「悪いが、受け入れられん。人員の変更も予定日の変更も無理だ。お前しか適任はおらん」
「……俺の息子が襲われてるんだぞ、アラスター局長!」
「ジェームズ。これは決定事項だ……ロンドンで危機にさらされている何十人、あるいはそれ以上の魔法使いをこれ以上リスクには晒せん」
「クソッ!」
ジェームズが荒々しくドアを開けて出ていく。
ロンドンの人間を避難させる計画の前日に……アイルランドで遠征していたやつの息子が襲撃された、という便りが届いた。
向こうに残った人間とは音信不通のまま。心配になるのもわかる。
だがしかし、やつに今言い放ったように……この計画は前々から準備してきたものだ。おいそれと人員や日程の変更はできない。
あいつも本心ではそういう理屈はわかっているのだろう。だからこそああいう態度ではあっても完全に拒絶はしないのだ。
奴らが出ていったのを見送って、儂は歩を進め今の上司に向けて実施にあたっての最終報告を行う。
「そういうわけで、計画は予定通り実行する、ミネルバ。だが……流石に酷だったかもしれんな。少なくとも一つ嘘をついた」
「と、いいますと? アラスター」
「あいつしか使えんといったが……儂はあいつ以上の変容術師を一人把握している」
「……それは、私のことを指しているのでしょうか?」
「当たり前だろう。ミネルバ・マクゴナガルはイギリス魔法界を代表する変容術師だ。そうだろう、え?」
儂が当然のことを指摘すると……意外にもミネルバは首を振った。
「私が高度な現代の変身術を修めており、そのトップグループの一員であることは否定いたしません。しかし、今回の件について私に代わりが務まるとは思いません」
「ほう、ずいぶん弱気だな? 謙遜も過ぎれば嫌味だ」
「謙遜ではございません。まず一つ……ポッター家は、人目を避けてホグワーツ特急のための線路を通すといった作業は得手の中の得手でしょうから」
ポッター家。
現代とは遥かに厳しい風当たりだった中世の頃からマグルの保護を掲げていた一族だ。純血主義者は彼らを良く思わず、聖28一族からポッター家を除外したのは有名な話だ。
だが、裏を返せば……遥か昔から過激な純血主義者に憎まれていたにもかかわらず、彼らは現代まで一族を残してきたということでもある。
彼らは過激な魔法使いの連中から身を隠すことで生きながらえてきた。
ペベレルから受け継いだ透明マント。容貌を変え欺くための直毛薬。そしてリリーが再発見した忠誠の術。ジェームズが受け継いだ変身術や箒の適性もその一環なのだろう……隠れ、逃げ延びるのに必要な技能。
「だが、その適性をもってしてもお前とジェームズの技量の差を埋められるわけではあるまい」
「変身術は複雑な分野です。単純に定量化して比較できるわけではありません……魔法はむしろ、そのような定量化できぬ部分を大いに含んでいるからこそ魔法なのです」
「とはいえ、理論化できない部分ばかりでもあるまい」
「ええ。一般的な魔法の分野で言えば、数秘術や魔法薬学は理論的な余地の大きい分野と言えるでしょう。一方で魔法生物飼育学や占い学といった極めて本人の感覚に依存する分野もあります。変身術はちょうど中間……理論半分、感覚半分といったところでしょうか」
「まるで戦争だな。
「確かに似ているかもしれません。そして、その学問に当たる……変身術の理論めいた部分について、ジェームズに大きく向上の余地があるのは疑いありません……いつになったら論文を書き上げてくるのですか、あの男は!」
「休暇申請の書類ですら毎度のように書き直しさせられてたあいつが論文執筆など得意なわけがなかろう。典型的な直感派だ」
「ですが、もう半分の側面……そうですね、アラスター。あなたは
突然、ミネルバはこちらに質問をぶつけてきた。
「犬だの猫だのだろう。伝聞の例でよければ、虫や鳥といったところか」
「ええ。
