闇祓い局や魔法警察部隊は、24時間なにがあっても事態に即応できるように交代制を敷いている。
一方新設の部隊である法執行部第19課・専門業務課は、そのような仕組みはまだ整備されていない。よって、もっとも原始的な仕組みに頼っている――なにかが起きれば、たとえ深夜であろうと叩き起こされる。
「ディゴリー課長、深夜の呼び出しをしてしまい申し訳ない。大規模な非認可の集会が見つかったそうです……場所はマグルロンドン、サリー通り。漏れ鍋のすぐ近くです」
言葉とは裏腹に、申し訳ないとはほど遠い態度で淡々と状況を伝えるバーテミウス・クラウチ・ジュニア氏に対して眠気を隠しながら、私は頷いた。
本来であれば第19課は法執行部の部署であるから、法執行部の部長であるパイアス・シックネス氏を通して指示を出すのが通例だ。魔法大臣次官であるクラウチ氏が頭ごなしに課長級に指示を出すのは、かつての省では忌避される行為であった。しかし、今はそれを諫める人間はいない。
「君たちの仕事は急行し、現場を保全することです……使用可能な呪いに関して制限はありません」
「制限は……なに、なんですって?」
「制限なし。君たちは知る限りのあらゆる呪文を使って、容疑者をそこに留めることを私は期待しています」
「あ、あの……現場の保全といいますが無力化した容疑者もそこに留めておくのですか?」
「ええ。連行は不要です」
私達のところまで正確な情報はあがってこないものの、アズカバンが半壊しているという話は聞いている。だから即座に連行せず、その場に留めておくのだろうか。裏で誰かが省内に臨時の収容施設でも用意しているのだろうか?
そのあたりの全貌を把握しているのは、「
彼らは正直……気味が悪い。
それだけであれば側近、というような言い換えもできるのだろうが……彼らはどうやらかなり暗い闇の儀式を経て、リドル魔法大臣からなにがしかを与えられることによってその地位を認められるらしい。お役所のトップがやることとはとても思えん。
しかしそれにしても、現場の保全という消極的な任務に対して使用可能な呪いが「制限なし」とはずいぶんとちぐはぐだ。制限なし……これは任務上であれば死の呪いでさえ許容されるというものだ。もちろん、私は死の呪いを使うことはないだろうし、使えるとも思わないが……
疑問に思いながらも、命令は命令だ。
私はクラウチ氏の指示を受諾し、部下にふくろうを飛ばしてともあれ現場へと向かう。
するとそこには、思った以上の人数が集まっていた。
「な、なんだあの群衆は!」
そこには……クラウチ氏がいっていた通り、極めて大きな規模の人の集まりが見られた。
真夜中だというのにあまりにも大勢の人間が、不安そうにしながら一箇所に集まっている。
この人数相手だと……私が一人突っ込んでいってもなにかできるとは思えない。ここは刺激するのを避けるべきだろう。私は一旦距離を保ち周囲から状況を伺うことにした。
いる人間たちはどう見ても素人然としている。つまり、犯罪結社の集まりとかではなさそうだ。
だが、一応マグル避けの保護はかかっている。魔法警察などのプロのかけたような呪文にはみえないものの、事前にここに人を集める目的で何者かが動いていたのは間違いなさそうだ。
マグル避けにはいろいろ癖があり、業界によってやり方も違う。このフォーマットは日刊予言者新聞の記者が使っていたような……
「これはメディア関係者のマグル避けか……?」
「あ、ディゴリー課長お疲れっす。もう現場着いてたんスね」
明らかに私物の箒で私の横に降り立ったのは第19課、私の部下だ。
「深夜に呼び出して申し訳ない。しかし随分と早かったな」
