ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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129.星たちの血の喜悦(2)

 

「ターゲットの一人、ハリー・ポッターってのは子供ではありますが……元闇祓いである父親から直々に薫陶を受けたようであります。油断はしないほうがいいかと」

「ああ、わかった。では帯同してる金髪の子供に心当たりはあるかね、クラッブ氏?」

「へえ、もちろん……おいビンセント、誰かわかるか?」

「……おそらくは、ドラコ・マルフォイです。父上」

 

 かつての学友を襲撃する一味。

 自分と親父はそこに混じっていた。父の求めに応じて、かつての友人を売り渡す。

 

「ああ、そうです。奴はマルフォイ家の長子でございます。ポッター家のガキと違い、取るに足らぬ存在です。計画通り、湖の妖精の縄張りに追い込めば分断できる可能性が高いかと」

「なるほどな。情報は確かなんだろうな」

「ええ、それはもう。つい昨年まで倅は同じ寮にいたもので」

 

 トム・リドルの配下の連中に頭を下げっぱなしの父は、更に姿勢を低くしてヘコヘコとへりくだった。

 

「分断すればさらに連中を追い散らしやすくなります。付かず離れずの位置を保ちながらも南に誘導し……辺りに放った……例の奴らの群れにぶつける。これでいかがでしょうか」

「確かに……奴らは一応は純血の跡取だ。部下たちに直接手を下させるわけにもいかず、処遇をどうすべきかは少し考えていた。だが、例の奴らの群れにやられという話であれば……事故ということにもしやすい。よい助言だった、もしこれがうまく行けばリドル様もクラッブ家の評価を改めるであろう」

「へへえ、ありがたいことで……」

「では、あなたにも捜索部隊に加わってもらうとしよう。息子さんは……どうするかね?」

 

 急にお呼びがかかった。

 今までずっと親父と話していた男は、少し視線をズラして自分を見据えているようにも思える。

 これは、自分自身に答えろと言う意味なのだろうか? それとも単に自分が話題に出したから視線に入れただけなのだろうか?

 

 自分がわずかに逡巡している間に、父が男と自分の間に遮るように立ち、代わり答えた。

 

「うちの倅はここで留守番させておきます。まだ未熟者でして」

「そうか。わかった……私の部下も何人かここには残すことだしな。では出発するとしよう」

「ええ。その前に少し倅と話させて頂きたく」

 

 親父は屈んで、自分に向き合う。

 声量を落として自分にだけ聞こえるようにしながら話し始めた。

 

「ビンセント、情もあるだろう……お前に思うところがあるのはわかる。これがクラッブ家にとって最適の手なのだ」

「……」

 

 クラッブ家にとって、この決断が正しいかどうかわからない。

 少なくとも脅迫されるなど、現実的な選択肢としてリドル派閥につく以外の選択肢がない人間と自分たちの立場は全く違う。

 ホグワーツ派につく選択肢もあったし、どちらかにつくことを避けてイギリスの僻地に、あるいは海外に移って静観することもできた。クラッブ家は小さい家だが、それぐらいの動かせる資金はある。

 にも関わらず、リドル派に全張りするのは……相当にリスクが高いように思える。

 勝ち目がないとはいわないが、少なくとも自分の目からは確実には見えない。勝ちに手をかけた魔法大臣が、子供を追いかけるために何人も大人の魔法使いを動員するなんてことがあるだろうか?

 

 とはいえ、自分はそれを決断する立場でもない。当主である父の言葉が絶対だ。

 異論を唱える余地はない。

 

「この後、外は捕物の舞台になる。なにが起きるかわからん。絶対にこの建屋を出るんじゃないぞ、いいな?」

「……わかった」

 

 親父をはじめ、そこにいた連中がぞろぞろと外に出ていく。

 何人かは残り……1人が見張りとして外に立つ。

 まあ、護衛と監視を兼ねているのだろう。不確定要素である自分の。

 

