拳大の鉄球をぶんぶん振り回しながら男が近づいてくる。
もちろん、右手に持つ杖を遊ばせているわけではない。左右にゆらゆら揺らしながら、僕を揺さぶってくる。鉄球から逃げようと大きく距離を取れば後退したところを呪いで狙うし、潜り込んできたやつには鉄球で痛めつけてやる、そういうつもりなのだろう。
積極的に呪いを使わないあたり、どうやら鉄球のほうがお気に入りのようだ。イヤになるね。
「ロニー、少し待ってろ。手を貸してやるから――」
「おおっと、そんな余裕あるのか、お前?」
ジニーを背負ったままで動きも制限された僕を援護するべく、ジョージが機を伺ってくれてるけど、敵は一人じゃない。
ジョージが相対してるやつも杖のほかに武器を構えている……左手の拳に掲げた金のメリケンだ。しかもドクロの模様をあしらってある……こいつら、おったまげるぐらい趣味悪すぎ!
フレッドの相手はこの中で一番の大男。両肩には刺青がいっぱい入っている。武器は斧、なぜか刃先がメラメラと燃えている。
「どうした? ガキども、防戦一方だな。まあ無理もない、俺たちはリド……オホン。闇の帝王様の直臣ではないが、直臣にかなり近いと言われている精鋭部隊だ!」
「俺たちの上にお立ちになられている最高幹部は死喰い人っていう実にかっこいい名前で呼ばれている……俺たちは、その死喰い人にもっとも近い存在なのだ……おそらくは!」
「『死喰い人』の方々はみなとんでもなくかっこいいタトゥーを入れている。俺たちもそれに倣うことにした……見ろ、俺の肩のタトゥーを。アジアに伝わる表意文字、クールな漢字を使って『闇之手硫黄』と入れてもらったのだ! このファイヤアックスでお前らをぶったぎったら、俺の肩のキルマークに加えてやる」
「こいつら個人個人のセンスがひどいのか? 集団単位でセンスが悪いのか?」
「俺はふざけるのは好きだが、ふざけた奴らの相手は好きじゃないぜ」
フレッドはどうみても精鋭とはいえない振る舞いを続ける連中を前にしてげんなりした様子。明らかにふざけてる連中だけど、僕たちを殴って憂さ晴らししたいという嗜虐心は本気らしい。あいつらは思い思いの武器を構えて、ニヤニヤ笑っている。
鎖がついた鉄球を持った男は僕のほうに踏み込んできて、振りかぶった。
まずい! このままだと……僕が背負っているジニーに当たる!
妹を守る一心で腕を前に出してジニーをかばうと僕の左腕に鉄球が思い切り当たった。骨まで響く激痛
が走る。
「ああ、鉄球だぞ? かわすでも逃げるでもなく……そうか、お前の後ろに背負ってる女のガキをかばったってわけだな? こりゃ面白い。いたぶりがいがある」
男は面白がった様子で、また鉄球を振りかぶった。
ジンジンする腕を押さえてなんとか反撃の機会を伺おうとするけど、僕が杖をやつに向けて呪いを唱えようとすると……
「ステューピ……」
「フリペンド!」
「ぐあっ!」
「いかんなあ、俺だって油断してるわけじゃないんだぜ。さすがに俺に杖を向けたやつはガキでも容赦しねえよ」
どうやら僕の杖先を見て、直接呪いとか撃てない状態を維持しながら僕をいたぶってるみたいだ。
杖先を向けようとするとすぐさまに呪いが飛んでくる。経験豊かな大人と子供の差。体格で敵わないのもそうだけど、呪文を唱えたり狙いをつける素早さが段違いだ。
僕が杖を握った腕はやつの呪文によって弾かれた、あらぬ方向を向いた。
「俺は家の事情でホグワーツなんぞ通えなかったからな、お前みたいなガキより知ってる呪文の数は少ねえかもしれねえ。だが、どんな呪文だってこっちに向いてなきゃ怖くねえ。当たり前の話だろ? それに、呪文なんか使わなくてもお前を痛めつけるだけならこの鉄球で十分ってこった!」
そいつは僕を鉄球と鎖でいたぶり続ける。杖腕が使えなくなるのを避けるため左腕で受けているけど、もう血まみれで感覚がなくなってきた。
ああ、こんなことならハーマイオニーの言う通り呪文の予習をちゃんとしておくんだった。こんなときでも使える呪文をハーマイオニーならなにか知っているに違いない……
いや、そんな風に諦めちゃっていいのか? ないものねだりをしても仕方がない。チェスの対局中に、隣でやってる爆発スナップのカードを拝借して盤面に投げ込んだりはできない(負けがこんできたときにディーンがよくやる)。