「たまたま起きてたんで。それに俺の愛箒は
「確かに……ずいぶん手が入っているな」
「給料めいっぱいつぎ込んで
「どうといわれてもな……私達以外にも声はかけられてるようだが、今のところいて数人だろう。遠巻きに様子を見るしかあるまい」
「上からはなんて言われてるんスか?」
「現場保全だ。だが使用可能な呪いの範囲は無制限。妙な話だろう?」
「ッスね」
若い部下は素直にうなずく。誰が聞いても妙な話だ……だが、上は親切に説明などしてくれない。むしろ、部署ごとに情報を制限することで分断してコントロールしようとしているフシまでみられる。
「そういえばここに来る前に同じく省に務めてる、ホグワーツ時代からのダチに聞いたんスけど、このあとここに省が管理してる亡者の群れが突っ込んでくるらしいっス」
「ぶっ……! そ、そんな馬鹿な話があるか! あそこにいるのは明らかに多数は一般市民だ、そこに亡者の群れが襲いかかるなどということがあったらとんでもないことになるぞ!」
「でも確からしいッス。まあ機密とは言ってましたけど」
「よくそんな情報を聞いて回れるもんだな……」
「向こうも不安なんスよ。なにが起きてるかわからないまま、とんでもないことに加担させられてるんじゃないかと、ッスね。実際、そのチームは何を目的にしていて、何が標的なのか知らないまま運用させられてたみたいッス」
「……」
私も……私も、まさしくそうだ。
単なる実働部隊。便利屋のような位置づけであるし、課長級ではあるから多少は見聞きすることをつなぎ合わせて推測はできるものの……すべての実態を見通すことは出来ない。
「不安なのはわかる。しかし……今の省はおおらかだった昔とは違う。そういうのに目ざとい人間が数多くいる。機密を聞いて回るというリスクは冒さないほうが良い」
「それはわかってますよ。ただ、これはどうにも……レイブンクロー生の性分ですかね」
「……君はレイブンクロー生なのか」
「さすがにそう驚かれると心外っスね。意外と多いっすよ、あの寮には俺みてーな試験の点より箒いじりが好きみたいな人間は」
「そういうものなのか」
「だからこそ、今どう動くか迷ってます。情報が足りない中で目を瞑って動くのは、俺らは一番苦手っス」
「ああ、それはむしろ……美点だろう。君に言われて気付いた。私は知らないまま動こうとしていた。何が起きているかを自ら足を動かして知ろうとしていなかった」
だが、彼と違うのは私は知らないことを言い訳に動いていた点だ。
知らされないまま働かされることはある。知ることにはリスクが伴うし、リスクを冒しても全貌を知ることはできないだろう。しかしだからといって……まったく動かないことが正当化されるわけではない。
しっかりしろ、私! 湖水地方やスカイ島やペンブロークシャー海岸に足を何度も運んだ魔法生物規制管理部での仕事を忘れたのか? 良い仕事とはデスクにかじりついているだけで生まれるものではない。
「よし。わからないのなら……堂々と聞けばいいのだ」
「……!?」
そう言って私は足を踏み出した。通りに集う群衆に向かって。
「ああ、そこのお婆さん。ちょっとお尋ねしていいかね? いったいこの集まりは何なのだい?」
「あら! 遅れて来たのかしら? ここはスコットランドへの脱出経路らしいわ。秘密らしいからあまり大きな声で騒がないでね」
「なるほど……ありがとう。らしいぞ」
「ディゴリー課長……こういうとこで、変に肝が太いッスね」
「……? 彼らはどう見ても普通の隣人だろう。"君のダチ"などに話しかけるよりよほど気が楽だ」
「いや、みんな見てくれはアレっすけど気のいい奴らなんすよ? ってそうでなくて、えーと、俺らっていざとなれば彼らを取り押さえる仕事で……」
