「えー、それではホグワーツ代表の勝利を祈願して……」
「おいパーシー、いくらなんでもカタすぎる」
「こういうときは
「あるいは
今日は、これからホグワーツ合同クィディッチ代表のアイルランド遠征に向かう。
なぜか兄弟総出でついてくることになったウィーズリー家が、出発直前の壮行会の行われている広間の中央で大騒ぎしている。
それを横目に眺めながら――僕は少し離れたテーブルでちびちびとバタービールに口をつけていた。
「おう。緊張してるのか、ドラコ?」
「いえ、そんなことはないです……マーカスキャプテン」
そこに話しかけてきたのはスリザリンチームのキャプテンであり、合同チームでもチェイサー陣の中心を務めるマーカスキャプテンだ。
「そう呼んでくれるのは今やお前ぐらいだぜ。
多くがホグワーツを離れたスリザリン生にとって、合同チームでは肩身が狭い。僕とマーカスキャプテンの他のクィディッチプレイヤーとしてはグレゴリーなんかもいるが、控えメンバーにも入れていない。
ビーターは相方との息の合わせかたが重要だ。その相方のビンセント・クラッブがホグワーツ城にいない今、他寮のレギュラー選手(というかウィーズリーの双子)に割って入るほどの違いを見せることは出来なかった。
「これはフリント家の世子かな? 我が息子がお世話になっている」
「父上!」
そこに、僕の父上が現れた。
マーカスキャプテンは立ち上がり、スリザリンの最高学年らしくこの場に合った(つまり、目上の人間に敬意を払いながらも、今の場の雰囲気の沿う少しラフな)礼をした。
「プロチームの誘いがいくつもあると聞いている。既に契約は進んでいるのかね?」
「マルフォイ家の当主様にまで探られると敵いませんね。まあ、率直に言えば次の試合で自分の市場価値を上げて売り込むところですよ」
「なるほど。良き狡猾さだ……ドラコ、彼からはクィディッチのピッチ内外を問わず学ぶものが多そうだ。大いに学ぶように」
「はい、父上」
「それから……ドラコ。事情があったとはいえ、この5年間、お前にはつらい思いをさせた。埋め合わせというわけではないが、今手に入る限りの最上のものを用意した」
そう言って父上が杖を掲げると、煌めく布で包まれた横長の物が目の前のテーブルに現れた。
これは……箒だ。
「ただの箒ではない……開けてみるといい」
父上の言葉に従って、包装を解き中にある箒に触れる。
風格ある黒の柄。材質は
「世界最速の箒、ファイアボルトだ」
「あ、ありがとうございます父上。ただ、箒の慣れを考えると次の試合は……」
「確かに……私はクィディッチの選手をしたことはないからな。そこを失念していた。もっと早く渡せればよかったのだが」
しまった。僕がバカ正直にそう言うと父上に残念そうな表情をさせてしまった。
なんて言えばいいか戸惑っていたところで……マーカスキャプテンが僕の肩をたたいてこう言ってくれた。
「よかったじゃないか。あの
「……! え、ええ。そうです、父上! 試合には間に合うと思います!」
「そうか! それならなお一層喜ばしい……ドラコ、お前の活躍を期待している」
「はい! ご期待に沿ってみせます!」
僕が、ペコリと頭を下げると父上はわずかに笑みを浮かべて去っていった。
父がこの場を離れたのを確認してから、マーカスキャプテンに頭を下げる。
「助け船、ありがとうございました」
「事実を言ったまでだ……慣らしの期間としては短いが、そもそもお前のレギュラー入りは当落線上だ。その箒がフィットしてようやく届くかというところだろう。使わない手はない」
マーカスキャプテンの態度は相変わらずそっけないけれど、練習中の僕のパフォーマンスについてもしっかり見てくれていることを示唆してくれた。
主将に感謝の意を示していたところで……スリザリン側のテーブルに置かれた真新しい箒に他の人間も気付きはじめたようだ。ウィーズリーが目ざとくこちらに寄ってきた。
「マルフォイ、なんだその箒……ほんとかよ……ファイアボルトだ!」
「おい。汚い手で触るんじゃないぞ、ウィーズリー。たいそう羨ましいんだろうが」
赤毛の連中がわらわらと群がってくる。
まあ、ウィーズリー家なら三代かけても尾の部分すら買えない代物だろうからな。羨ましがるのも仕方な……おい! 双子、手を真っ黒にさせて寄ってくるな!