いつだって、手持ちの駒で勝負するしかないんだ。ポッター教授だってよくこう言っている……「魔法使いの本分は杖にあらず、それを振るう腕と唱える頭にあり!」って。
考えるんだ。複雑で難しい呪文なんていらない。正面にいるウスノロをやっつけるだけでいいんだ。
僕はそう決心して、やつに杖を向けた。
「フリペンド! おいおい、学習しろよ! 俺に杖を向けたらよりひどい目に遭わせてやるぞ!」
案の定、また同じ呪文で杖腕を弾かれる。
だが……杖はしっかり握ったままだ。杖の先はあらぬ方向を向いたままだけど、なにせここは湖の周りだ。そこら中に目標になるようなものは転がっている。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
僕は腕を弾かれた直後に呪文を唱えた。
基本中の基本、最初の授業でやった浮遊呪文だ。
僕は石を素早く浮かせて飛ばし、勢いよく正面のやつのアゴにぶつけてやった。
「うぐっ!」
クリーンヒット!
とはいえ、ただ石を浮遊呪文で飛ばしてぶつけただけだ。ただ怯ませただけ……でも、この隙を逃さずに同じ呪文を唱える。
狙いはやつ。
正確には……やつの杖だ!
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ふつう、杖はこんな魔法じゃ奪うことはできない。
わざわざ
でも、あいつの杖はふつうじゃない。根本に……
奴が大事そうに振り回していた鉄球部分に向けて浮遊呪文を唱えると、勢いよく鉄球は浮かび上がり、あいつの緩んでいた手元からすっぽりと杖も引っこ抜くことができた。
「て、てめえ! よくも俺から杖を……遊んでやってたらいい気になりやがって、本気で痛い目を見せてやろうか!?」
「何いってんだい、手元から武器も杖もなくなってから粋がるなんてバカのやることでしょ」
「誰がバカだ! いいか、お前みたいなヒョロヒョロのガキと違って俺には2本の腕っていう強力な武器が……」
「いいや、間違いなくバカだね。だってさ……浮かんだものは、落ちてくるでしょ」
僕がそう言い切るか言い切らないかのタイミングで、高く舞い上がった鉄球はあいつの脳天を直撃した。
これは流石にノックアウトだ、やったね。
横を見ると、僕と同じようにフレッドとジョージもしっかり目の前のウスノロたちを倒したみたいだ。僕はサムズアップして見せると、二人ともニヤリと笑って返してくれた。さあ、正面で敵の攻撃を防いでるビル、チャーリー、パーシーを助けに――
「クルーシオ」
気が緩んだのがよくなかったか。暗がりから放たれた呪文の閃光が僕に命中した。
「ぐああああああ!」
「バカが。ガキ一人に言いようにやられやがって」
暗がりから現れたのは、さっきのウスノロどもとは打って変わって
ローブ、高そうな杖、そして強力な闇の呪文。
許されざる磔の呪文という初めて味わう激痛に僕は叫び声をあげた。
奴らが来た方向、ビルたちが守っていた方角をみると……皆、倒れている! どうやら僕たちがウスノロ3人どもを相手するだけで済んだのは、上の兄3人が敵の攻撃を受け止めてくれていたからなのだろう。倒れた3人は一応息をしてはいるみたいだけど、明らかに戦闘不能な状態に追い込まれている。
「無駄に抵抗しやがって、お前らは助けを期待してるのかもしれないが……いい事を教えてやる。確かにホグワーツの方角から救援は来た」
「えっ!」
どうやら、僕たちの危機をどうにかして察したか助けに来た人がいたらしい……もしかしたらパパかママかもしれない! うちの貴重な家財として持ってきた時計で危機を察したとかで――
「でもな、向こうから来た空飛ぶ車を先に見つけたのは俺の部下たちだった。下からの集中砲火を受けて……その車は墜落した!」
「お前らの希望の芽はもうねえ、諦めて大人しくするんだな!」
だが、そいつらの放った言葉は無慈悲なものだった。
空飛ぶ車ってことは……行きに乗ってきたパパの車だ! となると、間違いなくパパが関わっている。パパなら絶対僕らの救援に向かうはずで、となると撃墜された空飛ぶ車に乗っていたのは……
