フランス最長の河川、ロワール川。
その流域には古くからある無数の城があり、無数の魔法の領域がある。
「はっ……フランスのクィディッチ関係者が勢ぞろい? 南仏のスカウトがロワール渓谷くんだりまで何しに? 気になるねえ、三流スポーツライターとしては」
「やれやれ。そう言いつつも、取材するわけでもなくアタシより先に飲み始めるから三流ライターなんだよ。マスター、アタシにはファイアウィスキーをダブルで」
「ファイアウィスキー? 相変わらずのイギリスかぶれだな。フランスで飲むならフランスの酒を飲むべきだと僕は思うけどね」
「うるさい。好きに飲ませな」
フランス人は3人集まればカフェバーを作るといわれている。小さい村だが、その目抜き通りのど真ん中にその店はあった。
たまたま居合わせた顔見知りのクィディッチクラブのスカウトとスポーツライターが酒を煽りはじめたところで……再び店の扉が開いた。
「マスター、ラガーをくれ、棚にあるならラーデベルガーを! できるだけ早く頼むぜ、今日終えた仕事の量を考えると一瞬でも早く燃料を補給しないとガス欠で止まっちまう! ……おお、なんだぁ? 知った顔が二人もいるじゃねえか」
「お次の注文はドイツビールか。世が世なら後ろから呪いを撃たれてるね」
「皮肉屋の三流ライター様じゃねえか。どうだ? 相変わらず食えてるのか?」
「相変わらず食えてないよ。マグル側の名義でやってるフットボールライターの仕事とあわせてようやくってとこだね。奢ってくれてもいいんだぜ、国際機関の職員様?」
「クィディッチ委員会のメンバーとしては、記者にメシの席で便宜をはかるわけにはいかないね」
小太りの男は旧知の二人の横に椅子を引っ張ってきて座り込む。
嫌な顔をしつつも、ライターの男は足を少し寄せてスペースを作った。
「しっかしねえ。アンタがまさか今や国際機関のメンバーとは。世も末だね。アタシと組んでチェイサーしてたときのアンタの役目はタダ突っ込むだけだったろ」
「国際魔法使い連盟なんて仰々しい冠背負ったってよ、クィディッチ委員会なんて半分は元選手だぜ? むしろ俺みたいなのが多数派だよ。汗と血の匂いが消えるわけじゃねえ、羊皮紙と羽根ペンの匂いが足されるだけだ」
「引退して事務仕事やるようになると太りはじめるから覚悟しときなよ。アタシはスカウトについて3キロ太った……まあ、そのビール腹を見る限りもう遅そうだけど」
「そんで? そのクィディッチ委員様は何のお仕事でここに?」
「まあ待て、先に飲ませろ。俺はあと一秒だってシラフでいたくねえんだ」
委員の男は運ばれてきたビールを一気に飲み干した、深く息を吐いた。
「まったくよう、イギリスのほうがきな臭くてきな臭くて……あそこは選手の名産地だからな。影響がデカすぎる。大わらわだ」
「ああ、じゃあアタシもここに来たのは似たような理由になるね。イギリスから選手を獲れる状況じゃなくなったからね。慌てて国内で補強のための人材を探してる」
「今のリーグはピレネーがダントツだからな。前半折り返しで各チーム動いてくるとはいえ、無敗のままだったら盛り上がらないどころじゃねえぞ」
ライターの男はため息をつく。
「ピレネーのチームは伝統的にボーバトンと繋がりが深いからね。世界的に選手の供給源が欠けてるときは異様に強い」
「お前のとこで直接引き抜きにいけよ。あのボーバトン生のシーカーとか」
「アタシのとこで? んな金あるわけないでしょ、アタシがいたときだって契約金ギリギリまで値切ってくるような台所事情だったわよ。ボーバトン生引っこ抜くには相当金を積まないと来てくれないからね、姿あらわしできない16歳を200キロ通学させるのは無理があるわ」
「ピレネーの寮ならボーバトンまで歩いていける距離だからな。若手を取り合うのは無理がある」
「アレもコレもイギリスの政情不安による玉突き事故だよ。噂によればウェールズで何人も魔法使いが殺されたらしい」
悲痛な声色で委員の男が呟くと、ライターの男は首を振った。
「興味ないね。政治の話なんて俺が聞いたってなんの得にもならない。なら気にして滅入るだけ損って話だ」
「あんた、相変わらずシニカルぶってるわね。知らないことは知らないっていうほうが皮肉屋ぶって酸っぱい葡萄扱いするよりよっぽどマシよ」
「酸っぱい葡萄じゃないさ。手の届かない葡萄だ……仮に明日世界が滅ぶような大事件だとしても、俺にどうこうできる話じゃねえ」
