「待ち合わせ時間だが……ハリーとウィーズリーがいないな。大方あのウィーズリーがなにか迷惑をかけているのだろう」
「いや、これは絶対父親がやらかしてるわ。ごめんなさいね、皆さん」
レイ・デイヴィス広場にはクリスマスマーケットに遊びに行く予定の人間が集まっていた。
パンジーが熱心に誘ってくるので予定のない昼間に遊びに行くのも悪くはない、と思っていたのだが、偶然にもハリーから手紙が来て予定を合わせた結果、ずいぶんな大所帯になっていた。
ビンセントとグレゴリーも誘ったが、予定が既に入ってるとのことだった。むしろそれが当然で、スリザリンの名家の人間の予定は年末年始はたとえ子供であっても埋まっているのが一般的だ。
僕の父上はというと、最近は魔法省に入り浸りで今日も向こうに詰めている。まあ、子供を連れて行って有利に働く会合ではないのだろう。僕の出番はなかった。
そういう意味ではグリーングラスが来たのは不思議ではある。グリーングラス家ともなればその手の催しにはこと欠かないと思うのだが……
そうした調整を経て今居合わせているのは僕とパンジー、グリーングラスとデイヴィス、グレンジャー、それにロングボトム(正直いってあんまり面識がない。魔法薬学の授業でしばしば失敗しているのは印象に残っている)。
そしてハリーの母親とロングボトムの両親だ。
「まったく。ホントはドラコと二人のはずが譲歩してあげたっていうのに、遅刻するなんて!」
「僕と二人のつもりだったのか? てっきりスリザリン生での集まりと思ってたのだが」
「……」
パンジーとはもともと入学前から面識があったから誘い自体は歓迎だったが……二人だけというのは寂しいだろう。とはいえビンセントとグレゴリーに断られてしまったから誘うとなればノットあたりだろうか、あとは結局この面々になった気もする。
そんな中、クリスマスの喧騒に紛れて、なにかが石畳の上を駆けていく音が聞こえ、人混みが割れはじめた。
「あれ。ドラコ、なにかいるわね。でっかいのが」
パーキンソンが指差した先を見るとダイアゴン横丁の通りの奥に、なにか大きな四足歩行の生物が見える。
まあ、ダイアゴン横丁は狂った魔法使いもよく闊歩しているところだから、謎の魔法生物を連れ歩いている人間がいるのは珍しくない。
しかし、その謎の生物はこちらに近づいてきているようにも思える。
謎の生物は角が生えて四足歩行。トナカイだろうか。
「クリスマスだからな。トナカイを放し飼いにする奴がいてもまあそんなにおかしくは……いや違う、あれはトナカイじゃないぞ!?」
鹿だ。巨大な牡鹿だ……しかもこっちに突っ込んでくる。
「きゃあああああ! ドラコ、助けてええええ!」
「ま、待ってよみんな。あの鹿なら見たことある。あれはもしかして……」
ロングボトムがなにかに気付いたようだが、こっちに突っ込んでくる鹿がいる状況でその鹿を見たことがあると何かの役に立つのか?