 とはいえ、遥か年上の連中だ。初対面の自分も親しげに雑談に興じるタイプではない。

 自分を遠巻きに見つめながら連中だけで話している。

 外から伝令だろうか、男が来て中にいる人間に状況を伝えている。

 

「おい、お前ら。報告だ……ウィーズリー家のガキを二人捕まえたらしい。他には二人……南にうまく追い込んでるそうだ。この分だと明るくなるまでに帰れそうだ」

「リドル様を怒らせるとは連中も運がないな」

「俺たちならともかく……南には例の連中が待ち受けてるんだろ? あっちにいっちまったら万に一つも助からねえ」

「お前は南になにがいるか知ってるのか? 俺は聞かされてないんだが」

「ああん? ……まあ、無理もねえか。口に出したくもない連中だからな。俺たちも交代で駆り出される可能性はある。一応頭に入れとけ。南には……吸魂鬼(ディメンター)がいる」

 

 吸魂鬼(ディメンター)だと?

 つまり……自分が父を通して提案した、南に追いやれという提案は……ポッターとドラコに吸魂鬼(ディメンター)のキスをさせる、ということに繋がる話なのか!?

 

「おっかねえ話だな」

「まあな。ただ俺らはその分楽できる」

「つってもあいつらは見境なしだろ。巻き込まれ事故は勘弁だぜ」

 

 彼らの話を盗み聞きした自分は動揺する。

 いくらなんでも相手は子供だ。多少痛い目にあわせることはあっても、最終的には拘束が目的だと考えていた。だがどうやらそうでないらしい。

 せめて、南に行かないように伝えなければ……だが、どうやって?

 

「う、うわああああ!」

 

 思案していたところで……突然、外から悲鳴が聞こえてきた。

 中にいた連中の視線が集まり……悲鳴を上げたであろう当人が半泣きの状態で建屋の中に駆け込んでくる。

 

「敵襲か!?」

「ち、違う。蛇だ、蛇に噛まれて……」

「……なんだよ、驚かせやがって」

「大げさに騒ぎやがってよ。森のそばだぜ? そりゃ蛇ぐらいいるさ」

「そ、そりゃそうだが。突然何匹も現れやがったんだ」

 

 どうやら、外にいた見張りが蛇に襲われたらしい。

 蛇だと……?

 確かにグレートブリテン島には、蛇は多少稀だが見ることができる。水辺のそばの森というのはまさにお誂え向きだ。

 だが……アイルランド島は別だ。アイルランドで暮らしたことがある魔法使いであれば、聖パトリックとアイルランドにいた古魔術師(ドルイド)が手を携えて蛇と交渉して島から追い払ったことを知っているはずだ。

 ここにいる連中が誰もそれを言い出さないところを見るに、みな金で雇われて本土から送り込まれた人間なのだろう。

 

 まあ、もちろん現代では多少移入してしまったケースがあるとは聞く。よって、極稀ではあるがアイルランドでもヘビを見たというのはありえない話ではない。

 だが……同時に何匹も?

 

「まあいい。見たとこタダの蛇だ。中で手当てでもしてろ、その間の見張りは俺が立つ」

 

 とはいえ、噛まれた男も命に別状はないらしい。

 猛毒をもった魔法の蛇でもない限り、手当の魔法をかければ問題もないだろう。

 事実、男は清浄化(スコージファイ)の呪文をかけて、すぐに持ち場に戻ろうとしていた。

 

「くそっ、ちっと痛いが……まあ、こんなもんだろう」

「なんだ、戻るのか? ちょっと待てよ、バタービールの瓶が一本ある。こいつを空けてからでいいだろう。外のあいつもそれぐらいは大目にみるはずだ」

「お、いいじゃねえか……ん? 今なにか音が聞こえたか?」

 

 男はそう呟く。確かに自分も少し外で鈍い衝撃音のようなものが聞こえたが……

 もし、追い詰められたポッターだとかドラコが抵抗して攻撃したとかであれば、呪いの閃光になるはずだ。単なる鈍い衝撃音だけ聞こえるとは考えづらい。おおかた段差を踏み外したとかその程度のもので……

