ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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109.お隣さんみたいに凡人

 

 魔法生物規制管理部は牧歌的な部署だった。

 

 エリートが集まる魔法法執行部、高名な家の次男次女が集う国際魔法協力部、体育会系の魔法ゲーム・スポーツ部など、部署ごとに雰囲気は異なる。

 単純に魔法生物が好きな人間、人付き合いが苦手な人間、あるいは直球で……左遷された人間。そういう人間が集まる部署が魔法生物規制管理部だった。良くも悪くも呑気な集団。それが私がかつて所属していた魔法生物規制管理部であった。

 ……で、あるから。このような部下を持った経験はなかった。

 

「ディゴリー課長? 上から例のナショナルスクールに内偵(ガサ)入れろっつう話が来てますけど、どうすんスか?」

「……法律上、校内の自治権は学長にある。とはいえ、上からの指示なら行かないわけにもいかんだろう。門前払いだとしても話ぐらいはせねば」

 

 闇祓い局を置き換える目的で新しく設立された法執行部第19課・専門業務課。私はそこの課長に任ぜられた。正直なところ職務としては大いに闇祓い局とかぶっており、かつ経験も人材も向こうが上。やる仕事といえば……上、つまりクラウチ次官から来る直接の案件ばかりだ。

 

「あー、そーっスか。俺なら行ってドアガンガン蹴って話詰めるんすけどね」

「い、いや……そういうのはよくないと思うんだが……」

「え? なんでスか? 言われたことできないほうが問題っスよね」

「あー、えー、それはそうなんだが」

 

 言葉遣いはまあいい。しかし、明らかに私を軽く見ている気がする……いや、気がするではない。彼らはリドル大臣の子飼いも子飼いである警備課の人間だ。直属の上司のはずの私よりも大臣やクラウチ次官の言葉を遥かに重く見ているだろう。

 

「気が重いが行ってくるよ」

「了解っス。アレすか、俺もついてったほうがいいっスか? 課長一人だとナメられないスかね」

 

 壁にかけられた時計を見ると午後2時を回っていた。今から行って話をつけ、戻ってくるとなると短く見ても4時にはなるだろう。その後の事務処理などを考えれば定時は軽く超えるはずだ。

 

「今日は君の恋人の大事な日と言っていただろう」

「……うわ、よくんなこと覚えてますね。そうなんスよ。ツレの誕生日で」

「ならば残業させるわけにはいかんよ。上がった書類は机に置いといてくれ」

「ざーっす」

 

 外回り用のコートを着込み、他の局員に声をかけて19課を出る。

 向かうは地上行きのエントランスだ。途中の廊下にいた掃除夫の男に軽く一礼しながら歩を進める。

 見込みのなさそうな外回りが楽なわけでは無いが、とっつきにくい部下に囲まれての仕事よりはある程度はマシかもしれない。息苦しさから解放された私は大きく呼吸をした。

 

 

 魔法省を出て、マグルロンドンを通ってナショナルスクールへ徒歩で向かう。魔法省職員(あるいは魔法省高官? 自分で言っていて違和感がある。窓際というわけではないが、決して中心ではない部署に長く務めてきたのだから)の業務中なのだから一般利用が原則禁じられた煙突飛行も利用可能ではあるが、「生徒に使わせない形での管理・維持・警備が困難」という理由でナショナルスクール側が使用を休止している。

 ゆえに、私はマグルの道を歩き……ときおり、マグルからの視線を受けることになる。

 ああ、違和感がある服装なのだろう? わかっているよ。だが、中年男にとって、魔法界のファッションですら追いつけているとはとても言えない有様だ。マグルから見た服装の違和感など見当もつかない。

 幸いにして、大きな騒ぎもなくナショナルスクールにたどり着いた。ズレたファッションセンスの中年男性のマグルが一定数いるであろうことに感謝しながら、門の横にあるベルを鳴らす。

 

「はいはい。どなた?」

「19課のディゴリーです。ヒッグズ教授」

「ああ、これは。何度も何度もご苦労ですな。今日も同じ用ですかな?」

 

 応対してくださったのは爽やかな笑顔のヒッグズ教授だ。私のような冴えない男とは似ても似つかぬ垢抜けた男だ。反抗期の息子が手紙をよこさないため想像でしかないが、人気のある教員に違いない。

 彼に案内されて門をくぐり、入り口の応接室のようなところには通されるが……肝心の内部に繋がる扉は固く閉ざされたままだ。

 

「ロンドン中が色々ピリついてましてね。なんでも怪しい手紙が出回ってるとか」

「怪しい手紙? そりゃ怖い。でも、ご安心ください。うちは入ってくる郵便の内容はしっかり()()してますからね」

「ああ、入る方も心配ですが……私が聞いたのはここから出るほうについてでして」

「というと?」

「あくまで噂ですよ? ここがその手紙の発信源の一つになっている可能性があると……ですから、ちょっと中を見て回りたいところで。副学長さんには話が通ってると聞いています」

