すみません。
「まったく……私が魔法薬」以下が加筆箇所です。
俺の庭であるはずの隠れ家の敷地が、散々に荒らされている。
「ドロホフ様! 俺たちはここで何をしたら……」
「チッ……固まって遊撃にいけ、連中が何をしてるかわからねえが、マグルの車なんだろ? 足回りを狙えばいいんだよ。マグル崩れの連中なら今までだって何度も相手にしたはず――」
そう俺が檄を入れたところで……コンクリートで固めた廃倉庫の上部、手の届かない高さにつけられた窓越しにも連中の車、とやらが見えた。
飛んでいる。
「……クソ、あれを報告しないやつがいるか? 車輪を狙えなんて言った俺がバカみたいじゃねえか!」
そう言って予備の人員を送り出し……俺自身も倉庫の入り口から顔と杖を出し、連中を狙う。
どうやら完全に飛行しているわけではなく、たまに何かを噴射して跳躍しているような動きのようだ。おおかた、森に転がっていた廃車を魔法で修繕して、間にあわせの改造でもしたのだろう。
「ど、どうしますか。ドロホフ様」
「車輪を狙っても仕方ねえが……魔法で無理やり動かすマグルの機械が不安定なのは常識だ。足回りを止める方針は変わらねえ、とにかくぶっ壊すぞ。確か動力部は車の前面部にあるはずだ」
「しかし……どうやって?」
俺ほど経験のない部下は次の一手が浮かばないようだ。
くそ、こいつじゃダメだな。俺自身がやるしかねえ。問題はどこから狙うかだ。倉庫の出入り口の中から狙うとなると、射角がかなり限られる。外せば出入り口の近くには寄ってこなくなるだろう。
そうなれば……手元の移動キーを使うことになるな。いざというときこの敷地のすぐ外側まで飛べる代物。それで連中を背後から攻撃するってのは間違いなく効果的だ。
だが、部下にも伏せてる秘密の脱出経路でもある。こんな裏稼業、部下つったって誰も信用できねえからな。あんまり見せたいものじゃあねえ。
まあ……今ここで一発で当てちまえばいい。そうすりゃ悩む必要もなくなる、外したとき移動キーを使うかどうかはそのとき考えりゃいい。俺はそう開き直って杖を構え、狙いを定める。
車が着地し、次の跳躍に移る前が勝負だ。
「
俺の得意呪文を思い切りぶつけてやる。狙いは多少外れたが、車の前面部にヒット。
すると連中の車は熱でイカれたか、煙を出して止まってしまった。
足止めという目的を果たしたので、俺は一旦下がりスラグホーンの監視に再度回る。ここまでお膳立てしてやりゃ、部下共に任せてもなんとかなるだろう。
「はっ! やってやったぜ、中の連中がどうなってるかはわからねえが、お前らの獲物だ。しっかり仕留めとけよ」
「了解しました!」
俺が指示した通り、残った部下は固まって行進し、距離を詰めていく。だが……
距離を詰めた連中は、意識の外である車外から突然攻撃を受けた。なにか液体を炸裂させて食らわせたようだ。
「ど、どこからだ!」
「あああ! お前か、お前が敵か!」
「ぶっ殺してやる!」
「お前ら落ち着け! どのタイミングで降りたかまではわからねえが、乗っていたのは一人だったんだよ! もう一人はどこだかわからねえが車外にいやがる、警戒しろ!」
だが、俺の呼びかけに部下が応えることはない。
「へへへ、俺はこの仕事で大金を稼いだんだ、新しい箒にキャビア、クィディッチチームを買うんだ……」
「運転する少年に犬! 汚れた天使が俺を迎えに来てるんだ!」
「ルーシー! ああルーシー、戻ってきてくれたんだね! 輝くルーシー、まるでダイヤモンドだ……」
やつらはうわ言のような事を呟き続ける、俺の指示は耳に入らないようだ。
クソッ、まとめて行動させたのが仇となったか。さっき炸裂させた液体が錯乱薬かなにかだったようだ。外に出した人員はまとめてそれを食らっちまった。