 

 再びの、鈍い衝撃音。

 今のは間違いなく気の所為などではない。

 

「な、なんだぁ?」

「お、おい。お前がもともと外に立ってるはずだったんだ。見に行けよ」

「な、なんで俺が!」

「もしかしてビビってんのか?」

「は? 全然ビビってないが?」

 

 そう言って男が一人、扉に近づいていくと……男は、猛烈な力で蝶番が引き剥がされ、吹き飛ぶ扉に巻き込まれて倒れた。

 外気を防ぐ能力を失った建屋の入り口に、男が立っていた。男はその腕の力だけで扉を引き剥がしたようだ。

 ドアを引き剥がした力を持つだけあって、男はとんでもない巨躯……いや、そんなことはないな?

 アンバランスな体型だ。腕だけが異様に発達している。まるで薬かなにかで強化したかのように……いや、とんでもない体型に目を奪われてしまっていたが、自分はあの男が誰か知っている。

 

 マルフォイ家の当主、ルシウス・マルフォイ氏だ。

 

「なっ、貴様は……」

「遅い」

 

 素早い動きでもう一人もその腕で薙ぎ払う。

 残った二人は後退し、杖を抜いて素早く呪いを放つ。だが……

 

「素晴らしい効き目だな……セブルスの調合した『バルッフィオの脳活性秘薬』と『強化薬(Strengthening Solution)』は。飛んでくる呪いがスローに見える」

 

 マルフォイ卿は飛んできた呪いを簡単にかわし、そしてそのまま一人に近づいて頭部を掴んで地面に叩きつけた。

 もう一人の男に関してはマルフォイ卿は杖を抜いて対処するようにしたようだ。抜いた杖を……そのまま最後の男の頭部めがけて振り抜いてノックアウトした。そこは呪いではないのか。

 

「さて、残った君に話を聞きたいところだが……君には見覚えがある。クラッブ家の子だな?」

「……ええ。そうです。救援が来る可能性はあるとは聞いていましたが、まさかマルフォイ卿直々とは。ドラコがマルフォイ家の当主は人を使う立場で、直接自らが動くことはないと話していた気もしますが」

 

 ドラコの口癖を皮肉交じりに返してやると、マルフォイ卿は首を振った。

 

「ああ、確かに我々は人を使うことを第一に考える……専門の人間を使えば、高度な事業が可能であり、多数の人間を使えば一人ではできないほどの規模のプロジェクトを実施することができる。一方で、魔法界の人間は自主性が強い。強すぎるといってもいい……あらゆることを一人で、あるいは家族の単位でやりたがる。もちろんそれを否定するわけではない。魔法の力は偉大で、工夫すれば少人数でも大規模な作業をやることができる。魔法界は狭い世界だ。人を雇って使うのは、リスクもあり、初期投資も人脈も必要だからな。だが……」

「マルフォイ家には人脈も権力も金もあるからできる、と?」

「権力と金を持っているから?」

「違う。人が避けたがるところに機運というのは転がっている……つまり、本質的には『手段を選ぶな』ということだ。まあ、こんな話はいつでもできる。本題に入ろう。ドラコの行方を知っているか?」

「答えられません」

「そうか。服従せよ(インペリオ)

 

 マルフォイ卿の杖が光る。だが、相手が抗戦の意思のない子供というのが油断を誘ったか。狙いは甘く、とっさに飛び退くことでかわすことができた。

 

「ノータイムで許されざる呪文を放ってきますか」

「どうやら答えは知っているようだったからな。さて、どうする? 私とて気が進むようなやり方と思っているわけではない。自主的に話してくれるほうが私としては助かるがね」

「そんな気が進まないぐらいで手を止めるような余裕のある表情には見えませんけどね。おおかたも服従の呪文による尋問だと情報の精度が落ちることを気にしているんでしょう」

「その通り。その点については身をもって知っているものでな」

 

 この話しぶりだと、マルフォイ卿が服従の呪文で操られていたというのは本当なのだろうか?