……とイライラしかけたところで遅まきながら自分も気づく。どうやら同じタイミングで気付いたグリーングラスが先に口に出した。
「上にハリーくんとウィーズリーくんが乗ってるわね。ってことは、ポッター教授ね、あれは」
二人を乗せた鹿は大きく跳びあがって僕らの目の前に着地し、そこで鹿は僕らが見慣れたポッター教授へと姿を戻した……瞬間に、ハリーの母親がポッター教授を殴った。
「痛え! 急に殴るな、しかも公衆の面前で!」
「あんた、公衆の面前で鹿が暴れまわるのが良い行いだと思ってるわけ?」
「いや、俺が場所を間違えてたせいでハリーたちに遅刻させるのは忍びないと思って……」
「徹頭徹尾あんたが悪いじゃない」
「ははは。リリーとジェームズは今日も仲が良さそうだな」
気の毒に。僕らの目の前で自分の両親が夫婦喧嘩をはじめたものだから、ハリーは顔が真っ赤になっている。仕方ない、少し助け舟でも……
「こんにちは。ハリーくん」
「あ、グリーングラスさん。ごめんね、騒がしくて……」
「別にいいわよ。クリスマスなんだから少しぐらい賑やかでもいいわ」
と、思ったが。同じく雰囲気を察したグリーングラスが先んじていった。
ふと後ろを見るとパンジーとデイヴィスがなにかニヤニヤしている。どうしたんだろうか。
「まあ、口うるさい大人連中はここで退散するとするか。ハリー、頑張れよ!」
「え、頑張れって何?」
そう言ってハリーのご両親とロングボトムの両親は姿くらましで消えていった。
「いろいろ邪魔は入ったけど……ともかく私とドラコとおまけどもの楽しいクリスマスマーケット散策の始まりだわ! 行きましょう、ドラコ!」
そう言ってパンジーが僕の手を引いて先頭で突き進んでいく。
まあ、最初にクリスマスマーケットに誘ってきたのはパンジーだ。どうやら詳しいようなので案内を任せてもいいだろう。
「おまけでごめん……」
「そんなことないわよ、ロングボトム君。寮が違ってあんまり話したことなかったから楽しみにしてたのよ」
「そう言ってくれるとお世辞でも嬉しいよ、デイヴィスさん」
その後ろをついてきたのはデイヴィスとロングボトム。
「見てロン! あそこだけ雪が降って……そのまま雪だるまになっているわよ!」
「ハーマイオニー、あっちも見に行こうよ! 無弦ヴァイオリンコンサートだって、おったまげー!」
ウィーズリーとグレンジャーは二人で連れ立ってフラフラしている。
連れ立っているというのは不正確かもしれない、たまたま同じ方向にフラフラとしている感じだ。
その最後尾がハリーとグリーングラス。あんまり縁のない二人が連れ立って歩くというのは少し気まずいだろうし、僕とハリーで歩くのがまあ妥当……と思って寄っていこうとするとデイヴィスにブロックされて、パンジーに引っ張られた気がする。
まあ、たまたまだろう。人混みでまっすぐ歩くのにもそれなりに苦労するし間が悪かったに違いない。
「誘ってくれてありがとう、ハリーくん」
「ああうん、こちらこそ来てくれてありがとう……寒いね、やっぱり。あ、あそこでホットバタービールっての売ってるみたい! 一つどう?」
「それじゃあいいかしら」
「オッケー! ちょっと待っててね」
なんとなく二人とも喋りがぎこちないようにみえるが、どうにか間は持っているようだ。
「あー。パンジー、僕たちも飲み物はどうだ。温かいやつ」
「さすがドラコ! 気配りができるって素敵ね……あのアモルテンシア・ココアってやつはどうかしら?」
「……あー、ちょっと別のにしないか?」
一瞬なにか寒気がした。どんなココアかわからないけど、避けたほうがいい気がする……
とりあえず無難にかぼちゃスープを買うことにした。
「ところで、これどこに向かってるのかしら?」
「グレンジャーにしてはいい質問ね、パーキンソン家に感謝しなさいよ? ダイアゴン・クリスマスマーケット名物のユニコーン馬車を4台手配してあげたわ! マグル生まれや貧乏人は跪いて感謝することね!」
「ユニコーン馬車!? ユニコーンを飼うのはとても難しいって本に書いてあったけど……それを4台も用意できるなんて!」
「あー、うん。まあ何か言うのも野暮か……」
ハリーがなにか言おうとして口をつぐんだ。
まあ、言いたいことはわかる。この手のユニコーンを謳ったものってほぼ確実に偽物だからな……
怪しい気配を察したか、この馬車を手配したらしき男が僕らに乗るように促す。
