グラウンドに並んで箒にまたがるスリザリンとグリフィンドール生。そのうち何人かは、箒の握り方や跨り方について箒飛行術の教師であるフーチ先生に指摘を受けていた。
周囲の様子は様々で、今か今かと飛び立てる時を待ち望んでいるのがありありとわかるスリザリン生もいれば、目の前のネビルのように飛ばずに済むのであればそうであってほしい、と心の底から願っているグリフィンドール生もいる。
「この前は普通に飛んでたよね? そんな怖がることないよ、大丈夫だって!」
「まあそうだけど、ハリーが助けてくれてたのもあってのたまたまだよ」
ネビルの両親は共に魔法省の法執行部に勤めている。僕のパパが元々闇祓い、つまり同僚だった縁もあって家族ぐるみで遊びに行き来する仲だ。
僕の前ではいつもニコニコしているネビルのパパとママだけれども、家に帰ればふたりとも、なんなら同居しているお婆ちゃんも含めてなかなかのスパルタ精神を発揮しているらしく、ネビルは顔を合わせるたびに弱音を吐いていた。
箒飛行術もその一環。ほとんどの魔法使いや魔女は日常の移動手段として
だが、魔法警察や闇祓いであれば別だ。未知の場所、不安定な場所、敵対的な場所に突っ込んで中にいる動くものすべてを
「パパが箒をプレゼントしてくれた手前、嬉しがってるフリぐらいはしたけど……」
「そんな気を遣うことないと思うけどなあ」
ネビルと僕は誕生日が一日違いなのもあり、誕生日パーティのような催しを両家で合わせて行うのがここ数年は恒例になっている。
ホグワーツ入学直前の7月末に行われた誕生日パーティにおいて、ネビルが彼の父親から渡されたプレゼントは競技用箒だった。
それまで自発的に宙に浮くということを徹底的に避けてきたネビルではあったけれども、父の期待の眼差しに耐えきれられなかったのか引きつった表情を必死に隠しながら(正確に言えば、隠そうとしているように僕には見えた)、箒にまたがっていた。
「家では期待を裏切ってばっかりだから、箒飛行ぐらいは見せてあげたくて……でも、実際のところハリーが手で支えてくれてなかったらたぶん屋根の上まで吹っ飛んじゃってたよ」
僕から教わった飛び方の初歩をしっかりと実践し、両足を踏み切って宙に浮いた彼が拍手喝采を受けていたのは記憶に新しい。
後ろにいる僕が箒の柄から手を離していたのは気付かれていないようだ。墓まで持っていこう。
「前言った通りさ。両手で箒の柄をこう掴んで……できるだけゆっくりと両足でジャンプするんだ」
「うん……でも、僕が怯えてるのが箒に伝わるのか、なかなか飛び立てないんだよね」
「別にそれでいいんだ。離陸しないのは大した問題じゃない。何度でもトライできるんだから。一番あぶないのは、強く踏み切りすぎて……きりもみ回転しながら上空に打ち出されることさ。ネビルも、それは嫌だろう?」
「そうだね、うん……ほんの少しずつ踏み込みを強くしていけばいいんだもんね、やってみるよ」
どうやらすべての生徒を一通りチェックしたようで、フーチ先生が箒にまたがった生徒たちに呼びかけた。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください」
そう言って笛をくわえ、甲高い音がグラウンドに響き渡った。
すっと両足を地面から離すと、太腿に吸い付くように箒が浮き上がる。
正面のネビルは一度失敗したようだが、もう一度のトライでふんわりと浮き始めた……少し右肩側に傾いているが許容範囲だろう。
ネビルよりひどい飛び方をしている生徒も周りにはいっぱいいる。すぐ近くに居た栗色の髪の女子学生――確かマグル
「結構。では次は着地です。箒飛行の事故の8割は着地時に起きるといわれています。片側の足に負荷がかからないよう、水平を保った状態でゆっくりと両足で着地してください」
フーチ先生の指示で皆がゆっくりと地面に近づいていく。ネビルがゆっくりと着地してはにかんだのを見届けてから目を離して周りを見渡すと、グレンジャーさんが足よりも先につんのめった箒の先端が地に触れてしまっていた。飛行用の箒は地に触れた途端飛行魔法が切れる(そうでないと誰も乗らないままでも飛び上がってしまう。だから「アップ」で全体を浮かせてから跨るんだ)。
そうなれば当然、重心が崩れて箒ごと倒れ込んでしまう。よくあるトラブルだ。
「きゃっ!」
「グレンジャーさん危ない!」
とっさに支えるため手を伸ばすと、隣にいた赤毛の男の子――寮が同室のロナルド・ウィーズリーだ――もどうやらそれに気づいていたらしく、二人で支える格好になった。
「大丈夫?