「お前らウィーズリー家は血を裏切る者とはいえ一応は純血だ。俺の一存で死なすな、とは上から言われている。とはいえ、とはいえだ。行儀よくしてりゃあ生きて日の目をみれるかも知れねえが、まだ抵抗を続けるつもりなら……死んだほうがマシって目に合うかもしれねえな。そのあたりの処遇は落とした連中の生死を確認したら決めてやる。現場を確認してる連中が戻ってくるまでここで大人しく……」
偉そうに喋っていたそいつの後ろの部下のような奴に……突然、すごい勢いで巨大な鉄の板が飛んできた。少なくとも20ポンド以上ある鉄の板が直撃したそいつは大きく吹き飛ぶ。
「な、なんだ? 今のは?」
飛んできたのは鉄の板だけではない。ライト、ガラス片、黒い車輪、ベルト、それに座席まで。
大小様々な何かが――いや、あれは見たことがある。パパの車のパーツだ!
そうだ。僕は浮遊呪文を使って石や鉄球をうまく飛ばして戦ったけど、元はと言えば物を飛ばすのは……パパの十八番だ。
「お前たち!」
「うわあああ! 目、目が!」
「な、何も見えねえ!」
ライトはいかれたようにチカチカと点滅させてぐるぐる回りながら暗がりに慣れた奴らの目を的確に潰していく。
「よくも!」
「畜生! 畜生! 耳がどっかいっちまった!」
「や、やめろ! 口はやめてくれ! ああああ!」
ガラス片はくるくる予測しにくい軌道で飛来し、立っている連中の目や耳、場合によっては口や鼻の中を傷つけているようだ。
「私の子供たちに――」
「脚が、脚があ! 俺のズボンを巻き込んで、あああああ!」
「こ、こっちにくるな! 俺はもう動けないんだ!」
黒い車輪はぐるぐる回って暴れまわって、倒れているやつに追い打ちをかけ。
「手を!」
「た、頼む……い、息だけはさせてくれ……」
「俺は腕が折れそうだ……」
ベルトは近くにいたやつをぐるぐる巻いて縛り付けている。場合によっては首ごと。
「出したな!」
「おい、何が起きて……な、なんだ! 何が私の頭に噛みついている!? ば、化け物だ! ああああ!」
座席は……ぴょんぴょんと跳ねて、僕の前にいたボスみたいな奴の頭にかじりついた。
コミカルな光景だけど噛みつく力はかなり強いようで、噛まれたやつはもがき苦しんでいる。
「パパ!」
「ロン、無事だったか! それにジニーも! ああ、フレッド、ジョージもケガはないか? お前たちになにかあったら私は……」
怒りの声とともにあたりの悪者どもを蹴散らしたパパが駆け寄ってきて僕に抱きつく。車に乗って墜落したというのは本当らしく、服はボロボロだけど(元からだっけ?)、どうやらひどい外傷はないみたいだ。
パパが無言でなにか呪文を唱えると、奴らの呪いを受けて倒れていたフレッドとジョージが起き上がる。
「椅子や鏡に頭から食われてるやつがいる横で、よく感動の再会をする気持ちになれるもんだ」
「さすが我らがパパだ。ビルたちもそこの木立に倒れてるはずだ」
僕たち4人でボロボロになった敵連中を
「
最初に起き上がったのはパーシー。ビルとチャーリーは命に別条はないようでちゃんと息はしているけど、かなり厳しい呪いを受けたみたいで、まだ起き上がってこない。
「……ええ、なんとか。見た目ほどにはひどくありません。ビルとチャーリーは僕をかばいながら戦っていましたから……しかし父さん、アイルランドにいる僕らが襲われていることがよくわかりましたね」
「やっぱり時計?」
「いや。ハリーくんがホグワーツにふくろう便を送ってくれていてな。詳細を書く余裕はなかったようだが、一言『襲撃された』と。受け取ったポッター教授はご自身で向かいたそうにしていたが、別の重要な職務があってな。救援部隊は私、スネイプ教授、そして……ルシウスの3人となった」
「ルシウス? マルフォイ家のご当主が? ああ、彼のご令息もいますからね。それで、そのお二人はどちらに?」
「……」
へえ、スネイプ教授が来てるのか。おっかない先生だけど、こういうときは頼りになる先生ではあるかな……そう思っていた僕の横で、パーシーが疑問を口に出す。
その当然の疑問に、パパはなぜか押し黙ってしまった。
「パパ?」
「……いない」
「は?」
いない? どういうこと?