「さっきの『ウィーズリー』の呼びかけはお前たち双子も含んでいるぞ!」
「おっと、見つかったか。しかし汚い手なんてとんでもない」
「みんな大好きマーマイトが両手にベッタリついてるだけだ」
「汚いの定義は難しい……しかし、衛生的に清潔という話であればそのまま食べられるのであれば決して汚い手とは言えないのではないか」
「それに次の試合で活躍するかもしれない。なにせ相手はアイルランドのチームだ。マルちゃんが横切るたびに腹を鳴らしてくれるかも」
「歴史ある僕の家名に対してなんて呼び方を……」
一番厄介な双子でさえもイタズラをしようという普段の姿勢を崩しさえしなかったものの……それでもファイアボルトには興味津々らしい。
彼らは近づいてしげしげと眺めていた。そこにハリーも混じって寄ってくる。
「うわー! ドラコ、ファイアボルトってマジ!? ネイ湖に着いたらすぐ飛ばそうよ!」
「そうだなハリー。まあ並んで飛ぶぐらいは許してやろう」
「二人とも、アイルランドに付く頃には真っ暗よ……?」
「え、でも飛びたいよね?」
「ああ、そうだなグレンジャー。いい夜間飛行の練習になる」
「これだから男の子は……」
寄ってくるのは生徒やウィーズリー家の連中だけではない。
「皆さん、そろそろ支度の準備を……これは! ファイアボルト!」
「おうハリー、アイルランド行く前に別れのちゅーをしにきて……うわ! ファイアボルトじゃねえか! きめ細やかな木細工、機能美の極みといえる鉄細工、そしてなんとなく香る食欲を誘う香り……! ちょ、ちょっとだけ頬ずりしてもいいか?」
「ポッター教授、それは俺の手についてるマーマイトの香りだと思うぜ」
「頬ずりはやめてください、教授……」
「これだからクィディッチファンは……」
いつのまにか今回の遠征を引率するマダム・フーチや、ハリーの父親までやってきた。
「ちゅーはやめてよ、パパ……というかお酒くさい……」
「マ、マジか。息子の晴れ舞台が嬉しくてな……いや、でも、ほんのちょびっとしか飲んでないぞ? ほんとだぞ?」
「なるほど。ではハリーの晴れ舞台を祝して」
「俺たちファイヤウイスキーを提供してもいいんだぜ」
「お前ら双子はそういうことをよくも教授の前で……ホグワーツ卒業してからだ、バカ野郎! マーマイト舐めとけ!」
そう言って魔法で器用に瓶のフタをあけたポッター教授は、中身を浮かせてウィーズリーの双子の口に中身を放り込んでいく。
そんな騒ぎをしでかすもんだから、部屋がどんどんあの独特な匂いに包まれていく。
「僕は苦手だ、この匂い……」
「あー。ドラコはこれ苦手なんだ。まあ珍しくないよね」
「焦げたような匂いというか、腐ったような匂いというか……」
僕が顔をしかめながら呟くと、ハリーが納得した表情で頷く。
ホグワーツに3年通っているわけで、食べたことがない訳では無いがマルフォイ家の食卓で出るものではないからな。慣れることはなさそうだ。
それに対してウィーズリーの末男はなぜか勝ち誇った表情を浮かべた。僕がマーマイト嫌いだとなんでお前が優越感を抱くんだ。
「へえー。マルフォイ家の坊っちゃんはこの匂いが腐ったものだと勘違いしちゃうんだ」
「そうだな。お前ほど腐りかけの食事の経験がないものでな」
「ああ? なんだとマルフォイ?」
「意味不明な突っかかりかたを始めたのはお前だろ、ウィーズリー」
「二人ともやめなさい!」
「止める必要ないよハーマイオニー。こいつはこの匂いを腐った匂いだなんて……」
「何言ってるのよロン。マーマイトは発酵食品よ。発酵と腐敗は作用としては一緒のものなんだから、似た傾向を感じ取るのは自然なことよ」
「そ……そうなの?」
「ほらみろ、ウィーズリー」
「へー。そういうものなのか」
そこにグレンジャーまで混じってきて、横で僕の箒をじっと眺めているポッター教授まで感心した様子で頷いている。
得意げな表情のグレンジャーは聞いてもいないのに話を続けた。
「ポッター教授が飲んでるお酒だってそうよ。同じ発酵作用で生まれたものだわ」
「マジか。こんな芳醇な香りなのに……おっと。出発前の雑談も終わりらしい、アーサーが来たぜ」
「出発の準備ができたぞ!」
今回、アイルランドに渡る移動手段はウィーズリー家が用意した(おそらく合法かどうかギリギリの)魔法のかけられた空飛ぶ車、というマグルの機械をベースにしたもの? ……だ。ヒコーキ? というものの仲間だろうか?
