「うわあああー! 助けてママー!」
「へっへっへ……残念ながらお前のママはなあ! ここにはいねえんだよ! へへへ、ママの代わりに俺がかわいがってやるぜ!」
「……ダフおねえちゃん、引き付けたよ。ちょっと気持ち悪いけど」
「了解。ちょっとじゃなく気持ち悪いわね」
アストリアを狙って追いかけてきた追手一人を、私が見つけておいた箇所に誘い込む。
「てりゃあ!」
「うが!」
茂みの中から飛び出し、脛に向かってローキック。
転ばせた先は、飛び跳ね毒キノコの群生地だ。
倒れ込んだ衝撃で、毒キノコたちは踊るように跳ね回る。毒キノコが跳ね回る衝撃が広がって、更に周りの毒キノコも跳ね回って……倒れた男をジャンプしながら一気に覆っていく。
「くそ、あそこだ!」
「また誰かがやられたみたいだぞ!」
「うわ、もう気付かれちゃったね」
「今のうちに退散するわよ」
おそらく、真っ当な護身術であればこんなことをやらせはしない。本当に切羽詰まり追い詰められるまで、まっすぐに逃げることを勧めるだろう。
だが、グリーングラス家の教え方は生憎普通じゃなかった。
「とにかく一撃入れろ、何をしてくるか予想させるな、裏をかけ、怖がらせろ」とはパパの言。それに従い、私たちは追手に対して一撃離脱を繰り返している。
「北はこっちね」
「おっけー」
北極星を頼りに、北への逃避行を続ける。今のところは上手く行ってるけど……問題は目的地が湖ということだ。
遮るものがない湖の縁ではこんな反撃をするのは難しいだろう。追っ手の数が数人であればここでみな削ってしまう手もありそうだけど……数は多く、多少削ったところでほとんど大勢に影響はなさそうだ。あくまでこちらを追いかける動きを抑止するための動きに留める。
「パパとママ、大丈夫かな……」
「私達が心配しても仕方ないわよ。それに、あのパパよ。きっとなんとかして脱出して見せてるわ」
「じゃあ、ママは?」
「ママにパパが勝ったところ見たことある? つまりママはパパより強いのよ」
「たしかに……」
パパもママも、凄腕の魔法使いだ。身内でなければ素直に尊敬できる腕前と知識をもっている。あのドロホフの待ち伏せを食らったとしても、私達(や土壇場で逃げを決め込んだマンダンガス・フレッチャー)という足手まといがいなければむざむざやられることはなかっただろうに。
そう。私たちは待ち伏せを食らった。向こうとしても確信があったわけではなさそうで、実際私達が今もこうやって追われているのは周辺にも部下を散らしていたからだろうけど……
トム・リドルはロンドン、およびイングランドのほとんど全域に関しては官僚組織を通じて支配を確立していた。だが、アイルランドに関しては……ロンドンのように支配しきれていないそうだ。
そのため、追っ手もマグルの目の前で好き放題できるとは限らない。なにせ、機密保持法の正式名称は「国際魔法使い機密保持法」だ。イギリス国内だけの問題ではない。そうでなくても人混みは逃げるのに最適だ。ということで私たちは魔法界の領域から出て、マグルの街を経由してネイ湖に向かおうとしていた。
だが、ダイアゴン横丁とロンドンを繋ぐ「漏れ鍋」よろしく、魔法界の領域とマグルの領域を繋ぐ経路というのは限られている。
つまり待ち伏せも容易、ということだ。
パパとママはそんな状況でも冷静に私達をかばい、私達はその稼いでくれたくれた時間を無駄にしないためにすぐに駆け出し……今、こうして星を頼りに逃げ延びている。
「おねえちゃん?」
「なに、トリ?」
「もしもだけどさ……」
だが、その過程で加えた反撃はかなり効いているのかしら。
周囲からは追っ手の気配がかなり薄れていた。だいぶ引き離せたに違いない。
「なにかあったら、わたしのことは見捨ててよね?」
だが、その合間にアストリアは突然とんでもないことを言い出した。
繋いでいる手を強く握りながらアストリアに返事をする。
「何言ってるのよ。そんなことするわけないでしょ」
「わかってるでしょ? グリーングラス家を継ぐのはおねえちゃんだって」
