ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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本日2話目、連日投稿3話目です。


119.9と4分の3番線ではないけど君を待つ(3)

 

 鹿の聴力は、意外にもヒトと大差ないらしい。

 じゃあ、あのドデカい耳はいったいなにが優れているのか? 人間の耳と大きく異なるのは、あの大きな耳1つ1つを独立して柔軟に動かせるということだ。鹿はそうやって耳を細かく動かすことで、あらゆる方向の音を検出し、距離を測ることができる。三角測量の原理だな。*1

 自然界において鹿は、自らを狙う捕食者の位置を遠くから検出することによって生きながらえているわけだ。んでもって、その能力は……鹿の動物もどき(アニメーガス)である俺にも大いに受け継がれている。

 

 キングズリーの兄貴が呼び出した煙によって視界が奪われた敵さんたちは、まともな反撃もできないまま一方的にやられていた。一発で気絶するほどの強力な武装解除呪文、あるいは俺の蹄によって。

 しかし久々だってのに的確に当ててくなあ。煙を焚いた段階で耳の向きを利用して位置を伝えただけで、リアルタイムで情報を更新してるわけでもない。大方はこの異様な状況でパニックになり足を止めているようだが、それでも微動だにしないというわけではなく、多少の修正は必要だ。

 キングズリーの兄貴は、そのズレを……煙に映るわずかな影と経験によって補正することでしっかり呪いを当てていっている。人間業とは思えねえ。

 

 俺は動物もどき(アニメーガス)の形態で杖を構えてるやつをなぎ倒していく。足を止めてて戦う意思のあった連中は全部、逃げようとした奴らも3割ほどは削ったか。

 この奇襲によってずいぶんと頭数を減らすことができたが、大半は不測の事態が起きたときに足を止めちまう素人だ。

 まず緒戦は成功と言えるだろう。しかし、逆に言えば今戦いの場に残ってる連中は少なくとも何かしらの心得がある連中。油断大敵だ。

 そう思っていた矢先に……

 

「アバダ・ケダ……」

「クルーシ……」

 

 二人組の男が、おおよその位置の割れているキングズリーの兄貴に突っ込んできた。

 煙で見えなくても、見える距離まで近づき数の優位を生かして二人で挟み込んでしまえば殺れる、とみたのだろう。唱える呪文の殺意も純度100パーセントだ。

 だが、キングズリーは杖腕を片方に伸ばす。とっさに杖腕を向けられたほうは詠唱は止めないながらも姿勢を屈めた。その瞬間、キングズリーはくるりと手の中で杖の向きを変える。

 

武装解除(エクスペリアームス)!」

 

 杖を握り込んだ拳を思い切り振り、一人目の敵の前歯を杖の根本でへし折りながら口蓋を殴打。

 そのまま向きを変えた杖で逆側にいる二人目に強力な有声呪文を当てると、そいつは杖を手放しながらその場に昏倒して気絶した。一瞬で二人仕留める早業だ。

 一段落したので、動物もどき(アニメーガス)の形態を解いて話しかける。

 

「さすが。5フィート以内なら英国最強……は相変わらずか。そんな楽な相手じゃなかっただろ、こいつら」

「そうだな。おそらくは裏の世界だろうが、用心棒かなにかしてた連中かね? アントニン・ドロホフの子飼いの連中かもしれんな」

「闇祓い一人殺ったあいつが今や大手振って省の高官ヅラだろ? 世も末だな」

「『末』は終わりが近いという意味だ。未来は明るいと思おう。さて、煙が晴れる前に入口を固めておこう。陣地を作るのはジェームズのほうが得意だろ? ……おや、何の音だ、これは」

 

 俺たちが周囲を警戒しながら駅の入口を固めようとしたところで地下から大きな音が響いた。これは……汽笛だ!

 

「ホグワーツ特急だ。クィリナスがしっかり仕事してくれたみてえだな」

「市民の脱出にホグワーツ特急を使うということか。考えたものだな」

「ありゃ、知らされてなかったのか」

「あのマッドアイだぞ? どっからでも情報の流出の可能性がある手紙なんかに事細かに書くわけないだろ。手伝ってくれの一言だけだ。日時や場所すらない、ここだって自力で探し当てるハメになった」

「そりゃそうか……局長の誘いといえば、シリウスとルーファスの叔父貴にもなんらかの便りを出したと聞いたが、二人が今どうしてるかは知ってるか?」

「ルーファスのおやっさんは今も省で仕事してるよ。上に潰される(懲戒免職と逮捕)前に俺らを休職にしたあと一人残って闇祓いの業務を継続してる。人の数は2分の1、人の質は16分の1になったっていうのにどうにか回せてるってのは信じられないね」

「なんか俺らが知らない闇の魔法でも使ってるんだろ、過労死するまで働かせる呪文とか」

「そんな呪文をおやっさんが知ってたらジェームズが知らないわけないだろう。間違いなく真っ先に撃たれてた」

「違いない」

 