父上はいろいろと難色を示していたものの、現時点で僕たちが向こうに渡る移動手段は限られているのもあり渋々受け入れた形となった。
外に出た僕らの目の前には、その車と呼ばれるものが2台、目に映った。頭部が爛々と光っている、どうやらアンコウのように進行方向を照らす能力を持っているらしい。
「ふっふっふ……見ろ! じゃぐめ? とろーりんひる? という車だそうだ!」
「アーサーさん、ジャガーとローバーです」
横にいるグレンジャーがウィーズリー家の当主の間違いを正している。本当に大丈夫なのだろうか、この乗り物は……
運転するのはそのご当主本人ではなく、子息の
「それではビルとチャーリー、しっかり運転頼むぞ。パーシーはジョージとフレッドがやらかさないか目を光らせるように。ロンも控えという立場に腐らず仕事を全うするんだぞ! マダム・フーチ、うちの息子たちがお世話になります」
「俺たちには一言もなしか? お父上殿」
「今更言って聞くような息子なら、悩みの種も減るのだがな」
「ええ。お預かりします。さあ皆さん、乗り込んでください! 拡張呪文がかかっていて見た目よりも多く乗れるようになっていますが、あまり片方に偏らないように」
そう言って皆は2台の車に分かれて入っていく。
急遽新しい箒を手に入れた僕は、マダム・フーチに話しかけて車の後ろの収容スペースを開けてもらうなどしていたから、どうやら最後に乗りこむことになったようだ。
僕を待っていたハリーとどっちの車を選ぶか話しているところに……ポッター教授が来てハリーを激励しはじめた。
「ほんとは俺も帯同したかったんだけどな。まあ、いろいろ仕事があってな……」
「別にいいよ。来たら来たでウザいだろうし」
「これを機に、勝ち進んだあとの試合は見に行けるように残ってる仕事を片付けるだけ片付けてやるぜ、ハリー! 行って来い、世界一の若手シーカーを世界二にしてこい!」
「……うん。任せといて!」
父親に背中を叩かれたハリーは、少し姿勢を正して乗り込んでいく。
さあ、アイルランドへ。
――――
「リリー、ハリーは行ったぜ」
「ようやくこれで取りかかれそうね。あの子ったら危ないことでもすぐ首を突っ込みたがるんだから……誰に似たのかしら」
「お母君様がおっしゃるほど、責任は俺だけにあるわけじゃないと……」
「ジェームズ? なんか言いたいことがありそうね?」
あるわ。めっちゃあるわ。
何でも首突っ込むのはリリーもだろ。ホグワーツにいたころわけわからん数のクラブ掛け持ちしてたのは誰だよ。
とはいえ、この件についてはハリーを遠ざけておくという点で俺たちは合意している。
ロンドンに突っ込んで、脱出希望者の市民をかき集めて追っ手が来る前に離脱する……うむ。我ながらめちゃくちゃリスクがある計画にしか聞こえねえ。
とりわけ、一番見通しが立たねえのは素人の市民を大勢守らなきゃいけないところだ。守るとはいいつつも、スパイやらなにやらが入り込む可能性も多分にある。場合によっちゃ、警告すらなしで武装解除させて気絶させる必要もあるかもしれん。
ハリーには護身のための術をそれなりに仕込んできたが、そういう技能を教えたことはない。教えるべきとも思わない。
「これに関しては発案のきっかけがハリーだからなあ。決行するとなれば協力するって言って聞かねえかもしれねえしな。向こうに親しい人間もいるわけだし」