となると……俺の戦い方は少数対少数に特化している。茂みと障害物だらけの外で、位置もわからない敵と戦うのはマズい。
したがって……ここは一旦積極的な交戦策は断念して倉庫の中と外を隔てるシャッターを下ろす。
もっとも……ここは単なる隠れ家、それもこの廃倉庫なんて地下への入り口をカバーするためのもの建屋だ。ドンパチなんてのはほとんど想定しておらず、魔法の保護もなにもかけていないただの鉄のシャッターだ。破るのは容易い。
とはいえ、視界を切るのは重要だ。こちらが見えないなら向こうも見えない。向こうが侵入しようとしたら、そこですかざす反撃すればいい。人質を抱えて待つ立場の俺は必ず後の先が取れる。
「外にいるのはスネイプくんか? それとも先ほど無様に逃げ出したフレッチャーくんか? どっちだっていいが……外でまごまごしてると捕まえた連中がどうなるかわかるな? やろうぜ、なあ? 俺の大好きな魔法使いの決闘ってやつをよ」
「この場にいる人質は私だけ、残りは地下だ!」
柱に括り付けられたスラグホーンは、こんな状況でも反発心は揺らいでいないらしい。
外に味方が来たのを察して、叫んで情報を伝えやがった。
「おうおう爺さん、余計なことをそれ以上言うと酷い目にあうぜ」
「ふん。猿轡と目隠しをするんだったな……ぐあああああ!」
俺は直前にきちんと「酷い目にあうぜ」って言ったのにそれでも喋るとは。約束通り右の目を
爺さんの言葉に反応したか、倉庫の上部、10フィート足らずのところにつけられた窓越しになにかが投げ込まれた。これは――魔法で浮かせた液体だ!
液体が閉ざされた倉庫の中で炸裂し、辺りに広がる。俺はとっさにさっきグリーングラスから奪ったハンカチで口と鼻を塞ぐ。
「なんだ? なにをぶちこんだ?」
後ろのスラグホーンを見るが、俺と同様に液体が投げ込まれた窓に目を走らせている。
眠ったり錯乱したり、あるいは死んだりしちゃいないあたりすぐさま人体に影響を及ぼすものではないらしい。もっとも、皮膚に付着してたらヤバいことになってたかもしれねえが。そこは流石に俺だってきっちり避けてる。
一見して影響はないとはいえ、グリーングラスから頂いたハンカチを手放すことはしない。さすがの高級品だな、臭いもなにも感じない辺り完全に投げ込まれた液体の影響をブロックしているようだ。
だが、何を狙ってやがる? クソ、こっちには人質がいるってのに舐めた真似しやがって。死なせていいと思ってんのか? 望み通り殺してやるべきか?
だが……人質を殺すのさえリスクというものは伴う。スネイプってのが何者かは知らねえが……手配で回ってきた情報によるとスリザリンの寮長をやってるらしい。スリザリンの人間つっても千差万別だからなんともいえねえが、人質の生死を気にしないタイプの人間がいる寮でもある。無言で
いっそブラフで
連中は俺に迷う時間すら与えないつもりらしい。すぐさま、窓に次のなにかが投げ込まれた。それも複数! 来るのがわかってるんだ、魔法で素早く跳ね返してやる手も考えていたがそれを見透かしたような攻撃だな。
今回投げられたものは……瓶? なんだあありゃあ、『炎』を魔法で瓶詰めしたのか? それもただの炎じゃない。黒い炎で――
俺とほぼ同時のタイミングでそれを認識したスラグホーンが、目の前で拘束されていたにも関わらず、杖を使わない魔法……変身術で突然
なんの意味がわからねえが、流石にそこまでふざけた真似されちゃあ殺さないわけにはいかねえ。俺は飛んでくる黒い炎をかわしながら、スラグホーンを焼き殺そうとしたその瞬間……視界は黒に、体は熱に包まれた。
ああああああ! 俺は熱を伴った爆発で壁際まで吹き飛ばされ、炎上する。皮膚が、髪が、肉が、爪が、眼球が、膀胱が……体中から激痛が走る。一瞬で倉庫は炎上していた。なにが、なにが起きた!?