「そんなこと今関係ないわ」
「関係あるよ。だって……わたしは『血の呪い』ですぐに死んじゃうから。違う?」
アストリアは下を向きながら、そんなことを呟く。
確かに……グリーングラス家に伝わる「血の呪い」というものがある。
今はまだ影響は出ていないようだけど、そのうち呪いが発現し……最終的に、アストリアが言うように死に至る、と言われている。
けど、いつも能天気にさえ見えるアストリアがそんなことを言うなんて……
「アストリア。確かにあなたは『血の呪い』を受けてる。でも、それは関係ないわ。私はあなたを見捨てない」
「違うよ、おねえちゃん。わたしはおねえちゃんに生き残って欲しいの。すぐに死ぬわたしなんかよりも」
「急にどうしたのよ、アストリア」
「こんな状況だから伝えとかないといけないの。どっちが生き残るか選ばなきゃいけないかもしれない、そうでしょ?」
アストリアの足が止まる。
なにやら様子がおかしい、私も一旦足を止めアストリアに向き合って状況を確認しようとしたところで……周囲の状況の異常に気付く。
追っ手の気配が一切ない。
「おねえちゃん、怖いよ……寒いよ……死にたくないよ……」
「アストリア、アストリア! しっかりして!」
「パパ……ママ……」
そして、アストリアがこうなってしまった原因はすぐにわかった。
私の肌にも寒気が走る。現れたのは……もっとも忌まわしい闇の生き物の一つ、
「そんな……」
つまり、アストリアを守れるのは今、私だけ。確かに先ほど、吸魂鬼に対抗するための呪文である守護霊の呪文をスラグホーン学長から教わった。しかし……震える手で握る杖は狙いすら定まらない。こんな状況であんな難易度の高い呪文を唱えられるのだろうか。
それとも……さっきアストリアが言ったように、諦めて見捨てる?
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。だが首を振る。今、妹を守れるのは私だけなのだ。杖を握り直し、守護霊の呪文を――
「
銀色の霧が杖先から吹き出し、近づいてきていた
唱えたのは私じゃない。背後の誰か……
「ダフネさん、だよね?」
「ハリーくん!?」
私達を救ったのはまさかのまさか、ハリーくんだった。
向こうは思わぬ再会に驚いているよう。
「ダフネさん……ほ、ほんもの?
「本物よ。というか何? ハリーくんったら私がまね妖怪で出ると思ってるの?」
「いや……思ってないけど、その、たまに怖いなーって思うときはある。ちょっとだけ」
私はハリーくんを飛びついて抱きしめる。よかった、本当によかった。
「でも、よかった」
「……う、うん。それで、どうしてここに?」
「ロンドンが危なくなってきたから、スラグホーン学長を連れて脱出しようとしたの、アイルランド経由でね。だけど追っ手が攻撃を仕掛けてきたから……クィディッチチームのキャンプ地がこのあたりなんでしょ? そこまでたどり着いて合流しようと思ったの」
「なるほどね。でも、僕らのキャンプ地までよく知ってたね?」
「まあ、ハリーくんの出てる雑誌は手に入るものはみんなチェックしてたから。いっぱい知ってるわよ? 私がいない間、ジニーさんとずいぶん親しくしていたとか」
「あー、ジニーさん? そうだね、チーム入りして同じポジションだから、けっこう一緒に練習する機会は多かったね」
「……気づいてないのね。まあ、そのほうが都合がいいけど」
まあ、ライバルは認知すらされてないほうがいい。ちょっとかわいそうにも思うけど。
さて、一旦難は逃れたとはいえここでまごまごしているわけにはいかない。ハリーくんの守護霊の呪文でこの場から吸魂鬼は追い払えたけれど……アストリアは気を失ったままだ。
ハリーくんは気を失った状態のアストリアの脈と瞳孔を確認している。
「うん、アストリアさんはひとまず命に別条はないみたいだ、そのうちに目を覚ますはず。吸魂鬼の影響は短時間であれば一時的なものだから、安全なところでホットチョコレートとか飲ませてあげれば回復すると思うよ」