「……ああ! これが
「ロンでいいよ、みんなそう呼んでる。ウィーズリーだと学内に兄弟が多すぎるからまぎらわしいんだ」
「それなら僕もハリーだね。その、ポッターは学内にもう一人いるから……」
ああ、と二人とも頷く。
「でも羨ましいわ! ホグワーツの教員が父親なんて。私だったら質問攻めにしちゃうかも!」
「そんないいもんじゃないよ。買ってきたばかりの教科書を机の上に置いてるだけで『どうしたハリー! 変身術ならパパに任せろ』『ああ、ハリー! 呪文学に興味があるの? ママが教えてあげるからね!』って両親とも寄ってくるもんだから……『魔法史』だけはどっちも自信がないらしくて、バツが悪そうにしてこっそり離れていくから落ち着けるんだけど」
「ああ確かに、うちでも兄貴のパーシーが似たようなこと言って寄ってくる……でも、『
私語を見咎めにきたのか、手を鳴らしながらフーチ先生が近づいてくる。
「あなたたち、もう少し静かに! ……ただ、慣れていない仲間を助けるのはよいことです。よろしい、ウィーズリーさんとポッターさんは見たところ飛び方に大きな問題はないようです。不慣れな生徒のフォローに回るように」
「……へーい」
「教え方が上手ければ寮点を差し上げましょう」
「はい! しっかり教えます!」
打って変わってはっきりとした返事をしたウィーズリー……ロンはそのままグレンジャーさんの指導に回った。
「あなた、噂のポッター君よね? 少し教えてくれない?」
僕は二人から離れて、生徒が並んだ列に沿って歩き始めていたところ、宙空から呼びかけが聞こえて……振り向くと、いたのはスリザリン生の女子生徒。
正直、伝統的にグリフィンドールとスリザリンは仲が悪いと聞いていたから少し驚いた。
……でも、冷静に考えてみればホグワーツに入って一週間にも満たない今、お互いに因縁もなにもない。
「力になれることがあれば。でも、見る限りではなかなか上手く飛べてると思うよ。ただ少し左に傾いてるかな」
「そうなのよね。家で飛んでるときもそういう癖がずっとあって」
「箒も含めていろいろ原因は考えられるけど……一番単純な直し方だと、箒の握り方かな。傾いているほう、つまり今回だと左手のほうをより先端にスライドさせてみて」
「……あっ! ホントに良くなったわね。言われるだけあるじゃない」
「どういたしまし……」
「おい! グリフィンドールの奴がなにを言ってる!」
無事アドバイスは成功したようで、ニコリと笑顔を向けられたので礼を返そうとすると……金髪のスリザリンの男子生徒が割り込んできた。
「お前が例のポッター教授の息子か。スリザリンにまで口出すとは、出しゃばりな野郎だな?」
「……マルフォイ、私から頼んだのよ。あなたこそ差し出がましいのではないのかしら?」
「はっ、僕はスリザリンの規律を保とうとしているんだけなんだが? マルフォイ家の長男としてこれぐらいの面倒は当然というものさ」
スリザリン生同士、お互い笑顔ではあるがその評定の裏にある主導権争いがいちグリフィンドール生からも垣間見える。間に立たされた僕としては少しばかり戸惑ってしまう。
そこに、でっぷりとしたスリザリン生が更に現れた。
「なあー、ドラコ」
「いいところに来たゴイル、出しゃばりのグリフィンドール生に痛い目を見せて……」
「ちょっと忘れちまったんだけど、箒の前ってどっちだ?」
「…………」
金髪の男の子はそのでっぷりとしたスリザリン生に「ああもう貸せ、いいか……」などと呟きながら丁寧に教えはじめた。なるほど、どこにでも面倒見のいいやつなどはいるものなんだなあ、と思っていると、しっかり教え終えたのか改めてこちらにつかつかと歩いて向かってきた。
「あー、その。なにか失礼していたらごめんなさい。フーチ先生にフォローして回れって言われたものだから」
「フン! この期に及んで言い訳に教師を使うのか。だいたい、教えるなら僕のほうが向いているに決まっている。ポッターなんかよりもな」
「……そう言われると、僕だってそれなりに自信はあるんだけど」
「はっ! パパにおだてられてのぼせ上がったのか?」
「はい! そこまで!」
フーチ先生が手を鳴らしながら割って入ってくる。
「どちらが上手いか競うのは結構。特にポッター君の腕前はぜひとも見てみたいところでしたからね。ですが、まだ不慣れな生徒もいる中でそれをなおざりにするのは考えものです。とはいえ、お二人とも他の生徒への教え方はなかなかのものでしたので失点はなしとしましょう」