 めちゃくちゃ厳しいボスとして知られていたとはいえ、局長であるアラスターはそう現場にまでは降りてこない。

 そんな中、めちゃくちゃ厳しいボスと同じぐらい、下手すりゃそれ以上に怖れられながら鬼軍曹として事件現場を取り仕切っていたのがルーファス・スクリムジョールだ。

 シリウスと「くそ……訓練でこんな痛めつけやがって。くたばれマッドアイ」「落ち着けジェームズ。あのジジイがくたばっても来るのはサウロンだぞ」なんて話したもんだ。

 

「んで、シリウスは?」

「あいつに関してはほとんどわからん。俺たちにもなにも知らせることなく姿を消したからな。ただ、簡単に消されるようなタマじゃないだろ? なんのかんの言ってブラック家の人間だ、海の向こうへのツテはいくらでも持ってる。俺は早々にイギリスを離れて悠々自適に暮らしてやがると見てる。トンクスなんかは『ダイアゴン横丁でシリウスを見た! ……っていう噂を聞いた』なんて話をしてたが、それも含めてあいつの仕込みって感じがする」

「確かに。そういう欺瞞情報(イタズラ)で捜査の目を国内に惹きつけつつ、海外にいるってのはいかにもだな」

 

 喋りながらも駅の入口に変身術で作った壁を並べていたところで(変身術の便利なところは、時が経てば元に戻ることだ。マグル避けの呪文が切れる朝方にはこれらも元に戻ってる。機密保持もパーフェクトだ)、周囲の煙が薄れてきた。

 二人で杖を構えて警戒したが……通りに敵は見当たらない。

 

「撤退したか?」

「いや。違うな。これは……どうやら、本命の援護に回ったようだ」

 

 通りの先、建物の脇からゆっくりと何者かが姿を現し始めた。

 動きは遅い。だが……

 

「とんでもない数だぜ、キングズリーの兄貴!」

「リドル氏の言い分では彼らを治安維持に使っているそうだが……建前でもこれを治安維持に使うと言うとは、頭蓋骨にグールお化けが住み着いてるとしか思えんな!」

 

 この襲撃の主力、亡者の群れだ。

 逃げ延びた魔法使いの連中は建物の影に隠れ、こちらに杖だけ向けている……どうやらリスクのある攻撃は亡者に任せて俺らが丹念にこしらえた壁だの土塁だのの破壊に専念するつもりらしい。

 

「おいジェームズ、お前は一旦下がってくれ」

「は、なんでだ!? 今頭数はいくらでも欲しいとこだろ? 下にいる連中のうち使える人間を全員呼ぶことまで考えてたぐらいだぞ」

「ここに押し寄せてくる亡者の群れを全員蹴散らす、ってのが目的ならそれでいい。しかし、すでにホグワーツ特急は到着していて、そこに市民を乗せて発車させるのがお前の仕事だろう? 見誤っちゃいかんな」

「だが……」

「別に何もせず下にいろってわけじゃない。下がる途中の道にここに築いた防衛線を何重にもして築いてくれ。俺は一個ずつ使って下がりながら時間を稼ぐことにするよ」

「まあ、そういうことなら……」

「リリーさんによろしくな」

 

 ホグワーツまで帰るのが俺の仕事であることを見抜いて、うまいこと丸め込まれた感はあるが……言ってることは間違っていない。

 俺は迫りくる亡者に背を向け、筒状(チューブ)に線路が連なる地下へと下っていった。

 

 

 

「ああもう! キーキーうるさいざんすね、全員黙って列車に乗るざんす!」

「リータ・スキーターが目の前の人間を喋らせる、ではなく黙らせようとしてたなんて後で言っても信じてもらえなさそうね」

「……あんたは見たことある顔ざんすね。アマチュア呪文研究家のリリー・ポッターざんしょ?」

「あら、一度取材の端っこにいただけなのに。こちらも評判はかねがねお聞きしてるわ……悪評もだけど」

「私に言わせてみれば、どちらも同じものざんす」

 

 地上での喧騒は、どうやらここまで届かなかったらしい。

 露骨に嫌な顔をしながらも一応は協力する姿勢を見せているスキーターさん、それから途中から応援で駆けつけたトンクスとディゴリーさん、それにリリーの四人で大挙した避難者たちを捌いていた。

 クィリナスの姿は見えねえけど手筈通り機関室にいるのだろう。準備ができ次第すぐに出せるように。

 

「はい、ここからここまでで20人。こちらの紙を見てください……あら、あなた。上のほうはなんとかなったの?」

「詳細は一段落したら話すよ。その人らの誘導を優先してくれ」

 

 リリーはその場にいる20人に紙をみせている。俺にもちらりと見せる形で。

 見せた紙にはクィリナスの筆跡で「客室『ガラハッドと体系的魔法学』はホグワーツ特急の6号車にあります」と書かれており――その文章を認識した途端、横に止められたホグワーツ特急の6号車が俺の視界に現れた。忠誠の術だ。

 

「リリー、次の羊皮紙よ」

「ありがとう、トンクス」

 

 トンクスは次の羊皮紙をリリーに手渡し、受け取った彼女は俺にもそれを見せてくれた――「客室『ランスロットと黒の騎士』はホグワーツ特急の7号車にあります」だそうだ。

 