そう言って、ハリーくんはアストリアを背負ってくれた。
しかし、ずいぶん詳しい。吸魂鬼なんて普通みることはないはずだけど。
「なるほど……それにしても守護霊の呪文を使えて、吸魂鬼の影響からの回復についてまで知ってるなんて」
「それがね、今年ホグワーツに現れてドラコのお母さんを襲ったんだ。僕もその場にいた」
「なんですって……!」
「まさか、また守護霊の呪文が活躍する日が来るとは思ってなかったけどね。念の為覚えさせられておいたようなものだし」
「そうなの……その、守護霊の呪文ってコツとかあるのかしら?」
「うーん……難しいな。僕も成功率はそんな高くないし。パパに聞いても『できるって思ったらできるんだよ』とか大ざっぱなことしか言わないし」
「でも、今はできたじゃない? なにを考えて唱えたの?」
それを尋ねると、急に口ごもった。そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだけれど。
「……ええと、その。目の前に突然ダフネさんの姿があって、吸魂鬼に襲われてたから。ここで僕が失敗したら、ダフネさんがいなくなっちゃう! と思って、とっさに……」
「…………」
「……………………」
「…………ど、どうもありがとう」
「ど、どういたしまして」
ちょっと気まずい空気になる。それをかき消すようにハリーくんが釈明する。
「あー、その。ママから聞いた話だと、幸福な思い出っていっても、曖昧な未来とかだとうまくいきづらいらしくて。より具体的な想像が良いらしいから……その」
「へえ、そうなんだ。私で想像をね」
「いや、えーと。そうなんだけど。そうじゃなくて」
「まあいいわ。ひとまずあなた方のキャンプ地まで連れて行ってくれる?」
「……それなんだけど、実は向こうも安全な状況とは全然言えないんだ。僕たちも攻撃を受けて散り散りになっちゃったところなんだ。ドラコがうまく逃げてるといいけど……」
「そんな……連中、徹底してるわね」
どうやら、私達が避難を試みていたネイ湖のキャンプ地ですら安全ではないらしい。
となると……更に行き先としては遠くなるけれど、トレーシーのご家族と合流する予定であるベルファスト北の港までいくしかない。
私は、自分たちに起きた出来事をかいつまんで説明する。
「なるほど、確かに行き先としてはそこぐらいしかないかも。近くにマグルの大都市であるベルファストがあるのも大きいね。最悪その港にも手が回っていても、マグルの都市のほうに逃げ込めるかもしれないから」
「うん。それも見越してトレーシーのお父さんとお母さんはここを指定したのかも。ただ、ここ一帯の森からマグルの都市にでようとしたら待ち伏せを食らったわ。用心したほうがいいかも」
「わかった。とりあえず向かって――」
そう言って歩き出そうとしたところで……私の言葉を遮ってハリーくんが動いた。
突然の攻撃!
無言の呪いを体で受けたハリーくんは、背負ったアストリアをかばうため無理な体勢で倒れ込んでしまった。そして、そのまま……起き上がってはこない。
「ああ、ああ、ああ! ここにいやがった、俺もツイてる、とんでもなくツイてる! この焼けた皮膚の痛みに従って歩いてきてよかった……やはり炎は俺の味方だった! キノコにまみれて倒れてる部下から奪った杖はしっくり来やしねえが、それでもお前みたいなチンケなガキを殺すためなら十分すぎる」
「な、なに!? なにを言ってるの!?」
現れたのは……先ほど私達に待ち伏せ攻撃を仕掛けてきたアントニン・ドロホフ。
だが、そのときとは容貌は大きく違う。服は焼け焦げ、皮膚はそれ以上に醜く焼き爛れている。
「あのグリーングラスの娘だな! 復讐ってのはいいものだ、お前ら家族全員閉じ込めて焼き殺したかったとこだが……まあ、それはもう叶わねえ。だから、だから、だからよぉ! せめて、お前だけでも焼いて殺すんだよ! そうしたらあの野郎、どんな顔をするかなあ!? これも全部あいつのせいだ、あいつのせいだ、あいつのせいなんだ!」