ティーンエイジャーが持つ恋愛感情を俺は軽視してない。14歳のかわいい頃の俺だって愛するハニードがいるとなれば丸3日箒に乗ってでも追いかけていた可能性があるからな。
「アラスターさんが連絡しようとしてたみたいだけど、闇祓いの人たちの所在は確認できたのかしら、ジェームズ?」
「いや、まだだ。キングズリーの兄貴、それにシリウスとトンクスはそもそも闇祓い局を休職してるらしく行方も知れねえ。副局長……じゃねえな、今は局長か。ルーファスのおやじは現役の局長だから所在は知れてるが、俺たちに返事を送るのは得策じゃねえだろうしな。目を通したとは思いたいが」
こっちから救出するにあたって、まず市民を一箇所に集める必要がある。
場所と時間を伝えるのはできるだけ直前にすることでリスクを減らそうと試みるつもりではあるが、それでも今のロンドンで大勢人が集まってれば警戒されるのは間違いない。
俺たちが到着する前にトム・リドルの手先どもが強硬手段を取った状況で対抗できる魔法使い……それが現場にいたほうがよい、ということで既に向こうに潜入しているリータ・スキーター記者を通して闇祓い局の人間で信頼できる腕前を持つ彼らを探してもらっている。
向こうに潜入してるといえばマンダンガス・フレッチャーもなんだが、そういや連絡取れなくなってたんだよな。あいつ心配してるの俺ぐらいってのがなんか可哀想なとこではあるが……アラスター局長もそれなりに気にしてはいるっぽいけど……
「まあ、もう計画止めるのは相当厳しいでしょ? 何事も起こらないことを祈ってやるしかないわね」
「そうだな。決行が明後日なのはもう動かないだろう。最悪、現場にいる予定のスキーター記者に時間稼ぎでもなんでもしてもらうしかねえな……」
ド素人の彼女に頼むのはほとんど最後の手みたいなものだし、非戦闘員である彼女も従う義理はない。
とはいえ彼女の離脱も俺たちの脱出計画にかかっているわけで、一蓮托生であることを考えればなりふりかまわずやってもらう必要もあるかもしれない。
「まあ、ホグワーツでできる準備はもうほぼ終わってるからね。フリットウィック教授とかの手も借りながらやるだけはやったわ」
「もう動かせるのか?」
「もちろん。なんなら前より出力上げてあるわよ」
リリーがそう言うものだから、ハリーがあげたアイデア……「体が弱かったり魔法が不得手な人間も大量に運べる」実績のある、今回のプランの主役を見に行くことにする。
それにしても俺たちよりハリーが先に思いつくとはなあ。俺らだってきちんと7年乗ってきたってのに。
俺たちはホグワーツの外周部から更に外に向けて歩き、ホグワーツの駅へと向かう。
「いつでも出せるわよ。問題はロンドンまでの線路と駅ね。ジェームズも承知だろうけど、向こうに警戒されてるであろうキングズクロス駅は使えないから」
「わかってるよ。だから当日までにマグルにも魔法省にもバレないように経路を用意するんだろ?」
準備はほぼ終わっているというのは事実のようで(当然だ、マイハニーの仕事だぜ?)、停まっている真っ赤な車体までピカピカに磨き上げられていた。
姿あらわしもできない鼻たれどもを毎年大量に輸送してきたのだ。今回の計画においてこれ以上の人員輸送手段は――ホグワーツ特急のほかにない。