「そうだ。だから確認した。そして今わかった。スコットランドはイギリス魔法界の一部だ。国内移動は現状、危険なため移動中止勧告はでているものの非合法ではない。よって彼らは単なる市民だ……まあ、夜間外出禁止は破っているが、それは亡者に襲われるほどの罪ではない。そうだろう?」
私が堂々とそう言ってのけると、部下は引きつった笑みを浮かべた。ま、まあ私も少しばかり苦しい主張だと思ったが……
「我々の仕事は現場保全だ。そこに市民がいたら……守るのは業務の内と言えるだろう」
「課長もなかなかワルっすねえ。でも……そのへんの仕事への真摯さ、リスペクトっス」
「真摯さとは真逆の行いだろう、これは。だいたい、上の方の覚えは君のほうがよほどいいだろう。真面目に仕事してるという評価もよく聞く。私なんかは一番よい評価で『小間使い』というところだ」
「家の意向でうんうん頷いてるのは真面目ってことになんないスよ。親のコネで入省しただけで、別に仕事なんてなんでもいいと思ってましたし。バイク弄って食って寝るだけの給料が貰えればいいと思ってました。周りの人間も表向きはともかく動きぶりは似たようなもんでしたし。でも、ディゴリー課長の仕事ぶりをみると……いい仕事をするってのも悪くないな、と思うようになりました」
「そ、そうか……そう言われると照れるな……?」
セドと対立が深まって以来、若いのに直接好意的なことを言われるなんてのは久しぶりで、少し戸惑う。
向こうもポリポリと頬を掻いている。
「あー。なんか変な空気になっちゃいましたけど……とにかくアレっす。俺はなんにも教えてくれない上の連中の指示に従うより、課長がやりたい通りに動きたいっス」
「いいのかね? 家の意向に反することになるかも知れんぞ?」
「ほら、あんまり角が立たない感じで色々誤魔化すの、課長の得意分野じゃないスか」
「なんか素直に頷きかねる褒め方だな。まあ、確かに折衝と対話はハッフルパフの領分だ」
「でしょう? なので任せます。俺は……ダチも巻き込んでいろいろやってみますよ」
「そんなことできるのか?」
彼はともかく、彼の友人たちは私と面識すらない。いくら親交があるとはいえ、実質的に省に逆らわせるなどできるのだろうか?
だが、私の部下は自信が有りげに笑っている。
「ふふふ……課長はレイブンクロー生の行動原理を知らないと見えるっス。確かに俺らはスリザリンと伝統的に考えが近くて、古い家の人間なんかは向こうさんがたとほとんど変わらないような振る舞いをしたりもします。俺たちも権威や血縁には弱い。でも、決定的に違う部分を示した標語が、レイブンクローのコモンルームには古くから飾られてます」
「それは?」
「
――――
人混みをかきわけて、なんとか列の最後尾のほうにたどり着いた俺は、兄貴分である闇祓いに駆け寄った。
「キングズリー、よく来てくれたぜ! ついでにトンクスも」
「ついでとはなによ、ついでとは」
「当たり前だろ。ひよっこと熟練兵じゃ扱いは違うわ」
「ジェームズ、お前だって俺からみりゃひよっこみたいなもんだぞ」
「兄貴にそう言われると返す言葉もねえなあ」
はっはっは、と二人で笑うとトンクスがもの言いたげな目でこちらを睨んでくる……が、黙殺した。
「さて、当面の俺たちの仕事はなんだ? ジェームズ」
「なんにもなけりゃそれに越したことはねえんだがな……どうもそういうわけにはいかなそうだ」
周囲からうさんくせえチンピラ崩れみたいなのが現れ始める。
チンピラと違うのは……服や杖のグレードが明らかに高いことだ。いい給料貰ってんだろうなあ。俺が闇祓いしてたときより貰ってんじゃねえのか?