「当たり前だけど口に出したりしないでよね、ジェームズ」

「わーってるよ。その辺は散々仕込まれたからな。『機密を口に出すな、愚か者! あらゆる壁に耳があると思え』ってな」

「あ、それわかる。私もそんな感じであの眼帯ジジイに死ぬほど厳しく仕込まれたわ」

「トンクスに関しては七変化を使った潜入とかを見据えてたみたいだからな。なんだかんだで期待してたと思うぞ、局長も」

 

 リリーの提案で、客室の保護(と分断。身元確認なんてできねえしな、何者が紛れてるかわかったもんじゃねえ)のために俺たちは忠誠の術を使った。

 こうやって人数を分けて分断するのは他にもメリットがあるそうで、どうもこの保護の力は秘密を知らされた人間が多いほど弱まるらしい。そうした種々の利点のために、俺たち(正確にはホグワーツ特急を動かし、所定の時間までにここにたどり着くという激務の合間のクィリナス)は各車両内の客室に即席の名前を与え、秘密を明かす人間を分割して整理している。

 

「しかし便利だな、この呪文は。秘密を知らない人間にはまったく見えないんだろ?」

「見えないって言うとちょっと語弊があるわね。正確には認識できないというとこかしら」

「……それってどう違うんだ?」

 

 俺の疑問に、リリーはどう説明したもんかと少し悩んだ後に口を開いた。

 

「単純に見えないって説明しても問題ないんだけど……呪文学かじってる人間としてはそこまで単純化した説明だとムズムズするわね。例えば……そうね、見えなくするだけの魔法ならいくらでもあるじゃない? 目くらまし術とか」

「あるいは俺らが持ってきた透明マントとか」

「その辺の安物の透明マントはそうだけど、うちの奴はむしろ認識阻害(こっち)に近いのよね……まあいいわ。例えばそういうのって他の魔法具で人間を検出したりとかで位置の予測はできるじゃない?」

「まあね。私らも突入の際には床の埃を気にしろって言われてる」

「それらとは根本的に違うのよ。7号車の前に6号車があるのは簡単に予測できることじゃない? でも、忠誠の術をかけると7号車にいる人間は前の車両を認識できない。違和感を感じる可能性はあるけど、7号車の前に6号車があるはず、と考えることができない」

「ふむ……?」

「人間って目とか耳とかの入力部が誤作動起こしても、意外と補正できるのよ。でも脳みそに関しては別。ここが『そこに車両はない』と考えたものに逆らうのは普通は無理」

「逆らおうとしたら?」

「正気を失ってもおかしくないわね。とはいえ、そんな万能じゃないけどね」

 

 そう言ってリリーは車両の先頭、機関部を指差す。

 そこは俺の目と脳にも、しっかり認識されていた。

 

「忠誠の術って人の保護に特化してるらしくて、住む場所にかけるもの、と明確に用途が決まっているのよ。後ろにつけられた車両は客室だから定義づけが可能だったけど、さすがに複雑な魔法機関が乗せられた機関部は無理だったわ」

「へえ。だから今秘密を見せてもらった車両2つと機関車と……機関部すぐ後ろの何両かも俺に見えてるけど大丈夫か?」

「私たちが乗り込むところ、兼予備車両の部分ね。クィリナスさんもかなり忙しかったみたいで、そこに関しては準備したけど魔法の実行の時間が足りなかったって」

「そういうことか。まあ、後ろでトラブルあったときに、避難者が俺らのいるとこにアクセスできないのはそれはそれで問題だしな」

 

 さて、こうやって状況を説明してもらったところで……次の車両に乗せるべき人間をトンクスとディゴリーさんが連れてこようとしている。

 俺は彼らがこちらに近づく前に、声量を落として上の状況を伝えた。

 

「上は結構マズい状況だ。亡者の群れ、それも野良じゃなく魔法使いの指揮と援護付きが来てる。キングズリーの兄貴が食い止めてくれてるが」

「ちょっと、それほんと?」

「大マジだ。だが流石に大きい声では言えねえ、大パニックになりかねねえ」

「素知らぬ顔で素早く人を乗せて出るしかないわね」

 

 ここに降りてくるにあたって通路を変身術で土塁と柵まみれにしてきた。キングズリーの兄貴なら十全に活用してくれるはずだが、稼げる時間がどれぐらいになるかはわからねえ。

 とはいえ、流石に亡者とチンピラくずれどもに遅れを取ることはないはずだ。そう俺は考えていたのだが……

 そんな楽観的な想像はここまで響いてきた巨大な爆音と、ここにいる市民をパニックに陥らせるために行われたと思われる呼びかけによってかき消された。

 

「ああ、この下にいっぱいいるのはわかってる……リドル様に逆らおうとした図々しい連中がね! 試したい呪文がまだまだあるんだ、悲鳴の大きさを競わせてあげよう……この、ベラトリックス様が直々にね!」

 

*1
参考文献:狩猟ポータルサイトMeatEater「HOW WELL DO DEER HEAR?」

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