話している内容もほとんど要領を得ない。理解できるのは一つぐらい。私を殺すつもりらしいこと。
いくら相手が大人の魔法使いとはいえ、ひどい状態だ。むざむざ殺されるわけにはいかない。
「ステューピ……」
「フリペンド!」
「あううっ……」
「ああ、畜生! 杖を振るたびに、右腕の腱のとこが痛むんだよ、頼む、頼むぜえ、大人しく殺されてくれよ」
だが……ドロホフはやはり一筋縄ではいかない相手のようだ。動きや喋っていることは意味不明だけれど、それでも私が杖を向けるとしっかりと反撃してきた。
手首に呪いが当たり、ジクジクと痛む。
そしてドロホフは怯んだ私に近づいてきて顔面を殴り、髪を掴んで引きちぎった。
「ああああ!」
「無駄な抵抗はやめろっての。焼いて殺すのは確定だが、焼かれて死ぬにもマシな死に方ととんでもなく痛い死に方があるんだぜ? 炎に炙られながら、磔の呪文を受け続ける……とかな?」
不覚を取ったとはいえ、パパやママもやられた相手だ。やはり私なんかじゃ……叶いっこない。
だけど。
ハリーくんは諦めていなかった。
「
「
倒れたハリーくんによる決死の一撃。だが、ドロホフもしっかりとそれに反応して呪文を返した。決まればほぼ確実に無力化できる全身金縛り呪文。
背負ったアストリアをかばうために、ハリーくんはそれを咄嗟に体で受けてしまったようだ。口を開けたまま固まって、そのまま動かなくなってしまった!
「ちっ……どこのどいつか知らねえが、しぶといガキだったな。それとも杖が悪くて呪いが弱かったか? まあいい、相討ちとはヒヤッとしたが……呪文の選択が間違ってたな。しっかり致死的な呪文を唱えてればよ、こいつを守れたかもしれねえのに。武装解除呪文で相討ちなら……俺は杖を拾い直せばいいだけだ」
ハリーくんの武装解除呪文はしっかりとドロホフに命中した。
だが、威力は弱々しいもので、呪文自体は効いていたものの杖は数フィート向こうに飛ばされるだけだった。杖は茂みの中に転がっていく。
もちろん、一時的とは言えドロホフが杖を失った今は格好のチャンスだ。だが、先ほどドロホフによって痛めつけられた私は……震えて、杖を握ることもできなかった。
「どれどれ、こんなとこまで転がっちまって。つうか無理に拾う必要もねえのか? そこのガキから杖を奪えばいいわけで……ん? 皮膚の焼けた痛みが……急に止んだな?」
ドロホフは茂みに手を伸ばして……突然、硬直した。
なんだ、なにが起こったんだ? 助けが来たのか?
違う。
全然違う。
助けなんかじゃない。
私はドロホフを硬直させた原因を知っている。
「くそ、なんでこんなところに吸魂鬼が。もしかして北にいたクラッブ家とかの連中が仕掛けたのか? 吸魂鬼を動かすなんて話、聞いてねえぞ!」
ドロホフは杖を諦めて逃げようとするが、吸魂鬼の影響と火傷による負傷があわさってか、思うように足が動かないようだ。
倒れ込んだドロホフに対して、吸魂鬼はゆっくりと手を伸ばしていく。そのおぞましい骨ばった手を。
「おい……やめろ、近づくんじゃねえ。俺は味方だ、死喰い人だぞ! トム・リドル様に見初められた幹部で、政府高官で、それでイギリス最強の決闘術師で……」
杖を失い、動けなくなったドロホフの話に吸魂鬼はもちろん耳を傾けることなどない。反撃する気力を失ったドロホフに覆いかぶさった。
そして――最悪の光景だ。アズカバンでしか執行されないという吸魂鬼のキス。ドロホフの顔から生気が抜けていくのがわかる。
まったく抵抗しなくなったドロホフ……あるいは名前を失ったただの抜け殻の肉体は、そのまま地面に横たわった。
これで満足してくれればよかったのに。そんな少し残酷なことも考えてしまう。
だが、現実はそう都合よく動いてくれはしない。食事を終えた吸魂鬼は……残念ながら満足はしなかったようだ。
再び、こちら……気を失ったアストリアと、ハリーくんが倒れているところへと近づき始める。
今度こそ、助けてくれる人はいない。
じゃあ、逃げてしまう?