 まあ、それは今はどうでもいい。今の状況で自分がやるべきことは、クラッブ家のために動くことで――待て。さっき自分は吸魂鬼(ディメンター)についての情報をドラコに伝えたいと思っていたんじゃないのか?

 自分の中の考えが衝突する。

 

「さて、答えてくれるのか、否か。どうするかね?」

 

 どうしたらいいかわからない。

 親父はウィーズリー家の連中やポッター、そしてドラコを追い詰めることが利益になると話していた。

 だが、それが正しい判断とは正直とても思えない。苦しい立場に追いやられ、貧すれば鈍する……そんな状態に見える。周囲に親父の味方はほとんどいない。

 親父はとてもじゃないが格好いい人間ではない。けれど……少なくとも自分だけは親父を見捨てたくない。

 だからドラコを見捨てるのか? それが正しいのか?

 

 いっそ一切合切喋ってしまって、親父が戻ってきたら素知らぬ顔で振る舞えばいいのだろうか?

 それともこのままフリだけでも抵抗し、服従の呪文をかけてもらえばいいのか?

 あるいは……あるいは?

 

「私から見れば、君の考えはもう決まっているようにみえる」

「……!」

「しかし、君のお父君がその枷になっている。違うかね?」

「枷だなんて、そんな」

「君の考えというのは、クラッブ家の利益に反するものなのかね?」

「……違うと思います。今の父上の周りにはロクな人間がいない。あんな連中の中で貢献したところで、ただ使い潰されるだけだと……けれど、父上は自分よりも長く生きて、当主としての経験を積んできました。自分の考えより父上の考えの方が勝っている可能性が高い、と思います」

「客観的に言えばそうだろうな。当主としての判断は複雑だ」

 

 意外にも、マルフォイ卿は自分の言葉を肯定した。

 むしろ驚くべきことではないのだろうか? 父以上に複雑な判断を日々こなしておられる方だ。13、14の子供の判断を信じられるというほうがおかしいと考えるのは自然かもしれない。

 しかし、マルフォイ卿の言葉には続きがあった。

 

「だが、一人の親として言うのであれば……もし、君がお父君に逆らうこと、あるいはお父君が悲しむことを恐れているのであれば、それは違う、とは言わせてもらおう。子が親を越えようとすることは、決して親に逆らうことでも悲しむことでもない。君が、君の判断で、君の家族を想ってなにかをやることを厭う親は親として失格だ」

「……」

「私はそれを期待してドラコを育ててきた。いつでもドラコが私を超えられるように我儘を聞き、権力や家名を使わせた。まあ、君には幾分か迷惑をかけたとは思うが」

「まあ、確かに。とても迷惑でした」

「ははは、言うじゃないか」

 

 出会ったばかりのアイツは、間違いなくクソガキ(git)だった。いや、別に本質はそんな変わっていないか。良くも悪くもそういう一面は持ち合わせたままだ。

 ただ、ホグワーツに入ってからは……それだけではない、あいつの側面を知ることも出来た。目を離せばとんでもないことを仕出かすグレゴリー・ゴイルだとか、トラブルを無限に生み続けるハリー・ポッターだとかが周りにいたためだろうか? 連中に対して発揮する面倒見のよさなどは、あいつの知らなかった一面だった。

 天秤にかければ、アイツに与えられた不快のほうが快よりも間違いなく多い。けれど。けれど……

 

「……人生、何が起こるかわからないものですね。今の自分はアイツと知り合ったことは悪くないと思っています。アイツは……今、湖の南にいるそうです。今すぐ止めに行かないと」

「止める?」

「南には吸魂鬼(ディメンター)の群れが待ち受けてるんです」

「なんだと!?」

 

 おしゃべりは終わりだ。マルフォイ卿は杖を握り、外へと駆け出そうとした。

 だが、その前に振り向いてこちらを一瞥し、呟いた。

 

「君だけがここでピンピンしているのも不自然だろう。望むならば、気絶などさせてやってもいいが」

「いえ、自分にも行かせてください……友達のところへ」

 

 

 

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