灼熱に包まれ俺が地獄の苦しみを味わっているというのに、外にいた奴はシャッターを破壊して……平然と黒い炎の中を
薄れる意識の中で、俺を嘲笑する声色の言葉だけが、耳に入る。
「呪いの撃ち合いなどという無様な戦いが始まる前に勝負をつける。これが魔法薬師の『なんでもあり』だ……
―――
倉庫の壁に叩きつけられたドロホフ。
ひとまず無力化したと見ていいだろう。人質の救出に回ることにする。
倉庫の中を見渡し……なぜか縄で縛られている金属製の椅子を見つけた。
杖を振って倉庫に広がった炎を消し、柱に括り付けられた金属製の椅子を縛り付ける縄を解いてやる。
すると……変身を解き、懐かしき先達であるホラス・スラグホーンの顔があらわれた。ドロホフによってやられたか、残念ながら無傷とは言えず片目が失われている。
顔の煤を取り払いながら、スラグホーンは私に文句を言う。
「まったく……私が魔法薬のみならず変身術にも長けていたから難を逃れられたものの……いくらなんでも乱暴ではないかね?」
「ですから、きちんと此方の意図が貴方にも伝わるようにしたはずでしょう。ガソリンの匂いとあの瓶詰めした黒い炎を見て、耐火ポーションを使って侵入する……という意図が思い当たらないほど耄碌していたなら別ですが」
最初に放り込んだのは魔法薬ではない……車から抜き出したガソリンだ。
もちろん、放り込まれたものがガソリンであることは臭いで簡単にわかる。魔法で片付けるのはそう難しくはない。だが、既に眠らせる薬や錯乱薬で部下を無力化するのを予め見せた以上……気化した魔法薬を吸い込む点について対策を打ってくると踏んでいた。
その対策がなんであれ……ガソリンの臭いに気づかないことに繋がる。嗅覚とは、揮発性物質が鼻の感覚細胞を刺激することで生じる感覚だ。
気化した魔法薬を吸わないようにする対策を講じれば、結果的に臭いで気付くことはできなくなる。一方で人質にまでそのような対策を講じさせる可能性は低い。よって必然的にこちらの意図に先に気付くのはホラス・スラグホーンとなり、着火のタイミングで耐火性のものに変身して難を逃れる発想に至ることができる。
「もちろん、君の意図にしっかりと気づくことは出来た! だが、私が変身術さえ使えない状態の可能性もあっただろうに!」
「そうであれば……まあ、あの男に殺されるよりはマシではないでしょうか? 魔法族なので即死はしない。マダム・ポンフリーならしっかりと回復させてくれることでしょう。まあ、その後は引退して余生をお送りください」
「まったく、かつての恩師に対してなんたる扱いだ!」
「生憎ですが、恩師と呼べるほど面倒を見られた記憶はありませんな。私のことなどほとんど記憶にもなかったでしょう」
「いや! いや! いや! 新しいホグワーツの魔法薬学教授の名はかねがね耳にしていた。素晴らしい業績の若い
「それは近年でしょう。在学中は?」
「あー……ミス・エヴァンスの……ファン? の一人?」
反射的に鋭く睨んでしまう。誰がファンだ。
「まあ、それよりもサイラス達を助けよう。この下にいるはずだ」
「ああ、グリーングラス氏ですか」
「ちなみに、マンダンガスはどこに?」
「外で囮をさせていましたが、車がやられた時点で逃げ出しましたよ」
「マンダンガスらしいというか、なんというか……」
都合よく話を変えられた感はあるが、グリーングラス氏とは知人でもある。さすがに長く拘束したままは忍びない。
ドロホフの手で杖を失ったスラグホーンに代わって、彼の指示の元重しとなっていたコンテナを動かすと……地下への扉が現れた。
その扉を開けると……即座に出てきた両腕が私の首を掴んだ!