「それは……当然だろう。自分が変身するどころか、そこの手袋をニフラーに変身させることすらできん。魔法生物への変身はほぼ不可能だ」
変身術によって、嗅ぎ煙草入れを鼠に変えることはできる。しかし、ニフラーに変えるのは不可能に近い……魔法生物を扱うのは変身術の不得意な事柄の一つだ。
「ああ、確かに。例が良くありませんでしたね。ゾウやキリン、あるいはクジラに変わった例を聞いたことがありますか?」
「……儂が知る限り、ない」
「理由は簡単です。自分より小さいものに変身するのに比べ、大きいものに変身するには強力な
「……」
「ええ。こうした原則に基づいて考えれば、700ポンド*1ある牡鹿に変身できる変容術師がいかに例外的かわかるでしょう。理論の面では、まだまだ叩き込む必要がいくらでもありますが……感覚の分野においては、私さえ上回っています」
――――
「なにか物音がしなかったか?」
「あそこの駅はもう閉鎖が決まってるだろ? その作業かなんかじゃないか」
俺とリリーは(ハリーが置いていったのをこっそり借りた)透明マントを背負って、マグルの鉄道作業員の横を早足で抜けていく。
本来ならゆっくりやりたいとこだが、スコットランドとイングランドの境でクィリナスが待機してるからな。時刻が来たらこっちの準備などお構いなしに走らせる手筈だ、一秒でも惜しい。
「足音を聞かれちまったかな?」
「なんとかなるわよ。仮に聞かれたとしても怪談話とでも思ってくれるわ」
「ああ……マグルはそういう話が好きらしいな」
「イギリス人は特にね」
9と4分の3番線ホームも、ホグワーツ特急の通常運行ルートも隠蔽の魔法がかけられており、通常マグルが目にすることはない。
しかし、今回は敵地でバレないうちに線路を通して素早くおさらばする一夜の突貫工事だ。そんな悠長にしている余裕はない。
というわけで、俺たちは大部分は既にあるものを使うことにした……ロンドン地下鉄の線路だ。
地下鉄が運行されてない時刻を調べ(リリーがやってくれた)、今使ってるホグワーツ特急の線路から接続する部分のみ無理やり通し、あとは祈る……って感じだな。
俺は瓦礫を線路に変えて(単純な変身術は長期的に使うものには不向きだが、今夜一往復させるだけならなんとかなる)、路線をこっそりと伸ばしながら行き止まりの前に立つ。ここが山場だ。
「防音対策は済んでるわ。もうやるけどいい?」
「こっちは問題ねえな」
「じゃあやっちゃうわよ……とはいえ、爆破内蔵保護呪文はすでにあたりにかけてあるから、一箇所壊すだけでいいんだけど」
廃止直前の地下鉄駅に避難を希望する市民を乗せるのは早い段階で決まったが問題はそこに繋ぐ方法だ……いや違うな、過去形だ。だったそうだ。
俺が頭にはてなを浮かべてる間にリリーとスネイプは手早く計画を立て、地下鉄の路線に乗り入れる魔法の路線を立案した。
なんで地下にあるぐらいで線路が繋がってねえんだよ。キングズクロスは地上駅ってどういう意味なんだ、全然わからんぞ。
「俺の仕事のメインはここからか。発破して開いた道の瓦礫という瓦礫を変身させて、舗装してレールにしちまえばいいんだな?」
「軌間だけは間違えないでよ?」
「おうとも。体で覚えてきた」
「そういう雑な仕事はやめなさいよ! ちゃんと最初は測るのよ!」
ホグワーツで試しにやってみた際に、たった数インチズレていただけでスネイプにネチネチ言われて以来俺の信用はなくなってしまった。なんだよまったく、あいつが細かいだけだろ。
「それじゃいくわよ……
通常、これぐらいでかい規模の破壊を行うときに使う呪文は
ただ、そういう呪文を持ってしても壊せる量は限界があるし、どうしても精度の面で悪影響がある。今回求められている少ない手間、短い時間、最小限の破壊……という要求に応えることはできない。
そこで、俺の愛妻が使ってるのは……なんかよくわかんないけど呪文の中に呪文が入っている仕組みだ。