ん……? なんとなく見たことがあるような……
「やあ、坊っちゃん方。お乗りくだせえお乗りくだせえ」
「さあ、みんな乗りましょう! 二人乗りだから、私はドラコとね」
「……」
「ほら! ダフ行きなさい」
「や、やめてよトレーシー! え、ええとハリーくん。申し訳ないけど私と乗ってもらっていい?」
「もちろん。大丈夫だよ」
グリーングラスはハリーと、グレンジャーは……ウィーズリーとか。偶然だろうけどなぜか男女の組み合わせで乗り込んでいく。珍しいつるみ方だな。
パンジーの隣に座り馬車の扉が閉められると、ゆっくりと荷車は揺れ始めた。
─────
イギリス人はティータイムを愛する。
紅茶を愛さない人はいても、ティータイムを愛さない人は居ない。
もちろん、それは魔法使いや魔女も例外ではない。
「こうやってアリスやフランクとお茶するのも久しぶりねえ」
なので、こうやって旧知の仲が集まればテーブルとティーポットを囲むことになる。
「それにしてもネビルくんもでっかくなったなあ」
「あんたは毎日学校で見てるでしょ」
「言われてみればそうだった」
「むしろ僕らのほうが数カ月ぶりに見ている感じだけどね。友達もたくさんできたようでなによりだ」
「相変わらずドジなのは心配だけどねえ……」
最後に二人とこうやって腰を据えて喋ったのはハリーとネビルくんの誕生日会以来かしら。
「まあ、こうやってダイアゴン横丁でお茶が飲めるようになってよかったわ。1年ぐらいは忠誠の術をかけた自宅から出れなかったし。セブは心配しすぎなのよ」
「省を辞めてもう影響力がないってダンブルドア校長が判断したときも相当に渋い顔してたぞ」
「ははは。スネイプくんらしいや」
「私はほとんど面識ないのよね。スネイプくんとは」
セブと私とジェームズは同期で、フランクの下で働いていたという縁もあって3人の間では共通の知人ではあるけれど、アリスだけは縁がない。ちょっと置いてけぼりに感じてるようでふてくされている。
「ああ、アリス。君をのけ者にして申し訳ない」
「いいのよ、あなた。気遣ってくれてありがとう。愛してるわ」
「これが仕事中は"鬼"になるんだから、わかんねえもんだよなあ」
「ジェームズ、なにか言った?」
「いえ、なにも。奥様」
フランクは魔法警察局でアリスは闇祓い局勤務。
どちらもその仕事ぶりを直接見たことはないけれど……少なくとも、アリスの仕事ぶりについては新人のときのしごきは文字通り地獄だったとジェームズから聞いている。
まあ、正直そんなに意外でもない。アリスはそういう人だ。
「……しかし、僕から見てもその指示は妥当なものだったと思うよ。未だに最重要標的の彼が無事なのはその警戒心の賜物だろう」
「ホントだよまったく。あいつ、一人でいるとこに近づいてくとガチで杖抜いて向けてくるんだぜ」
「そりゃあんたが悪いでしょ。学生時代からの積み重ねよ」
「それを言われると痛いところだな。全面的に俺が悪い」
学生時代、セブとジェームズは長らく険悪な関係にあった。
いじめというほど一方的なものではなかったみたいだけど、だからといって恨みを買わないわけもなく。その話をすると割と落ち込む。
「キャリア全部投げ捨てて、今も自分の先輩を取り戻すために動いてるみたいだからな」
「そうだな。僕としてもルシウスの現状は心が痛む」
「アリスやフランクとルシウスさんが同期なのは知ってるけど、そんなに仲が良かったの?」
「……いや、とんでもなく悪かった」
「まあでも、恨み骨髄というよりはライバルって感じだったわよね。グリフィンドールとスリザリンのヘッドボーイ同士で。でも、スネイプくんはしっかりと友人として扱っていたように見えたし、一度僕が鑑識に引き抜こうとした時はそれが彼自身の選択なら、と言っていた」
「んなことしようとしてたのか。でもまあ今の仕事ぶりを見るに向いてそうだな。追跡薬やら痕跡検知ドリンクやらなにやら使ってアンブリッジの動きを探ってたし」
「……あー。いまのグレーな魔法薬の運用については、魔法警察の一員としては聞かなかったことにする」
グリフィンドールも友情は厚いと自負しているけど、セブは本当に恩というものを深く持つタイプの人間だ。
シリウスがセブを殺しかけた(本当に信じられない、アイツちょっとは痛い目みなさいよ)ときは本当に険悪な関係になり、グリフィンドールとスリザリンの寮自体も相当に緊張感が漂ったけれど私にだけは礼儀正しく接してくれていた。
