「本来であればこの列車に乗った罪人どもを一人残らず線路から叩き落とす算段だったが……乗り込んだ位置を考えるとそれを行うのは効率が悪そうだ」
「ああん? このベラトリックス様に文句でもあるのかい?」
「違う。別の計画で動くという意味だ……私は機関室を乗っ取る。ベラトリックス、お前は連中を殺せ。ああ、ただし……あいつは通していい」
「はっ。執着がすぎるんじゃないか? まあいい、それで行こう」
ホグワーツ特急の歴史に残るダイナミック乗車を決めやがった二人は、俺たちの眼前で堂々と今からする動きについて喋っている。くそ、前にはクィリナスが残ってるぞ。
俺とトンクスは即座に杖を抜き、機関室の方に動き出したフードの男に向けて呪いを飛ばしたが……それをベラトリックスが阻んだ。どうやら大破した
ベラトリックスは懐からナイフを取り出し、トンクスに向かって投げつけた。庇うことも考えたが、トンクスならなんとか対応できるだろう。俺は鹿に変身し、ベラトリックスがナイフを投げるために振りかぶった腕によって生まれた死角に向かって一気に加速し前進した。
トンクスはナイフを
フードの男は機関室の扉に向かって杖を振る。最重要の防護が必要ということで、トネリコの木に保護の魔法式をセプティマ・ベクトルが刻んだかなり強固な扉のはずだが、フードの男が無言で杖を振ると……一発で大きな穴があいた。マジかよ。なにやったんだ?
中のクィリナスも必死で抵抗を試みているが、このままだと突破されるのは時間の問題だろう。俺は背後から無言で呪いを放った。だが、男はその攻撃を予期していたようで、あっさりとかわされる。
「来たな……ジェームズ・ポッター。お前に再会する日を楽しみにしていた」
「ちっ、扉を見ていたのはブラフで俺の攻撃を誘ってたな? つうか、お前みたいな知り合いいねえんだけど」
「あえて背を見せて攻撃を誘うのはお前から学んだ技だ」
「だから知らねえっての!」
どうやらフードの男はずいぶん俺に御執心らしい。
穴を開けた扉を背にして俺に向き直り、非詠唱の呪いを放ってきた。
「
呪いは盾に突き刺さり、止まる……はずが、なぜかその盾に小さな穴が開き、その穴は勢いよく拡大していき――なんと、それは俺の杖にまで広がっていく。なんだこりゃ? 見たことねえ呪いだぞ!
奴はその穴めがけて同じ呪いをもう一度放ってきたため、今度は
あっというまに椅子はボロボロになり朽ち果てた。
「おいおい、なんだこりゃ……威力が強すぎるだろ。非詠唱じゃなくて秘伝の非言語の魔法あたりか?」
非詠唱と非言語は似てるようでぜんぜん違う……とリリーが話していた。
非詠唱とは学校や本で学ぶ体系化された呪文の、詠唱というプロセスをすっ飛ばすもの。
非言語は……そもそも呪文を唱えるというプロセスが含まれていない魔法だ。例えばキングズリーの兄貴がやってた、舞踏で煙を呼び寄せるやつなんかがいい例だな。
イギリス魔法界において重用されるのはもちろん、体系化された言語を使う呪文。というか、非言語の呪文はあまりにも属人性が高すぎて、他人に教えられるものではないものが多い。
つまり、非言語でこれだけ威力がある呪いは……おそらく誰にも教えず一族の中だけで育ててきたような呪いということだ。遺伝だけで呪いが打てるなんてこともなく、幼い頃からその類の呪文に携わる必要がある。
「ああクソ、どうやって防げばいいんだ!? これ、厄介すぎるだろ!」
「死ね」
俺の悪態にも構わず、フードの男は呪いを連発してくる。
悪いことに、
俺は諦めてマホガニーの杖を置き、予備の杖を抜く。
だが、予備の杖では威力も反応も若干の差がある。呪いの撃ち合いでは明らかに不利だ。
こちらの武装解除呪文と向こうの呪いがぶつかると、こちらのものは弾き飛ばされた。呪いは俺の手を掠める。
「ぐうう……」
「地獄から舞い戻った私の戦う力はどうやら上がったようだ。余計なことを忘れてしまったおかげだろうか? ただリドル様に尽くすことだけを考えられる」
謎の呪いはどうやら杖や扉といったモノだけでもなく、俺の手にも有効のようだ。悪態をつきながら呪いが広がり切るまえに小指と薬指を切り落とす。
ホグワーツに戻ったときにマダム・ポンフリーにしっかり再生してもらえることを願いながら、魔法で止血だけして杖を左手でしっかりと握り直す。呪いの撃ち合いはどんどん不利になってくばかりだな。
「かつての私は自分の家、家業の再興、そして妹などという些事に迷わされていた。今は違う。こうしてお前に打ち勝つことで、リドル様に関わること以外を考えるのはやはり無駄であったと確信する」
「クソッ、お前の事情ばっかべらべら並べ立てやがって。てめえのことなんか知らねえっての!」
「この顔を見てもか?」
目の前の男はフードを外す。そこには……2年前、ホグワーツで死んだ――いや、俺が殺したはずの男の顔があった。
もっとも、あのときと比べて痩せこけ、表情は失われている。
「リドル様によって私は不死を手に入れた。このアミカス・カローが貴様を今度こそ殺してやる」
――――
マグル学の面接という名目で潜入した妹の手引きで、私もホグワーツに侵入を目論んでいた頃……リドル様は私を呼び出して労うことがあると言ってくれた。
