく的はずれだ」

「現実に今そうなっているだろうが!」

「魔法使いの戦争はマグルの連中のような隊伍を組んで前線を築けるようなものではない。アルバスが時代錯誤な決闘なんぞでグリンデルバルドとの決着をつけた理由を知っているか? 魔法使いと魔法使いの戦争の決着は、それしかないからだ」

 

 ダンブルドア校長があまり語りたがらないのもあり、世界魔法大戦は謎が多い。

 しかし、皆これだけは知っている。ダンブルドアがグリンデルバルドを決闘で打ち破ることで決着した、という事実だ。

 

「儂らが今享受している仮初めの平和は、トム・リドルがその気になればあっさりと崩れ去る。そうしないのは奴が今のところまだ合法的な政権に見せかけることを意識しており、ホグワーツという歴史ある学び舎を襲撃したとなれば流石に隠せるものではないからだ。だが、儂らが対抗勢力であることを明確にしたときどうなる? アズカバンで奴が直接追いかけてきたことといい、ウェールズで容赦なく惨殺したことといい……楽観的に考えられる余地があるか、え?」

「それは野蛮人の理屈だ! 我々は文明人だぞ!」

「ああ、いい例えをしてくれたな。その通り、その通り! 戦争というのは野蛮人の理屈で回る。平時でそれを実行する儂がマッドアイと呼ばれるのも無理はない」

「……歴史を引用するなら、世界魔法大戦に関わっていたのはグリンデルバルドとダンブルドアだけではないだろう」

「お互いに拮抗した力の魔法使いを擁しているのであれば、儂ら凡人にもやることはあるだろう。だが、今はそうではない。最初の問いに戻ろう。あのトム・リドルをどうやって止めるつもりなんだ、え? 今、お前が言うような戦争を始めれば、儂らは負ける。なすすべなくな」

 

 平行線だ。

 ムーディは追い払う仕草を見せ、ルシウスは背を向けて去った。話は終わりだ。

 私も肩をすくめてアラスター・ムーディの仕事場から離れようとしたところで……突然、扉が動かなくなった。アラスター・ムーディの杖は、出口の扉を指していた。

 

「セブルス・スネイプ。お前は少し残れ」

「あ……? おいスネイプ、お前なにやらかしたんだ?」

「黙っていろ、ジェームズ。お前は外で待っていろ」

 

 蝶番を固定させたアラスター・ムーディは、次に背を向けた私に杖を向けていた。私はゆっくりと振り向き、ポッターはその後ろの隙間を縫ってすっと外に出る。

 奴が出ていったのを見計らってアラスター・ムーディは杖を振り、扉を閉める。少し遅れて鍵が閉まる音が響く。

 

「マルフォイが現場を知らんのは別に罪ではない。個人的にはいけ好かんがな。だが、お前は違うだろう。何年省の現場部門にいたんだ、ええ?」

「これは……説教かなにかでしょうか?」

「尋問だ。なぜマルフォイを止めなかった? この結末が見えていただろうに」

「……彼は数年、服従の呪文を受けていました。そして数ヶ月収監されて、ようやく今自由の身なのです。彼のやりたいようにさせて何が悪いのですか?」

「お前は服従の呪文を受けていたマルフォイのためにこちらの陣営についた。恩を果たすためにな。だが、今や、お前は儂らと共にいる義理はない。なにが言いたいかわかるか? マルフォイを国外に逃がすための道具として儂を使うのはやめろ」

 

 ルシウスは海外に頼るツテを持ち、財産も大きく目減りしたとは言え動かせる当座の資金はいくらかある。

 つまり、現時点での最善手は……国外への脱出はベターな選択肢だろう。

 

「お前が直接言わないのはなぜだ?」

「私から言えば、彼は間違いなくここに留まるのが極めて危険だと再認識し……私も連れて行こうとするでしょう。ですが、あなたとの対立を煽れば『もともといけ好かないとは思っていたが、ホグワーツや闇祓いの連中とはやはり話が噛み合わなかった。仕方なく効率のため海外から支援することに決めた』という形に誘導できるかもしれません。その場合、私は窓口としてここに残るのはごく自然です」

「肝心な部分を省略するのをやめろ。なぜ、お前は留まろうとする?」

 

 もっともな疑問だ。

 正直なところ、私のアイデンティティの根幹に関わるもので、回答は避けたい。だが、アラスター・ムーディは私を逃してはくれなさそうであった。

 私は、彼の顔を見据えながらできるだけ簡素に答える。

 

「ホグワーツに勤め始めて、もう5年です。果たすべき義理があまりにも大きくなってしまった」

「それだけか?」

「残念ながら」

「……ふん。省に入ったときといい、辞めたときといい……お前の行動原理は義理か。難儀なことだな」

 

 だが、シンプルな答えでもアラスター・ムーディには見通されていたようだ。

 亡くなったダンブルドア、マクゴナガル、あるいは寮長として見てきた生徒たち……彼らは私が頼ることもあれば、頼られることもあった。それは魔法省のような、上下の関係による命令以外のものがあった。