「あの高慢で無礼なルシウスは、私がアイルランドまで行く足を用意したにも関わらず道中、悪態を垂れるばかりだった! 私はその口汚い言葉に対して渋々ではあるがやんわりと諌めていたものの……スネイプ教授は運転中で、その……周囲に気を配るべきだった私達は、すこーしだけヒートアップしてしまってな」
「……」
「地上からの攻撃を受けた車はコントロールを失い……2人は慌てて飛び降りた。だが……マグルの技術はやはり素晴らしい! 逃げ遅れた、もとい車を信じて残る決断をした私は車に乗ったまま地面に墜落した、だが! 衝突の瞬間になんと突然やわらかな私を包み込むような空気のふくろが生じてな!」
急を要する事態だというのに、パパの悪癖であるコレクションの自慢に話が脱線し始めたので、僕らはパパを睨んで制止する。
ようやくいつもの調子を取り戻した様子のジョージとフレッドも肩をすくめる。
「父さん、そんなことはいいんです! 救援に来たスネイプ教授とマルフォイ氏はいったいどちらに?」
「あー……その……残った私も飛び降りた彼らもとっさの判断で行ったわけで、自分の身を守るので精一杯で、まあ、つまりその……彼らがどこに行ったかは、わからん」
「ああ、お父上どの。それを示す言葉を俺たちはよーく知っている」
「二重遭難というんだ」
「黙れ、ジョージとフレッド! 誰が悪いかといえばあのルシウスが全面的に、いや9割5分ぐらいは悪い!」
「パパ、そんなこと言ってる場合じゃないよ! 僕らだけじゃなくハリーとマルフォイも襲われてる可能性が高いんだ。加えてマルフォイのパパとスネイプ先生が行方不明なら、なんとか手分けしてでも探さないと……」
「いや、この状況で分かれるのはマズい。全員でひとかたまりになって行動すべきだろう。差し当たってはハリーくんとルシウスの息子さんを探すとしよう」
僕が現状を伝え、4人を手分けして探すべきだと提案するとパパは首を振った。
そりゃ、危ないのはわかっているけど! でも助けないわけにはいけないじゃないか!
「そんな! 二人を見捨てるの!?」
「スネイプ教授についてはあまりよく存じ上げていないが……ルシウスの悪運の強さはよく知っている。あいつときたら、真夜中の禁断の森に放り込んでも生きて帰ってきたようなやつでな」
「なに、マルフォイ家の嫡子を禁断の森に放り込んだ? そいつは楽しそうだ」
「ああ、ジョージ。俺たちがパパの息子であることが証明されたな」
「……おほん。ともかく、奴はあの程度の高さから放り出されたぐらいで死ぬようなタマじゃあない。それにだな……」
パパは一旦言葉を切り、ちょっとだけ言いにくそうにしながら呟いた。
「奴は私に『自らの手で息子を助ける』と大見得を切ったんだぞ。それを私はしっかりやってのけてみせたんだ、あいつが張り合わんわけがない」