保護呪文の中に爆破呪文を内蔵させたそれは、範囲外の部分を破壊から保護しつつ、一箇所壊すだけで連鎖的に爆破させられるという。すごいもんだな。
リリーが一箇所壊したのに応え、ここまで呪文をかけて通してきた細い道は低い音を立てながら(まあ、防音してるから俺らしか聞こえないんだけど)粉々になって広がっていき……目の前に、長く続くトンネルが出来上がった。
俺は目の間の大量の瓦礫向けて杖を振り……瓦礫を圧縮して周囲の舗装にも使いながら、言われた通りのレールを敷いていく。
「よっしゃ、ここからは俺の仕事だな……こんなもんか?」
「4フィート8と2分の1インチ、ぴったりね」
「だろ? 褒めてくれてもいいんだぜ」
「はいはい、えらいえらい。そのまま伸ばしてくれたらもっとえらい」
「任せろ!」
俺は杖を大きく振り、一気に発破したトンネルを整備された地下鉄道へと変えていく。
こっちの作業は逆にリリーのほうが苦手なんだよな。高精度のレールの生成はともかく、発破でできた瓦礫をどかして舗装するなんてちょっと瓦礫をバンとしてガンと行けばとてもグッときてギュッとして押し込めるだけなんだが「おかしいでしょ、質量どこいってんのよこれ」とかなんとか呟いてぜんぜんどかせなかったりする。魔法だってのにどこ行ったもなんもないだろ。
「さあて、このまましっかり駅まで繋がってるか確認を……」
「そこのあなたがた! 見た顔ざんす……ホグワーツの人間ざんすね!?」
しゃがんで線路を見ながら歩を進めようとすると……突然、トンネルの向こうから俺たちに呼びかける声が聞こえた。念のためリリーの前に出たが、現れたのは敵ではなく、マートル編集長のとこのスタッフであるスキーター氏だ。
「スキーターさんだな? 駅に先着してるとは聞いたが、ルートも詳細は知らせてねえのによく俺らを見つけたな」
「どうやって見つけたかは企業秘密ざんす……そんなことより! とっとと来るざんす!」
「なんだあ、そんな慌てて?」
「慌てるどころの話じゃないざんす! 本来ならそもそも臨時でもこんな仕事をわたくしがやる自体間違っていて……とにかく! あんたらがなんとかするざんす!」
スキーターさんは大慌てで俺たちを集合地点であるオールドウィッチ駅のホームへと行くよう促すものだから、俺たちも彼女の背を追ってできたばかりの仮設の線路を脇を駆けていく。
するとそこには……
「ああ、スキーター記者! 聞いてくれよ、あのリドルと来たら俺と魔法契約を結べと迫りやがってよ。断ったら次の日には自宅に強盗だ! 信じられねえ悪党だよ、あいつは! 記事にしてくれ!」
「かつてのあんたの記事は大嫌いだったが、今頼りになるのはあんたの記事だけだ! うちの娘が危うく誘拐されて……」
「わかってるざんす! ここを出たらいくらでも書いてやるざんす! だから今は大人しくしているざんす!」
ホームには、人、人、人。
想定よりも非常に多い。ホームの上の人混みは外まで続いているようだ。
「おいおい、なんだこの人数は!? コントロールできねえぞ!」
「思っている以上に避難便の需要は高かったようざんす。知り合いや親戚をこっそり呼ぶ……それが重なった挙げ句がこの現状ざんす」
「この人数を捌くのは素人じゃ無理だろ。アラスター局長が支援要員をダメ元で呼んだって言ってたが見てないか?」
「人をまとめあげようと試みたのは私ぐらいざんす」
アラスター局長はロンドンのほうに残っているとみられる人間のうち、使えそうなやつに連絡を試みたと話していたが……そもそも連絡が届いたかどうかもわからない。
少なくとも現状、誰も支援には来ていないようだ。
「これだけの人を捌くのもまずひとつ問題だけど……一番の問題は目立つわね」
「こりゃ、バレないままこっそりとロンドンを発つ、ってわけにはいかなそうだな」