「アミカス、妹君と一緒にホグワーツに侵入するという任務だが……これは危険な任務だ。君たちは進んでやってくれると言ってくれはするが、それでも心苦しい」
「リドル様。そのようなことをおっしゃらないでください。我々にとっても家業の再興のために、必要なのです。これは公平な取引です」
「僕だって冷血漢じゃないんだ。そう言われても気に病む部分はある……だから、君を死地に送る前に僕が先立って君に施したい儀式がある」
「なんでしょうか?」
「
「これは古代ギリシャの魔法使い、ハーポが作り上げた儀式……と言われている。私はそれを現代に甦らせることに成功した」
「さすが、素晴らしい成果です! それで、どのような効果が期待できるのでしょうか?」
「不死だ」
不死! 私を担いでいるのかと思ったが、リドル様の表情はいたって真剣なままだった。
「もちろん、完全な不死ではない。この
「なるほど……すみません。差し出がましいかもしれないが、それは……非常に扱いづらい儀式なのではないでしょうか? もちろん、不死を得る以上の対価はないでしょうが……」
「ははは。君の察するとおり。この魂のみの状態で、肉体をもって復活するのは非常に困難だ。協力者がいなければ不可能といってもいい。だからこそ、古代ギリシャのハーポも、あるいは彼の残した知識に基づいて実践したものも、成功したとはいい難い」
「……ですが、我が君はその難点を克服したと?」
そう私が尋ね返すと、リドル様はニコリと笑って頷いた。
「ああ。そうとも! 彼らの欠点はなんだ? それはこの儀式を自らのためにしか使わなかったことだ。もちろん、言うだけなら容易い。死んだあとも肉体復活のために動いてくれる他人など、そう用意できるものではない」
「リドル様のためなら、尽くす人間はいくらでもいるでしょう」
「ああ、そう言ってくれるのは嬉しいよ、アミカス。だけど、僕はこの立場に上り詰めるにあたり……いろんな人間を見てきた。君みたいな献身的な人間もいれば、小さな利益でたやすく裏切る者もいる。忠義に厚いと思っていた部下も……時間が経てば生活の変化や別のステークホルダーの登場によって、たやすく乗り換える。必ずしも君がそうだと言っているわけではないが、君もそうならないとは、残念ながら断言できない。そうだろう?」
「そんなことは……!」
「いや、いいんだ。僕らは人間だ。目的があり、利害がある。そこで思いついたんだ。目的や利害によって人が裏切るなら、こちらで最大の目的を用意してやればいいのだと。つまり……生と死という、生命最大の目的を」
「……」
「私の利益のために、動いてくれる人間に不死を提供する。この儀式を行う手順は僕しか知らない。もっとも、君は極めて重要な幹部になるだろう。いつか話すこともあるかもしれないね。こうして儀式を経て魂を込めた
「ああ、これはもしや……リドル様を中心とした永遠の組織を作り上げようとしているのでしょうか!」
「素晴らしい察しの良さだ! その通り!」
私の推測はあたっていたようで、リドル様には手を叩いて喜んでいただいた。
「人々は不死を得るために僕に尽くすだろう。そして死を克服した者たちも、裏切ることはできない……なにせ、魂を握っているのは僕だからね。とはいえ、これはずいぶんと僕に都合のいい話に聞こえるけどそうじゃない。この
「なるほど……その上、リドル様を支え、絶対的な権力構造を確立することが自分の利益につながるのであれば、仮初めの命ですら投げうってリドル様に協力するのが合理的になるでしょう!」
満足気にリドル様が頷く。
なんて遠大な発想だ。個人として、死を乗り越えようとした魔法使いは数多くいる。しかし、死を乗り越えるという利益を社会に組み込んで、結果的に自らも含めた死を徹底的に遠ざけようという発想をしたのは、歴史上リドル様が初めてに違いない。
「僕を中心とした永遠の王朝を支える、不死の親衛隊……これを僕は死すら喰らい、克服したという意味で
なるほど、リドル様を支える部下としてふさわしい名前だ。
「アミカス、君はその第一号となる。もちろん、この儀式は少々外聞の悪い犠牲が必要ということもあって公にすることはできないし、
「第一号になれるとは……光栄です、リドル様!」
「その永遠に続く権力構造の中で、君の夢はいくらでも叶うだろうね。世界中の魔法界に君の作ったビールが届くに違いない」
そうだ。妹と誓った再興の目標。自分でも仕事に夢中なあまり、ときおり忘れることもあったが……それでも失くしたわけではない。
リドル様に従えばかつての小さなビール醸造所どころか、世界中にカロー家の名を広げることも不可能ではないだろう。名前だけではなく、父が愛した味も。
私は一も二もなくリドル様の提案を受けた。できれば妹も同じように、と提案したが……さすがにこの儀式を広げるには功績が足りないらしい。とはいえ、私の貢献次第で妹も同じように
こうして私はその後、マグル一人を儀式の生贄として使ってリドル様に儀式を行っていただき、私の魂が込められた分霊箱を厳重に保管してもらい、ホグワーツへ行き、そして……
リドル様の手で肉体を取り戻した。