「ところがそうでもないんだな。向こうのマルフォイ卿ってハイソなお貴族様からお便りが届いた」
「マルフォイぃ? イギリス人のくせに、やたらフランスの事情に首突っ込んでくるやつだろ? 俺は嫌いだね」
「だが、金は出す。金は出さないのに口は出すライターどもよりよっぽどマシだ」
「はいはい。それで? 向こうはクィディッチ委員に何を求めてるのよ?」
スカウトの女性に対して委員の男は手をひらひらさせながらこう言った。
「このままだと、来年イギリスで開催予定のクィディッチワールドカップが中止になっちまうってよ」
「……なるほどね。そりゃ世界が滅ぶよりよっぽど深刻だ」
皮肉屋のライターは、声色を彼らと同じように落としてそう呟いた。
――
「指示に従わないというなら、あなたの立場は危うくなるでしょうな。スクリムジョール局長」
「ふむ? 指揮系統を考えれば、
魔法省。魔法大臣補佐官の立場についた私には専用の部屋があてられている。私はそこに闇祓い局長であるスクリムジョールを呼び出した。
「治安維持の任務を闇祓い局に依頼するのは筋は通っているでしょう」
「ああ、もちろん……我々闇祓い局の領分が予防まで及ぶと魔法大臣補佐官自ら認めてくれるのでしたら。その旨書面にして頂けますかな?」
「ふん。この期に及んでまだ権益拡大でも狙っているのですか?」
魔法法執行部のうち、本部の人間に関してはほとんどがスリザリン閥だった。おかげで今のところは法執行部に関しては機能不全には至っていない。だが、魔法警察や闇祓い局となるとグリフィンドールやハッフルパフの連中の割合がかなり多い。そのため、闇祓い局からも魔法警察部隊からも辞職者や休職者が相次いでいる。代わりの人間には事欠かないが、こと治安維持に関しては数合わせの人間をあてるのは逆効果だ。
崩壊寸前の部署をギリギリで支えているのが、このスクリムジョールである。
現状、日に日に悪化しているダイアゴン横丁の治安。それを理由に治安維持任務に闇祓いを当てるつもりだった。
だが、スクリムジョールはその命令を拒否。おそらく、任務の中に反体制派の検挙などが含まれていることを見抜いてのことなのだろう。奴がリドル様に忠誠心など持ち合わせていないのは百も承知だが、それでも今の魔法省には欠かせない人材だ。だからこそ足元を見てくる。できるだけ早くすげ替えてやりたいところではあるのだが。
「……まあ、今のところはいいでしょう。その分、あなたがたの領分の仕事はきっちりとこなしてもらいますよ」
「ええ。やれるだけはやりますよ」
そう告げて追い返す。私は現状使える駒を示した手元の書類から、闇祓い局の項目に取り消し線を引く。仕方ない、魔法法執行部の下働きでいい。私の下につけて直接動かせる部隊を作らねば。
足早に歩を進め、魔法法執行部の部署のほうへと向かう。何事もなければ今ごろ次の中途採用の段取りを整えているはずだ。彼らはひとまず私のチームで面倒みるとして……
魔法法執行部の扉を開けた途端、私の顔になにかが――マズい。
「魔法省さんよ! あんたらに言いたいことは山ほどある中でいろいろ我慢してきたが……クィディッチワールドカップが開催できないってのはどういうことだ!? 何年ぶりの自国開催だと思ってるんだ!」
私の顔に噛みついた
どうやら、放り込まれたのはこの一通だけではない。辺りを見回すと私のように
「何の騒ぎです、これは!?」
「クラウチ補佐官! そ、それがですね。今朝からずっとこんな有様で。本来なら魔法ゲーム・スポーツ部が受けるべきふくろう便なんですが、あまりの量にパンクしてこちらにまで流れてきているようで」
「なにがきっかけなのか判明していますか?」
「海外のスポーツメディアが書いたようです。『今の情勢だとイギリスワールドカップは中止もありうる、スタジアムも完成していない』と」
「確かに現状そちらまで手が回っていないのは事実ですが……それでも何か目新しい事実があったわけではないでしょう。なぜ一夜にしてこんな騒ぎに?」
数カ月後に自国で開催する予定のクィディッチワールドカップ。
足りなくなった職員を他の部署から引き抜いてなんとか成り立たせる、ということが日常になった現状、魔法ゲーム・スポーツ部のような部署はかなり軽視してきました。それでついに痛い目を見たということでしょうか?