ホームの人混みの中の人たちは俺たちに詰め寄り、めいめいが思い思いのことを言うが……できることはもうほとんどなく、ホグワーツ特急が来るのをただ待つしかない状況だ。あと、やれることと言えばトラブルの対処と列の整理だが……
「ああクソ、外の連中がなにか騒いでる!」
「省の連中が嗅ぎつけたみたいだ!」
そうした声が上がるとともに……外で火花が散るような音が聞こえた。
警察部隊などがつかう威嚇のための魔法だ。
「お前たち! 無許可の集会は禁止されている!」
「こちらにいるのは第6大臣付き近衛隊のディッキンソン隊長だ! 全員杖を置け!」
どうやらこの駅の入口あたりには、もうリドルの手先どもが到着してるらしい。頭数はこちらのほうが遥かに多いが、全員ド素人。病人や子供だっているだろう。俺が出張ってなんとかしたいとこだが、人混みでうまく進むことができない。
リリーに群衆の整理を任せて、俺はなんとか人の波をかき分けて後方に向かおうとするが……なんとか外が見える位置にはきたものの、全然間に合わなそうだ。
外では群衆のほとんどが杖を置いて跪かされている。
だが、そのうち一人が二人に杖を向けられていた。
「おら、そこの黒人! 俺たちの指示に従え!」
「明らかに違法な集会だ、俺たちは許されざる呪文だって許されるんだぞ」
「おっと、なにが起きてるんだ? 私は今ここに来たばかりなんだが」
「うるせえ! 痛い目にあいたいのか?」
「ああ……それはイヤだな。これでいいのか?」
そう言って絡まれていた男は杖を地面に置いた。
……ん? なんか聞いた声のような。
「そうだ、それでいいんだ……他に俺たちに逆らうやつは……!」
男が杖を置いたのを確認して、省から来た男は背を向けた。
そのとき……パチン、と小さい音が響いた。
指を鳴らす音。
その音と同時に……省から来たと名乗っていた男はすっ転んだ。
「……!?」
転んだ男は周囲を焦った様子で見渡している。
だが、誰も杖を向けている人間はいない。
パチン。
もう一度指を鳴らす音がして……今度はもう一人の男が滑って転ぶ。
その瞬間、先ほど杖を突きつけられていた男は実に手慣れた動きで杖を素早く拾い、転んだ二人を
「ぼ、暴徒の抵抗だ! 一旦態勢を立て直すぞ、引け!」
「了解です。ところでディッキンソン隊長、今無事なのは何人でしょうか?」
先ほど隊長を名乗っていた男は杖を掴んで群衆から距離を取る。そこに部下とおぼしき人間が近づいていく。
いや……ありゃ、歩き方がおかしいな。この異常事態で対処も慣れていない人間だろうに。それにしては様子が
「私とお前しか把握してない。このあたりのパトロールをしているのは私達4名だけだから、救援を待って粘るべきで……」
「あら、じゃああなたで最後ね。教えてくれてありがとう」
部下を名乗っていた男は目の前の隊長を呪いで気絶させて……自らを元の容貌、そして俺も見慣れた顔へと戻した。
七変化だ。
「遅刻したかとも思ったが、どうやら間に合ったみたいだな」
「なにさっきの杖なし呪文! アフリカ系の人ってみんなあんなの使えるの?」
「ニンファドーラ、それは親しい人以外に尋ねるんじゃないぞ。イギリスのアフリカ系は新大陸の移民も多いからな。向こうに奴隷として渡ったルーツの人たちはワガドゥーの杖なし呪文を継承できなかった」
「はーい、あとニンファドーラはやめて、キングズリー……あっ! あれジェームズじゃない?」
「おう、ジェームズ! 手紙とは言えあのアラスター局長が
「え? 私は『来い』の一行だったけど」
「そりゃそうだろう。私と君じゃ扱いが違って当然」
「なにそれ、ムカつくわね。一発呪いでも撃ってやらないと気がすまないわ」
「撃つだけなら自由だ。当てられるかは別の話だがね」
アラスター局長が呼び寄せた支援要員……便りはどうやら無事渡ったらしい。
キングズリー・シャックルボルトとニンファドーラ・トンクス。
マッドアイ・ムーディの愛弟子二人であり、俺の懐かしの前職――闇祓いの二人だ。