 役職の序列という近代的なものではなく、贈与交換のような黴臭い仕組み……だが、私はそれを軽視することができないようだ。ホグワーツに入る前の、1年にも満たないごく短い間に生まれた義理ですら捨てられていないのだから。

 

「いいだろう。お前のやりたいことはわかった……だが、マルフォイはお前の思うように動くわけではないだろう。あいつは思ったよりもしぶとい。戦争向きだ」

「……意外ですな。内心そう評価していたとは」

「評価? 良く聞こえたということはお前も若いということだな。戦争の資質というのはいざというときに人間性を捨てられることだ。こんなひどい罵倒はない」

 

 アラスター・ムーディは私に向けていた杖を体から外し、再び扉に向けた。鍵が開く。

 

「もういい、失せ……」

「あのー……お二人さん。もう入っていい?」

「ああ、ポッター。君の脳では入るべきでないことを理解できないのだろう。尋ねるのは正解だ」

「セブルス、言葉が過ぎます。慎みなさい。私が命じたのです」

 

 間抜け面のポッターの問いかけに悪態で返したところ、その後ろにいたのはマクゴナガル校長だった。少しバツの悪い態度になりながらも、問い直す。

 

「私に用でしょうか」

「全員です。重要な話があるので、校長室へ」

 

 先導するマクゴナガル校長に付き従い、ぞろぞろと連れ立って校長室を訪れると中にはまずルシウスが。そして教職員に加えてロングボトム夫妻、あとは魔法史の大家でありクィレルの師匠筋であるバチルダ・バグショットなどが集まっていた。

 

「マルフォイ氏がロンドンの魔法省との戦争の決断を促しています。この場は、皆様の意向を尋ねる場です」

 

 そうマクゴナガル校長が言うと、隣にいるルシウスは恭しく頷いた。

 

「トム・リドルは正当な魔法大臣になるはずであったアルバス・ダンブルドアをその手で殺し、ウィゼンガモット法廷を形骸化させている。かくなる上は、義なるものが立ち上がり、実力をもって止めるしかない。私はホグワーツはその象徴となるべきであり、差し当たっては関係者の皆様の支持をもって盤石な態勢を整えたいと考えている。皆様も異論はなにかとあるだろうが……我々の間で争っている余裕はないのだ!」

 

 ルシウスが勇ましく所信を話すと、まばらな拍手が起こる。

 拍手がやんだタイミングで、フリットウィック教授が発言した。校長の発言を促している。

 

「素晴らしいスピーチでした、マルフォイ卿。しかし、私としてはまず雇用主の考えをお聞きしたいです」

「ありがとうございます、フィリウス。そしてマルフォイさん。あなたをこの場にお呼びしたのは、ホグワーツは悪に屈しない、そうお伝えしたかったからです」

「ああ。よかった、私としてもそう言って頂けて……」

「ですが、ホグワーツというのは学びのためにある場所です。私は、最終的にある種の決断が必要であることは否定しませんが、それでも……戦争というものは、徹底的に回避すべきものだと考えています。私達はまだ、その努力を徹底したとは言えません」

 

 一瞬、自分に好意的な流れが来たかと思ったルシウスではあったが、出鼻を挫かれた格好になった。

 マクゴナガル校長は話を続ける。

 

「私は何十年も生徒たちを見てきました。悪戯好きな人間もいれば、ルーズな人間もいる。他愛もない冗談ばかり言う人間もいれば、7年生になってもまね妖怪(ボガート)を恐れる人間もいる。とはいえ、ほとんどが些細な他愛もない欠点です。私自身、規則を自らの都合のために曲げる傾向があるのは否定いたしません」

 

 トーンを少し軽くして話しながら、校長は一瞬間をおいて……少し、声色を重くして話を再開した。

 

「しかし、戦争になればその他愛もない欠点は拡張され、重大な欠陥となります。臆病者は裏切り者に、大雑把な人間は誤射で味方を殺す。悪戯っ子は敵の血を願うサディストになる。……もちろん、陰惨な戦争犯罪を起こした人間個人に責任がないとは言いません。しかし、責任はあるにせよ、戦争というものがなければ……大多数は良き市民として暮らせたのではないでしょうか?」

「あまりにも情緒的すぎる! 敵は迫って……」

「あなたはその典型です。平和な時代であれば、あなたはマルフォイ家の当主として人脈を拡げ、家の発展に尽くせたでしょう。しかし、あなたの手段を選ばぬ傾向が……戦争と結びついた場合、あなたがどのような人間になるか、私にもわかりません」

「では、どうするのだ! 手段を選んでいないのは奴らの方だ! 我々だけが清廉潔白に振る舞えるわけでもあるまい!」

「いえ、やるのです。マルフォイ氏。私たちは戦争の回避に向け努力します。徹底的に努力いたします。敵であっても納得するほどに」

 