「一年外に出れないって言われたときはちょっと直接怒鳴り込もうと思ったけどね」
「やめてやってくれよ。俺があいつになにか言っても10倍の悪態で返すだけだろうけど、お前に怒られたらマジでヘコむだろうから」
「それぐらいしないとダメじゃないの。セブ、幼少期の恩義を重く受け取りすぎだし。私なんかにこだわりすぎなのよ」
「俺はほんとに尊敬できるけどな。いや、ちょっと旦那として危機感感じるとこはあるけど」
ジェームズは複雑な顔をしている。
いやまあ、ホグズミードに出かけたあとに「今日はデートのエスコートありがとう」に「デート? 教材の買い出しでは?」と返してこなければ確かにセブと結婚する未来もあったのかもしれない。
あそこで怒って帰った私も悪いけど。
「ジェームズはそこを割り切って考えられるのがすごいな、正直僕はアリスを想い続ける幼馴染の男が近くにいたら、居ても立っても居られなくなりそうだ」
「いやまあ、そういう気持ちもないでもないけどな。ただ、リリーを殺したくないって気持ちで服従の呪文を破って、死ぬほど憎んでいたであろう俺も助けて、今まで積み上げたキャリアも投げ捨てて友人のために働いてるんだろ? 正直いってそこまでやってる男に嫉妬したり嫌ったりしたら逆にみじめになるわ。俺がこう思ってるってスネイプに伝わったら確実に殺されるから絶対に言わないけど」
「頑固にもほどがあるわよね。セブの美徳はそこだけれども」
「俺から見るとお前もたいがい頑固だけどな。似たもの同士に思える……いかん、自分で口に出してて怖くなってきた。リリー、捨てないでくれ!!」
「はいはい。今のところまだセーフよ」
失礼な旦那ね、と思いながら紅茶に口をつけたところで……私以外の3人がほぼ同時のタイミングで杖に手をかけた。
本職、本職、元本職。どうやらテーブルに近づいてきた男に咄嗟に反応したようだった。
「茶会中に割って入って失礼。ロングボトムの旦那に挨拶だけでもさせて頂きたくて」
「そういう君は……マンダンガス・フレッチャーか!」
「へい。ご無沙汰してます。以前は大変お世話になりました」
「君も律儀だな、まったく。何年前だっけか」
「恩義を忘れたら単なる野良犬になっちまいますからな。ヒトであるための所作みたいなもんでさあ。それでは失礼」
長らく魔法警察に勤めているフランクは、仕事柄恨みもかっているけれど、恩を感じている人間も随分いるようでこうやって誰かが挨拶に来るのは珍しくない。
まあ、すごい人格者だしね、フランクは。
男がペコリと頭を下げて去ろうとしたところで……ジェームズがなにか思い出したように呟いた。
「マンダンガス……あー! もしかしてあれか、ホグワーツの競技場の造成に来てた」
「そりゃ確かに俺でさあ。もしやハリーくんのご両親? いい子ですな、あの坊っちゃんは。給料分を超えてこき使われた気もしますが」
「そうそう。ハリーが悪そうな人相だけどまあまあ良い人っぽいって言ってたので憶えてたんだ」
「ハリーくん……俺そんな悪そうな顔かなあ……」
「正直、俺は確かにと納得した」
まったく。初対面なのに失礼なこと言ってるわね、うちの旦那は。
フランクもアリスも苦笑いしている。
「そんでもって、今日はクリスマスマーケットの散策か?」
「いいえ、仕事でさあ。ウェールズの牧場からツノナシツノアリ
「……なんだって?」
「最近新しく作られた品種でしてね、これがまあ白毛種を選べば
「ダング……あのときみたいにまた捕まるハメになるんじゃないぞ」
「あんときは冤罪だったでしょうが!」
「そりゃあ、殺人犯は別にいたし、君の勇気ある証言が重要なものだったからその場では不問にしたけど……窃盗未遂は実際やってたろう? 今だから言えるけど」
「ははは、これぐらいで今日は失礼させていただきたく……」
そろりとそろりとテーブルからマンダンガスが離れていこうとする……が、なにかを思い出したように振り返った。
「今回の縁で思い出しましたが、そういやスネイプの旦那もお見かけしましたよ。すぐに見えなくなったので声もかけれませんでしたが」
「セブ君が?」
「スネイプが? クリスマスマーケットに?」
クリスマスマーケットにセブルス・スネイプ。
まさか教材の買い出しに来たわけでもないだろう。じゃあいったい?