そんな中、明らかに雰囲気の違う人間が一人寄ってくる。俺と齢も服も似たりよったりの人間。他のチンピラどもと違い杖を抜かないまま近寄ってくる。
「武装解除しとくか?」
「いや。こちらから手出しする必要はなさそうだ」
「君は……ここの責任者かね?」
「ああ、そのようなものです。
今来たばかりの癖にキングズリーの兄貴はしれっと頷く。
まあ、そんな状況でもうまく回しちまうだろうから口出しはしないが。
「ふむ? 面識がありましたら失礼。今は法執行部の第19課におります」
「いやいや、面識というほどではありません。性分で一度みた顔とプロフィールは頭に入れているだけです……さて、どのような要件で?」
「詳細まで抑えていないが、ここに亡者の群れが突っ込んでくるらしい。私達の仕事は現場の保全……つまり市民を保護すべきと考えた」
「……なるほど。道理だ」
「おいおっさん、あんた省の人間だろ? 俺たちの邪魔するんじゃあねえよ!」
そうやってディゴリーさんとキングズリーが話している横から、チンピラの一人がズカズカと進んできて割って入ってきた。
それに対して俺たちが制止するよりも早く、ディゴリーさんの脇の人間がそいつに突っかかった。
「あ? てめえこそ礼儀学んでから来いよボケ、アイルランド訛りが」
「まあまあ、落ち着きたまえ。君の方はどういう要件でこちらに?」
杖を抜いたチンピラはキングズリーの問いかけに答えず、呪いを唱えようとして……あっさりと武装解除された。
キングズリーの兄貴のほうは呪文ナシ。素早く近づいて杖を折る……ただそれだけ。
「なっ……」
「なっちゃいないなあ、相手は闇祓いだぞ? 休職中だがね」
「言うほど簡単じゃねえけどなあ、それ。呪文唱えてる途中の他人の杖とか俺だって怖くて触れねえぜ」
「杖は道具だ。畏れる必要はない」
西洋の魔法使いにとって、杖は道具以上のものだ。もちろん俺だって仕事の流れの中で抵抗が予想される相手の杖を事前に折る、ぐらいはやるが……それでも抵抗感はあるし、今みたく自然に流れの中でやるのは無理だ。
一方、キングズリーの兄貴はケニアにルーツを持つ杖なし呪文(これを兄貴の前で口に出すと『杖あり呪文と呼ぶべきだろう。なにせ道具という条件がある呪文なんだ』とか言われる)の達人。
杖と他の魔道具をフラットに見ており、かつ杖を伝う魔力の流れを熟知していることから詠唱中の杖を折るとかいう無茶苦茶を平然とやってしまう。
「こ、こいつ! 俺の杖を……!」
「杖を折られたときに取るべき行動はいくつもあるが……その場にとどまって悪態をつくのは間違いだな」
喋りながらも、キングズリーは小気味よく足で路面を叩くことで煙を呼び出し、それを杖なし呪文で操作した微弱な風で突っかかってきたチンピラの目元に送る。すると、一瞬でそいつの意識は落ちた。
兄貴はさらっとやってるけど俺はこんなこともちろんできない。そりゃ、知識では舞踏と結びついた魔術があることは知っているが。
「
「ああ、しかし……次からは挨拶もなしらしい」
「そりゃいかんな。市民を駅の中に詰め込まねば……ディゴリー氏、あなたと部下は戦闘の専門家ではないですな。そのあたりの人の流れの整理をお願いしていいでしょうか? トンクス、彼らについてやってくれ」
「中にはリリーがいる。細かな話はあいつから聞いてくれ!」
意識を失った仲間を見て、血気盛んな連中は杖を抜いて襲いかかってきた。
人手は足りているとは言いがたい……キングズリーはディゴリーさんたちがある程度信頼できると判断し使うことにしたのだろう。
とはいえ、それはあくまで『ある程度』であって一瞬でも怪しい素振りを見せたらなんとかしろ、というトンクスへの言外のプレッシャー込みの信頼ではある。
というわけで敵だらけのこの場に残るのは俺と、キングズリーの兄貴だけになる。
「さて、ジェームズと組んで仕事するのは随分久々だな」
「兄貴、例のやつを頼めるか?」
「懐かしのアレだな? いいぞ、やるとしよう」
そう言って手を大きく掲げて、キングズリーの兄貴は周辺に大量の煙を発生させはじめた。視界を奪う煙で、市民を駅の中に逃がす時間を稼ぐ……だけではない。
俺は鹿の
ああ、いい給料貰ってそうだが……俺と兄貴の再会に割って入るハメになるとは。いくら貰ってても割に合わないだろうな。