「ははあ。なるほど。いやあ、お仕事上、そういう根も葉もない噂でも確かめなければならないという気持ちはよくわかります。ですが学内自治上、学長が許可しない限り官憲さんを中に入れるわけにはいけなくて」

「いやいや、官憲さんだなんて大層なお役目じゃないですよ。杖一つで寄っただけの話ですから。ちょっと廊下を一回りさせてもらって、息子の顔だけでも見たいぐらいの話で」

「ああ、ディゴリーさんのご子息! 彼は実に素敵な生徒ですよ。もし顔が見たいというのでしたらここまで連れてきますよ。ちょっと待っててください」

 

 肝心な部分をはぐらかされたまま、教授の男は一旦立ち去ってしまった。

 ひとつため息を落として応接室のソファに座り込み、供されたティーカップに口をつける。

 注がれた紅茶が半分ほどになった頃、再び扉が開いた。現れたのはセドリックだ、どうやらあの教授はすべて私の息子に押し付けて去ったらしい。

 

「父さん!」

「セディ。学校でも元気そうでなによりだ」

「そりゃ、そうそう元気じゃなくなるようなこと起きようがないよ。ホグワーツじゃあるまいしね」

「……まだ怒ってるのか」

「怒ってるよ」

 

 セディに当人の同意なくホグワーツからこのナショナルスクールへ移したのを伝えた夏、ディゴリー家は揉めに揉めた。

 私はそれが必要な措置だったと信じて疑っていないものの、反抗期らしい反抗期もなかったセディが態度こそ荒らげることはなかったものの、公然と反抗するようになったのには私も妻も動揺した。

 

「お前の不満はわかる。しかし……ディゴリー家には必要なことだったんだ」

「そこで『お前のためだった』とか言わないところは父さんの好きな部分だよ」

「……さすがにそこまでは言わん。お前の不満もわかるし、私だってホグワーツに思い入れはある。だが、私はお前ほど才能があるわけじゃない。私が情けない父親で悪いが、ディゴリー家の立場を維持するためには必要だった」

「言いたいことはわかるよ。理屈もわかる。でも、父さんは卑下するような存在じゃないし、間違ってるものには間違ってると言うべきだ」

「お前はそのまっすぐなままでいてくれ」

「そう言われても納得できるわけないよ。まあ、わざわざここで揉めごとにはしないけれど……話は変わるけど、父さんがなんでここに?」

「魔法生物規制管理部から法執行部の19課ってとこに移ったんだ。市内の……その、犯罪予備軍の調査などをやっている。ロンドン中に匿名の反政府勢力による手紙がばらまかれているそうなんだが、なんか耳に挟んだことは……」

 

 そう私が口を開くと、セディはさっと顔を伏せた。

 これは……この学校が関わっているなど流言飛語の類だと思っていたのだが、まさか本当になにかあるのか?

 

「おいセディ。なにか知ってるのか?」

「……いや。別に」

 

 杖を振って扉がしっかり閉まっていることを確認し、周囲の魔法具もさっとではあるが調べる。

 その後に声を少し小さくした上でセディに問いかける。

 

「父親にそんな嘘が通じると思うか? 悪いが、これは冗談では済まないぞ。お前の身に危険が及ぶ」

「そもそも、どんな手紙なんだい? それを聞かないと答えられないよ」

「イングランドからの脱出を示唆する手紙だ」

「それの何が悪いんだい? そもそもイギリスの領土内での移動は自由なはずだ」

「セディ! 頼むから、本気で聞いてくれ! 今の魔法省は逮捕するとなれば、16歳であっても手加減せんかもしれん!」

 

 私は肩を掴み揺すって言い聞かせる。

 息子は凡人とは違う素晴らしい逸材なんだ。こんなところでその才能を棒に振らせるわけにはいかん!

 

「教えてくれ、誰が関わっているんだ? 知り合いが関わっているというなら私に予め教えてくれればなんとか執り成しができるかもしれん! それ抜きに今の魔法省は見逃してくれるほど甘くはない!」

「……」

 

 私の悲痛な頼みにも、息子は首を振った。

 息子には何を言っても聞かない頑固なところがある。妻に似たのだろう。

 私がさらに言葉を加えようとした瞬間、なにやらブザー? のようなものが鳴り響いた。どうやら、休み時間は終わりらしい。

 

「もう次の授業の時間だ。この話は後にしよう、父さん」

「そう言ってまた友人の家に泊まる気だろう。いいか、これは冗談じゃすまんぞ! なにか関わっているならすぐに手を引け!」

 

 逃げ去ろうとする息子の背中に向けて話しかけるが、セディは何も言わずに去ってしまった。

 私はがっくりと項垂れて、その背中を目で追うことしかできなかった。

 