そして、と前置きしてフーチ先生はこう提案した。
「マグル育ちで、未だクィディッチという素晴らしいスポーツをほとんど知らない生徒も数多くいます。よろしい、私が審判を買って出ますから放課後にソフトなエキシビションで決着をつけるのはどうでしょうか? もちろん、他の生徒もぜひいらしてくださいね」
こころなしかフーチ先生の目がギラついている気がする。
そういえばパパが言っていた気がする……自分も含めて、ホグワーツにはクィディッチ狂いが3人いると。
─────
日が再び落ちてきた夕方、僕たちは再び飛行場を訪れていた。
「やあハリー。どう? 上手く飛べてるかな」
今、競技場の西側でゆっくりと旋回しているのが同室のディーン・トーマス。
父親は魔法使いなんだそうだけども、家庭の事情でホグワーツの入学案内が届くまで何も知らなかったらしい。
もちろんクィディッチのクも知らない少年だけども、球技そのものは嫌いじゃない、というかむしろ大好きだそうで彼曰く『99パーセントマグル文化育ち、アイ・ラブ・ウエストハム、トレヴァー・モーリーは最高のストライカー』……とにかく、熱狂的なフットボールファンなのはわかった。
母さんからフットボールの話は少しだけ聞いたことがあるけれど、実際に熱心なファンを見るのは初めてだ。正直、初日から寮の自分のスペースにデカデカとポスターを貼り始めたのはちょっと引いた。
(その翌日にロンは対抗してチャドリー・キャノンズのポスターを持ち込んでいた。母が『マグルも魔法使いもイングランドの男は変わんないわね』と呟いていたのをふと思い出した)
「うん。サマになってる。昼に初めて飛んだんだよね? 上達が早いなあ」
「もちろん。いやあ、面白いねこれ! 自転車に乗るより簡単なのにエキサイティングだ!」
その他に訪れているのはその熱狂的チャドリー・キャノンズファンのロン。数十分前まではスリザリンを打ちのめしてやると息巻いていた。
そのスリザリン生も3名。午前中の授業で顔を合わせたマルフォイに、クラッブとゴイルという男の子だ。
加えて、見学はしてみたい、ということでグレンジャーさんが来ている。フーチ先生が『クィディッチを見たことがない!? 絶対に見学すべきです。願わくば参加も!』と極めて強く勧誘した成果だ。
そう、見学のはずだったんだけど……
「あああああああ!! 無理! 無理! 絶対落ちる!!」
「グレンジャー! 正しい飛行体勢を覚えるのです。そう、一度正しい飛び方を覚えれば、クィディッチに興味がない過去のあなたとはおさらばできるでしょう!」
「せ、先生! 私! 私が今どんな体勢なのかもわからないんですが!? 逆さまの逆さま!? どっちが上なの!?」
僕も子供の頃、後見人のシリウスおじさんが持ちこんできたので、ほんの少し使ったことがあるけど……
そうして悲鳴が響き渡っている競技場の逆サイド、東側では、ロンと
「ウィーズリー! 味方がクアッフルを保持したらすぐに前に出ろとあれほどいったでしょう! 攻撃参加をしないキーパーなど現代クィディッチでは不要です!」
「は、はい……先生。ところでミスすると電流が流れる呪い、いつ解けるんですか……あががががが」
「マルフォイ! 常にクアッフルとブラッジャーの位置関係を把握し続ける! 後ろから飛んできたからかわせなかった、などという言い訳は無用です!」
「先生! 先生! 理屈はわかりますがブラッジャー5つは多いいいい!」
「クラッブ! バットのスイングはもっとコンパクトにと先ほど言ったでしょう! 重量増加呪文の効果が強まってきてもバランスは変えない!」
「も……持てない……」
……阿鼻叫喚だ。遅れてきたディーンに教える名目で抜けておいてよかった。据わった目で『あなたのシーカーの才能は確かに優れたものです。ですが! 最高のシーカーとなるにはすべてのポジションの動きを理解している必要があります! ですから! 今日はあえてこのバットを持ってブラッジャーに立ち向かい、少なくとも15回ほど打ちのめされることをおすすめします』って言ってくるんだからなあ……
シーカー以外やりたくない、というかできないのに。
なんとか逃げ切れないかなあ、と思っていたけどもディーンの飛行センスがそう悪くないのが祟り、フーチ先生は「よろしい! 早速次のステップに進みましょう!」とディーンもグレンジャーさんと同様に
僕のほう?
ビーターは嫌だと抗議したところ、シーカー特別講習と称して僕はディーンやグレンジャーさんの三倍の速さで回ることになった。
どうして……