さっきは一瞬よぎった考えだが、今度はそれをはっきりと切って捨てられる。逃げた先に今より幸せな未来があると信じられるからこそ、人は逃げることができるのだ。
今、ここでアストリアとハリーくんを見捨てたら、私に幸福な未来など無い。
杖を強く握る。震えを無理やり気力で抑え込む。さっきのドロホフのときみたいな醜態をさらすわけにはいかない。
誰かに任せるんじゃない。
誰かに助けられるんでもない。
私がやるのだ。
さっきハリーくんに言われた助言通りに……幸福な、そして具体的な想像をする。
パパやママと9と4分の3番線で別れてホグワーツ特急に乗り込み……アストリアにからかわれながらもハリーくんと同じコンパートメントに乗り込んで……あるいはパーキンソンのやかましい話を聞き流して……
つまり、何事もなければ今年も起きていたはずの現実だ。
これより具体的な想像があるだろうか?
やってみろ、吸魂鬼。
私から現実を奪わせはしない。
ただ過ごすだけで幸せな、何事もない未来を奪わせはしない。
「
私の呼びかけに応え……杖先から、まばゆい銀の光が現れる。
弱々しい霧ではない。
目の前に現れたのは、銀色に輝くオオヤマネコ。
湖の上を……まるで氷の上かのようにぴょんぴょんと走り回っている。
ハリーくんとアストリアに近づこうとしていた吸魂鬼は、そのまばゆい光を恐れ慄くように後退りしていく。
これが……私の守護霊?
ぴょんぴょんと跳ねていたオオヤマネコはこちらに近づいてきた。ペットの猫をかわいがるように喉元に手を近づけると……そんなこと許しはしてないぞ、と言わんばかりに飛び退いた。私の守護霊だというのに。
だけど、なんだかそれすらも可愛らしく思える。私に対してもみせた鋭い警戒心は、確かに自分らしいかもしれない。
辺りにいた吸魂鬼はいつのまにかいなくなっていた。
よかった。切り抜けたのだ。
そう安堵した瞬間、私は糸が切れたように地面に座り込んでしまった。
守護霊の呪文という高度な魔法を使ったからか、それともここまでの逃避行の疲れが出たか。私が座り込んだと同時に、輝いていた私の守護霊も消える。
気力をすべて使い果たした私はへたり込む。もう1インチだって動けない。
だが……そんな私を状況を許しはしなかった。
足音が聞こえる。そうだ、周囲に追っ手がいなかったのは吸魂鬼を避けていたからだろう。吸魂鬼がいなくなれば再び追いすがってくる。当たり前のことだ。
立ち向かわなければいけない。だが、もう一番簡単な呪いでさえ唱えられる気がしない。
それでも、やるしかない。ハリーくんもアストリアも気絶したままだ。茂みの奥から聞こえてくる足音に対して、なんとか杖を向ける。魔法が使えないぐらいでなによ、茂みから追っ手が顔を出したら、この杖を思いっきり鼻にぶっさしてやるんだから!
私はそう意気込んで、強く杖を握る。
そして、茂みから飛び出してきた男に対して、杖を――
「まったく……親が親なら子も子だな。これは今日二度目だ。スリザリンはマイナス50点」
「……スネイプ、教授?」
私が目や鼻めがけて挿し込もうとした杖は、しっかりと腕で捕まえ抑え込まれている。
しかし、私の最後の抵抗を頓挫させたのは敵ではなく……半年ぶりに見るスリザリンの寮監だった。
「ああ、見間違いするほど我輩に似ている人間がいるのならば、ぜひとも教えてもらいたい……先ほどの見事なオオヤマネコの守護霊は、ミス・グリーングラス。君のものかね?」
「……ええ、そうです」
「ホグワーツに戻ったとき、君への加点を楽しみにしていたまえ……父君も母君も無事だ。今は……休むが良い」
その言葉を聞いて、ついに最後まで残っていた緊張の糸が切れた。
私はほとんど倒れるようにして、気を失った。