 

 結局、息子はその日自宅には帰ってこなかった。どうやら、親しくなったトレフル=ピック家のところにまた厄介になっているらしい。

 心配でほとんど眠れなかった私は目をこすりながら登省した。

 19課に顔を出した途端に、部下から声をかけられる。

 

「ちーっす、ディゴリー課長。なんか上からヤバげな書類来てましたよ」

「ああ、おはよう。上から書類?」

「机の上に置いときました、機密のルーンまで刻んであるもんだからあんま触りたくもなかったっスけど」

 

 確かに私しか開封できないよう処理された封筒が机の上にある。

 かなりの厳重な保護だ……少なくとも、魔法生物規制管理部で務めてきた長いキャリアの中で、これほど厳重に書類を保護した例はみたことがない。

 ふだんあまり使っていない課長室(部下の顔も見ないで仕事を回せるわけがない)のほうに引っ込み、封筒を開く。

 内容物には「新治安維持プロジェクト」と題されている。

 私はそれを読んで……思わず目を剥いた。

 

「亡者をロンドン市内の治安維持に使う、だと!?」

 

 亡者。少なくとも私はそれを非常に深い闇の魔法によって操るものだと学んだ。実験に使うだけでもいくつかの罪に問われるおそれがある。ましてや、省が公務に利用するなど言語道断としか思えない! 同じぐらい深い闇の魔法生物である吸魂鬼(ディメンター)をすでに市内で使っているのだから、今更と言えるのかもしれないが……

 ウェールズで起きた事故で生じた大量の魔法使いの屍体。それらをもとに生み出しされた彼らは、すでに大臣の直属部隊に回され、実戦配備も直前のようだ。もう、私が止められるような段階ではない。

 なんてことだ! せめて、息子にだけは伝えなければ。

 私は慌ててコートを着込み、課内のメンバーへの声掛けもそこそこに部屋を飛び出す。

 

「失礼! ……急いでいるもので!」

 

 廊下で肩をぶつけてしまった掃除夫の男に侘びながら、私は省を出て息子のいる学校へと向かった。

 

 

 ――――

 

 

 整然と家財が並べられたグリーングラス家の屋敷に似つかわしくない男が上がり込んでいる。盗人くずれの魔法使い、マンダンガス・フレッチャーだ。

 それに相対するのはグリーングラスの当主である私、サイラス・グリーングラス。

 

「絶対とは言いませんがね。亡者を市内で使うって話の確度はかなり高そうですよ、グリーングラスの旦那。課長になったディゴリー家のご当主が封筒の中身を見た途端、大慌てで走り去りましたから」

「情報提供、感謝しよう。フレッチャー氏」

 

 マンダンガス・フレッチャーを心から信用できるわけではない。だがホグワーツのほうに大きく肩入れし、まあそこらのチンピラよりはマシな技量と多少の信頼はある。

 そして、今や貴重な情報提供者の一人であるのも事実。世も末だな、この程度の人間を重宝するのはマルフォイ家やノット家あたりの役目だと思っていたが。

 

「ナショナルスクールのほうの協力者にアテはあるかね? フレッチャー氏」

「俺の商いは両手いっぱいぐらいのもんでしてね。ツテは広くはないんでさあ。ただ、ナショナルスクールっていうなら話は別です。あそこにも俺は備品の搬入で入り込んだ経験がありましてね。ただし、もちろん契約は新たに起こしてもらいたいところですが」

「いいだろう。内部の案内も可能ならそれぐらいは出す」

「太っ腹ですな。ありがたいことで。それで、動き出す時期は?」

 

 亡者が市内に放たれ、学園への疑いの目も日に日に強まっている。悠長にしている時間はほとんどないだろう。

 ダフネとアストリア……目に入れても痛くない二人の愛娘を救出し、ホラス・スラグホーンをさらうという任務を同時にこなすには、グリーングラス家最優の人間を使わねばならない。案内役がこの犯罪者くずれというのは不安だが。

 

「次の水曜日の夜だ。この屋敷から出発する。その日の夕方には顔を出しておけ」

「そりゃ、言われりゃそうしますが。しかし、俺が案内役ってことは案内される案内がいるでしょう。グリーングラス家には『芝刈り鎌』なんて凄腕のエージェントがいると聞いたことがありますが……その人に任せるとか?」

「馬鹿を言え」

「で、でしょうな。いや、俺っちもそんな子供騙しの都市伝説本気で信じてたわけでも……」

「私が行く。『芝刈り鎌』は私だ」

「はいィ!?」

 

 しばらく体を動かす機会が乏しかったのは否めない。次の水曜までにある程度戻しておかねばな。

 死を家業とするグリーングラス家の当主。その仕事の質が英国魔法界一であることを世に再び示す機会が来たのだから。

 

 

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