「どうやら複数社が同じタイミングでリリースしたみたいです。情報源は一つのようですが……どうします? 国内での流通を止めますか?」
「単なるスポーツ紙を止める? そんなことをしたらむしろ彼らにお墨付きを与えてしまうでしょう。古来よりパンとサーカス、と言います。リドル様の理想の実現は重要ですが、それでも大衆の不満は管理しなければなりません。あなたがたにとっては管轄外でしょうが、今日中にワールドカップの開催に何の問題もないこと、スタジアムの建設は順調であることを省から発表する必要があります。法執行部からスポーツ部に1チーム出して手紙の対応にあたらせてください。本来のスポーツ部職員には今日の会見に集中させるように」
「はっ、クラウチ補佐官」
「おい……何が起きている、これは?」
このタイミングはマズい。
とっさにそう思ってしまった……今や大臣となり、法執行部の職務室まで降りてくることがめっきりなくなったリドル様がこちらに顔を出した。
確かに私とリドル様はもうすぐ顔を合わせる予定だった。だが、私が大臣室に向かうはずだったのだ。まさかリドル様が赴いてくるとは……
「リドル様! それが、海外のメディアがクィディッチについて我が国に不利な報道をしたようで」
「バーティ、それでなぜ省全体の騒ぎになる? 大臣室宛の
「大変申し訳ありません。速やかに処理をいたします。2班! 大臣室へ!」
「海外のメディアが報じるのは止めようがない。しかし、それを信じる愚か者がまだ山ほどいるのは問題だな、バーティ?」
「返す言葉もなく……」
「まあいい。君に頼んでいた件だ。次の闇祓い局のトップ候補の顔を見たい」
苦戦する我々を知り目に領分を拡げているスクリムジョールは目の上のたんこぶのようなものだ。我々としては闇祓い局を一新、あるいは我々の直属の警察機構を新たに作ることを計画している。
その候補者に関してリドル様は強い興味をもっている。現状の権力の源泉はリドル様だが、もう一つは内向きの暴力機構だ。重要視するのは無理もない。
「従順な人間を新たな機関の長につければ、このような騒ぎもなくなることだろう。大臣室まで手紙が来るというのはどういうことだ? それほどイギリスの魔法使いはバカばかりなのか?」
「それに関しては私の不徳の極みで……ともあれ、今からご紹介する人材に関しては申し分ないかと思っております。血統は敬意を払われていますし、それにハッフルパフの彼はスクリムジョールよりも随分と卸しやすいはずです」
「ああ、それは重要だ……僕を恐れない人間など省には不要だからな」
法執行部のフロアのはずれにある小さな部屋の扉を開ける。
「お待たせしました、ディゴリー氏」
「クラウチ補佐官、それに……これは、大臣自ら足を運んでくださるとは。恐れ多いです」
中に座っているエイモス・ディゴリー氏は突然の魔法大臣の来訪に顔が強張っている。
大臣が新部署の創設に携わるのは珍しい話ではないが、リドル様はコーネリウス・ファッジのように人と顔を合わせ手を握ることに仕事の一切を捧げるような人物ではなく、むしろ私のように信頼する部下を信頼して任せてくれるお方だ。彼のような付き合いの薄い人間のとこまで降りてくるのは珍しい。
「ああ、君には大いに期待しているものでね。バーティ、彼の今の部署はどちらだったかな?」
「魔法生物規制管理部です。ディゴリー家は闇祓い局とも縁深く、我々が掲げる治安部門のトップとしての権威も申し分ないかと」
「ふむ。君にはイギリス中にいる反逆者たちを捕らえる仕事を任せようと思っている。自らが適任だと思うかね?」
「……! そ、そのような仕事が主だとはクラウチ補佐官からは聞いておりませんでしたが。私の仕事はイギリス魔法界の治安維持だと」
「今聞いただろう? 今依頼した話はまさに治安維持の仕事なのだ。魔法省に逆らう人間を減らすことは流血を減らすことに他ならない。君の家族や隣人を守るためのものだ、そうだろう? 僕としてはこれを君が受けてくれることを願っている」
「つ、謹んでお受けしたいと思っております」
「ああ。話が済んでよかった。よろしく頼むよ、ディゴリーさん」
そう言って私とリドル様は部屋の外に出る。
「まさかリドル様自ら彼に仕事を託すとは、思っていませんでした」
「不服かね? バーティ。スクリムジョールみたいな口だけの人間にはもうこりごりだ。その点、ハッフルパフの人間は扱いやすい。彼も一言、気概を見せようとしたようだが、あっさりと頷いた……だが、1番扱いやすい類の人間ではない」