 マクゴナガル校長が杖を振ると、ダンブルドアの残したままだった校長室の内観が大きく変化する。

 一番大きな壁は黒板へと変貌した。ホグワーツの誇る変身術のなせる技だ。

 

「まず、大前提としてトム・リドルの動きを止めねばなりません! 今のところ、彼はロンドンの大臣室でじっとしているようです。しかし、ウェールズで惨劇を引き起こし、彼は自ら動き始めました。ホグワーツに彼の魔の手が伸びるのもそう遠くはないでしょう。そして……皆の話を聞く限り、トム・リドルはアルバスに匹敵する、あるいは超えるほどの力を持つ魔法使いだと」

「ミネルバ、正直なところ彼がアルバスに匹敵するなど未だに信じられません。アルバスは、本当に偉大な魔法使いだった」

「ポモーナ。彼を直接見た人が皆言っているのです。私たちはそれを前提に動くべきでしょう。そして、これに関してはバチルダ・バグショット氏にアイデアがあるそうです」

 

 マクゴナガル校長は古い魔法に詳しい、魔法史の学者であるバグショット氏の名前を挙げた。

 バグショット氏は手を挙げ、少し歩を進めて前に出てくる。

 

「ミネルバ。確かに案はあんたに言った。しかし……なにぶん古い魔法具を使った儀式だ。私の意図の通りに働くとは限らない。仮にうまく働いたとしても誰かがリスクを負うことになる。それはわかってるね?」

「ええ。覚悟の上です」

「よろしい。では現状を説明しよう。魔法具も知識も揃ってる。儀式を行うにあたって足りないのは人だ。具体的には、未だロンドンのほうにいるホラス・スラグホーンをこっちに持ってくる必要がある」

 

 バグショット氏がトム・リドルを足止めするためのプランについて大雑把に話した。明らかに詳細を話すことを避けているのは情報漏洩を避けているのか。はたまた、人に知られること自体が儀式の成否に影響を及ぼすのか。

 それにしても必要なのがホラス・スラグホーン?

 私もお世話になったスリザリンの寮監であり、彼は魔法薬学のみならず、古い魔法の儀式にも詳しかった。その知識や技能が必要なのだろうか。しかし、知識は足りていると前置きしていたが……

 

 とはいえ、話は終わりだとばかりにバグショット氏は後ろに下がった。

 校長は話を続ける。

 

「最終的には、皆様にもこのプランについて協力していただくことになります。このプランの達成に従事するのが1つ目のバグショットのチームとなります。しかし、このプランが成立するまでの時間稼ぎが必要です。よって、2つ目のチームをマルフォイ氏に任せたいのです」

「なに?」

「国内外との交渉。人脈も必要ですし、リスクもあります。これを任せられるのはマルフォイ氏に他なりません。ホグワーツの理事の立場を任命しますので、その立場から任務にあたる形になります」

 

 しまった。このような状況は想定していなかった。

 ホグワーツはどのような状況になろうとも、台風の目に必ずなる。私としてはマルフォイ家……いや、ルシウスをリスクのある場所から離すべきだと考えていた。

 

「校長。マルフォイ卿を理事という形で内部に取り込むよりも、外部の協力者として扱うほうが客観的な説得力が生まれるのではないでしょうか」

「ふん。誘導が露骨すぎるぞ、青二才。あやつをここから遠ざけたいだけだろう」

 

 マッドアイが口を挟んでくるので、睨み返す……が、蚊ほどにも効いている様子はない。一枚も二枚も上手だ。

 マクゴナガル校長はルシウス当人に判断を委ねる。

 

「マルフォイ氏はどう思われますか?」

「私は……理事の任命をお受けしたいと思います」

「ルシウス!」

「セブルス。君に心配をかけているのはわかっている。だが……君にはわからないのだ。屋敷も家財も失ってもマルフォイ家は伝統ある名家でいられる。しかし我々が国を離れたとき名誉は失われる。積み上げてきたものを私の代で失うわけにはいかない」

 

 明らかに不条理だ。家? 名誉? それがなんになるというのだ。

 だが……彼がそれを心から重んじているのはよく知っている。

 

「セブルス。あなたは彼の決断をどう思いますか? 制度上、理事の任命は校長の権限ですが、教職員の賛成は重要です」

「……彼の意見を尊重します」

「よろしい。では、2つ目のチームはマルフォイ氏におまかせします。3つ目。ロンドンに取り残されている、脱出希望者の救出です。これはアラスター・ムーディにお任せしようと思っておりました。いかがでしょう?」

「ジェームズを下で使う。構わんな?」

「ええ。もちろん構いません」

「俺の場合は当人の判断が尊重されないわけ?」

 

 マクゴナガル校長がアラスター・ムーディの要求に対して即座に頷くと、ポッターが世迷い言を垂れ流す。もちろん、当然のように全員が無視する。

 

「もうすぐ冬休みも終わり授業も再開されます。ホグワーツのスタッフの皆様は多忙極まりないとは思いますが各チームの支援をお願いします。何事もなかったかのように彼らを迎え、何事もなく送り返せることを目指しましょう」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。