「サイラス。ホグワーツから来たスネイプ教授、味方だ」
「まあ、だろうな。やあ、セブルス君。手荒な真似をしてすまない」
私の顔を見たサイラスはパッと首から手を放す。
一瞬とは言え的確に気道を防がれた私は咳き込むが、グリーングラス氏は軽く頭を下げ何事もなかったかのように地上に出てくる。
もちろんドロホフによって拘束なりなんなり受けていたと思われるが、それを抜け出して虎視眈々と脱出の機会を伺っていたらしい。表情を見ると外にいるのが味方であるのは予想していたようで、奇襲も手心はかけていたようだが……そうでなければ確実に仕留めにきていたか?
クソ、スラグホーンに開けさせるべきだった。
「『だろうな』? それで首を絞められてはたまったものではないのですが?」
「申し訳ない。あのタイミングでドロホフが開けるとは思えないが、杖のない状況を考えると虚を突けるのはあの瞬間だけだった。顔を見る前に仕掛ける必要があった」
口では謝っているものの、一切悪びれていないのが伝わる。
スラグホーンといい、グリーングラス氏といい、スリザリン生の半分は性根がねじ曲がっているに違いない。
まあ、なにはともあれ……グリーングラス氏が手を貸し中にいる奥方を引き上げたことでこの場にいる人間の無事はひとまず確認できたようだ。
「あとは……私達の娘二人だ。ここに来るまでに見はしなかったか?」
「残念ながら。マンダンガスなら何か知っているかもしれないが、奴はもう探すだけ無駄でしょう」
「そうか……ところでスネイプ教授。一つ気がかりなことがある。無力化したドロホフはどこに?」
「私の後ろの壁際に……」
グリーングラス氏の言葉を聞いて振り向き、ドロホフが転がっていたはずの場所を見る。
奴が……いない!
「馬鹿な!」
「杖は奪ったのか?」
「武装解除術を当てた上で杖は踏み折りました」
「ならば、移動キーかなにかだろうな。移動キーの行き先が遠方で、逃げただけならまだいいが……近距離の移動キーなら不味いかもしれん。奴は相当に執念深いと聞いている、私の娘二人がまだ逃げ回っているのは知っているはずだ」
「……」
マンダンガス・フレッチャーから断片的に聞いた限りでは、待ち伏せを受けた際に身を挺して娘を守り逃したという。
となると、当然逃げている方向に関してはドロホフは報告を受けているはずだ。身体はボロボロで追う足は相当に遅いはずだが、情報のない私達よりもよほど探しやすいに違いない。
「スネイプ教授。本来であれば私が行くべきではあるのだが……杖をすべて折られた私はまともに戦える状態ではない。グリーングラス家はこの君への貸しを幾年経っても返してみせる。で、あるから……二人を追ってくれ。ダフネと、アストリアを頼む」
「彼女たちは私の寮生でもあります。無論、引き受けましょう。逃げる方向の心当たりは?」
「もともと、ネイ湖に滞在しているホグワーツのクィディッチチームと合流する予定だった。馬鹿な逃げ方をしない程度には仕込んである、何事もなければ向かっているはずだ」
「残念ながら、ネイ湖のキャンプは今まさに襲撃を受けています。もともとその救援で私は来ていました。向こうにいるはずのルシウスとウィーズリー氏がなんとかしていれば合流は可能かもしれませんが……安全とは言えない状態です」
「……」
「ですので、すぐに追いましょう。私も向こうに用事がある。皆様には一旦この場に留まってもらいます」
「一箇所に固まっておくというわけだな、わかった。仮に連中の手先が来たら……まあ、一人二人ならなんとかしてみせよう」
杖もないのにそう言ってのける。半ば虚勢ではあるだろうが、それほどに二人の娘が心配なのだろう。
私はグリーングラス氏の頼みに頷き、向かう先を決めた。
湖へ。