「というと?」
「君の仕事に同席させてもらったのは、このあとの話についても君の耳に入れておきたかったのだ。むしろ、こちらが本題と言ってもいい。先のクィディッチワールドカップについての報道だが、複数社が同じタイミングで報じるほどのものでもない……明らかに不自然だ。そうは思わないか?」
「言われてみれば、確かに」
「それを説明してくれるという人物が僕のところに訪ねてきてくれたのだ。省の外の建物に待たせてある」
リドル様がそう言うので彼に付き従い、アトリウムを抜けて外に出る。
そのすぐ横の建物、我々が省の人間に見られたくない密談などに使う建物だ。我々はそこに入り地下へ続く階段を降りていく。
中には男が二人。
「顔ぐらい合わせたことがあったかな? クラッブ家のご当主、クルール氏とそのご令息、ビンセント・クラッブ君だ」
「ご、ご無沙汰しております、クラウチJr殿」
「父は死んだ! ジュニアなどと呼ぶな!」
「ひっ! こ、これは大変な失礼を……」
「気の回らんやつだろう、こいつは。古くから繋がりがある人間だったが、大した利用価値も見出だせなく半ば放り捨てていたところだった。だが、今回の提案は少しばかり興味深かった」
「お、お話いたします」
クラッブ氏は媚びるように低い姿勢で私達に新聞を手渡す。
その後ろに立つ息子はそれを無言で見つめている。
「昨日から出回っている海外のスポーツ紙のうち、イギリス開催のワールドカップについて批判したものでございます。ずいぶんな騒ぎだったとか」
「ええ。法執行部にまで
「これらを発行している新聞社には共通点があります。一つはマルフォイ家と繋がりがあること」
「鋭い指摘だ。あの裏切り者と付き合いが深かった君だからこそ言える話だ」
「そ、そのようなことは。あのような卑劣なリドル様に誓わぬ存在との関係など、唾棄すべきもので」
「言い訳はいい。話を続けろ」
「二つ目は、ホグワーツ代表のチームについての記事もあることです」
そう言うので他の記事も覗いてみると……確かにそのようだった。もちろん、この男が自分の推測通りのものだけ持ち込んだ可能性は大いにあるが。
「ホグワーツ代表の人気は遺憾ながらかなり高いようです。ですが、現況では海外から記者が入国し記事にするのは難しい。この価値が高い取材対象を売り込み、抱き合わせであの記事を書かせたのでしょう。卑劣な手だ」
「聞いたか、バーティ? ホグワーツ、ホグワーツ、ホグワーツ! またホグワーツだ! すべての問題の根幹は連中だ! 僕もいい加減、覚悟を決めつつある。とはいえ、流石にホグワーツを僕の手で直接攻撃するのは問題があるのはわかっている。もう、そろそろ我慢の限界ではあるがね」
トム・リドル様はずいぶんとホグワーツにこだわっている。私としては偉大なトム・リドル様が単なる古びた学校など気にする必要もないと思っているのだが。
「そこで、彼らが志願してくれたわけだ。なんでも、息子のビンセント・クラッブ君はそのホグワーツ代表の生徒たちとも親交が深かったらしい。どうだね、ビンセント君。先程話した任務だ。やれるかね?」
「……はい、もちろん。魔法省のため、クラッブ家のため」
「スリザリン寮でよく見た目だ……恐怖を既に知っている目。一番扱いやすい人間だ」
確かに、その若者は取り繕うとはしていたものの、我々が入室したときから怯えた表情をしていた。だが、リドル様や私に怯えているというより、むしろ……
「クラッブ家のため? 違うだろう。君はあの男を恐れているだけだ……あのような小物が家でどう振る舞っているなど、簡単に想像できる……クルーシオ!」
リドル様は突然杖を抜き、クラッブ家の当主の男に磔の呪いを放った。部屋中に絶叫が響き渡る。
「ち、父上!」
「あのような男は見るな。俺様の目を見ろ……どうだ? やれるか? 魔法省のためではない、クラッブ家のためでもない……俺様のためだ。やれるか?」
リドル様はその若者の首を掴んでかがみこみ、無理やり目を合わせる。
若者は半泣きの表情で頷いた。悲鳴を上げていたクラッブ氏は床に倒れ込み、動かない。
「はい、やります!」
「それでいい」
「リドル様。話の腰を折るようで申し訳ないのですが、いったい何を依頼して……?」
「ああ、バーティ。詳細を話していなかった。彼らホグワーツ代表は近々アイルランドで遠征試合を行うそうだ。彼らにはそこで……事故で行方不明になってもらおうと思ってね。彼らに頼んだ仕事は、その手引だ」